当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

203話 『それは掬い上げるように微笑んだ』

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 視界に映る気泡に目を剥き、咄嗟に辺りを見回すレイ。

 目の前で天井を仰ぐカエデ、少し離れた位置で戦闘を繰り広げる夕達。そして、傍らにいるナツミ達。その全てを確認し終わった時には、既に視界のほとんどを気泡が覆い隠していた。

 全身がまるで水の中に落ちたような浮遊感と圧迫感を味わい、そっと、その感覚に身を委ねる。今度こそ、必ず、皆を守って見せると、そう固く決意して。

 ※※※

「どうしたんだい?」

 朝と言うには遅すぎて、昼と言うには早すぎる空の下、レイはそっと目を開けた。
 淡い光がじんわりと目に滲みて涙がうっすらと目に浮かんだ。

 狭い視界を開けて見れば、そこには見知った社があった。

「…………」

 戻って来たと、そう実感する。その理由は分かる由も無いが、前回は上手い具合に進む事が出来た、そう思った。そして、前回で得た情報をある程度口に出して整理する。

「……化物の消失……精霊狩りの出現、ナツミちゃんの無事……黒い化物……」

「剣崎くん?」

 ふと声をかけられ、レイは意識をそちらに向け、「どうしたの、滝本さん」と質問を返す。
 その質問に困った様子で滝本は苦笑いを浮かべながら、

「そろそろ、次の場所へ行こうという話になっていてね……」

「うん、分かったよ。今行く」

 そう言いながらレイはくるりと体を振り向かせて前に立つ滝本の顔を見た。
 彼女は不安そうに、怪訝そうに、困ったようにレイをそっと見つめる。

「平気だよ、行こう」

「それなら、良いのだけれど……」

 まだ信じ切った様子は無く、彼女はレイを流し目で見ながら背を向けて皆の下へと歩き出した。その背を見つめ、レイは直前に決意した事を頭の中で反芻する。

 皆を守る。その一つを信じ、これまでやって来た。
 しかし実際は皆を守る力なんて無くて、守るよりも守られることの方が多くて、それでも誰も失いたくないから、全力で、あの惨状を喰い止める。

 絶対に、誰も死なせない。

 ※※※

「レイくんレイくん」

「なあに、ミズキさん」

 レイは歩きながら答えた。レイの頭上からミズキが楽しそうに、嬉しそうに鼻唄を歌いながらレイを呼んだところだ。

「レイくんと歩いているとまるでデートみたいで、あの時を思い出すですね。あの時はレイカちゃんの邪魔が入ったですが……今回は入らないですし嬉しいです!」

「……そう、だね」

 どこか遠慮がちに頷いたレイに首を傾げて、その顔を覗き込む。
 きょとんとしたその目と目が合い、レイは瞬きした。

「レイくんは嬉しそうじゃないですね」

 むすっと顔をしかめたミズキに「そんなことないよ」と伝え、これから起こるであろう出来事に思考を巡らせる。ひとまずは、屋敷への潜入を計画している。
 軽率だとしても、時間が足りないと考えた末、レイは一人班移動の途中、黙って抜け出して行動していた。人通りの多い大通りは人を撒くのには丁度良い壁となってくれている。

「──ミズキさん、さっきも話した通り、ぼくらは今からとっても危険な事をするんだ。でもそれはぼく一人じゃ到底できない。だから」

「分かってるですよ。レイくんのサポートが今の私のお仕事です!」

 ふんす、と。意気込みながらミズキは小さくガッツポーズをとった。
 これまでの経緯を話したレイに賛同し、ミズキは快くその仕事を引き受けたのだった。

「ごめんね、本当はこんな事……あまりさせたくないんだけど……」

「レイくんに頼られるなんて生前はあまり無かったから嬉しいですよ。──たしかに、戦いなんてこの世界でする事になるとは思わなかったですけれど」

「それって……」

「あっ、あの建物ですね? 向かっているのは」

 言葉を遮られたレイはわだかまりを覚えながらもそれを飲み込んで、ミズキが見ている方を眺めた。そこに見える大きな屋敷に思いを馳せ、その唇を固く、強く、引き結ぶ。

「……うん。あそこだ」

 自分にも言い聞かせるように小さく告げたその言葉には、決死の覚悟がうっすらと滲み出していた。

「ミズキさん」

「はいです」

「ぼくが、ちゃんと守るからね」

「頼りにしてるですよ、レイくん」

 覚悟に微笑みを返され、レイもまた、笑みを返す。
 道のりはまだ遠く、始まったばかりだが、それでも何か、どこか変わったようにレイには感じられた。

 ぞくり、と。

 瞬間、何かがもたれてくるかのような、不自然な重たさを背中に感じ、嫌な寒気を味わった。その感覚に喉を鳴らして振り向く。当然、そこには何も無い。

「どうかしたですか?」

「…………」

「レイくん?」

 様子のおかしいレイの顔を覗き込もうとして、しかしレイが首を振った事でそれは中断させられる。レイが「なんでもないよ」と、何も無かったかのような顔で笑うものだからミズキはより不安を感じずにはいられなかった。

「本当に、大丈夫ですか?」

「うん。本当に大丈夫」

 そう告げて、レイは一人先に屋敷へと向かって歩いて行く。

「あ、ま、待ってくださーぃ!」

 その後を追いかけて、二人は人混みの中に紛れて消えて行った。

 ※※※

 それからしばらくして、二人はビルの谷間を進んでいた。

 薄暗く、狭い通路に二人。左右を注意深く観察し、明瞭ではないものの、一度は来たことのある道だ。それも、つい数時間前に。忘れてはいないが、覚えているかと言われればそれはそれで返答に窮する。

 要するに、うろ覚えだった。

「色々あったしね……」

 自分への言い訳を考えながら、レイは辺りを見渡して「えーと……」と自信が無さそうに呟く。胸をかきたくなるような焦りを覚えつつ辺りを見渡し、記憶の再現を今ここに果たそうと唸り声を上げる。それを聞いて、ぱちくりとミズキは瞬きした。

「どうしたですか?」

 頭に浮かんだ疑問を口に出したミズキの方へ目を向けて、レイは視線を彷徨わせて誤魔化すように笑みを浮かべる。──引き攣ってしまっているが。

「あー……と、その、ね……」

 ははははは、と空笑いを浮かべて、レイは答えにくそうに、あー、とか、えっと、とか口にしながら、視線はミズキには向けずに彷徨わせたままで──、

「もしかして……」

 じぃっ、と覗き込むように見つめられて、レイはたらたらと冷や汗をかきながら両手で壁を作って一歩、後ずさる。そんなレイの、やたらと怖がるような、怯えるような反応にミズキは目を細めて眉間を狭めて首を傾げた。

 バレた、のかな……。

 慄くように片方しか映さない瞳は大きく見開かれ、動きの無い景色の中、ゆったりと動き始めるその唇に注視する。
 ごくりと、渇きに飢えた喉が口の中の唾を持って行く。

「──何か、悩み事です?」

「……ぇ。なや、み……?」

 ふゅ、と詰まっていた息が吐き出され、予想外も予想外の、驚きにみち満ちた目で、顔で、レイは自らを案ずるようなその質問に言葉を重ねる。

「え、ちょっと待って。ミズキさんは、ぼくが悩んでいたように見えたの……?」

「え、違うんですか?」

 裏など無いようなその声色に、レイは心の中でガッツポーズをし、「そ、そっか」と、妙に張り切ったような声で、いきなり明るくなった声で、元気にレイは胸を張った。

「大丈夫、ぼくがしっかりと案内するからね!」

 弱みはできるだけ見せたくはないと、つまりはそういう事だった。

 気が付いていないなら、もういっそ隠してしまおうと、そういう魂胆だった。

「てっきり、これからの不安とか、道を忘れたとか……」

 かくして、一瞬前のレイの喜びは悲しいかな。無惨にも華々しく散っていったのだった。
 とは言え、この先へ進まないわけにも行かず、レイは「実は、ね……」と既に道をあまり覚えていない事を話す事にした。

「──そうだったんですか」

「ごめんなさい、ミズキさん……」

「良いですよ。──けれど、となるとこのままじゃいけませんね……何か代案を考えなければ……」

 考え込んでしまうミズキを、申し訳なさそうに身を縮こまらせて見つめるレイ。
 そんなレイの顔に笑みを向けて「そうです」とミズキは指を立てて一つ意見を述べる。

「私、飛べるので上から見ちゃいましょうか?」

「……でも」

 まだ拭い切れていない不安に駆られ、レイは視線を空へと向ける。そこではビルの隙間、縦に注がれる太陽の光が、空の青が、雲の白が目に映った。

 それは、今一番の謎と言うか、疑問であり、突如として消えた『獣』と呼ぶべき化物達の突然の減少、もとい、ほぼほぼ消滅している事だ。
 その存在が煩わしくはあったが、無くなれば無くなるで何か嫌な予感がしないでもない。

 でも、まあ、こんなに早くは、流石にいないよね。

「分かった。うん、そうしよう」

 仮にこの時間帯からいるとするなら、もっと早く被害が出てもおかしくはなかった。それを考慮した上で、レイはミズキに許可を出した。

「──ただ、ぼくも行くけれど」

「? 大丈夫ですよ? それにレイくん、飛べないですよね?」

「たぶん──」

 と口にしながらすぐ側の壁に向き直り、上を向いて、膝を曲げた。

「ミズキさんでも流石に分からないと思うから、ねっ!」

 とん、と軽い音だけを置き去りにして、レイはすぐ側の壁へと跳びついて、更にそこから壁を蹴って見る見る内に屋上へと近づいて行く。

「ミズキさん?」

 跳びながら、レイはちらりと下を見る。そこでは、動かずにただレイを見上げているだけのミズキの姿が見つけられて。
 屋上に両手をかけて、身を屈めるように壁に足をつけ、そこから蛙のように対面のビルへと飛び移る。頭から屋上の床へと落ちる所を手を伸ばして、前転して上手い具合に着地成功。

 しかし、ミズキは上がって来ていないようで、屋上にその姿は見えない。
 ぴょこん、と壁面を覗き込むと、ミズキはまだ下の方にいた。

「ミズキさーん、どうしたのー?」

「ハッ……!?」

「ミズキさーん?」

「い、今行くですよレイくん!」

 慌てて飛んで来たミズキはどこか焦ったような顔で、今もまだ夢心地、と言うような顔でレイを見つめていた。妙にそわそわしているように見えるその姿に、レイは首を傾げた。

「どうしたの?」

「レイくん、ちょっと人間離れしてるですね」

「……まあ、ね」

「まるでレイカちゃんみたいでした。私だけが運動音痴みたいで少しガッカリです」

「……う、ん? え、それって、えっ、どういう事……?」

「レイカちゃん、運動だけはすっごく得意なので」

 そう言うと、ミズキは辺りを見渡して、一面に広がるビルの海に「うわぁ」と感嘆の声を漏らした。確かに、その圧巻される景色にはそんな声も出そうにはなる。

「ミズキさん」

「はいです」

 返事をして、振り向いたミズキは、レイが指で指し示す方向、右側へと顔を向ける。
 そこも、どこも、さして変わらないビルの海が続いている地平線のようなものが見えるのみで。それでも、しっかりと迷いの無い指を向けて、レイは告げる。

「こっちだよ」

「レイくんは何も変わらなさそうなこの景色でも分かるんですね。ちょっと落ち込んじゃいます……」

「気にしないで。ぼくは……ほら、ちょっとズルしてるみたいな感じだから……」

 遠慮がちに笑うその姿に、ミズキは「違うですよ」と優しく目を細め、無邪気そうな笑みを浮かべてそっと顔をレイに近づける。瞳の奥を覗かれたような心地に、レイは咄嗟に目を背けて困ったような顔を浮かべる。

「レイくんは、そのくらい、何度も失敗しているのに、頑張ってるんですよね? ズルとか言ってるですけれど、何度失敗しても挑戦するのはとってもいい事です」

「ミズキさん……」

 それは、自分を安心させるための、自責を和らげるための行動なのだと気が付き、レイは目を見開いてミズキを見つめる。驚いたように目を見開き、口から出る言葉を怖がるように唇を巻き込んで、不安に駆られた眉がひそめられる。

 色々な感情が織り合わされた顔で、レイはにっこりと微笑んだままのミズキを見つめ続けた。そして、その唇が再び動き出すのに注視して、その言葉を聞いてレイは口をぽかんと開ける。

「──たしかに、ズルっぽいですけれど」

 悪戯を仕掛けた子供のように笑うミズキに、レイはわなわなと口を震わせて「なっ」と続けようとした言葉を一瞬、喉に詰まらせて再び言い直す。もとい、叫び直す。

「慰めてくれるんじゃないの……!?」

「ふふふ、元気になったですね」

「え? あ……」

「気持ちが暗いと考え方も悪い方へ、悪い方へと行ってしまうですからね。それじゃあ、きっと上手くいかないですから。だから、ほら──」

 ミズキはにこっと花が咲くような笑顔を見せた。その顔は嬉しそうで、楽しそうで、ほっぺが赤いのは少し気恥ずかしさがあるからか。それでも、十二分に良い笑顔だった。

「笑うですよ、レイくん。きっとレイくんのやろうとしている事は、上手くいくですから」

「ミズキさん……」

「私は、どんな事があろうとレイくんの味方です。──彼女ですから」

 そう告げて、ミズキはレイが指さした方へと移動し、にこっと笑みを向けながら言った。

「行くですよ、レイくん。絶対に、上手くいくですから」

 長らく忘れていた心の余裕を再認知して、レイは胸の辺りを掻き混ぜていた焦りや、自責、自噴を宥めていく。ほんわかとした、優しい熱が、胸の内に感じられた。

 ──きゃはっ。

 狂ったようなあの笑みが、自分では無い自分が、宥められたように溶けていくのを、その哄笑ならぬ狂笑が遠ざかっていくのを感じ取り、レイは大きく頷いた。

「うん、行こう!」





[あとがき]
 定期的に、と言うか、よく思うんだけど、自分が上手く書けてるのか分かんない。
 正直に言うと、きっとまだまだ面白くできそうだけど、やり方が分からなくて四苦八苦してる、みたいな感じ。でもさ、上手くいくとすごい楽しいんだ。
 ちなみに、三章の時は上手くできた気がする。主に後半。
 さてさてさぁ~て。明日も更新しますよ~。お楽しみにっ! またね!
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