当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

204話 『始まる前に』

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「──着いた」

 嵐の前触れのような、静かな風が頬を撫で付ける。
 海の如く乱立するビル群から一転、眼前の景色は広く、背の低い緑が見える限りに広がっていた。そして、その中で一つ大きな屋敷がまるで要塞のようにぽつんと建っている。

 それをビルの上から見つめながら、レイはそう呟いた。
 ここまで来るのに、怪物には遭遇せず、それどころか何者の邪魔も入らなかったくらいだ。──だからこそ、逆に何かあるのではないかと不安になる。

「大丈夫ですよ、レイくんならやれます」

「……うん。ありがと」

 そわそわと逸る心臓を優しく撫でて落ち着かせ、一呼吸。
 レイはビルから身を投げ出すようにして飛び降りた。

 風が頬を叩き、ひゅるひゅると、びゅんびゅんと音を立てて後ろに飛んでいく様に少し興奮を覚えて自然と笑みが浮かび上がった。

 やがて半分くらい落下していくと、レイは体勢を整え始めた。くるりと脚を下に持ってくると、その脚は驚くほど簡単に地面を抉る様に蹴って、ごろん、と前転によって落下の威力を殺し、数回転で止まった。

 ぺたん、と足を伸ばして座るような形になったレイは、後ろを見て、それからビルを見上げる。高所から落ちた割には、言うほど恐怖も無く、痛みも皆無と言っていいほど無かった。

 あったのは、ただひたすらに頬を叩く風に感じる心地よさと高揚感のみで──、

「レイくん、大丈夫です?」

 ふと先程の余韻に浸っていたレイを現実に引き戻したのはミズキだった。
 息を飲んで立ち上がったレイは、何も異常が無いことを確認して、よし、と意気込んだ。

「あ……その前に……」

「どうしたですか?」

「この荷物、端っこの方に置いておこうかな、って思って」

「そう言えばその荷物、何が入ってるんです?」

「レイカちゃん達にお土産を、ね」

「私の! 私へのお土産は何かないですかレイくん!」

「……えっと……ごめん、なさい」

「なっ、なん、です、か……?」

 まるで信じられないとでも言うような顔で、ミズキは目を見開いて震え出した。
 そんなミズキに慌てて弁解しようと、レイは辺りを見渡しながら答えを探すものの、探す答えは一つとして見当たらず、ミズキに土下座をして許してもらおうと、その場に膝をつく。

「──まあ、普通の人からしたらお金を何も無いものへと使うのは不自然ですしね」

「……ぇ」

「別に大丈夫ですよ、ちょっとしたおフザケです。土下座しそうだったので言いましたが」

「わ、分かってたよ……?」

 ゆっくりと立ち上がり、少し引き攣った笑みを浮かべるレイをくすくすと小さく笑いながら「ええ、知ってるです」と楽しそうに答えた。

「ここに、来るつもりだったんですよね?」

 こくんと頷いて、レイはその視線を屋敷へと向ける。
 これまでと比べ、一番速く、そして、一番少ない人数で辿り着いた最終地点に、レイは緊張を生唾と共に飲み込んだ。

「なら、行っちゃうですよ。レイくんには指一本、いえ、爪の先だって触れさせませんから!」

「うん、行くよ。これで、終わらせ──」

 ──世界が、大きく脈打つ。

 それは大地の心音であり、破滅の鼓動。その上に立つ人々はその圧により大地から一時の間引き剥がされる。その鳴動に、レイは歯を噛み合わせて息を飲んだ。

「ぁ、ぐ……っ!?」

 宙空で手をかき、藻掻くレイは、見開いた目でしっかりと自分の足下を見下ろす。

「う、ああ……っ!」

 恐怖に引き攣った笑みが、少し狂気を帯びたように感じ、ミズキは痛々しくその姿を眺め、実態を持たないその体をぶるりと震わせた。
 浮き上がった体を、レイは足を下に向けたまま落ちていく。

 ざっ、と。
 土を蹴る、軽い音を立ててレイは着地に成功した。

「うぁ、と……!」

 最後にバランスを崩しかけたので完璧とは言い難いものの、成功はした。損害は無く、レイは確かめるように自らの体を何度も動かした。

「うん、平気」

 そう言って、その場に手荷物を置いてレイは屋敷に向けて走って行った。

「レイくん」

「ん、なあに。ミズキさん」

 走りながら、隣を飛行するミズキに尋ね返すレイ。
 その返答を聞きながら、ミズキは「特に気をつけた方が良いものとかは、あるですか」と、邪魔をしないようにと、そんな考えから来た言葉を返す。

「──精霊狩り」

「……ぇ」

「もし、そいつに遭ったら、全力で逃げて」

 もう目の前に迫った屋敷を前に、レイは息を大きく吸い込んで自分の胸を強く掴む。
 加速する疾走速度に合わせ、レイは大きく、猛々しく叫んだ。

「──領域、展開ッ!」

 同時、屋敷の扉を蹴破ってその中へと侵入する。
 吹き飛ぶ扉が奥へと飛んでいき、それを少年が見開いた目で追った。

「あら、もうバレちゃったの?」

 んふ、と。
 それは低い男性の声で艶めかしく、頬に手を当て、女のように微笑んだ。
 その少し後ろの方では、驚きに目を見開く少年と、捜し物を見つけたような顔をする童女の計三人がレイ達二人を出迎える。

 しゅるりと展開された領域の中に顕現するレイのその力の根源がレイの前に姿を現し、敵対者に立ちはだかる。レイ達も三人になり、敵対者を睨みつけたレイは一言、彼らに告げる。

「降参しろ……!」

「残念だけど、それは無理ねえ」

 くすくすと笑いながら、一番前に立つ彼はそう言う。
 その彼を睨んでいると、彼は面白がるように「あの時の子ね」と、浮かべる笑みを深くしてそんな事を言った。その言葉に、唐突な無理解を押し付けられたような気がして眉をひそめる。

「どう? 気分は。あの時から何も変わった様子は無いようだけど……」

「レイくん。あの人、知り合いですか?」

 小声で尋ねてきたミズキに、小さく首を振って否定する。

「ううん……。ぼくの、『知らない人』だ」

 だけど、もしかしたら忘れているだけかも、と不安になるレイは、慌てて強く首を振ってその考えを拒絶して眼前の敵に集中する。

「ハダチくん。悪いけど、君達の計画はここで終わる。──終わらせる」

 名前を呼ばれた少年は少しだけ驚いた顔をして、チッ、と不機嫌そうに舌打ちをした。
 前に出て来たその姿を睨んだまま、レイは己の中でどろりと渦巻くその力の奔流を感じ取り、顔のシワを深くした。

「わりぃな。今、テメェに邪魔されるわけにはいかねえぜ」

 バチン、と破裂するような音が轟き、そちらに顔を向けたレイは大きく目を見開いた。
 そこでは、一番前に立っていたはずの男が驚いた顔で焼け焦げた自分の足下を眺めていた。

「レイくんがお話してるです。そこで待ってるですよ」

「……可愛い精霊さんだこと」

 ぺろりと舌を巻いて、彼は妖艶に微笑んだ。

「食べちゃいたいくらい」

「気持ち悪いですね……」

「注意を逸らすのも失敗。──精霊が二体、厄介だぜ」

 舌打ちし、ハダチは背中から黒よりも黒い、暗闇にも似た二枚の羽根を羽ばたかせ、不敵に笑う。

「来いよ。相手してやる」

 それを合図に、レイは我先にと走り出した。

 どろりと肩から射出したドス黒い液体状のものが左腕に巻き付き、へばりつき、剣を形作っていく。

「はあああアッ!」

 疾走する中で構築されていく剣の切っ先がハダチに向けて穿たれた。
 それを二人は左右に避けて躱し、それを追い込むように横一閃に薙ぎ払う。

「わわっ、あぶなぁい!」

 ハダチの隣に立つ少女が、払われた剣に対してしゃがんで回避しながら叫ぶ。攻撃を後ろに飛んで躱したハダチはレイへと羽根を羽ばたかせて弾丸のように飛ばす。

 それを右手の盾で防いだレイのすぐ側で「ああ、怖かったぁ……」と言葉を漏らしながら胸を撫で下ろした少女──アオイは、息を吐きながら四つん這いになってその場を離脱しようとする。

 幸い、レイからはその姿は剣によってほとんど隠れていて捉えられず、レイが気づいておらず逃れられた事にほっとした。辺りを見渡して、ハダチと、精霊二体と対峙する男──トアの二人をそれぞれ見る。

 ハダチは距離をとって応戦しようとするも、そのことごとくを懐に入られ中々上手くいっていない様子だった。対してトアの方は、雷と暗黒の槍の猛追に襲われながら、その中を華麗に、美しく、舞い踊る蜂のように躱して入口まで近づき続けている。

「トアたーん!」

「私は平気よんっ。ハダチくんの方を手伝ってあげてちょうだいな」

「あーい!」

 ぴょこん、と飛んで立ち上がり、アオイは走り出した。足が向くのはハダチの方。
 小柄なその身を低くして走り、ハダチの下へ駆けつける。

「──ッ!」

 圧倒的な剛力で振るわれる剣は素早くハダチの急所を狙い撃つ。
 頭を薙ぎ払い、肩口からハダチを両断しようと叩き落とし、鳩尾を突く。ひたすらに繰り返される三つの動作にハダチは舌打ちした。

「鬱陶しい真似ばっかりするんじゃねえぜ!」

「たつけにきたよー!」

 突然の舌足らずな幼い声が響き、レイの胴体に脚が叩き込まれ、肺の空気が無理矢理押し出された。そのまま飛んでいき、何度も床を跳ねて壁に激突したレイは、蹴られた脇腹を押さえながら涙を流して苦い顔をする。

「ぁ、ぐぅ……!」

「攻めるんだぜ、アオイ。俺ぁこのまま羽根で攻撃するからよ」

「はあい!」

 幼い体躯にしてはあり得ない速度で迫るその姿に目を見開き、レイは咄嗟に右腕に纏わりつく自分の身長ほどもある漆黒の盾でその小さな拳の攻撃を受け止めた。
 屋敷が揺れ、アオイがもう片方の拳を放って来る。

 どん、どん、どん、と。

 連続して放たれる重たい連撃にレイは顔をしかめた。
 叩かれる盾にヒビが入り、危機を覚えたレイは盾の内側から押し退けるように盾を蹴ってアオイを怯ませ、どろりと盾を溶解させながら一歩前に出て剣を振って近づく。

「よっ、とだぜ」

 しかし横に振った剣の追撃はハダチにアオイの体が引っ張られて離れていく。
 苦い顔をしながら、距離を取れたことを小さな吐息にしてこぼした。

「────」

 ちらりと二人の様子を確認すると、自分とは違う次元の戦闘の様子に気まずそうに息を詰めた。暗黒の波がトアを襲い、その合間を縫うようにして黄色い雷撃が迸る。

 一方的な物量による破壊活動に、それでも避け続けているトアに驚きつつ、首を軽く振って、目の前の敵に集中する。

 ぼくも、頑張らなきゃ──!

「えいやーっ!」

「ひぼっッ!?」

 次の瞬間には頬を見た目の幼さに似合わぬ圧倒的破壊力を纏った拳で殴られて、錐揉み回転しながら地面に叩きつけられて、血やぬめりとした体液などを撒き散らして何度も跳ねながら吹き飛ばされていった。

「ビックリちたぁ……」

 白目を剥いて痙攣するレイに、目を見開いたアオイは驚きの声をこぼした。





[あとがき]
 忘れてると思うので、書いておきます。
 魔力持ちの人は傷つくたびに能力が向上して、痛覚が敏感になります。
 二章の初めの方に書いてるはずですが……見つけられませんでした。ごめんなさい。
 こんな話があったなあ、と。覚えていてもらえたら幸いです。

 さて、次回は楽しんでもらえたらな、と思います。
 それでは、また次回。
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