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四章 進む道の先に映るもの
205話 『肩代わり』
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「ひぼっ!?」
物を叩き付けるような音に釣られてそちらを向くと、錐揉みしながら弾かれたレイの姿に胸を掻き毟るような感覚と、喉の奥から飛び出す言葉があった。
「レイくん!?」
咄嗟に動きを止めて呼びかけたミズキ。しかし、床で倒れ伏すレイに反応の無く、苦虫を噛み潰したような顔で、目の前に対峙する男を見据える。
これまで彼は、まるで踊るかのように簡単に稲妻や波のように動く暗黒を躱し続けている。いや、それどころか、徐々に出口に近づいている様子から見れば、彼が外に出ようとしているのは明白だった。
このまま続けていてもきっと、彼は外に出てしまうだろう。ただ、気掛かりなのはレイが心配している事への関与だ。それさえ無いと言い切れれば、すぐにでも──、
「──ッ!」
短剣が、髪を数本だけ切り裂いて花の様に散らした。はらはらと花弁のように落ちていくその髪を見て、ミズキは感じた事のある恐怖を、目の前の男に感じた。
「察しがいいのねぇ?」
「…………」
彼を睨み付けて数秒、ミズキは稲妻を鳴らしてそこから消えた。
次に現れたのはレイのすぐ側。痙攣するレイを揺すろうとして、その手が体を透き通った事に歯噛みして、守るようにレイが対峙していた二人と対峙する。
「今度は、私が守る番です──」
にっこりと、安心させるような、母親のような優しい口調で背後で倒れているレイに向けて言葉をかけた。すぐに前を向いたミズキは、二人を睨みつける。
「レイくんはこれ以上傷付けさせないですよ!」
言い放つミズキは、先手必勝と言わんばかりに雷撃を二人に向けて撃ち込んだ。
しかし雷の速度は二人を捉える前に投げられた物にぶつかり、小さな範囲を放電で包み込んで黄色い球体を作り出した。
「チッ……このままじゃ奴らが……」
「はだちー、まかててよ!」
「……いや、それよりも、奴をどうにかして外に出させるぜ。コイツがいなきゃ、どうにかなりそうだからな」
はあ、と溜め息をついて、ハダチは痙攣しているレイを眺めて目を閉じてトアの方へと歩き始めた。アオイがレイとハダチの二人を交互に見てから少しの間見せた逡巡の後、「ちょ、ちょっと!」と走って行った。
「──ほんと、つくづく厄介と言うか、面倒なやつだったぜ」
そう告げて、ハダチは暗黒の波と対峙するトアに声をかける。
「とっとと行けよ。向こうで沸いてるかもしれねえだろ?」
その場に立つ押し潰すかのように迫る暗黒の波を、とん、と体重を後ろに傾けて床を蹴って、ふわりと舞うように後ろに下がる。
そのままハダチへと視線を向け、纏わりつくような熱っぽい微笑みを浮かべた。
「あらぁ? 心配してくれてるのん? かわいい子ねえ。食べちゃいたいくらい……」
その態度と声に明らかな嫌悪を滲ませて、ハダチはひらひらと煩わしげにその手を振った。それを見届けてくるりと片足を上げてくるくると回りながら横に移動して上から押し寄せていた暗黒の波を平然と躱す。
「……良いから行けよ。コイツらの相手は、俺らがするんだぜ。ちゃんと役割守れよ」
「そうねえ……なら、任せようかしら」
「っ、ま、待つです!」
慌てて静止をかけたミズキに、トアはにっこりと微笑んで、
「じゃあねぇー」
不敵で、楽しそうな笑みを浮かべながら、黒衣の少女が作り出す暗黒の波の、不自然なほどの質量に押し潰されて消えていった。
「……は?」
トアを押し潰した少女に異議を唱えるように睨みを効かせると、少女は困惑したようにあちこちを見回して、誰かの姿を探していた。
「……まさか……!」
「たぶん、そのまさかだと思うぜ」
ミズキは慌ててレイが蹴破った扉を見るが、しかしそこには誰もいない。その気配すら、全くもって感じさせない。──ただただ、昼下がりの心地良い風が入り込んで来るのみだった。
「無駄だぜ」
「っ……」
「ああなったアイツは人には見えねえぜ。カラクリは知らねえけどよ」
もちろん精霊にもな、と言葉を付け足して、ハダチは自分の指を内側に押し込んで何度か音を鳴らす。その後に、レイの横まで移動して来た黒衣の少女と、ミズキ。その二人を眺めて、ハダチは大きな溜め息となってこぼれた気怠さに少しの頭痛を覚えた。
「……ったく、アオイ、少し相手しててくれ。少し組み替えるから」
「はぁーい」
ぼそりとそばにいたアオイに囁いてから背中に生えた黒い羽を閉じ、ハダチはその場に座り込む。目を閉じ、小さく吐息して、静かに、眠るように、そこに佇んだ。
それをちらりと振り返った目で見て、アオイは大きく伸びをした。
「おねーたん達は、何ちにきたの?」
「……何しにって……」
無邪気な顔で、首を傾げて尋ねられたミズキは答えに窮した。理由は、それほど深く知っているわけでも、分かっているわけでもないミズキには、何も答えられない。
その理由を知る少年は今、目の前の彼女に殴られてここで倒れている。
そして、理由はどうであれ、その少年は、自分が愛すべきだと、守ってあげるべきだと思った相手なのだから。だから、
「──だから、私は、傷つけさせない。そのために、ここにいるです」
そう、自分の心に手を当てる。包み込むように、大切にするように、腫れ物に触るように、そっと。
「もし、傷付いてしまったら、傷が付いてしまったら、私は私自身が許せないです」
「……? どーゆーこと?」
「つまり、すっごい傷付くって事です」
「うんうん、おねーたんはいい子だけど……」
でもね? と。
ほっぺたに指を当てて、考え込むように、考えを整理するように、言葉を組み上げるように、汲み上げるように、ぱちくりと瞬きを繰り返す。
「かえでたまにほめてもらいたいから、まかたれたこと、ちゃんとちないとなんだよ」
「……このまま見逃す気は無いって事ですか」
「もちろんっ!」
「…………」
ちらりと、確かめ合うように目を合わせた。
黒衣の少女は、ミズキに頷きを返す。その頷きに頷きを返して、ミズキは再びアオイを見据える。
「私達は、レイくんを守ります。絶対に、傷付けさせはしません」
「むー……」
ほっぺたを膨らませたアオイの肩を、少年はぽん、と叩いた。
その衝撃に目を見開いて顔を上げたアオイはそこに立つ人物に「もーいいの?」と純粋な疑問を投げかける。それに対し、ああ、とだけ答えた少年は、にやりと笑いながら続ける。
「──領域、展開」
瞬間、少年の背後から染み渡るように展開されていく領域は、光景は、風景は、とても穏やかで、爽やかな──そう、それは、草原だった。
その中心で不敵な笑みを浮かべる少年を警戒しながら、ミズキは聞いた。
あまりにも小さく呟かれた、思わず聞き逃しそうになったその声を。
「──俺らの、勝ちだぜ」
※※※
「剣崎くんが、いない……?」
告げられたその事実に、眼鏡越しのその目が瞬かれる。
瞳に映った、対面に立つ少女が、心配そうに自分を覗き込むのが見える。
その少女に告げられた報告に空いた口が閉じなかった。
だってそれは、『既に知っている事だったから』。
「──ああ、その事なら心配はいらないよ」
多少驚きはしたものの、知っている事なら対処はできる。
「彼は今、トイレに行っているからね」
「そうだったんだ。てっきり勝手に抜け出したのかと……」
「あはは。彼は真面目だからね。そういう心配はしなくても大丈夫だろう」
「でも……」
「心配なら見てくると良い」
「……そこまで気になるわけじゃないし、別に良いけど……」
何かを挫かれたように苦い顔をした和田は、それを振り払うように首を振った。
「そうかい。──そう言えば、次の目的地はどこにしようか」
背負ったショートバックから修学旅行のしおりを取り出して街の略図が描かれた地図のページを開く。それを二人で挟むように見つめ、次の目的地を選んでいく。
「あ、ここなんかも良いんじゃない? ほら、お昼まだだし」
指を立てて提案した和田に「そうだね」と頷きを返して、しおりの地図の現在地を確認して「ここが今いる場所だ」と指を指した。
「ここから近くて、なおかつ飲食店とも近そうな場所がいいが……」
「うーん……でも、それだと選択肢三つくらいになっちゃうけど……いい?」
「構わないよ、私は。剣崎くんには後で確認するとして、他の皆には先に聞いておこうか」
「うんっ、今呼んでくる!」
弾むようなリズムで少し離れた位置にいた四人に声をかけに行った。
萌葱に迫っていた男子二人を、その破壊さえ伴うかのような圧によって散らした和田を遠目に見て苦笑した。トイレに行くと、一応は聞いていたものの、どうしようもない不安が脳裏を掠めた。
「──まさか、ね」
きっとあるはずのない出来事を想像して、滝本はゆるゆると頭を振る。
そもそも、そんな事をする理由は無いと言うか、見つからない。
彼は優しく、真面目で、義理の妹にも優しく接していると聞く。実際に彼らの関係を見たら、彼が不真面目だとか、不良だとか、そんな事を考える輩はまずいないだろう。
「面白半分、と言うやつか……」
思えば不憫だと、囁くようにそんな言葉が脳裏からひょっこり飛び出た。
彼は幼い頃に親を亡くし、施設へと預けられたらしい。私がとやかく言うものでもないかもしれないが、やはり寂しかったのではないのだろうか。付き合って『あげていた』岩倉さ……いや、貶めてしまったな。妬んでいるのか。
だがまあ、しかし、彼女が救いになった事は変わらないだろう。
同時に、彼女が後悔の爪痕を残した事も、変わりはしないのだろう。
はあ、と吐息が漏れて、少年の人生を憂う。
「やめにしよう。気が滅入る」
せっかくの修学旅行だ。
彼が戻ってきた時、笑って迎えよう。
彼の苦しみも、悲しみも、何一つとして分かる事はないが、分かろうとする事は、それを思いやる事はできるのだから。それだけでも、やらなくては。
「──それにしても」
湖を眺めると、そっと肩の力が抜けていった気がした。
「綺麗な湖だ」
その声は溶けるかのように誰の耳にも届かず、かき消えた。
それからしばらくして、最大最悪の災厄は始まる──……。
つかの間の平穏に身を委ねて、誰にも知られず走る少年に気づかず、知らない内に後悔の爪痕を深くしようとしている自分にも気づかず、今はただ、穏やかな気持ちで目の前の爽やかな風が吹く湖を眺めていた。
[あとがき]
最近、レイくん書いてると無性に人に抱きつきたくなるんですよね……。
なんでだろ。人が恋しいのかな。まあ良いや。
さて、まだまだ更新しますよ。次回もよろしくおねがいしますね、それでは。
物を叩き付けるような音に釣られてそちらを向くと、錐揉みしながら弾かれたレイの姿に胸を掻き毟るような感覚と、喉の奥から飛び出す言葉があった。
「レイくん!?」
咄嗟に動きを止めて呼びかけたミズキ。しかし、床で倒れ伏すレイに反応の無く、苦虫を噛み潰したような顔で、目の前に対峙する男を見据える。
これまで彼は、まるで踊るかのように簡単に稲妻や波のように動く暗黒を躱し続けている。いや、それどころか、徐々に出口に近づいている様子から見れば、彼が外に出ようとしているのは明白だった。
このまま続けていてもきっと、彼は外に出てしまうだろう。ただ、気掛かりなのはレイが心配している事への関与だ。それさえ無いと言い切れれば、すぐにでも──、
「──ッ!」
短剣が、髪を数本だけ切り裂いて花の様に散らした。はらはらと花弁のように落ちていくその髪を見て、ミズキは感じた事のある恐怖を、目の前の男に感じた。
「察しがいいのねぇ?」
「…………」
彼を睨み付けて数秒、ミズキは稲妻を鳴らしてそこから消えた。
次に現れたのはレイのすぐ側。痙攣するレイを揺すろうとして、その手が体を透き通った事に歯噛みして、守るようにレイが対峙していた二人と対峙する。
「今度は、私が守る番です──」
にっこりと、安心させるような、母親のような優しい口調で背後で倒れているレイに向けて言葉をかけた。すぐに前を向いたミズキは、二人を睨みつける。
「レイくんはこれ以上傷付けさせないですよ!」
言い放つミズキは、先手必勝と言わんばかりに雷撃を二人に向けて撃ち込んだ。
しかし雷の速度は二人を捉える前に投げられた物にぶつかり、小さな範囲を放電で包み込んで黄色い球体を作り出した。
「チッ……このままじゃ奴らが……」
「はだちー、まかててよ!」
「……いや、それよりも、奴をどうにかして外に出させるぜ。コイツがいなきゃ、どうにかなりそうだからな」
はあ、と溜め息をついて、ハダチは痙攣しているレイを眺めて目を閉じてトアの方へと歩き始めた。アオイがレイとハダチの二人を交互に見てから少しの間見せた逡巡の後、「ちょ、ちょっと!」と走って行った。
「──ほんと、つくづく厄介と言うか、面倒なやつだったぜ」
そう告げて、ハダチは暗黒の波と対峙するトアに声をかける。
「とっとと行けよ。向こうで沸いてるかもしれねえだろ?」
その場に立つ押し潰すかのように迫る暗黒の波を、とん、と体重を後ろに傾けて床を蹴って、ふわりと舞うように後ろに下がる。
そのままハダチへと視線を向け、纏わりつくような熱っぽい微笑みを浮かべた。
「あらぁ? 心配してくれてるのん? かわいい子ねえ。食べちゃいたいくらい……」
その態度と声に明らかな嫌悪を滲ませて、ハダチはひらひらと煩わしげにその手を振った。それを見届けてくるりと片足を上げてくるくると回りながら横に移動して上から押し寄せていた暗黒の波を平然と躱す。
「……良いから行けよ。コイツらの相手は、俺らがするんだぜ。ちゃんと役割守れよ」
「そうねえ……なら、任せようかしら」
「っ、ま、待つです!」
慌てて静止をかけたミズキに、トアはにっこりと微笑んで、
「じゃあねぇー」
不敵で、楽しそうな笑みを浮かべながら、黒衣の少女が作り出す暗黒の波の、不自然なほどの質量に押し潰されて消えていった。
「……は?」
トアを押し潰した少女に異議を唱えるように睨みを効かせると、少女は困惑したようにあちこちを見回して、誰かの姿を探していた。
「……まさか……!」
「たぶん、そのまさかだと思うぜ」
ミズキは慌ててレイが蹴破った扉を見るが、しかしそこには誰もいない。その気配すら、全くもって感じさせない。──ただただ、昼下がりの心地良い風が入り込んで来るのみだった。
「無駄だぜ」
「っ……」
「ああなったアイツは人には見えねえぜ。カラクリは知らねえけどよ」
もちろん精霊にもな、と言葉を付け足して、ハダチは自分の指を内側に押し込んで何度か音を鳴らす。その後に、レイの横まで移動して来た黒衣の少女と、ミズキ。その二人を眺めて、ハダチは大きな溜め息となってこぼれた気怠さに少しの頭痛を覚えた。
「……ったく、アオイ、少し相手しててくれ。少し組み替えるから」
「はぁーい」
ぼそりとそばにいたアオイに囁いてから背中に生えた黒い羽を閉じ、ハダチはその場に座り込む。目を閉じ、小さく吐息して、静かに、眠るように、そこに佇んだ。
それをちらりと振り返った目で見て、アオイは大きく伸びをした。
「おねーたん達は、何ちにきたの?」
「……何しにって……」
無邪気な顔で、首を傾げて尋ねられたミズキは答えに窮した。理由は、それほど深く知っているわけでも、分かっているわけでもないミズキには、何も答えられない。
その理由を知る少年は今、目の前の彼女に殴られてここで倒れている。
そして、理由はどうであれ、その少年は、自分が愛すべきだと、守ってあげるべきだと思った相手なのだから。だから、
「──だから、私は、傷つけさせない。そのために、ここにいるです」
そう、自分の心に手を当てる。包み込むように、大切にするように、腫れ物に触るように、そっと。
「もし、傷付いてしまったら、傷が付いてしまったら、私は私自身が許せないです」
「……? どーゆーこと?」
「つまり、すっごい傷付くって事です」
「うんうん、おねーたんはいい子だけど……」
でもね? と。
ほっぺたに指を当てて、考え込むように、考えを整理するように、言葉を組み上げるように、汲み上げるように、ぱちくりと瞬きを繰り返す。
「かえでたまにほめてもらいたいから、まかたれたこと、ちゃんとちないとなんだよ」
「……このまま見逃す気は無いって事ですか」
「もちろんっ!」
「…………」
ちらりと、確かめ合うように目を合わせた。
黒衣の少女は、ミズキに頷きを返す。その頷きに頷きを返して、ミズキは再びアオイを見据える。
「私達は、レイくんを守ります。絶対に、傷付けさせはしません」
「むー……」
ほっぺたを膨らませたアオイの肩を、少年はぽん、と叩いた。
その衝撃に目を見開いて顔を上げたアオイはそこに立つ人物に「もーいいの?」と純粋な疑問を投げかける。それに対し、ああ、とだけ答えた少年は、にやりと笑いながら続ける。
「──領域、展開」
瞬間、少年の背後から染み渡るように展開されていく領域は、光景は、風景は、とても穏やかで、爽やかな──そう、それは、草原だった。
その中心で不敵な笑みを浮かべる少年を警戒しながら、ミズキは聞いた。
あまりにも小さく呟かれた、思わず聞き逃しそうになったその声を。
「──俺らの、勝ちだぜ」
※※※
「剣崎くんが、いない……?」
告げられたその事実に、眼鏡越しのその目が瞬かれる。
瞳に映った、対面に立つ少女が、心配そうに自分を覗き込むのが見える。
その少女に告げられた報告に空いた口が閉じなかった。
だってそれは、『既に知っている事だったから』。
「──ああ、その事なら心配はいらないよ」
多少驚きはしたものの、知っている事なら対処はできる。
「彼は今、トイレに行っているからね」
「そうだったんだ。てっきり勝手に抜け出したのかと……」
「あはは。彼は真面目だからね。そういう心配はしなくても大丈夫だろう」
「でも……」
「心配なら見てくると良い」
「……そこまで気になるわけじゃないし、別に良いけど……」
何かを挫かれたように苦い顔をした和田は、それを振り払うように首を振った。
「そうかい。──そう言えば、次の目的地はどこにしようか」
背負ったショートバックから修学旅行のしおりを取り出して街の略図が描かれた地図のページを開く。それを二人で挟むように見つめ、次の目的地を選んでいく。
「あ、ここなんかも良いんじゃない? ほら、お昼まだだし」
指を立てて提案した和田に「そうだね」と頷きを返して、しおりの地図の現在地を確認して「ここが今いる場所だ」と指を指した。
「ここから近くて、なおかつ飲食店とも近そうな場所がいいが……」
「うーん……でも、それだと選択肢三つくらいになっちゃうけど……いい?」
「構わないよ、私は。剣崎くんには後で確認するとして、他の皆には先に聞いておこうか」
「うんっ、今呼んでくる!」
弾むようなリズムで少し離れた位置にいた四人に声をかけに行った。
萌葱に迫っていた男子二人を、その破壊さえ伴うかのような圧によって散らした和田を遠目に見て苦笑した。トイレに行くと、一応は聞いていたものの、どうしようもない不安が脳裏を掠めた。
「──まさか、ね」
きっとあるはずのない出来事を想像して、滝本はゆるゆると頭を振る。
そもそも、そんな事をする理由は無いと言うか、見つからない。
彼は優しく、真面目で、義理の妹にも優しく接していると聞く。実際に彼らの関係を見たら、彼が不真面目だとか、不良だとか、そんな事を考える輩はまずいないだろう。
「面白半分、と言うやつか……」
思えば不憫だと、囁くようにそんな言葉が脳裏からひょっこり飛び出た。
彼は幼い頃に親を亡くし、施設へと預けられたらしい。私がとやかく言うものでもないかもしれないが、やはり寂しかったのではないのだろうか。付き合って『あげていた』岩倉さ……いや、貶めてしまったな。妬んでいるのか。
だがまあ、しかし、彼女が救いになった事は変わらないだろう。
同時に、彼女が後悔の爪痕を残した事も、変わりはしないのだろう。
はあ、と吐息が漏れて、少年の人生を憂う。
「やめにしよう。気が滅入る」
せっかくの修学旅行だ。
彼が戻ってきた時、笑って迎えよう。
彼の苦しみも、悲しみも、何一つとして分かる事はないが、分かろうとする事は、それを思いやる事はできるのだから。それだけでも、やらなくては。
「──それにしても」
湖を眺めると、そっと肩の力が抜けていった気がした。
「綺麗な湖だ」
その声は溶けるかのように誰の耳にも届かず、かき消えた。
それからしばらくして、最大最悪の災厄は始まる──……。
つかの間の平穏に身を委ねて、誰にも知られず走る少年に気づかず、知らない内に後悔の爪痕を深くしようとしている自分にも気づかず、今はただ、穏やかな気持ちで目の前の爽やかな風が吹く湖を眺めていた。
[あとがき]
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