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四章 進む道の先に映るもの
208話 『メイリィ』
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「はあ? 殺す?」
片眉を下げて、ハダチは聞き返した。
しかし、その問いに対しての返答は迫る拳で告げられる。
咄嗟に胸の前で腕を交差させて攻撃を防いだハダチは風を切って縦に回転しながら、床を何度か跳ねて壁に背中から激突する。衝突した壁から放射状に亀裂が入った。
「ぐ、がッ……!?」
しかめる顔。その目線の先には肘より先の腕が、両腕とも半ばでぐちゃりと折られてしまっていた。右腕からは白い骨が突き出て丸見えの状態で、左腕も、折れた箇所が濃い紫色に変色している。
一瞬にして両腕をバカにしたレイを視界の中央に捉えて、苛立ちを見せるように歯噛みした。敵意を剥き出しにして睨みつけると、レイからは冷たい憤りを湛えた瞳が返される。
「……男は、許さねえ。絶対にぃ~……皆・殺・し……! キャはハッ!」
「なんなんだよコイツ……」
その変貌の仕方に驚きながらも、風を置き去りにして飛んでくるレイを、横に跳んで跳ねて跳ねまくって逃げて躱す。躱す。躱す。
身体の外傷により、体がより良い再生能力を求めて張り巡らされた神経が、命令伝達速度を物の数で引き上げて半ば副作用的に向上した身体能力で、どうにかレイの連撃を躱していく。
息も継げぬ猛攻に、ハダチは躱す事で手一杯だった。
「れ、レイくん!」
「死ね死ね死ね死ね! 死んじゃえ~……っ!」
ミズキの声にすら反応を示さず、レイはただひたすらに目の前の敵を殴り、蹴り、殺す事だけに意識が傾いていた。その姿に、ミズキは「まさか……」と何かに勘付いた風に目を見開く。
「……あなた、レイくんじゃないですね?」
風を置き去りにした拳が咄嗟に後ろに体を引いたハダチの鼻を掠めてぴたりと止まる。
その顔が、目が、笑ったままゆっくりとミズキの方へと振り返る。
「……だったら、なあに?」
「レイくんに、さっさとその体を返すです……」
「ワタシの体でもあるのにぃ?」
「それは、レイくんの体です……!」
「レイの体でぇ? このワタシの体でもあるんだよなぁぁ……。なのに、レイばっかり不公平だろぉ?」
自分の胸に手を当てて、歪んだ笑みを向ける。
その笑みに背中を突き刺されたような、鋭い寒気を感じて目を見開いて少し後ろに下がる。
「──ワタシがワタシの体で何しようが、どうでもいいだろ」
それは、自己嫌悪にも似た声で吐き捨てられた。
その言動にミズキが片眉上げるのと同時、レイはハダチの方へと向き直る。
ハダチは距離を取った状態で、悔しげにぎりりと歯を噛んだ。
「……それに」
ダンッ、と。
撃ち出される弾丸のような速度で彼女はハダチに迫りながら吐き捨てる。
「ワタシは、レイを守ってやってんだよ」
勢い良く振られた腕に、剣を半ばまで形成した、刃が折れたような剣を纏って叩く。
「ガ、ァっ!?」
飛んでいくハダチには目もくれず、ミズキは冷たく言い放たれたその言葉に、信じられない、とでも言いたそうな目で、その続きを待つように見つめていた。
ハダチは壁に叩きつけられ、ぐりんと白目を向いて床に倒れ伏す。
「……どういう事です?」
「レイは、優しいからな」
「……?」
「自分よりも、人を優先する。──だからワタシは、よって来る奴らを根こそぎ潰す……! ひひ、アハハは! ああ、殺す、殺す、殺す……。オトコは、絶対に……!」
「何か恨みでも……」
「あ? あハァ……。そっかあ、言ってね~のかァ……」
くフッ、と堪えるように笑い、彼女は笑って語る。その理由を。
「レイプされてたんだよ! アハハハはははハはは!」
「……は?」
ぱちくりと。
その言葉を噛み砕くために瞬きを繰り返す。何度も、何度も。
そんな事、あるわけがない。が、全てを知っているわけでもなく、確かにそういった輩がいたのはまだ記憶にある。彼らがもしも暴行を加えていたのなら、そういった事も起こったのかもしれない。
それでも、絶対に、そんな事は信じていいわけがない。
だって、それを信じてしまったなら……。
「……っ」
「キャはハははッ……。ああ~、なんかムカついてきた~……。アハ、トドメ刺そっかなぁ……」
まるで「何して遊ぼっかな」とでも言うような口調でそんなことを言った彼女に、ミズキは返す言葉が見当たらない。
「……ダメ、です」
絞り出すように言葉にしたそれに、ハダチの方へ向かおうとしていた彼女は、手を後ろから引かれたようにその動きを止めた。
「え~、ナニお前」
「人を、殺すのは……悪い、ことですよ」
「ふぅん。で?」
「だから、やっちゃダメです」
「…………」
バキッ、と。
床が踏み砕かれる音がして、次の瞬間にはミズキの眼前に狂気の笑みを湛えた瞳が、ミズキを睨んでいた。
「なんでお前に指図されなきゃならないの~……?」
「指図とかじゃなくて、人は殺しちゃダメです」
「…………」
「レイくんの体で、そういうのは、やめろです」
初めて。
初めて、彼女はその笑みを消して、ミズキに冷ややかな侮蔑と怒りをない混ぜにした顔を向ける。
「……何か、言ったらどうです?」
「はいはーい。お二人とも、そこで言い争いは終わりにしましょう」
突然に割って入って来た声に釣られてそちらを向くと、抱き着いているアオイの頭を撫でながら、カエデがにこにこと笑みを絶やさずに二人をジッと見つめていた。
「なんなんです?」
「キャはハッ、もしかして……おねーさんもワタシの邪魔す──」
「邪魔はしませんよ。ええ、邪魔なんてとんでもない。私は、もしかしたらそのお手伝いができるかも、と提案するおつもりでしたので」
「……ふぅ~ん」
「なっ……」
驚いたふうに声を上げて、ミズキはその提案を申し出たカエデに向けて責めるような視線を送るや否や、カエデは見透かしたようにミズキに笑顔を向けてくる。
「落ち着いて下さい、精霊さん」
「これが落ち着いてなんて……!」
「それでぇ~? キャふフふ……何か、あるんじゃね~のかよぉ~……?」
「剣崎さん、私はあなたのその、殺害欲求を叶える用意ができます。もし私についてきていただけるのなら、何人でも殺させてあげましょう」
「……ッ!」
営業で使うような笑顔を浮かべてレイを勧誘するカエデ。彼女を睨みながら苦虫を噛み潰したような顔で、ミズキは奥歯を軋ませる。
「どうでしょうか?」
「ダメですよレイくん! 正気に戻ってくださいです!」
「精霊さん、あなたは少し、黙っていてください」
「…………!?」
声が、出せない。
喉から音を出そうとするたび、喉の内側から締め付けられるような不思議で、不快で、不愉快な感覚が襲い来る。その問題に直面している間にも話は進んでいき──
「…………」
黙りこくるレイに対して、不審感がカエデの表情に暗い陰を落とす。
沈黙する場。レイの答えがどうなるものか、その答えをいち早く知ろうとして、その唇を注視する。それはミズキだけではなく、カエデも、また、カエデに抱き着くアオイも、黒衣の少女も、誰も彼もがレイの唇をジッと見つめる。
やがて、その唇が問い詰めた答えを言わんと動き始めた。
「……はあ」
「どうしたんですか?」
「……絶対に、やあだね~! キャハハははハハはッ!」
「理由を、聞いても……?」
「分かんね~のかよ~。──ワタシは誰彼構わず殺したいわけじゃねえし……。だいたい──」
キャは、と。
喉に染み付いたように響いてくる哄笑が、狂笑が、漏れたかのように口から出る。
そしてそれは、そのまま嘲りとなってカエデに突き刺され、
「──レイが嫌ってる奴を、好きになるわけね~だろ~がァ~」
してやったりと、得意げな、楽しそうな顔で、少し興奮に赤く染まり始めた顔で、彼女はそう告げた。一瞬だけ、カエデの頬が強張る。
キャはハハはハハはははハ!
そんな高笑いが部屋の中を響いて、まるで止むことを知らない雨のように、何分もの間、ずっと響き渡っていた。その笑い声を、カエデはその笑顔を崩さずに最初から最後までしっかりと聞き届けて、笑い声が止むと同時に「終わりましたか?」と尋ねた。
「──あなたは」
ミズキが尋ねようとした質問の答えは、先に耳に押さえるようにして触れる彼女の口から、嘲るような口調で告げられる。
「ワタシはぁ、この体を求めてくる男が、憎くて憎くてしょ~がなくてなぁ~……。見るだけで吐き気するしぃ、一緒にいるだけで殺したくて殺したくて堪らないんだなァ~」
ガリッ、と。
耳の裏側を爪で引っかき、だらりと大量の血を流す。
赤と黒の入り混じったその血は、首筋から体の方へと流れていって服に染み込んだ。
「──でも」
しかし、その目は狂気を瞳の奥底に湛えているものの、理性が消えたわけでは決して無く、愉悦と不快感を滲ませたような、満たされていて満たされていないような目で、答える。
「今回は特殊だから、抑えるようにしてんだけど……キャはッ。……やっぱ、男ムカつく~……」
「……分かりました」
「キャはハッ……」
「あなたは、私達と敵対すると」
「レイは皆に好かれてんだよ。──好きな奴が頑張ってたら、ご褒美あげたくなるだろぉ~? キャふッ……。あハァ……」
「なら、あの時のように『トラウマ』を呼び起こさせて──」
小さな風が左から右へと吹き抜けて行った。
そして、振り切られた右手は、刃折れではない、真正の剣であり、それが凪いだ後にできた傷が、鎖骨辺りに小さな切り傷となって浮かび上がり、赤い線が垂れる。
「ワタシに『トラウマ』なんてあるわけね~だろ。──そう言うのは全部、レイが引き受けてくれてんだからなァ~……! アハはははハははハハハははハはっっッ!」
興奮が収まらなくなったように、彼女は左手で腹を抱えて笑う、嗤う。嘲笑う。
「あなたは一体……」
尋ねてくるミズキに、彼女は嗤いをどうにか堪えながら、剣で床を叩いて、木を叩き切るような鈍い音を辺りに響かせながら答えた。
「ワタシはァ、メイリィ。レイの敵を全部壊すためにここにいるぅ……。全部全部、レイの邪魔する奴らは全員──ッ!」
──み・な・ご・ろ・し☆
弾かれたように床を蹴って一気に間合いを詰めた彼女は、メイリィは、横薙ぎしてカエデの首を狙う。が、それは、下から腹部に向けて襲って来た衝撃によりふっ飛ばされて阻止される。
「か、フッ……」
剣を床に突き刺し、衝撃の勢いを肩を外す事で相殺して、焦点がどこかへと飛んでいった目で、視界で、その衝撃を放った者を見た。
「かえでたまを、きづつけちゃメッ!」
ふらふらと、揺れる頭が、視界が、幼いその姿を捉えて、狂気に歪む。
「くフッ……フふ……アはっ、アハはははハハは!」
ぐりん、と焦点が戻って来た目で、メイリィは叫んだ。
「レイを傷付ける障害は、全部全部取り壊してやるルるアアあああ~アぁアあアァああァアああアぁァあアアああアッッッ!」
狂った叫びが黒い血と共に、勢い良く口から吐き出された。
[あとがき]
メイリィちんやべぇ……。
自分で書いててなんだけど、今のところこの作品で一番やべぇ奴な気がしてきました。
スケールで言ったらカエデさんの方がやべぇ奴なんですがね。
さて、七夕になりました。次回は七月十四日!
四章も終わりが見えてきたし、夏休みまでには書き終われるかな。きっと。
……レイカちゃんサイドも、そろそろ書けそう。
片眉を下げて、ハダチは聞き返した。
しかし、その問いに対しての返答は迫る拳で告げられる。
咄嗟に胸の前で腕を交差させて攻撃を防いだハダチは風を切って縦に回転しながら、床を何度か跳ねて壁に背中から激突する。衝突した壁から放射状に亀裂が入った。
「ぐ、がッ……!?」
しかめる顔。その目線の先には肘より先の腕が、両腕とも半ばでぐちゃりと折られてしまっていた。右腕からは白い骨が突き出て丸見えの状態で、左腕も、折れた箇所が濃い紫色に変色している。
一瞬にして両腕をバカにしたレイを視界の中央に捉えて、苛立ちを見せるように歯噛みした。敵意を剥き出しにして睨みつけると、レイからは冷たい憤りを湛えた瞳が返される。
「……男は、許さねえ。絶対にぃ~……皆・殺・し……! キャはハッ!」
「なんなんだよコイツ……」
その変貌の仕方に驚きながらも、風を置き去りにして飛んでくるレイを、横に跳んで跳ねて跳ねまくって逃げて躱す。躱す。躱す。
身体の外傷により、体がより良い再生能力を求めて張り巡らされた神経が、命令伝達速度を物の数で引き上げて半ば副作用的に向上した身体能力で、どうにかレイの連撃を躱していく。
息も継げぬ猛攻に、ハダチは躱す事で手一杯だった。
「れ、レイくん!」
「死ね死ね死ね死ね! 死んじゃえ~……っ!」
ミズキの声にすら反応を示さず、レイはただひたすらに目の前の敵を殴り、蹴り、殺す事だけに意識が傾いていた。その姿に、ミズキは「まさか……」と何かに勘付いた風に目を見開く。
「……あなた、レイくんじゃないですね?」
風を置き去りにした拳が咄嗟に後ろに体を引いたハダチの鼻を掠めてぴたりと止まる。
その顔が、目が、笑ったままゆっくりとミズキの方へと振り返る。
「……だったら、なあに?」
「レイくんに、さっさとその体を返すです……」
「ワタシの体でもあるのにぃ?」
「それは、レイくんの体です……!」
「レイの体でぇ? このワタシの体でもあるんだよなぁぁ……。なのに、レイばっかり不公平だろぉ?」
自分の胸に手を当てて、歪んだ笑みを向ける。
その笑みに背中を突き刺されたような、鋭い寒気を感じて目を見開いて少し後ろに下がる。
「──ワタシがワタシの体で何しようが、どうでもいいだろ」
それは、自己嫌悪にも似た声で吐き捨てられた。
その言動にミズキが片眉上げるのと同時、レイはハダチの方へと向き直る。
ハダチは距離を取った状態で、悔しげにぎりりと歯を噛んだ。
「……それに」
ダンッ、と。
撃ち出される弾丸のような速度で彼女はハダチに迫りながら吐き捨てる。
「ワタシは、レイを守ってやってんだよ」
勢い良く振られた腕に、剣を半ばまで形成した、刃が折れたような剣を纏って叩く。
「ガ、ァっ!?」
飛んでいくハダチには目もくれず、ミズキは冷たく言い放たれたその言葉に、信じられない、とでも言いたそうな目で、その続きを待つように見つめていた。
ハダチは壁に叩きつけられ、ぐりんと白目を向いて床に倒れ伏す。
「……どういう事です?」
「レイは、優しいからな」
「……?」
「自分よりも、人を優先する。──だからワタシは、よって来る奴らを根こそぎ潰す……! ひひ、アハハは! ああ、殺す、殺す、殺す……。オトコは、絶対に……!」
「何か恨みでも……」
「あ? あハァ……。そっかあ、言ってね~のかァ……」
くフッ、と堪えるように笑い、彼女は笑って語る。その理由を。
「レイプされてたんだよ! アハハハはははハはは!」
「……は?」
ぱちくりと。
その言葉を噛み砕くために瞬きを繰り返す。何度も、何度も。
そんな事、あるわけがない。が、全てを知っているわけでもなく、確かにそういった輩がいたのはまだ記憶にある。彼らがもしも暴行を加えていたのなら、そういった事も起こったのかもしれない。
それでも、絶対に、そんな事は信じていいわけがない。
だって、それを信じてしまったなら……。
「……っ」
「キャはハははッ……。ああ~、なんかムカついてきた~……。アハ、トドメ刺そっかなぁ……」
まるで「何して遊ぼっかな」とでも言うような口調でそんなことを言った彼女に、ミズキは返す言葉が見当たらない。
「……ダメ、です」
絞り出すように言葉にしたそれに、ハダチの方へ向かおうとしていた彼女は、手を後ろから引かれたようにその動きを止めた。
「え~、ナニお前」
「人を、殺すのは……悪い、ことですよ」
「ふぅん。で?」
「だから、やっちゃダメです」
「…………」
バキッ、と。
床が踏み砕かれる音がして、次の瞬間にはミズキの眼前に狂気の笑みを湛えた瞳が、ミズキを睨んでいた。
「なんでお前に指図されなきゃならないの~……?」
「指図とかじゃなくて、人は殺しちゃダメです」
「…………」
「レイくんの体で、そういうのは、やめろです」
初めて。
初めて、彼女はその笑みを消して、ミズキに冷ややかな侮蔑と怒りをない混ぜにした顔を向ける。
「……何か、言ったらどうです?」
「はいはーい。お二人とも、そこで言い争いは終わりにしましょう」
突然に割って入って来た声に釣られてそちらを向くと、抱き着いているアオイの頭を撫でながら、カエデがにこにこと笑みを絶やさずに二人をジッと見つめていた。
「なんなんです?」
「キャはハッ、もしかして……おねーさんもワタシの邪魔す──」
「邪魔はしませんよ。ええ、邪魔なんてとんでもない。私は、もしかしたらそのお手伝いができるかも、と提案するおつもりでしたので」
「……ふぅ~ん」
「なっ……」
驚いたふうに声を上げて、ミズキはその提案を申し出たカエデに向けて責めるような視線を送るや否や、カエデは見透かしたようにミズキに笑顔を向けてくる。
「落ち着いて下さい、精霊さん」
「これが落ち着いてなんて……!」
「それでぇ~? キャふフふ……何か、あるんじゃね~のかよぉ~……?」
「剣崎さん、私はあなたのその、殺害欲求を叶える用意ができます。もし私についてきていただけるのなら、何人でも殺させてあげましょう」
「……ッ!」
営業で使うような笑顔を浮かべてレイを勧誘するカエデ。彼女を睨みながら苦虫を噛み潰したような顔で、ミズキは奥歯を軋ませる。
「どうでしょうか?」
「ダメですよレイくん! 正気に戻ってくださいです!」
「精霊さん、あなたは少し、黙っていてください」
「…………!?」
声が、出せない。
喉から音を出そうとするたび、喉の内側から締め付けられるような不思議で、不快で、不愉快な感覚が襲い来る。その問題に直面している間にも話は進んでいき──
「…………」
黙りこくるレイに対して、不審感がカエデの表情に暗い陰を落とす。
沈黙する場。レイの答えがどうなるものか、その答えをいち早く知ろうとして、その唇を注視する。それはミズキだけではなく、カエデも、また、カエデに抱き着くアオイも、黒衣の少女も、誰も彼もがレイの唇をジッと見つめる。
やがて、その唇が問い詰めた答えを言わんと動き始めた。
「……はあ」
「どうしたんですか?」
「……絶対に、やあだね~! キャハハははハハはッ!」
「理由を、聞いても……?」
「分かんね~のかよ~。──ワタシは誰彼構わず殺したいわけじゃねえし……。だいたい──」
キャは、と。
喉に染み付いたように響いてくる哄笑が、狂笑が、漏れたかのように口から出る。
そしてそれは、そのまま嘲りとなってカエデに突き刺され、
「──レイが嫌ってる奴を、好きになるわけね~だろ~がァ~」
してやったりと、得意げな、楽しそうな顔で、少し興奮に赤く染まり始めた顔で、彼女はそう告げた。一瞬だけ、カエデの頬が強張る。
キャはハハはハハはははハ!
そんな高笑いが部屋の中を響いて、まるで止むことを知らない雨のように、何分もの間、ずっと響き渡っていた。その笑い声を、カエデはその笑顔を崩さずに最初から最後までしっかりと聞き届けて、笑い声が止むと同時に「終わりましたか?」と尋ねた。
「──あなたは」
ミズキが尋ねようとした質問の答えは、先に耳に押さえるようにして触れる彼女の口から、嘲るような口調で告げられる。
「ワタシはぁ、この体を求めてくる男が、憎くて憎くてしょ~がなくてなぁ~……。見るだけで吐き気するしぃ、一緒にいるだけで殺したくて殺したくて堪らないんだなァ~」
ガリッ、と。
耳の裏側を爪で引っかき、だらりと大量の血を流す。
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しかし、その目は狂気を瞳の奥底に湛えているものの、理性が消えたわけでは決して無く、愉悦と不快感を滲ませたような、満たされていて満たされていないような目で、答える。
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「ワタシに『トラウマ』なんてあるわけね~だろ。──そう言うのは全部、レイが引き受けてくれてんだからなァ~……! アハはははハははハハハははハはっっッ!」
興奮が収まらなくなったように、彼女は左手で腹を抱えて笑う、嗤う。嘲笑う。
「あなたは一体……」
尋ねてくるミズキに、彼女は嗤いをどうにか堪えながら、剣で床を叩いて、木を叩き切るような鈍い音を辺りに響かせながら答えた。
「ワタシはァ、メイリィ。レイの敵を全部壊すためにここにいるぅ……。全部全部、レイの邪魔する奴らは全員──ッ!」
──み・な・ご・ろ・し☆
弾かれたように床を蹴って一気に間合いを詰めた彼女は、メイリィは、横薙ぎしてカエデの首を狙う。が、それは、下から腹部に向けて襲って来た衝撃によりふっ飛ばされて阻止される。
「か、フッ……」
剣を床に突き刺し、衝撃の勢いを肩を外す事で相殺して、焦点がどこかへと飛んでいった目で、視界で、その衝撃を放った者を見た。
「かえでたまを、きづつけちゃメッ!」
ふらふらと、揺れる頭が、視界が、幼いその姿を捉えて、狂気に歪む。
「くフッ……フふ……アはっ、アハはははハハは!」
ぐりん、と焦点が戻って来た目で、メイリィは叫んだ。
「レイを傷付ける障害は、全部全部取り壊してやるルるアアあああ~アぁアあアァああァアああアぁァあアアああアッッッ!」
狂った叫びが黒い血と共に、勢い良く口から吐き出された。
[あとがき]
メイリィちんやべぇ……。
自分で書いててなんだけど、今のところこの作品で一番やべぇ奴な気がしてきました。
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