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四章 進む道の先に映るもの
219話 『追う者たち』
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──目が覚めたレイは、揺れる背中に背負われていた。
「目が覚めたみたいね?」
顔を上げると、そこには精霊王であるウンディーネの横顔があった。
「…………」
「今は状況が大変だから、説明は後でね」
まだ少し回転の遅い頭を動かしながら、目覚めかけの右目を左右に走らせる。
そこには、住宅群があった。柵に縋り付くように、犬が大きな声で吠えている。
「ぇ……」
それを押し潰すように飲み込んで、ドス黒い波が骨をすり潰すかのような音を立てた。
振り向けばそこには、かつてないほど巨大な、ドス黒い陰のような波が差し迫っているのだった。
息を飲んだ。間近で見たそれはやはり、狂おしい人々の感情の塊に見えて仕方が無い。
他人を見る、批評する目。相手のものを欲しがる腕。怖さから逃れるための足。自分の正しさを証明するための口。それらが一緒くたになり波となって迫ってくる様子は薄ら寒く感じた。
ぎょろりとレイ達を見つめる大小問わず、様々な目の付いた腕、足。開くたびに呪詛にも似た声が発せられる口。腕が伸ばされ地面を引っかき、足が地面を蹴り、呪詛が心を締め上げる。
なるほど、それは確かに邪悪で間違いはなく、如何とも受け入れがたい。
けれど、受け入れられないからと放置はしない。──切り捨てて、消し潰す。
「もうだいじょーぶ。下ろして」
「だぁーめ。ピリピリしてるから、まだ下ろしてあーげないっ」
ぷいっとそっぽを向いて走り続けるウンディーネ。
そんな彼女の背を見つめ、不服と言わんばかりに眉根を寄せた。
「──ん、わかったよ。もうちょっと待つ」
その背に体を預けて顔を横にすると、レイは隣を飛んでいたミズキと目があった。
にやにやと頬を染めて笑うその顔に唇を尖らせた。
「なぁに。ミズキさん」
「レイくんの寝顔も、怒ったレイくんも可愛かったです!」
尖らせた唇を更に尖らせて、親指を立ててウィンクしてくるミズキをキッと睨みつける。
しかしその突き刺すような目線に屈することはなく、それでも嬉しそうな笑顔を浮かべ続けるミズキに、微笑みを浮かべて見せた。
「ぼくはもう中学生だから、『かわいい』よりも『カッコいい』の方が嬉しーのっ。できればミズキちゃんにもカッコいいって言われたいしね」
ミズキから顔を逸らして前を向いたレイは目を閉じて、ウンディーネの肩に頭を乗せた。
くすくすとレイの反応を笑ったミズキは、目元に浮かんできた涙を拭き取る。
「はいはい。レイくんはカッコいいですもんね。ヒーローです」
「うぐっ……。なんかヤな感じ……」
会話が消えた二人。それでも背後からは嫌というほどの呪詛が鼓膜を襲い、精神を蝕む。
体を起こして周囲に人影を探したレイ。見つかったのは、ウンディーネの背中と、ミズキと、後は水だるま状態でミズキの右側を、奥を飛んでいる少年だけだった。
彼は彼で「残念でしたー!」とか「バーカバーカ!」とか。とにかく色々と後ろの波に罵声を浴びせていて、胸をくすぐられたような気分で笑いが込み上げた。
くすくすと笑うレイに近づいて、ミズキはその顔を極端に近づける。
「それはそうと、レイくん。気分はどうです?」
「ん、気分……?」
左下に視線を下ろし、黙り込んだレイ。
そんな彼女をジッと見つめ、ミズキは待った。
「ん。だいじょーぶ。ヘーキヘーキ」
「ほんとです?」
「ほ、ほんとだって。──それよりさ! あの男の子。あの子のお母さん。見つかった?」
露骨に話を逸らしたレイの顔をジト目で見つめたミズキは、軽く横に首を振る。
そのままちらりと自分の背後で捕まえている少年に視線を移した。
「まだ見つかってないです。彼の言い分からすると、まだもう少し距離があるみたいで……」
「そう。──なら、生きてるかもね」
「きっと生きてるですよ」
「……そうだね」
※※※
「あの波は、こうやってさっきから一定距離ごとに勢いを止めてるの。その間に私達はこうして距離をとって来たけれど……」
水だるまから解放され、四つん這いになって俯いている少年を、ウンディーネはしゃがんですぐ隣から見つめていた。丘があり、その頂上の公園にて休息をとっている四人は、各々過ごしていた。
説明しているのはついさっきまで眠っていたレイに対して。ウンディーネは、首だけで振り向いて、遠くを眺めているその背中に微笑みを投げかけた。
「そう言えばあなたの名前、なんて言うの? 契約者くん」
目線を少しだけウンディーネに向けて、すぐに目線を戻したレイは、遠くで蠢いている『暗黒』の姿を見つめたまま、その問いに答える。
「……石田レイだよ」
「ふぅん? 『レイ』、ねー……」
「どうしたの?」
「……気のせいだと思うんだけれど、あなた……もしかして……」
ウンディーネが体ごと振り向こうとしたのと同時、レイが向こうを見ながら二人の方に歩み寄って来た。顔を見上げれば、どこか空虚な瞳をした姿があった。
「そろそろ休憩終わろ。──向こうの……えと、誰が張ったのか分からないけれど、結界が壊れそうだ」
「あら、結界に気づいてたの?」
立ち上がれば自分よりも小さなその頭に、ウンディーネはそっと手を乗せた。少し懐かしさの覚える感触に浸って撫でていると嫌そうな顔で手を払われ、きょとんと瞬きする。
「今はね。──来る時は、気づかなかった。立てる?」
まだ俯いていた少年に手を伸ばしたレイの顔を見上げる少年は、どこか疲れ切った顔でその手を取る。少し前まで叫んでいた興奮もどこへやら。立ち上がった少年は大きなため息を吐いた。
「……こっちです。まだもう少しあるけど、まあ、半分は切りました」
「ん。りょーかい。それで、次はどっち行けば良い?」
「こっちです。この街の端っこにけっこう近いので──ェ!?」
少年の指さした方、そちらに向けて走り出したレイ。ウンディーネ。二人から少し遅れて、水の球体に襲われた少年は水だるまへと返り咲き、ミズキと共に二人の後を追う。
丘を駆け下りていく二人の前には、整備された並木道が現れる。
緑色の木々がざわめく音が、妙に心を騒がせた。
「契約者くんは好きなものってある?」
「……急に何?」
「ただの興味だから、答えたくなければ良いんだけれど……」
ちらりと背後に送った視線。それに気づいたミズキが小さく手を振るのに手を振り返しながら、その奥、結界を壊して雪崩込んできた『暗黒』の波は、縋り付くように、引き摺り込むように、迫って来るのが右目に映った。
「──気が向いたら答える。あの子の母親を見つけなきゃ」
「ん。分かった。それなら早く見つけないとね。──あ、ちなみに私は正直な人が好きよ」
ウンディーネの浮かべる笑顔には反応をせずに並木道を進んで行った。
風の音に紛れて遠吠えが鳴り響いた。
※※※
「ん、う……」
ハダチが目を覚ますと、目の前には見知った童女の寝顔があった。
起き上がって、周囲の状況把握に務める。
血塗れ、傷だらけの部屋の中、二人だけ取り残されている。
「ぁ、んだぁ……?」
しかめっ面で額に手を当てたハダチは、ぬるりとした手触りに胃袋の中身が動いたような不快感に襲われた。見た手には赤い血が付着している。
それから目を離し、すぐ側で未だ眠り続けているアオイの頬をぺちんと叩いた。
「ッ! だァァァあああ!?」
くわっと目を見開いて飛び起きたアオイは、そのまんまるとした瞳を潤わせて喉を引きつらせる。その姿を見ながら、からからと疲れ切った笑みを浮かべて、自分の腕を枕にして寝転がった。
「やっと起きたんだぜ」
振り向いたアオイは、きゅっと唇を引き結んで唇をつんと尖らせて怒鳴った。
「いっ──たい! はだちのアホー! ぼけーっ! つかぽんたん!」
「サ行もっと練習しろ。スカポンタンて言えてねえんだよ。──それよりも、お前、アイツらがどこに行ったか知ってるか?」
「え? かえでたまたち……? んーん。ちらなーい」
「置いて行かれたのかよ……。まあ、ここを塞ぐ壁が俺らの役割だったからなあ……」
「ならたがちに行こー!」
「もう良いだろ。時間はまあまあ経ってるみたいだしサボっててもバレやしねえぜ。休め休め」
ほっぺたの膨らんだアオイが腕を振り上げたのを見て、ハダチは瞬時にその場を飛び離れて壁に張り付いた。床を叩いたアオイを中心に決して小さくは無いヒビが入り、ハダチの頬を冷や汗が伝う。
「あ、危ねえ……! 人を傷つけるようなのは注意するんだぜ!」
「べーっ、だ! はだちなんかぺちゃんこにちてやる!」
「バッ!? こんな所でやりあってちゃアイツに迷惑がかかるぜ!? それでも良いのか!?」
必死の説得あってか、それとも疲労のせいか。ほっぺたを萎ませたアオイはすぐにその鉾を収めた。
安堵の息を吐くハダチは、ぐるりと目を回してぼそりと呟いた。
「お調子者が……」
「なんか言ったー?」
「言ってね。──それよか冗談無しで実際問題どうするよ。戻るか、残るか」
「んー……」
考え込むアオイを尻目に、ハダチは思考を張り巡らせた。最後に記憶に残っているのは冷たい水の手触り。──と言うか、全身生乾き状態だ。
つまり、負けたのだ。敗北。決定的な所は記憶が曖昧だが、十中八九、精霊とサシでやり合った時に気絶してしまったのだろう。そう結論付けて、疑問を解消する。
となると、次は消えた『アイツら』の体の話に移り変わる。
奴らはどこへ行き、何をしに行ったのか。もちろん気にはなるが、何がなんでも、という訳ではない。どちらかと言うと知れれば良いと、そういった類の曖昧な興味に近い。
──つと、ハダチは瞬きをした。
「──聞こえたか?」
確認を促すと「うん」と肯定の返事が来て、一つ、ため息を吐いた。
立ち上がって埃をある程度払い、目の周りの乾きかけている血を手で拭き取る。
「奥からあち音……かえでたまかな?」
「いいや、こりゃあ……」
その時、ハダチの両目に映ったのは血みどろになったスーツ姿の女だった。
彼女は刀を杖代わりにしてどうにかこうにか立っていられる、といった状態だった。
肩で息をしながら、辺りを見回して、彼女はその場に倒れた。
[あとがき]
今回はほんとに月末連続更新は無いです……。ストックがほんとに心許ないので……。
でも、次回は九月一日!間隔が一週間も無いよ!それじゃあまたね!
「目が覚めたみたいね?」
顔を上げると、そこには精霊王であるウンディーネの横顔があった。
「…………」
「今は状況が大変だから、説明は後でね」
まだ少し回転の遅い頭を動かしながら、目覚めかけの右目を左右に走らせる。
そこには、住宅群があった。柵に縋り付くように、犬が大きな声で吠えている。
「ぇ……」
それを押し潰すように飲み込んで、ドス黒い波が骨をすり潰すかのような音を立てた。
振り向けばそこには、かつてないほど巨大な、ドス黒い陰のような波が差し迫っているのだった。
息を飲んだ。間近で見たそれはやはり、狂おしい人々の感情の塊に見えて仕方が無い。
他人を見る、批評する目。相手のものを欲しがる腕。怖さから逃れるための足。自分の正しさを証明するための口。それらが一緒くたになり波となって迫ってくる様子は薄ら寒く感じた。
ぎょろりとレイ達を見つめる大小問わず、様々な目の付いた腕、足。開くたびに呪詛にも似た声が発せられる口。腕が伸ばされ地面を引っかき、足が地面を蹴り、呪詛が心を締め上げる。
なるほど、それは確かに邪悪で間違いはなく、如何とも受け入れがたい。
けれど、受け入れられないからと放置はしない。──切り捨てて、消し潰す。
「もうだいじょーぶ。下ろして」
「だぁーめ。ピリピリしてるから、まだ下ろしてあーげないっ」
ぷいっとそっぽを向いて走り続けるウンディーネ。
そんな彼女の背を見つめ、不服と言わんばかりに眉根を寄せた。
「──ん、わかったよ。もうちょっと待つ」
その背に体を預けて顔を横にすると、レイは隣を飛んでいたミズキと目があった。
にやにやと頬を染めて笑うその顔に唇を尖らせた。
「なぁに。ミズキさん」
「レイくんの寝顔も、怒ったレイくんも可愛かったです!」
尖らせた唇を更に尖らせて、親指を立ててウィンクしてくるミズキをキッと睨みつける。
しかしその突き刺すような目線に屈することはなく、それでも嬉しそうな笑顔を浮かべ続けるミズキに、微笑みを浮かべて見せた。
「ぼくはもう中学生だから、『かわいい』よりも『カッコいい』の方が嬉しーのっ。できればミズキちゃんにもカッコいいって言われたいしね」
ミズキから顔を逸らして前を向いたレイは目を閉じて、ウンディーネの肩に頭を乗せた。
くすくすとレイの反応を笑ったミズキは、目元に浮かんできた涙を拭き取る。
「はいはい。レイくんはカッコいいですもんね。ヒーローです」
「うぐっ……。なんかヤな感じ……」
会話が消えた二人。それでも背後からは嫌というほどの呪詛が鼓膜を襲い、精神を蝕む。
体を起こして周囲に人影を探したレイ。見つかったのは、ウンディーネの背中と、ミズキと、後は水だるま状態でミズキの右側を、奥を飛んでいる少年だけだった。
彼は彼で「残念でしたー!」とか「バーカバーカ!」とか。とにかく色々と後ろの波に罵声を浴びせていて、胸をくすぐられたような気分で笑いが込み上げた。
くすくすと笑うレイに近づいて、ミズキはその顔を極端に近づける。
「それはそうと、レイくん。気分はどうです?」
「ん、気分……?」
左下に視線を下ろし、黙り込んだレイ。
そんな彼女をジッと見つめ、ミズキは待った。
「ん。だいじょーぶ。ヘーキヘーキ」
「ほんとです?」
「ほ、ほんとだって。──それよりさ! あの男の子。あの子のお母さん。見つかった?」
露骨に話を逸らしたレイの顔をジト目で見つめたミズキは、軽く横に首を振る。
そのままちらりと自分の背後で捕まえている少年に視線を移した。
「まだ見つかってないです。彼の言い分からすると、まだもう少し距離があるみたいで……」
「そう。──なら、生きてるかもね」
「きっと生きてるですよ」
「……そうだね」
※※※
「あの波は、こうやってさっきから一定距離ごとに勢いを止めてるの。その間に私達はこうして距離をとって来たけれど……」
水だるまから解放され、四つん這いになって俯いている少年を、ウンディーネはしゃがんですぐ隣から見つめていた。丘があり、その頂上の公園にて休息をとっている四人は、各々過ごしていた。
説明しているのはついさっきまで眠っていたレイに対して。ウンディーネは、首だけで振り向いて、遠くを眺めているその背中に微笑みを投げかけた。
「そう言えばあなたの名前、なんて言うの? 契約者くん」
目線を少しだけウンディーネに向けて、すぐに目線を戻したレイは、遠くで蠢いている『暗黒』の姿を見つめたまま、その問いに答える。
「……石田レイだよ」
「ふぅん? 『レイ』、ねー……」
「どうしたの?」
「……気のせいだと思うんだけれど、あなた……もしかして……」
ウンディーネが体ごと振り向こうとしたのと同時、レイが向こうを見ながら二人の方に歩み寄って来た。顔を見上げれば、どこか空虚な瞳をした姿があった。
「そろそろ休憩終わろ。──向こうの……えと、誰が張ったのか分からないけれど、結界が壊れそうだ」
「あら、結界に気づいてたの?」
立ち上がれば自分よりも小さなその頭に、ウンディーネはそっと手を乗せた。少し懐かしさの覚える感触に浸って撫でていると嫌そうな顔で手を払われ、きょとんと瞬きする。
「今はね。──来る時は、気づかなかった。立てる?」
まだ俯いていた少年に手を伸ばしたレイの顔を見上げる少年は、どこか疲れ切った顔でその手を取る。少し前まで叫んでいた興奮もどこへやら。立ち上がった少年は大きなため息を吐いた。
「……こっちです。まだもう少しあるけど、まあ、半分は切りました」
「ん。りょーかい。それで、次はどっち行けば良い?」
「こっちです。この街の端っこにけっこう近いので──ェ!?」
少年の指さした方、そちらに向けて走り出したレイ。ウンディーネ。二人から少し遅れて、水の球体に襲われた少年は水だるまへと返り咲き、ミズキと共に二人の後を追う。
丘を駆け下りていく二人の前には、整備された並木道が現れる。
緑色の木々がざわめく音が、妙に心を騒がせた。
「契約者くんは好きなものってある?」
「……急に何?」
「ただの興味だから、答えたくなければ良いんだけれど……」
ちらりと背後に送った視線。それに気づいたミズキが小さく手を振るのに手を振り返しながら、その奥、結界を壊して雪崩込んできた『暗黒』の波は、縋り付くように、引き摺り込むように、迫って来るのが右目に映った。
「──気が向いたら答える。あの子の母親を見つけなきゃ」
「ん。分かった。それなら早く見つけないとね。──あ、ちなみに私は正直な人が好きよ」
ウンディーネの浮かべる笑顔には反応をせずに並木道を進んで行った。
風の音に紛れて遠吠えが鳴り響いた。
※※※
「ん、う……」
ハダチが目を覚ますと、目の前には見知った童女の寝顔があった。
起き上がって、周囲の状況把握に務める。
血塗れ、傷だらけの部屋の中、二人だけ取り残されている。
「ぁ、んだぁ……?」
しかめっ面で額に手を当てたハダチは、ぬるりとした手触りに胃袋の中身が動いたような不快感に襲われた。見た手には赤い血が付着している。
それから目を離し、すぐ側で未だ眠り続けているアオイの頬をぺちんと叩いた。
「ッ! だァァァあああ!?」
くわっと目を見開いて飛び起きたアオイは、そのまんまるとした瞳を潤わせて喉を引きつらせる。その姿を見ながら、からからと疲れ切った笑みを浮かべて、自分の腕を枕にして寝転がった。
「やっと起きたんだぜ」
振り向いたアオイは、きゅっと唇を引き結んで唇をつんと尖らせて怒鳴った。
「いっ──たい! はだちのアホー! ぼけーっ! つかぽんたん!」
「サ行もっと練習しろ。スカポンタンて言えてねえんだよ。──それよりも、お前、アイツらがどこに行ったか知ってるか?」
「え? かえでたまたち……? んーん。ちらなーい」
「置いて行かれたのかよ……。まあ、ここを塞ぐ壁が俺らの役割だったからなあ……」
「ならたがちに行こー!」
「もう良いだろ。時間はまあまあ経ってるみたいだしサボっててもバレやしねえぜ。休め休め」
ほっぺたの膨らんだアオイが腕を振り上げたのを見て、ハダチは瞬時にその場を飛び離れて壁に張り付いた。床を叩いたアオイを中心に決して小さくは無いヒビが入り、ハダチの頬を冷や汗が伝う。
「あ、危ねえ……! 人を傷つけるようなのは注意するんだぜ!」
「べーっ、だ! はだちなんかぺちゃんこにちてやる!」
「バッ!? こんな所でやりあってちゃアイツに迷惑がかかるぜ!? それでも良いのか!?」
必死の説得あってか、それとも疲労のせいか。ほっぺたを萎ませたアオイはすぐにその鉾を収めた。
安堵の息を吐くハダチは、ぐるりと目を回してぼそりと呟いた。
「お調子者が……」
「なんか言ったー?」
「言ってね。──それよか冗談無しで実際問題どうするよ。戻るか、残るか」
「んー……」
考え込むアオイを尻目に、ハダチは思考を張り巡らせた。最後に記憶に残っているのは冷たい水の手触り。──と言うか、全身生乾き状態だ。
つまり、負けたのだ。敗北。決定的な所は記憶が曖昧だが、十中八九、精霊とサシでやり合った時に気絶してしまったのだろう。そう結論付けて、疑問を解消する。
となると、次は消えた『アイツら』の体の話に移り変わる。
奴らはどこへ行き、何をしに行ったのか。もちろん気にはなるが、何がなんでも、という訳ではない。どちらかと言うと知れれば良いと、そういった類の曖昧な興味に近い。
──つと、ハダチは瞬きをした。
「──聞こえたか?」
確認を促すと「うん」と肯定の返事が来て、一つ、ため息を吐いた。
立ち上がって埃をある程度払い、目の周りの乾きかけている血を手で拭き取る。
「奥からあち音……かえでたまかな?」
「いいや、こりゃあ……」
その時、ハダチの両目に映ったのは血みどろになったスーツ姿の女だった。
彼女は刀を杖代わりにしてどうにかこうにか立っていられる、といった状態だった。
肩で息をしながら、辺りを見回して、彼女はその場に倒れた。
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