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四章 進む道の先に映るもの
220話 『その手を離さないで』
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風に乗って、遠吠えが辺りに響き渡った。
「……まただね」
公園を抜けて、商店街を抜けた先。遠くに団地やコンビニ、理髪店などが左右に立ち並ぶのが見える道路を目指して走っているレイ達。
一軒家が左右に見える道路を、少年の示す方へと進み続けている真っ最中だった。
もう何度目も聞き慣れた音の元を煩わしげに首を巡らせて探すレイ。
そんなレイの真似をするように首を巡らせながら、ウンディーネは問いかけた。
「なんだか聞き覚えのある遠吠えねぇ……。ねえ、誰がこの遠吠えを発してるのか、君は知っているのかな、契約者くん?」
「──きっと、狼達だ」
きょとんと目を丸くしたウンディーネは小首を傾げた。
「狼……? ──て、どうしてこんな所に? 人以外の種族って残ってるの?」
「何言ってるの?」
もう何度も聞こえてきた遠吠えにはほとんど警戒心すら抱けず、無視をして走りながら後ろへ振り返る。まだまだ余裕はあるものの、『暗黒』の方が押し寄せる速度が高い。
津波のような様相を誇る『暗黒』の下、視界の隅に二人の無事を確認してから再び前を向いた。ちりちりと胸を焼くような熱に追われて速度を上げていくレイ。
後ろから見つめられているような不安を煽る心地に耐え切れず振り向くと、ミズキと目が合い、にこっと笑みを浮かべて見せた。
だいじょーぶ、心配しないで。そう、伝われば良いなと心の中で呟きながら。
「──あ! 見えましたよ! あのマンションです!」
「ようやく!」
子供心さながらに踊り出すのを抑え込みながら、それでもやはり、笑みが浮かび上がってきた。
それだけで、これさえ終われば報われるような気さえして、レイは笑顔を浮かべた。
──もうすぐ、帰れるんだ。
頭の中で、希望の光に満ちたその言葉が胸を擽るように反芻している。
振り向いても良いことなんて、全然無かったけれど──。
──ミズキちゃんに出会えて、救われた。
「あの信号を越えたらすぐねぇ……」
レイは身を引き締めて目をしっかりと瞠る。
もう何も、後悔なんて、しないように。
※※※
そこは、地上から数えて七階層。そこまでジャンプでするすると進んで行ったレイを見た少年は、何かを言うでもなく、ジッと見つめていた。
「な、なに……?」
「ほんとに人間……? ほんとは宇宙人とかじゃないんですか?」
「人間だよ。どこからどう見てもそうでしょ?」
「じぃー……」
ずっと見つめられていると居心地が悪くなるばかりで、すぐに目線から意識を別な所に向けて、辺りを見渡す。そこは廊下だ。それぞれの部屋へと幾つも扉が並んでいる。
「いい加減この水だるま……解除してくれませんかね……」
半ば諦め気味に愚痴った少年は、ちらりとミズキに目を向けた。
から笑いしている少年ににこりと笑顔を浮かべて、ゆるゆると首を横に振って見せる。
「はあ……」
ため息をついてレイ達一行から見て右側を顎で示した。
「向こうの、奥から三番目です」
「そ、なら行こう」
「ほんと雰囲気とか考えてないですよねぇ!?」
アハハハハと。お腹を押さえながら大きな声で笑い出したレイに視線が注目する。一つは険しく、一つは訝しげに、そしてもう一つは疑問を浮かべるように。
「何がおかしいんですか……」
「あ、ごめんね……ちょっと……くすくす。緊張し過ぎちゃって……反動と言うか……くふふっ……」
未だ笑いを堪え切れていないレイを見て、呆れたようにぐるりと目を回した少年は、そのままミズキの方へと目線を向けて鼻声で話しかける。
「ちょっとなんなのこの人ぉ。急に笑いだしたりしておかしいんじゃないのかしら? ねえ奥さん?」
「え? 何言ってるんですか。可愛いですよ。死にたいんですか?」
「冗談通じない!?」
きゃあきゃあと騒ぎ立てる三人にしびれを切らしたウンディーネが、スタスタと先を行って目的の扉に手をかけた。そのままレイ達へと目線を突き刺したウンディーネは一言。
「先にこっち片付けてから、ねっ?」
遠くの方からガラスが高い音を立てて割れるような音が響いて来た。
振り向けば、少し遠い所で『暗黒』が街に雪崩れ込んでくるのが見える。
「──時間も無いのよ。ねっ、行こ。契約者くん」
「ああ、うん……」
冷水を頭から掛けられた気がして、喉が詰まる思いを味わった。
妙に心が落ち着きを取り戻した事に片眉を上げながら駆け足で目的地まで行くと、ウンディーネが扉を勢いよく開け放った。
「────」
扉を開けた瞬間に放たれる腐臭に目を瞠り後ずさった。そんな二人を見て目をすぼめると、おもむろにため息を吐いて目線で示す。
「母はまっすぐ行った、奥のリビングにいるはずですよ」
「え? あ、ああうん」
言われるも、レイはその場に立ち尽くして奥を見つめたまま動かない。
「──行かないのなら、僕が連れ出すのでほんとこれ、解除してください」
レイに目配せしたミズキは、動揺した様子のレイに頷かれて、水だるま状態の少年を見た。するとだるまが破裂して床に無造作に叩き落とされてしまった。
「ふべっ!?」
尻餅をつくだけで済んだものの、滑り止め施工された廊下も酷く固いもので、尻を打ったダメージはとても大きかったらしく片目を瞑って顔をしかめていた。
それでもすぐに立ち上がると、少年はレイをちらりと見ながら部屋の奥へ、躊躇なく入って行った。その瞳が昏く陰っているのが見えて、責め立てられているような心地に咄嗟に目を背けてしまう。
「……ぼくが悪いんじゃないもん」
ぼそっと、そう呟いた言葉には言及や叱責などは飛んでこなかった。
無言が痛く胸に突き刺さって、喉が詰まってしまう。
──胸の内で、その言葉が暴れ回って止まらない。
『ぼくが悪いんじゃないもん』と。呪詛のようなそれは、じくじくと耳を鈍らせていった。
じわじわと胸中に広がっていく『冷めた熱』が背筋を凍らせて、口の中を急速に乾かしていく。
「まっ──てっ!」
貼り付くような喉を叱咤して叫んだレイの声にぴくりと動きを止めて、振り返る。
その目に見つめられたレイは、生唾を飲み込んで顎を引く。見つめ返した右目には、灯りの付いていない玄関に立つ少年の姿が映っていた。
「……ぼくも、行くよ」
絞り出すように出された声に鋭い視線を向けられて喉が詰まる。上体が後ろに引いて顔が強張る。それでも、目だけは、絶対に逸らさなかった。
「……そうですか」
先を行った少年の後ろを慌てて追いかけたレイは、真っ直ぐ伸びた廊下の先、ドアのぼやけたガラスの向こうで黒い影が蠢いているのが目に映り、張り詰めた顔になる。
ガチャリと開いたドアの向こうで、その影は動きを止めて、レイを見た。
「おかえり、母さん」
『母さん』と呼ばれたそれは、体中に血腥い包帯を巻いた、まるでミイラのような見た目をしたところどころ跳ねた長い黒髪の女性らしき人物だった。
その目に見つめられて、レイは思わず後ずさる。
「うー、うーっ……」
しかしすぐにその目線を少年に移したミイラは唸り声を上げて、少年に縋り付く。そのミイラに目を奪われたまま、レイの体は凍りついた。まさに青天の霹靂と言うような心地で右目が大きく見開かれる。
なぜなら、少年の顔がこれまでに無いくらいに優しく微笑んでいたからだ。
「怖かった? 大丈夫。安全なところに行こう」
ほとんど身長の変わらない二人を見つめて、レイは言葉を失う。
二人は幸せそうに『会話』をしていて、その二人の姿に瞳が滲む。
「うーっ、うぅうー……!」
「ここにいたら危ないんだ。どうせ、神様なんて信じても救われないんだから……」
「うぅぅ……」
「母さんが神様を信じても、何もしてくれないんだよ。神様は、人間一人の事なんて──」
必死に首を横に振るミイラは、少年の両目を見つめて責めるように目を細めた。
「ぅぅぅうっ……!」
「……うん。分かってる。でも、外も危な──」
「そのまままっすぐ前に走って!」
突然背後から聞こえてきた叫びに振り向けば、鬼気迫る表情で走って来るウンディーネがレイと二人の体を両腕に引っ掛け、同時にミズキが滝のような水を噴射。
圧倒的な水圧に勢い良く吹っ飛び、バルコニーへのガラス戸をかしゃあん、と粉々に砕き割って空中に飛び出したレイ達。
落ちて行った計五人の上空が途轍もない質量の闇に覆われていく様を見上げて、開いた口が閉じないレイは、目があった『暗黒』の巨大な瞳に竦み上がって落ちて行く。
「レイくんっ!」
「みじゅ──」
ドス黒い腕が掴んだ。レイの下へと飛んで来ようとしたミズキの頭を。
その周囲の無数の瞳がぎょろりとミズキへと視線を注ぐ。
「ぁ──」
か細い小さな声が耳に届いて総毛立った。胸の奥が掻きむしりたい衝動に駆られ、瞳孔がただひたすら、『暗黒』の内に乱暴に取り込まれようとしているのを抗っているのを見つめ、今にも弾け飛びそうな勢いで小刻みに震えた。
長い髪が、細い腕が、肩が、胴体が、脚が、顔が──涙に滲んだ瞳が自分に向いたのと同時、セピア色の光景がフラッシュバックする。
笑いかける女の子。木の隙間から覗く陽光。揺れる赤いランドセルにぶどうの髪留め。さらさらと風になびく髪。教室の机の上のらくがき。──大切な思い出が、その全部が、まるで走馬灯のようにフラッシュバックする。
「ぁ、ぁあぁああ、ああぁアぁあああ! ああァあああアアあァアアぁアアあアアアアア──ぁッ!」
空中を藻掻いて彼女を手繰り寄せようとするも無情にも体は離れていくばかり。心は近づきたいのに、体だけが、真逆の方向に加速していく。
空中に、どす黒い水滴のようなものが浮かび上がるのを見て、目に浮かび始めた涙を拭う暇すらか細くて大切な、寂しそうな腕を掴もうとするために使う。
右腕に纏わりつこうとする剣が重たくて、左腕に纏わりつこうとする盾が重たくて、離れていくばかりのその姿に縋りつこうと、余計に腕が速く唸る。
やめろ。
沈み込んでいく彼女の姿が。
やめてくれ。
今にも見失いそうな、『暗黒』の奥へと消えていく求める姿が。
もう、誰も──!
最後まで伸ばされるその腕を掴むために伸ばした腕が、決して届かないものと知りながらも全力で、離れていく体の代わりに心を伸ばして、その腕に掴みかからんと伸ばされる。
そしてそれは──
「──っ」
レイの腕から伸びたどす黒い塊が、心の叫びに呼応するかのように、『暗黒』に飲まれかけたミズキのその腕をしっかりと掴んでいるのだった。
[あとがき]
四章書き終わりました!
次は五章。だいぶ前に書きましたが、ディストピアファンタジーみたいな系統になると思います。読む人によってはそれほどかも?
あらすじでは四章の公開が終わり次第一部、二部、みたいな感じに分けますが、気にしなくて大丈夫です。それではお楽しみいただければ幸いです。
さて、次回は九月七日に更新!
四章終わっても、ストックはギリギリなので、このペースでいきます。
書くの遅くてごめんなさい。それでは次回!じゃあね!
「……まただね」
公園を抜けて、商店街を抜けた先。遠くに団地やコンビニ、理髪店などが左右に立ち並ぶのが見える道路を目指して走っているレイ達。
一軒家が左右に見える道路を、少年の示す方へと進み続けている真っ最中だった。
もう何度目も聞き慣れた音の元を煩わしげに首を巡らせて探すレイ。
そんなレイの真似をするように首を巡らせながら、ウンディーネは問いかけた。
「なんだか聞き覚えのある遠吠えねぇ……。ねえ、誰がこの遠吠えを発してるのか、君は知っているのかな、契約者くん?」
「──きっと、狼達だ」
きょとんと目を丸くしたウンディーネは小首を傾げた。
「狼……? ──て、どうしてこんな所に? 人以外の種族って残ってるの?」
「何言ってるの?」
もう何度も聞こえてきた遠吠えにはほとんど警戒心すら抱けず、無視をして走りながら後ろへ振り返る。まだまだ余裕はあるものの、『暗黒』の方が押し寄せる速度が高い。
津波のような様相を誇る『暗黒』の下、視界の隅に二人の無事を確認してから再び前を向いた。ちりちりと胸を焼くような熱に追われて速度を上げていくレイ。
後ろから見つめられているような不安を煽る心地に耐え切れず振り向くと、ミズキと目が合い、にこっと笑みを浮かべて見せた。
だいじょーぶ、心配しないで。そう、伝われば良いなと心の中で呟きながら。
「──あ! 見えましたよ! あのマンションです!」
「ようやく!」
子供心さながらに踊り出すのを抑え込みながら、それでもやはり、笑みが浮かび上がってきた。
それだけで、これさえ終われば報われるような気さえして、レイは笑顔を浮かべた。
──もうすぐ、帰れるんだ。
頭の中で、希望の光に満ちたその言葉が胸を擽るように反芻している。
振り向いても良いことなんて、全然無かったけれど──。
──ミズキちゃんに出会えて、救われた。
「あの信号を越えたらすぐねぇ……」
レイは身を引き締めて目をしっかりと瞠る。
もう何も、後悔なんて、しないように。
※※※
そこは、地上から数えて七階層。そこまでジャンプでするすると進んで行ったレイを見た少年は、何かを言うでもなく、ジッと見つめていた。
「な、なに……?」
「ほんとに人間……? ほんとは宇宙人とかじゃないんですか?」
「人間だよ。どこからどう見てもそうでしょ?」
「じぃー……」
ずっと見つめられていると居心地が悪くなるばかりで、すぐに目線から意識を別な所に向けて、辺りを見渡す。そこは廊下だ。それぞれの部屋へと幾つも扉が並んでいる。
「いい加減この水だるま……解除してくれませんかね……」
半ば諦め気味に愚痴った少年は、ちらりとミズキに目を向けた。
から笑いしている少年ににこりと笑顔を浮かべて、ゆるゆると首を横に振って見せる。
「はあ……」
ため息をついてレイ達一行から見て右側を顎で示した。
「向こうの、奥から三番目です」
「そ、なら行こう」
「ほんと雰囲気とか考えてないですよねぇ!?」
アハハハハと。お腹を押さえながら大きな声で笑い出したレイに視線が注目する。一つは険しく、一つは訝しげに、そしてもう一つは疑問を浮かべるように。
「何がおかしいんですか……」
「あ、ごめんね……ちょっと……くすくす。緊張し過ぎちゃって……反動と言うか……くふふっ……」
未だ笑いを堪え切れていないレイを見て、呆れたようにぐるりと目を回した少年は、そのままミズキの方へと目線を向けて鼻声で話しかける。
「ちょっとなんなのこの人ぉ。急に笑いだしたりしておかしいんじゃないのかしら? ねえ奥さん?」
「え? 何言ってるんですか。可愛いですよ。死にたいんですか?」
「冗談通じない!?」
きゃあきゃあと騒ぎ立てる三人にしびれを切らしたウンディーネが、スタスタと先を行って目的の扉に手をかけた。そのままレイ達へと目線を突き刺したウンディーネは一言。
「先にこっち片付けてから、ねっ?」
遠くの方からガラスが高い音を立てて割れるような音が響いて来た。
振り向けば、少し遠い所で『暗黒』が街に雪崩れ込んでくるのが見える。
「──時間も無いのよ。ねっ、行こ。契約者くん」
「ああ、うん……」
冷水を頭から掛けられた気がして、喉が詰まる思いを味わった。
妙に心が落ち着きを取り戻した事に片眉を上げながら駆け足で目的地まで行くと、ウンディーネが扉を勢いよく開け放った。
「────」
扉を開けた瞬間に放たれる腐臭に目を瞠り後ずさった。そんな二人を見て目をすぼめると、おもむろにため息を吐いて目線で示す。
「母はまっすぐ行った、奥のリビングにいるはずですよ」
「え? あ、ああうん」
言われるも、レイはその場に立ち尽くして奥を見つめたまま動かない。
「──行かないのなら、僕が連れ出すのでほんとこれ、解除してください」
レイに目配せしたミズキは、動揺した様子のレイに頷かれて、水だるま状態の少年を見た。するとだるまが破裂して床に無造作に叩き落とされてしまった。
「ふべっ!?」
尻餅をつくだけで済んだものの、滑り止め施工された廊下も酷く固いもので、尻を打ったダメージはとても大きかったらしく片目を瞑って顔をしかめていた。
それでもすぐに立ち上がると、少年はレイをちらりと見ながら部屋の奥へ、躊躇なく入って行った。その瞳が昏く陰っているのが見えて、責め立てられているような心地に咄嗟に目を背けてしまう。
「……ぼくが悪いんじゃないもん」
ぼそっと、そう呟いた言葉には言及や叱責などは飛んでこなかった。
無言が痛く胸に突き刺さって、喉が詰まってしまう。
──胸の内で、その言葉が暴れ回って止まらない。
『ぼくが悪いんじゃないもん』と。呪詛のようなそれは、じくじくと耳を鈍らせていった。
じわじわと胸中に広がっていく『冷めた熱』が背筋を凍らせて、口の中を急速に乾かしていく。
「まっ──てっ!」
貼り付くような喉を叱咤して叫んだレイの声にぴくりと動きを止めて、振り返る。
その目に見つめられたレイは、生唾を飲み込んで顎を引く。見つめ返した右目には、灯りの付いていない玄関に立つ少年の姿が映っていた。
「……ぼくも、行くよ」
絞り出すように出された声に鋭い視線を向けられて喉が詰まる。上体が後ろに引いて顔が強張る。それでも、目だけは、絶対に逸らさなかった。
「……そうですか」
先を行った少年の後ろを慌てて追いかけたレイは、真っ直ぐ伸びた廊下の先、ドアのぼやけたガラスの向こうで黒い影が蠢いているのが目に映り、張り詰めた顔になる。
ガチャリと開いたドアの向こうで、その影は動きを止めて、レイを見た。
「おかえり、母さん」
『母さん』と呼ばれたそれは、体中に血腥い包帯を巻いた、まるでミイラのような見た目をしたところどころ跳ねた長い黒髪の女性らしき人物だった。
その目に見つめられて、レイは思わず後ずさる。
「うー、うーっ……」
しかしすぐにその目線を少年に移したミイラは唸り声を上げて、少年に縋り付く。そのミイラに目を奪われたまま、レイの体は凍りついた。まさに青天の霹靂と言うような心地で右目が大きく見開かれる。
なぜなら、少年の顔がこれまでに無いくらいに優しく微笑んでいたからだ。
「怖かった? 大丈夫。安全なところに行こう」
ほとんど身長の変わらない二人を見つめて、レイは言葉を失う。
二人は幸せそうに『会話』をしていて、その二人の姿に瞳が滲む。
「うーっ、うぅうー……!」
「ここにいたら危ないんだ。どうせ、神様なんて信じても救われないんだから……」
「うぅぅ……」
「母さんが神様を信じても、何もしてくれないんだよ。神様は、人間一人の事なんて──」
必死に首を横に振るミイラは、少年の両目を見つめて責めるように目を細めた。
「ぅぅぅうっ……!」
「……うん。分かってる。でも、外も危な──」
「そのまままっすぐ前に走って!」
突然背後から聞こえてきた叫びに振り向けば、鬼気迫る表情で走って来るウンディーネがレイと二人の体を両腕に引っ掛け、同時にミズキが滝のような水を噴射。
圧倒的な水圧に勢い良く吹っ飛び、バルコニーへのガラス戸をかしゃあん、と粉々に砕き割って空中に飛び出したレイ達。
落ちて行った計五人の上空が途轍もない質量の闇に覆われていく様を見上げて、開いた口が閉じないレイは、目があった『暗黒』の巨大な瞳に竦み上がって落ちて行く。
「レイくんっ!」
「みじゅ──」
ドス黒い腕が掴んだ。レイの下へと飛んで来ようとしたミズキの頭を。
その周囲の無数の瞳がぎょろりとミズキへと視線を注ぐ。
「ぁ──」
か細い小さな声が耳に届いて総毛立った。胸の奥が掻きむしりたい衝動に駆られ、瞳孔がただひたすら、『暗黒』の内に乱暴に取り込まれようとしているのを抗っているのを見つめ、今にも弾け飛びそうな勢いで小刻みに震えた。
長い髪が、細い腕が、肩が、胴体が、脚が、顔が──涙に滲んだ瞳が自分に向いたのと同時、セピア色の光景がフラッシュバックする。
笑いかける女の子。木の隙間から覗く陽光。揺れる赤いランドセルにぶどうの髪留め。さらさらと風になびく髪。教室の机の上のらくがき。──大切な思い出が、その全部が、まるで走馬灯のようにフラッシュバックする。
「ぁ、ぁあぁああ、ああぁアぁあああ! ああァあああアアあァアアぁアアあアアアアア──ぁッ!」
空中を藻掻いて彼女を手繰り寄せようとするも無情にも体は離れていくばかり。心は近づきたいのに、体だけが、真逆の方向に加速していく。
空中に、どす黒い水滴のようなものが浮かび上がるのを見て、目に浮かび始めた涙を拭う暇すらか細くて大切な、寂しそうな腕を掴もうとするために使う。
右腕に纏わりつこうとする剣が重たくて、左腕に纏わりつこうとする盾が重たくて、離れていくばかりのその姿に縋りつこうと、余計に腕が速く唸る。
やめろ。
沈み込んでいく彼女の姿が。
やめてくれ。
今にも見失いそうな、『暗黒』の奥へと消えていく求める姿が。
もう、誰も──!
最後まで伸ばされるその腕を掴むために伸ばした腕が、決して届かないものと知りながらも全力で、離れていく体の代わりに心を伸ばして、その腕に掴みかからんと伸ばされる。
そしてそれは──
「──っ」
レイの腕から伸びたどす黒い塊が、心の叫びに呼応するかのように、『暗黒』に飲まれかけたミズキのその腕をしっかりと掴んでいるのだった。
[あとがき]
四章書き終わりました!
次は五章。だいぶ前に書きましたが、ディストピアファンタジーみたいな系統になると思います。読む人によってはそれほどかも?
あらすじでは四章の公開が終わり次第一部、二部、みたいな感じに分けますが、気にしなくて大丈夫です。それではお楽しみいただければ幸いです。
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