当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

222話 『need for team』

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 さくらに連れられて向かった先は、この街の外。川を境にして街の名前が切り替わる境界線。その、橋の下。──川べりに立つレイ達はその『穴』を見つめて、立ち尽くしていた。

 正確には、穴があるらしきそこを見つめ、呆然と立ち尽くしていた。

 穴があると言われ指をさされるも、そこに見えるのは土手の坂のみ。そのまままっすぐ進んでも橋の下に辿り着いてしまうだけ。穴は一つも見当たらない。

「穴はどこにあるんですか?」

「そこに。──今はホログラムで隠されていますが……」

「ホログラム……」

「3D映像ですよ。簡単に言うと」

「なるほど……」

 さくらに答えた後、ちらりと、隣に立つ少年を見やる。

「……なんでついて来たの?」

「いやあんな所で放置するとか頭湧いてるんですか!?」

 レイにツッコミをいれようとすると躱されてしまい、その目つきを鋭く極悪に尖らせる。
 次の瞬間には手を振り回す少年が、レイを追いかけ回す姿が見られた。

「──ねえねえあなた達」

 そんなレイ達を眺めていたさくらに、その柔らかく、落ち着くような声を掛けたのはウンディーネだった。彼女の声にビクッと過剰反応したさくらは、少し様子をうかがうような目をウンディーネに向ける。

「どうかしましたか? お姉さん」

 ぎこちない笑顔を向けられ、怪訝そうな顔で眉をひそめたウンディーネはじぃっと、見比べるような視線をさくらに向けて首を傾いだ。

「どこかで会ったこと無いかしら? どこかで会った気がするのよね……もやもやして、あんまり思い出せないのだけど」

 不思議がる視線を受け止めて、さくらのその笑顔が固まる。
 直後、にこりと柔らかな笑顔を見せられてウンディーネは目を丸くした。

「……気のせいですよ。初対面です。私達」

「そう? ちなみに聞いておくけど、あなたのお名前は?」

「私の名前は是枝さくらです。呼び方はお好きに。それでこちらがナナセさんです」

「苗字とか無いの?」

「ええ、まあ。はい。彼女は無いです」

「今の時代にも苗字無い人もいるんだ。聞いてた話と違うけど……まあいいわ」後ろを振り返り、ウンディーネは遠くに手を振った。「早く行くわよー! 時間、ないんでしょー?」

 その声に反応して立ち止まったレイは、姿勢を低くして彼の足を引っ掛けこかしたレイは手を振るウンディーネに視線を定めて一つ頷きを返す。

「あ、うん! 分かったよ今行く!」

 さくら達の下へやって来たレイは穴があるらしきホログラムを眺めた。
 一見してもそこから奥へは続いていそうにない土手に近づき手を伸ばす。

「うぉわ……!」

 確かに奥へと続いている事を確認したレイはさくら達の方へと戻って行く。
 息を一つついたレイに眉を上げてさくらはそちらに目を向けた。

「あの少年と何やってたんですか?」

「追いかけっこです」

「……それって今やる意味あったんですか?」

「……無いですね」

 責めるように突き刺さる視線から顔を背けてだんまりを決め込む。
 じっとりとした嫌な汗が頬を伝い、唇を巻き込んで立ち尽くすレイを見つめるさくら。

「…………すか」

「え?」

「なんでもないです」

 はぁぁぁ、と大きなため息をつかれてばつの悪い顔で息を凝らした。
 そんなレイを尻目に正面を暗闇を捉えて、吐き捨てるような口調で告げる。

「この向こうは、あの屋敷の地下に繋がっているはずです。──行ってきてください」

「ありがとう、さくらさん」

「……慣れないですね、その呼び方」

「あはは……。気にしないで」

「気にしますよ。あの時、こんなの嫌だみたいなの言ってたのは誰ですか」

「これは不可抗力じゃ……」

 苦笑いしながら目線を落として河原を見る。けっこうゴツゴツした石が多い気がした。川の流れはそんなに激しくない。そんな事を考えて気を紛らわせようとして、失敗した。

「あのまま逃げる事だってできたんです。そうしなかった理由は色々あるでしょうけど……その理由に、私は賛成しませんよ。──君が傷ついて悲しむ人の事をもっと考えて下さい」

 顔に浮かべた苦笑いが消える。河原を見ていた目をさくらへと向ける。静かで、威圧的なその目に見つめられ、さくらの首が据わり目が見開かれる。

「それについてはしっかりと考えてるよ。もう、傷つかないから、だいじょーぶ」

 首筋に薄ら寒いものを感じたさくらは大きく目を見開いてひゅっと息を吸い込んだ。
 にこりと笑うその姿を見上げ、ぼそりと吐き捨てた。

「……やっぱり、全然分かってませんよ」

 その声は、レイには届かなかったが。

「早く行きましょ。こんな所でうじうじしてたらきっともう行けないわ」

 先に穴に入って行くウンディーネの言葉に、言葉にならない引っ掛かりを覚えて片眉を上げる。その穴に入って行ったウンディーネは、まるで壁をすり抜けるようにしてホログラムの向こう側へと消えた。その後ろ姿があるだろう所を見つめて、レイは疑問を喉の奥へと流し込んだ。

「ああ、うん……」

 躊躇いを覚えるも、ひとまずレイはその穴に入り込む。
 少しだけ振り返り一言。

「またね」

「え? ああ、はい。また……」

 奥に進んで見えなくなったレイの後ろ姿を見つめ、さくらはぽつりと呟いた。

「少し、変わりましたね」

 はぅ、と一息つく。

「あなたには少し、お話しが」

 ナナセが車椅子を回して、少年をさくらの正面に合わせる。
 にこりと笑いかけた少年に、さくらは敵意を滲ませた目つきで睨みつける。

「ええ、良いですよ」

 貼り付いたような笑顔は、見るものを恐怖させるおぞましさが垣間見えた。

 ※※※

 自分の足下すら見えないほど真っ暗で、自分が進んでいるのかどうかも曖昧になってきた頃、前を進んでいたウンディーネにぶつかり、顔をあげようとして滑りかけ、歯を食いしばって声を上げるのを耐え切った。

「行き止まりみたいよ?」

 反響して普段よりも高く聞こえる声を聞いて、レイは顔をしかめた。こう暗闇ばかりでは何も見えず、何をやるにもひとまずの確認を要するというのに──。

 ……愚痴ばかりが出てしまうのは焦っているのだろうか。

 少し、落ち着こう。

 深呼吸をして、レイは少し瞼を下ろした。同じ暗闇の中のはずなのに妙に落ち着いてくるその暗闇に身を預け、思考の海へ体を浸す。
 ここまでの通路は一本道。曲がりくねったりとか、別れてたりだとか、そう言うのも無かった。……たぶん。見えなかったし。ただ、曖昧になっていくような、そんな暗闇だけが延々と続いていて。

「──どうするの?」

 それなら、答えは単純。

「行き止まりの壁、調べて」

 暗闇の向こう、黙り込む黒い影。しばらく見つめていても動く気配の無いそれは「ああ……」と合点のいった声を上げたのと同時に動き始めた。

「ああ、そっか。そうね。バカになってたみたい」

 ガサゴソと目の前で動く気配のする黒い影。
 少ししてから、ガコン、とタイルか何かをズラしたような音がして、四角い光が漏れて出る。あまりの眩しさに目を細めた。

 無機質な白い光。目の前の遮光物が消えた事による視界いっぱいに広がった光の暴力。その無慈悲なほどに目にダメージを与える光に思わず涙が滲んだ。

「ここは……」

 それでも前に進むレイの耳に届いたのは、驚いたようにぽつりと漏らした声。未だ慣れない瞼の裏側で暴れる、突き刺さるような痛みに堪えながら、腕が『穴』の終わりを捉えた。

 穴の枠に沿って壁伝いに歩いて行き、上体を穴から出したところではたと気がつく。

 そこが、段差になっている事に。

「あ、ぉう……!?」

「どうしたですか?」

 突如として耳元に囁かれたレイはずるりと枠から手を滑らせて頭から床に激突し、衝撃と共に目の前に星が飛び散る。

「ご、ごめんなさいです!」

「へ、ヘーキヘーキ……。あはは……」

「頭から落ちたですよ!?」

 目を開ければ滲んでぼやけた視界。無機質で真っ白な光が辺りを包んでいるのが見えた。
 痛む首を撫でながら起き上がったレイは、瞬きを繰り返して視界の確保に成功する。

 確保した視界に飛び込んで来たのは眉尻を下げて、心配や罪悪感が見て取れる顔をしているミズキだった。だいじょーぶと投げやり気味に言って捨てたレイは、壁に手をついてよろめきながら立ち上がる。

 その瞬間、目の前を右から左へ、青い光の線が駆け抜けて行った。

「……ここか」

 合点のいった様子のレイの声に反応したウンディーネがレイの側によってくる。そのまま辺りを見回しながら、

「契約者くんは、ここがどこか分かったの?」

 その頭に手を乗せようとして躱され失敗した。

「まあね。……向こうに行けば外だよ」

 右側を指さすと同時に穴から、レイと同じような出方をした少年の姿。

「遅かったね」

「お二人が早すぎるんですよ……」

 レイとウンディーネはお互いを見て片眉を上げた。

「そんなこと無いと思うけど……?」

「無自覚ですか。そうですか……」

 納得のいかない顔で吐き捨てた少年はジト目を向けてため息をついて立ち上がり「さて」と声を大きくして音頭を取り始め、首を傾けたレイに質問のような口調で確認をとる。

「えっと、これから皆さんをここから脱出させるんですよね?」

「え、うん。そうだけど……何か問題があるの?」

「いいえ。急ぎましょう。あんな大きなものに押し寄せられたら、怖いですしね」

 レイの前に出た遠慮がちに笑顔を浮かべた少年に合点のいかない顔をしたまま、レイは先を行くその後ろ姿を小走りで追いかけていった。

 ※※※

 レイ達が『穴』から出てすぐの頃、外では約一万人近い人々の視線が上空へと向けられていた。

 大きくはためく純白の翼、泣き叫ぶ若い男の声、あちらこちらに飛び回る巨鳥と、その影。スマホやカメラを上空に向ける人も少なくない。その中の一人に、彼女はいた。

 金糸のようにさらさらの髪を腰まで伸ばし、同じ色の瞳はその白い鳥を映して、信じられないものでも見ているかのようにぽかんと口を開けたまま、立ち尽くしていた。

 はたから見れば外人観光客の娘か何かと間違われるかもしれない幼い容姿とは裏腹に見た目の倍以上は人として生きている彼女は一つ、瞬きをした。

 頭上の影の主を映して、ぽつりと呟く。

「……不死鳥じゃないの」

 きらきらと、輝いて見えるその翼を見つめ、小さく昂ぶる鼓動に思わずにやけてしまい、咄嗟に表情筋を修正して無表情にする。

「アイツらは逃したけれど……」

 ちらりと、自分の後ろに立つ一人の女性を見上げ、ため息をついた。

「危なくなったら逃げろって命令しておいたはずだけど? 逃げ遅れた理由は?」

「……あの少年の、臭いがしたので」

 バツが悪そうに顔を背けた彼女の言い訳を聞いて、目を鋭く尖らせる。

「あの子がいるわけないでしょう? ……それで? 肝心のナツミは?」

「……臭いはします」

「どこから?」

 更に鋭く語調を尖らせて威圧すると、軽く震え出した指を、ゆっくりと、目の前の少女の姿に怯えるような視線を向け、前へと伸ばし、それを指し示した。
 酷く冷や汗をかいた彼女は、正面、人の波の向こう側に建つ建物を指さして告げる。

「あの、屋敷の方から……」

「……様子を見に行って来るわ」

 え、と声を発した時には、既に彼女は、ろおざは、人混みの中に消えていた。





[あとがき]
 今回の話で久々に登場した、ろおざさん。あと、忘れてるかもしれないけど、ナツミちゃんを捜してた狼達の一匹。彼女は、人に化ける能力で、人に紛れてナツミちゃんを探していました。
 忘れてた人のための補足です。ずっとレイくんの周囲の話だったので。

 次回予告!
 種族を超えた信頼……そして裏切り!全てを敵に回してなお、彼の行く先、見つめているものとは!──そしてそれは、激しい怒りによって駆り立てられた故の言動。全てが上手くいった時、悪魔はその本性を見せる!

 次回!223話『悪者の真意』!お楽しみに!

 予告みたいなのをやってみたかったのでやってみました。
 次回は九月二十一日です。それではまた次回。
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