当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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五章 『運命の糸』

229話 『オリエンテーション』

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「やっぱり、自分の目に狂いはありませんでした!」

 むふぅ、と満足げに笑顔を浮かべて顎を擦る金髪まろ眉少女。またの名を、るんちゃん。彼女の目の前には、大きな姿見があった。装飾は無いが、エミリが三次元的に縦に二人ほど並べばその高さと同じくらいになるだろうか、というくらいの大きさ。

 そこには、先程るんちゃんが持って来たフリルだけの純白のドレスを着込んだ、エミリが立っている。が、るんちゃんほど楽しげな様子は無く、スカート部分を摘んで持ち上げたり、離して落としたり。それを繰り返しているエミリは何度目かの瞬きをした。

「カワイイですよ、エミリちゃん!」

 肩に体重をかけられ、隣でにこにこと笑顔を浮かべる彼女の顔を姿見で確認。それから、彼女の体重が存外どころか、ほとんど感じられない事に小首を傾ける。姿見で返ってきた首を傾ける自分の姿に滑稽さを覚えて再び瞬きをする。

「動きづらい……」

「もしかしてイヤですか? だったら違う服を持ってきますけれど……」

 姿見で見えた彼女の顔が一目で分かるくらいに落ち込んでいて、エミリは少しだけ目を伏せる。そうしてしばらくの沈黙が続いた後、るんちゃんが、

「どうしますか?」

 と重ねて問いかける。どこかよそよそしい笑いを浮かべたその顔に首を振り、エミリは肩を持つるんちゃんの手にそっと手を重ねて答えた。

「これで、いい」

「本当ですか?」とエミリの顔を覗き込む。

「ホント」答えて、その顔を見詰め返した。

 手が離れてほとんど変わらないまでも、多少は軽くなった肩を揉みながらるんちゃんの方へ振り返ると、るんちゃんはにこにこと、それはもう上機嫌で、新しい玩具を買って貰った子供のような、無邪気な笑顔をエミリに向ける。

「ありがとうございますエミリちゃん! では、自分は夕食の準備をして来ます! ──とと。すみません。まだここの案内がまだでしたね。トイレとか、大丈夫ですか?」

「ぇ? うん、たぶん……?」

 釈然としないエミリの答えに浮かぶ苦笑い。その笑みの向く方を見ようとして振り向くも、そこにいたのは後ろを向いた自分の姿だった。

「なら、行きましょう」

 ※※※

 案内され終わり、エミリはとある部屋で待たされていた。その部屋には、中央に真っ白な絨毯があり、その上にガラス張りのローテーブル。そしてそれを挟むように同じ色のソファが二つ。その片側にエミリは座っていた。

 テーブルの上には、ラジオが一つ。たったそれだけが置いてあり、それ以外には何も無い。この部屋を見渡せど、窓も無く、見上げた天井に電球がポツンとあるだけなので、微妙に暗く感じた。

 そっと、エミリは息をつく。

 彼女は、どこか疲れていた。どこが疲れているのかは分からないが、とにかく体中が重たく、今は少しでも体を伸ばしたくて仕方が無い、というような状態だった。
 けれど、ただ待っているのも居心地が悪く、部屋の中をぐるぐると歩き回る事にした。

 やがて、扉が開かれる音と共に長い髪を後ろに纏めた女性が入り込んでくる。

「こんばんは、エミリちゃん」

「こんばん、わ?」

 首を傾けると、レイカはくすくすと笑う。その顔を見ていると、胸の内がじんわりと温かくなって、胸が踊った。飛び跳ねたくなった。何度も何度も、つま先立ちするに留められたが、レイカのくすくす笑いは止まらない。

「エミリちゃん」

 呼ばれて、レイカの側まで小走りで近づいて行った。目線を合わせるように屈んだレイカは、エミリににこりと笑いかける。

「明日、ちょっとだけ外に出よっか」

「えっと……うん」

「今この外はね、すごい吹雪いてる。──ても、分からないか。えっと、雪が体当たりしてくる感じ、だと思うンだけど……。見てみた方がいいかな」

 おいで、と。

 立ち上がったレイカに手を引かれて部屋を出て、廊下に並ぶ窓越しに、背伸びをして顎を窓枠に乗せたエミリは外を見る。
 そこには素早く駆けていく白い点と、どこまでも続いていそうな真っ暗闇があった。

 ガタガタと窓が揺れる音に手を引かれるように、エミリは窓に触れる。

「……つめたい」

「そう。冷たい。これが今、世界中を襲っている『白銀の魔女』と呼ンでいる怖い魔女の仕業。このせいで、ほとンどの人達の生活は危険に晒されてる。……それを守って、七つの大罪と『白銀の魔女』を倒すのが、今のレジスタンスの役目」

 外を見つめるレイカの顔を見上げた。どこかもの寂しげな表情を浮かべているのを見つけてしまい、目線をそらした先には毛先が青いグラデーションになっているレイカの髪があった。

「髪の毛……」

「ン? ああ、これか……。カラフルだろお?」

 にかっと、その顔に不適な強い笑みを浮かべて、レイカはその腰辺りまで伸びている髪をエミリに見せびらかす。その髪で鼻をくすぐられ、小さくくしゃみをするとレイカの手が頭にそっと乗せられる。

「記憶、ちゃんと取り戻させてあげるから、心配するなよー?」

「気に、していない」

「それでも、助けるから」

 ゴシゴシと頭を強く撫で回されて、エミリは撫でられ終わったあとにあちこちから髪の毛を跳ねさせて呆然と立ち尽くしていた。瞬きをして見上げると、そこには寂しそうに笑うレイカ。

 ふと、後ろから、それも遠くから声をかけられる。振り返ると、遠くでるんちゃんが青いエプロンを身に着けてブンブンと手を振っているのが見えて、すぐ側にいるレイカへ目線を向ける。

「遠慮なく行けばいいよ。エミリちゃんは、もうここの住人なんだから」

 そう言って歩き始めたレイカについて行き、二人してるんちゃんの下へ。
 るんちゃんについて行くと、食器が並んだテーブルのある部屋に行き着いた。

 三つの椅子がそれぞれ、左側に二席、右側に一席並んだテーブルの上に並ぶ食器に、数種類の食べ物が人数分用意されていて、仄かに香る甘いような、少し酸味のある不思議な匂いに反応し、エミリは口の端からよだれを垂らした。
 目が、きらきらと輝いていた。

「ハンバーグ、か」

 その料理を見て、レイカが感慨深そうに呟いた。その呟きに自慢げに反応したのはるんちゃんだった。彼女はエプロン姿のままほぼ無い胸を張ってドヤ顔。

「はい! ハンバーグですよ先輩!」

「まあいいか」と、料理に熱視線を注いでいたエミリの肩を叩いて、その耳元に顔を寄せ、小声で話しかける。「お前の歓迎会だ。エミリ。楽しくいこう」

 ハッとよだれを拭いて、こくんと頷いたエミリ。それを優しい目で見てから、レイカは奥の席についた。その隣に座ったエミリは、目の前に並んだ料理を見つめて喉を鳴らす。

「それでは……」

 エプロンを外しながら対面の席についたるんちゃんが、脱いだエプロンを椅子の背もたれに掛けて顔の前で手を合わせる。

「いただきます」

 隣でも同じ言葉が聞こえてきたエミリは、咄嗟に二人の真似をして手を合わせ、ぺこりと頭を下げながら二人の言葉を繰り返す。

「いただきます」

 その言葉にどんな意味があるのか、彼女は把握していない。しかし言ってみればそれはそれで、どこか連帯感のようなものが生まれて、気持ちが良かった。

 それにしても、お腹の中に誰かがいるみたいだ。先程からずっと、寂しくて寂しくてしょうがないと言わんばかりに、目の前の料理に釘付けになっていた。

 料理の前に置かれたフォークを手に取り、ハンバーグに突き刺す。そのまま持ち上げてぱっくりと咥え、もしゃもしゃと、まるで吸い込むようにハンバーグを口の中に入れて大きくほっぺたを膨らませる。満足そうなその顔は、しかし生憎と、ソースでベトベトになってしまっていた。

「すごいですね……」

 今のエミリの食事に、るんちゃんは目をぱちくりと瞬かせながら言葉を無くして固まってしまった。レイカの方も、食事を進めるよりもエミリの方を見るのに夢中になっている。

「ハハハ、なんだその食べ方……」

 ごくんと飲み切ったエミリは満足そうに一つ息を吐いた。そのまま口を掌で拭き、手に付いたソースを舐め始め、るんちゃんは席を立った。

「拭くもの、持って来ますね」

「ああ、頼むよ」

 拭きものを取りに行ったるんちゃんを見送り、それからしばらくしてレイカは尋ねた。

「なあ、エミリちゃん」

 ぺろぺろと手を舐めていたエミリは、動きを止めてレイカの方を向く。
 レイカは遠くを眺めるような目をして、一言。

「どこかで、会ったことあるのかな、ワタシ達」

「どーゆー、こと……?」

「いや……」首を揉んで、レイカは目を閉じた。「なんでもない」

 首を傾けたエミリの下へ戻って来たるんちゃん。その手にはほかほかに温められた手拭いが握られ、それで手と口周りを拭き取られる。

「これは自分がなんとかしなくちゃいけませんね!」

 ふんすと、意気込みを見せるるんちゃんを尻目に、エミリはレイカを見つめていた。彼女は記憶が無いと、そう言っていたが、もしかしたら、自分と彼女との間に接点があったのかもしれず、そしてそれは、とても深いものだったのかもしれない。

 しかし、今、エミリは彼女に対して何も感じていない。何かが変わる兆候もない。だとしたらそれは、きっと、他人ということになるんだろう。

 知人でも、友達でも、家族でも、親戚でも無い。お互いに面識の無い、初めての出会い。

 それならば、覚えていない過去に縋るよりも今を生きた方が良いのではないのか。

「────」

「はい、拭き終わりました」

 そんな想いは声にならず、胸の内で少しの間だけ渦巻いていたが、やがて消え去った。
 食事をし終わると、簡素で少し狭いお風呂に入り、その後は就寝。寝間着はるんちゃんの物を借りたが、ブカブカだった。白くて滑らかで、少し冷たいような、涼しいような、そんな心地のする寝間着だった。
 そして、彼女の強い要望でるんちゃんと同じ部屋で寝ることになり、彼女の寝室へと入る前、レイカに呼び止められた。

「エミリちゃん。明日、少し出掛けること、忘れないで」

「うん」

「温かくして寝ろよ?」

「うん、わかった」

 頭を撫でられ、エミリは黒い方の左目を閉じて、白い右目でレイカを見上げる。
 まるで人形みたいな笑い方だなと、エミリは思った。

「おやすみ、エミリちゃん」

「おやすみ、レイカ」

 手を振って離れていくレイカを、同じように手を振って見送ったエミリは大きなあくびをした。部屋に入って、正面に進むと横向きに敷いてある布団の上に寝転がり、そのまま眠りについた。





[あとがき]
 次回は15日更新です。
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