当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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五章 『運命の糸』

231話 『苦々しい味がする』

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 エミリとまほまほくんが食堂でにらめっこをしていた。

「何を、している?」

 挨拶だけをしつつ、二人は互いを睨み合って動かない。その二人の雰囲気にレイカは喉をやられ、無理解にただただ目を白黒させながら固まる他なかった。
 正確にはもっと反応のしようはあるけれども、会って十分も経っていない二人がこうまで仲良くなっている、その事実に驚きを隠せずに固まっていた。

「にらめっこです、隊長」

「いや、それは、見れば分かる……。問題はそこじゃない……。なぜ、そんな事を……?」

「さっき、彼女が怪我をしそうになったからです」

 理解に苦しみ汗をかくレイカを目の端にさえ入れず、二人は互いを延々と見つめ続けている。その姿に、どこか並々ならない執念を感じて、レイカは口をつぐんだ。

「せんぱーい! こっちにまほまほくん来てますかー?」

 廊下の端からるんちゃんが手を振って小走りで来たのを少し固い頷きで返したものの、驚きが抜けずに困惑した表情になってしまったレイカ。
 そのレイカの表情に首を傾けたるんちゃんは、食堂の中をレイカの隣から覗き込み、大きく目を見開いた。

「まほまほくん! 自分より先にエミリちゃんと仲良くなるなんてズルいですよー!」

「うるさいなぁ……!」苦い顔で舌打ち。「……今日はここで終わろう。また話してやる」

「うん。ありがとう、まほまほくん」

 無機質な顔でそう返したエミリの言葉に反応し、るんちゃんがレイカの横から体を滑り込ませるように食堂へ入って行き、二人の側まで小走りで近づいた。

「何話してたんですかー」

「お前には関係ないから言わねー」

「思春期ですね思春期ですね?」

「ウザいわ」

 ため息をついて、隣のキッチンへ。
 実は、キッチンへは入り口から食堂に入ってそのまま右手に進めば薄い木製の扉が存在し、それを通ってキッチンまで行くことができる。とは言え、横幅が人一人通れるくらいしかないので、大人数での移動は向かない。

 そこから入って行ったまほまほくんは振り返り一言告げる。

「よそうくらいならするから座って待ってろよ」

「今日は優しいですね! ありがとうございます。お言葉に甘えて待たせてもらいますよ」

 青いエプロンを外して背もたれに掛けたるんちゃんはふぅ、と一息ついてエミリの正面、つまり先程までまほまほくんが座っていた場所に座った。

「エミリちゃんエミリちゃん」

 口元に手で壁を作り、もう片方の手で手招きしたるんちゃんの小さな声に呼ばれ、その側へエミリは椅子から下りて駆け寄った。

「どうしたの?」

「まほまほくん、どうでしたか? 怖い目に遭いませんでしたか?」

「優しいよ? まほまほくん」

「まさかまほまほくん、ロリコン!?」

 思わず叫び声を上げたるんちゃんのその言葉への返答は、ロリコン呼ばわりされた彼の少し高い、女の人のような怒鳴り声で「黙れ」とだけ返ってきた。

「ろりこん、ってなに?」

「エミリちゃんカワイイ!」

 エミリをぎゅっと抱き締めたるんちゃんの頭を、後ろを通り過ぎたレイカは通り際に叩いた。椅子を引く音が聞こえてそちらに顔を向けたるんちゃんに一言忠告。

「変な事吹き込むなよ?」

「分かってますってばあ、せんぱーい」

 ほっぺをすりすりと擦りつけながら表情筋を緩ませて本当かどうか、それどころか話を聞いているかも怪しい答えを返して、るんちゃんはエミリの頭を撫でる。

「分かってるならいいンだけどな……」

「エミリちゃん、ロリコンは、大人の言葉なのでエミリちゃんはまだ使っちゃだめですよー」

「大人? は、いつなれるの?」

「そーですねー……。あ、先輩の身長を越したら、ですかね」

「がんばる」

 そこへ、トレイに人数分のお椀を乗せてきたまほまほくんが戻って来る。エミリがそちらに目を向けると目が合い、側にやって来るまで彼を見つめ続けていた。
 彼が来ると、るんちゃんのほっぺたが左右とも引っ張られる。まほまほくんだ。

「いはいいはい。いはいれすー! はなひまひゅはらー!」

「人で遊ぶのも大概にしろ」

 ほっぺたから手を離すと、彼はテーブルの上に置いたお椀を、それぞれの椅子の前に置いていく。レイカに「ありがとう」と礼を述べられるも、無視。

「いやあ、エミリちゃんがかわいくって……」

 気恥ずかしそうに頭をかいたるんちゃんに眉をひそめて空になったトレイを持ち直し、腕で体との間に挟んだ。そうしてるんちゃんの言葉に嫌な顔をする。

「かわいい? まだ常識すら身に着けてないガキだろ」

「おやぁ? まほまほくんもまだ十五にもなってないじゃないですかあ。たしか今年で十三歳でしたよね? 人のこと言えませんよー」

「ハア? お前に至っては──」

 次の瞬間にはその口は両手で押さえられており、その先が話されることはなかった。
 焦った様子のるんちゃんは、なんとか笑顔を浮かべながら一言。命の次に大事と言っても過言ではないその忠告を、女ではない彼へと告げる。

「女の子の年齢は内緒ですよー?」

 どこか鬼気迫るその顔に、一応の返事として頷きを返した。

 るんちゃんが手を離した時には、既にレイカはそのお椀の中身を飲み始めていた。
 エミリも、今まさに手を合わせて「いただきます」をしたばかりだ。

「……さて! ご飯を食べましょうかまほまほくん!」

「……分かったよ」

 お椀の中に入っていたのは少しの塩味がする温かい、透明なスープと、いくつかの野菜が細かく刻まれ、食べやすいと言うか、飲み飲みやすいサイズにカットされた具が入っている『野菜スープ』だった。

「エミリちゃん」

 呼ばれて、レイカの方へと目を向けた。

「これが、ほぼ毎日の主食だ。ハンバーグとか、他の食材が入っている物は大体高くて支給もされない、買えない。これだけはちゃんと覚えておいてくれ」

 エミリはこくんと、温かなスープをその体に流し込みながら頷いた。
 少し肌寒かった体は、体の芯から温まったように感じた。

 ※※※

「さて──」

 そう切り出したのはレイカだった。全員が食べ終わる、もとい、飲み終わるのを待って切り出した。まだ濡れた唇の周りを、るんちゃんがぺろりと舐める。

「今日の予定だが、るんちゃんはいつも通り、あの地区の調査だ」

「はい、了解です!」ぴしっと敬礼。

「次にまほまほくんとエミリちゃんは、ワタシについて民間からの情報収集と、発生する『循環者ヴィジター』の討伐。以上。何か意見のある者は挙手」

「……隊長。コイツ──エミリは連れて行く必要あります?」

 挙手こそしなかったが、まほまほくんは、隣に座って既に空になっているお椀の中を見つめ続けていたエミリに立てた親指を向ける。
 名前を出されて顔を上げたエミリは、まほまほくんが見つめる先、レイカへと目を向けた。

「彼女にはしばらく、一般常識を教えるためにも外に出て人と触れ合ったり、教養を身に着けさせるのが今後の方針だ。だから連れて行く。それに彼女も、右も左も分からない状態で放置されるよりも、誰かが一緒にいて、指示してくれる方が楽だろう?」

「……了解です」

 どこか不服そうに、渋々とだが、彼は了承した。
 それから付け加えるようにして、レイカは忠告する。

「最近、ヴィジターの発生が活発になっている。『黒の波』もいつ動き出すかは分からない。皆、それぞれ気をつけるように」

「分かりました先輩!」

「あと、いつも通り暗くなる前には戻って来るように。いつも言っているが、夜は奴らがよく活動している所を見かける。何をしているかは不明だが、夜中、外に出るのは自殺行為にも等しいからな。重々、その頭に叩き込むように」

「はーい! 分かってますよ先輩!」

「今回はエミリちゃんがいたから、こう事細やかに述べたが、要するに『暗くなる前に帰る』『仕事をする』この二つだけだ。あまり気負うなよ?」

 エミリの方を苦笑混じりに見たレイカを見返して、話の流れを上手く掴めなかったエミリは首を傾ける。が、どうにかレイカと共に行動するという事は飲み込めた。
 そこに、一人立ち上がったるんちゃんがぎゅっと目を瞑って伸びをする。両手の指を絡め、腕を高く天井に向けて伸ばした。

「じゃあ、自分はまた探し物ですね」

「すまないな。あの辺りはるんちゃんが一番、耐性がある」

「分かってますよー。仕方ないですよ。二人とも生身ですし」

 よっ、と声を出して伸ばした手を下ろすと、るんちゃんは握り拳を顔のすぐ側で作った。

 やる気を見せるるんちゃんは一足先に食堂を出て行き、残った三人の間に少しの間沈黙が流れる。その間中エミリは、正直あまり話についていけてなかったのでこれからの事を判断する材料もなく、レイカへ顔を向けていた。

「──いったン、ワタシ達も支度をしてくるから、ここで待っていてくれ。エミリちゃん。まあ、十分後にここに戻って来てくれればいいから外に出なければどこに行ってもいいが……」

 レイカが立ち上がりながら語った内容を吟味しながら、その顔を見つめ続けていたエミリの様子に、一つ息をついてレイカは椅子をテーブルへと戻した。

「ついて来るか?」

「うん」

 ※※※

 着換え。

 パサリと、衣服を脱いだレイカを、フローリングの床に座りながら見つめていた。
 引き締まった背中に、ふわりとなびくポニーテール。下着さえも脱いで、黒いタイツを着たレイカを、ただ静かに見つめていた。

 黒い、革か何かのタイツの上から頑丈なベルトを腰に装着。それと似た、伸縮するものを太腿から膝上、くるぶしの前、そして足裏へと巻きつけるように押さえつけ、折り返したそのベルトをそれぞれの箇所で交差させて腰横に嵌め込む。

 それを左右ともに装着し、今度は肩甲骨辺りを守るショルダー。それを腕に通して、そこに前から垂れる二本のベルトを、先程の脚のベルトへ、太腿の中間辺りへ繋げた。

「レイカ、何してるの?」

 その、雁字搦めとでも呼ばんばかりに多重に交差するベルトで自らの肉体を縛るように見えたレイカの行動に、エミリは尋ねた。
 それはあまりにも自分の知る着替えとは違ったもので、自分の服装と彼女の着替え途中の服装とを見比べながら首を傾ける。

「このベルトは、特殊な繊維で編まれていてね、伸び縮みはするけど、縮む速度が尋常じゃない。反射よりも素早く縮むこれは、まあ、戦闘で役に立つんだよ。体を伸ばす時はちょっと力を入れなきゃだけど、一度伸びたら三秒以上、姿勢を維持しなけりゃ固まりはしないし、動いていればそれほど縮まないから便利だよ」

 と説明しつつ、腕にも似たような形でベルトを巻いていくレイカの姿を見つめ、エミリはふと、先程の食堂での説明を思い出した。

「びじたー?」

「……ああ、そうだ。ヴィジターは、人を襲う。人の魂は、『魔力』を内包しているのがほとンどだ。それを外に出せるかどうかは体の造りも視野に入れなきゃならないが……とにかく、ヴィジターは『魔力』を得るために人の魂を喰らう。そして、ヴィジターから人々を守るのがワタシ達の役目だ!」

 キランとウィンクをして、白い歯を見せてきたレイカに、どんな反応を返して良いか分からずにただただ困惑して、眉をひそめて首を傾けた。
 幼い彼女のその反応に、レイカは「あ、ぇ……」と顔を赤くして、エミリに背を向ける。

「すまン……。忘れてくれ……。たまに、気分が昂ぶるとこうなるんだ……」

 ベルトを装着した上に、白い長袖のワイシャツに腕を通し、白いズボン。こちらも丈の長いものを採用して履いた。それらを見つめながら、エミリは頷く。

「分かった」





[あとがき]
 次回は11月29日更新です。月末連続更新です。
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