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五章 『運命の糸』
236話 『化物・人』
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「──どうぞ。粗茶ですが」
「いえ、お気遣いなく。今回は連れが小さいので早めに切り上げる予定なので」
カチャリと音を立てて置かれたティーカップ。その中身の茶色い透明な液体からは湯気がふわふわと部屋中に霧散していった。
ここは、元々『市役所』の奥、休憩室として使われていた部屋だ。そこへ、レイカは単身足を運び、つい先程、ようやっと来たこの街の統治者のもてなしを受けていた。
三年前に、突如世界を襲った猛吹雪がこの街にもやって来た。その結果、市民の半数は人を吹き飛ばさんほどの勢いの吹雪と、僅か数十秒で部屋の中に閉じ込められて酸素不足で死に至り、更にその半数は動けなくなってしまい実質四分の一しか動ける人々はいなくなった。
しかし、『その日』を生き延びた人は強かった。
彼らは団結し、それぞれがそれぞれで割り当てた仕事を的確にこなしていったお陰で、彼らはどうにか生き延びることができた。
世界には、そうして生き延びた人々が何百、何千万といる。しかし、それも今となっては『七つの大罪』からの援助、もとい、支配があるお陰だとは、皮肉が効いている。
──対面のソファに座り込んだ年配の白髪の男性が、小さく息を吐きながらコートを脱いでソファに掛けたレイカを見る。白い長袖のワイシャツはどこか固く、新品を思わせる。
「お連れさん……と言うと、あの少年ではなく?」
「ああ、いえ。彼も連れて来てはいますが、それとは別に、もう一人」
「もう一人?」
「ええ。今日は『エミリ』という女の子も連れて来ています」
「女の子ですか。──何歳なんですか?」
「あの子は記憶喪失のようでおそらく十かその辺りだと」
「十、ですか……。……孫娘も生きていたら、きっとそのエミリさんと同い年くらいでしょうか。きっと、お友達になったりとかして、それを見るのが楽しくなっていたんでしょうなあ……」
「気を落とさないでください。死んでしまったら、せっかく生き延びたのに、お孫さんに叱られますよ。『もっと長生きして~』と」
「アッハッハ! ──たしかに、そんな事を言われそうだ。辛気臭くなりましたね、すみません」
「いえ。お気になさらず」
「それで、レイカさんはどうしてこちらへ?」
「先程のエミリちゃんの事です。何か、知っている事はありますか?」
エミリの特徴を一つ一つ、覚えている、知っている限りをありのまま、余す事なく伝えたレイカの話を聞いた彼は、口元に手を当てて下を向く。力が抜けきったように、はたまた、意気消沈でもしているのか、首を横に振った。
「すみません、力になれず。──しかし、街の人達に呼びかける事くらいはしましょう。きっと、皆力を貸してくれるはずですよ、優しい人ばかりですから」
顔を上げて、よそよそしい笑顔を浮かべた彼の提案を受け、レイカは頷き返した。
とは言え、これでエミリへの情報が完全に潰えた事になってしまう。
最初から期待はそれほど掛けていなかったものの、やはり何も無いと知ると多少なりとも落胆はしてしまうようで、張っていた肩がため息と共に下がった。
「でも、誰かが知っているかもしれませんよ? 私は見ての通りなので、ここからはあまり出してもらえないので……」
「そうですね……」
その時、ガチャリと。まるで盗み聞きでもしていたかのようなタイミングの良さでこの部屋に繋がる扉が開いた。二人がそちらを向くも、そこには誰一人としていない。
必然、警戒心を強めたレイカは市長である対面に座る彼に目配せすると、頷かれてすぐさま後ろに手を回し、腰のベルトに装着したホルダー、そこに仕舞っている拳銃があった。
それを引き抜いて、扉へと音も無く近づいていき──
「────」
扉を勢い良く、どかすように開いて部屋の外へ銃口を向けたままその目を鋭くさせる。そこには左右に伸びる通路があるため、正面には壁しかない。そして、見えた光景はそのままそれだ。
誰も出て来る気配は無く、ゆっくり、神経を尖らせて一歩、一歩進み出て、部屋の外に爪先が出た途端、正面の壁に背中を預けるように部屋を飛び出し、周囲を確認する。
「……ぇ?」
レイカが見た光景。それは、数え切れないくらいの街の人々がまるで隠れるように壁に張り付き、レイカに銃口を向けて、そこに立っていた。
「……先日、私達にこんな文書が送られてきました」
ぽつりと、市長が部屋から、物寂しそうに語りながら部屋から出て来る。
「『匿っているレジスタンスを差し出せ。さもなければ私達は貴様らを皆殺しにする』と」
胸に手を当てて、彼は、一つ息を吐いた。
「……とても、残念ですが、お別れです、レイカさん」
懐から抜いた拳銃は、まるで訓練でもされていた動きで手際よくその標準をレイカへと定めて、悲しそうな顔をして、一言。
「──意地汚くて、すみません」
銃声が、響いた。
目を見開いたレイカは、自分のすぐ隣、頬を掠めた銃弾が壁にめり込むのを、見た。
掠めた頬から、ぷくぅと血の玉が滲み出る。
「何をしている! 早く殺せよ!」
一人の青年が叫んだ。
見れば、市長のすぐ側に立っていた青年は、全身に汗をびっしょりとかいている市長から拳銃を取り上げ、怒り心頭な様子でレイカに銃口を向ける。
その間、状況把握に努めていたレイカは、沈黙して二人の様子を見つめていた。
「俺が、殺してやる……!」
「待ってくれ! 今まで、困った時、彼女達に私達は助けられた! だから、彼女達が困っているのなら、今度は私達が助ける番だろう!」
どこか強迫観念に囚われたような、怯えるような目で、市長だった男性は叫ぶ。白髪で、もう相当歳を重ねているはずの彼は、それでも、レイカ達を救おうと、青年に必死でしがみつき、縋り付き、自分の意見を押し通す。
「何も知らないから、お前はそんな事が言えるんだ!」
周囲の視線を一身に浴びながら、青年は銃口を向けた相手、つまり、レイカを恨めしそうに、憎々しげに睨んで、その仔細を明らかにする。
「奴は、化物だ! 人の姿をした、世界の敵なんだ!」
「世界の、敵……?」と、自身に向けられた謂れの無い敵意に眉をひそめると同時。
ずゾッ、と。
何かに意識を吸われるような感覚を味わい、レイカは顔をしかめる。
一瞬、視界がぼやけ、意識が遠のいたが、それはすぐに平常に戻る。
後に残ったのは鈍い頭痛のみであった。
片手でふらつく頭を支えて、青年の言葉を待つ。
「ああ、そうだ。お前はかつて、大量に人を惨殺したらしいなっ? 男女、年寄り子供関係なく! しかも! その記憶は無いと来ている! そんな都合の良い話があるか! 記憶を無くして昔の事が分からない? 違うだろ! 昔の事を説明できないから、記憶を無くしたフリをしているんだろう!」
「君は……何を……?」
「全部聞いたんだよ! しらばっくれんな!」
鬼気迫るその顔に、レイカは続く頭痛が酷くなり、顔の歪みを大きくする。
「過去がバレてお辛いか!? 辛いだろうな! これまでお前は一体、何人殺してきたんだ? 百? 千? もっとだろうが! ──今更、そんな顔したって遅いんだよ!」
その罵倒は、耳には入ってこない。訴えてくる鈍痛に、顔を歪ませ、ちらちらと脳裏に映り込む、見知らぬ女性の陰が、レイカには目障りに感じた。
しかし、今の彼が言っている内容と、脳裏にちらつく光景とは、まるで整合しない。が、無いもの知らないものを、あるともないとも言い返す事ができず、歯がゆくなる。
「──何か違うなら、言ってみろよ! なあオイ!」
「ワタシは……っ」
言葉を発しようとすれば、意識が抉り取られたような喪失感を味わい、目の端から、涙が溢れる。しかめっ面で、ぼやける視界の向こうから、重ねて問いかけられた。
「言えないのか!? 言えないんだな!?」
どうにか自己を維持するのに必死なレイカは、その問いかけに答えられるほど、余裕は無い。酷く訴えてくる頭痛も、その向こうで笑う、女性の陰、少女の姿、そして──、
「────」
ぼそりと、誰にも届かないその声は、脳裏に映った懐かしさから来る、無意識の言葉だった。知らない人々、知らない景色、知らない光景。あまりに、自分の知る現実とはかけ離れていて、信じがたい光景達を、ついには意識することもできずに、自己の維持だけに専念する。
そこに思い描くのは、三年しかない自分の人生で歩んだ中で、人生に関わってきた人々。
るんちゃん、アリス、ジーク、マリア、獣王メイト、川田ゆう、ホリナナミ、エミリ。
…………。
少なからず、自分の人生に影響を及ぼしてきた数々の人々を思い描き、少しずつ、自己を確立し、意識を明確に、ハッキリとさせ、喪失感を一つずつ埋めていって。
ふっ、と息を抜くような笑いが零れた。
「──っ。人の心も無くした化物が!」
青年は、拳銃を取り上げようとする市長だった老人の体を無理やり、力づくで押しのけて拳銃の引き金を引く。発泡音。銃声。火薬が着火し、爆発音と共に、銃弾がレイカに向けて放たれる。
あちらこちらから、何人かの悲鳴が上がった。
意識を取り戻したレイカは滑らかな動きでその銃弾の下へ潜り込み、回転するような動きで横から銃弾を掴み取った。僅か、一秒にも満たない神業。それを平然とやってのけたレイカは、拳銃を向けたまま固まっている青年に、掴み取った銃弾を指先でつまみ、見せびらかす。
ぽたぽたと、その手からは血が、滴り落ちた。
「……ワタシは、人だ」
鮮明になった意識を体に据え、レイカは告げる。
「────」
黙り込んで、その銃弾を見つめている青年は、たらたらと全身に汗をかきながら、どこか上の空で話を聞いている様子はなかった。それでも、レイカは語る。
「敵意を向けられたら、怖い。攻撃されたら、痛い。何も、おかしな所はない、ただの人なんだ。ワタシは」深呼吸。「人は考える生き物だと、聞いた。ワタシは考える。君達を殺して、何があるのかを。ワタシの知り合いは、こう言った。他人を傷つけようとするのも、犠牲にしようとするのも、勇気がいると。──本当に、そうだと思う。そして、ワタシは、勇気がない。君達を、殺せない。殺したくない。傷つけたくもない。怖いンだ。何かを失う選択をすることを。選択した後のことを、想像するのも。──だからワタシは、人だ」
静まり返っていたその場で、一体何人が、彼女の話を聞いていただろうか。一人、二人、三人。いや、もっといたかもしれないし、一人も聞いていなかったかもしれない。ただ、それでもレイカは、すっと息を吸い込んで小さく胸を張る。
「人であるワタシは、君達を傷つけたくはないし、傷つけられたくもない。だから、ワタシは、このままこの街を去る。君達はワタシを忘れて、ここで、暮らしていて欲しい」
気がつけば肩が張っていて、力を抜いてはみたものの、どこか、体に力が入ってしまっていてそわそわと、心が浮足立っていた。宙に浮いたような不安定な心地に、レイカはその表情に暗い陰を落としながら、物寂しげに笑う。
「君達を失わない選択をできて、快く思う」
一歩、前に進むと青年がハッと我に返り、再び銃口を向けてきたので、すぐに青年の傍を駆け抜け、その奥の部屋へと潜り込み、ソファに掛けたコートを手に取り窓を割って外へ飛び出した。
「────」
大きく見開いた目から、ぽろりと、涙をその場に残して。
※※※
「はぁー……。自分も向こうに行きたかったですねぇ……」
ふぅ、とため息をついて、自分の身長を軽々しく上回るほど大きなバックパックを背負って、るんちゃんは歩いていた。
周囲を見回しては何も見つからない雪原ばかり。昨日はあったはずの小さな足跡も既に消えてなくなっている。昨日、もしその足跡を見つけられなければ、エミリにも出会えなかっただろう。運が良かった、そう口中で呟きながら、小さな笑みを浮かべる。
ここは侵略者の休息地と呼ばれる、二年前に突如として出来上がった窪地だ。その原因は未だ不明であり、ここに建っていた建物も全てひしゃげ、もみくちゃにされてしまっている。
それをここまで綺麗にできたのはひとえに働いた『人造人間』達の成果だ。
ここに普通の人間が入ると力が抜け、動けなくなるので少し特殊なホロゥ達が瓦礫や残骸を撤去し、ここの捜索を行っているのだ。近頃はこの捜索のほとんどをるんちゃん一人でやっているのだが。
ホロゥ達が成した成果を思い、少しばかり軽くなった足取りで奥へ奥へと進んで行った。
「あ、れ……」
十数分ばかり歩いただろうか。ふと、視界の正面に違和感を覚えて立ち止まる。
目の前に、白くそよぐマフラーで口元を隠して、正面に立っている人影に目を見開く。
一目見ただけでは、辺りの白い景色と同化して分かりづらかったものの、よくよく目を凝らして見れば、それは人だと分かった。
それは灰色の髪をした、十八前後の少女の姿をしていた。
「わあ、お仲間ですかね?」
顔の前で手を叩いて笑顔を浮かべたるんちゃんは駆け足で少女へと近づいて行った。
彼女はただ、るんちゃんの接近を待ち続け──、
「──君は、誰?」
「自分は『人工魔力神経組込型人形兵器』、通称『ルーン・ホロゥ』の試作品です! 名前は無いので、るんちゃん、って呼んでください!」
「……へぇ。そうなんだ。るんちゃんね。うん、分かったよ」
「あなたは?」
「私? 私は……」
答えに詰まった様子で、彼女は胸元に手を当てて、ジッと自分の足下を見つめる。
しばらくすると、答えに行き着いたのか、少女は顔を上げた。
「あしゅ──ああいや、メル。私の名前。そして、『白銀の魔女』でも、ある」
「……ぇ?」
自らを、この世界を作り変えた『白銀の魔女』だと告げる、メルと名乗る少女。
彼女の言葉に困惑するるんちゃんは、その場に呆然と立ち尽くした。
[あとがき]
次回は12月22日です。
「いえ、お気遣いなく。今回は連れが小さいので早めに切り上げる予定なので」
カチャリと音を立てて置かれたティーカップ。その中身の茶色い透明な液体からは湯気がふわふわと部屋中に霧散していった。
ここは、元々『市役所』の奥、休憩室として使われていた部屋だ。そこへ、レイカは単身足を運び、つい先程、ようやっと来たこの街の統治者のもてなしを受けていた。
三年前に、突如世界を襲った猛吹雪がこの街にもやって来た。その結果、市民の半数は人を吹き飛ばさんほどの勢いの吹雪と、僅か数十秒で部屋の中に閉じ込められて酸素不足で死に至り、更にその半数は動けなくなってしまい実質四分の一しか動ける人々はいなくなった。
しかし、『その日』を生き延びた人は強かった。
彼らは団結し、それぞれがそれぞれで割り当てた仕事を的確にこなしていったお陰で、彼らはどうにか生き延びることができた。
世界には、そうして生き延びた人々が何百、何千万といる。しかし、それも今となっては『七つの大罪』からの援助、もとい、支配があるお陰だとは、皮肉が効いている。
──対面のソファに座り込んだ年配の白髪の男性が、小さく息を吐きながらコートを脱いでソファに掛けたレイカを見る。白い長袖のワイシャツはどこか固く、新品を思わせる。
「お連れさん……と言うと、あの少年ではなく?」
「ああ、いえ。彼も連れて来てはいますが、それとは別に、もう一人」
「もう一人?」
「ええ。今日は『エミリ』という女の子も連れて来ています」
「女の子ですか。──何歳なんですか?」
「あの子は記憶喪失のようでおそらく十かその辺りだと」
「十、ですか……。……孫娘も生きていたら、きっとそのエミリさんと同い年くらいでしょうか。きっと、お友達になったりとかして、それを見るのが楽しくなっていたんでしょうなあ……」
「気を落とさないでください。死んでしまったら、せっかく生き延びたのに、お孫さんに叱られますよ。『もっと長生きして~』と」
「アッハッハ! ──たしかに、そんな事を言われそうだ。辛気臭くなりましたね、すみません」
「いえ。お気になさらず」
「それで、レイカさんはどうしてこちらへ?」
「先程のエミリちゃんの事です。何か、知っている事はありますか?」
エミリの特徴を一つ一つ、覚えている、知っている限りをありのまま、余す事なく伝えたレイカの話を聞いた彼は、口元に手を当てて下を向く。力が抜けきったように、はたまた、意気消沈でもしているのか、首を横に振った。
「すみません、力になれず。──しかし、街の人達に呼びかける事くらいはしましょう。きっと、皆力を貸してくれるはずですよ、優しい人ばかりですから」
顔を上げて、よそよそしい笑顔を浮かべた彼の提案を受け、レイカは頷き返した。
とは言え、これでエミリへの情報が完全に潰えた事になってしまう。
最初から期待はそれほど掛けていなかったものの、やはり何も無いと知ると多少なりとも落胆はしてしまうようで、張っていた肩がため息と共に下がった。
「でも、誰かが知っているかもしれませんよ? 私は見ての通りなので、ここからはあまり出してもらえないので……」
「そうですね……」
その時、ガチャリと。まるで盗み聞きでもしていたかのようなタイミングの良さでこの部屋に繋がる扉が開いた。二人がそちらを向くも、そこには誰一人としていない。
必然、警戒心を強めたレイカは市長である対面に座る彼に目配せすると、頷かれてすぐさま後ろに手を回し、腰のベルトに装着したホルダー、そこに仕舞っている拳銃があった。
それを引き抜いて、扉へと音も無く近づいていき──
「────」
扉を勢い良く、どかすように開いて部屋の外へ銃口を向けたままその目を鋭くさせる。そこには左右に伸びる通路があるため、正面には壁しかない。そして、見えた光景はそのままそれだ。
誰も出て来る気配は無く、ゆっくり、神経を尖らせて一歩、一歩進み出て、部屋の外に爪先が出た途端、正面の壁に背中を預けるように部屋を飛び出し、周囲を確認する。
「……ぇ?」
レイカが見た光景。それは、数え切れないくらいの街の人々がまるで隠れるように壁に張り付き、レイカに銃口を向けて、そこに立っていた。
「……先日、私達にこんな文書が送られてきました」
ぽつりと、市長が部屋から、物寂しそうに語りながら部屋から出て来る。
「『匿っているレジスタンスを差し出せ。さもなければ私達は貴様らを皆殺しにする』と」
胸に手を当てて、彼は、一つ息を吐いた。
「……とても、残念ですが、お別れです、レイカさん」
懐から抜いた拳銃は、まるで訓練でもされていた動きで手際よくその標準をレイカへと定めて、悲しそうな顔をして、一言。
「──意地汚くて、すみません」
銃声が、響いた。
目を見開いたレイカは、自分のすぐ隣、頬を掠めた銃弾が壁にめり込むのを、見た。
掠めた頬から、ぷくぅと血の玉が滲み出る。
「何をしている! 早く殺せよ!」
一人の青年が叫んだ。
見れば、市長のすぐ側に立っていた青年は、全身に汗をびっしょりとかいている市長から拳銃を取り上げ、怒り心頭な様子でレイカに銃口を向ける。
その間、状況把握に努めていたレイカは、沈黙して二人の様子を見つめていた。
「俺が、殺してやる……!」
「待ってくれ! 今まで、困った時、彼女達に私達は助けられた! だから、彼女達が困っているのなら、今度は私達が助ける番だろう!」
どこか強迫観念に囚われたような、怯えるような目で、市長だった男性は叫ぶ。白髪で、もう相当歳を重ねているはずの彼は、それでも、レイカ達を救おうと、青年に必死でしがみつき、縋り付き、自分の意見を押し通す。
「何も知らないから、お前はそんな事が言えるんだ!」
周囲の視線を一身に浴びながら、青年は銃口を向けた相手、つまり、レイカを恨めしそうに、憎々しげに睨んで、その仔細を明らかにする。
「奴は、化物だ! 人の姿をした、世界の敵なんだ!」
「世界の、敵……?」と、自身に向けられた謂れの無い敵意に眉をひそめると同時。
ずゾッ、と。
何かに意識を吸われるような感覚を味わい、レイカは顔をしかめる。
一瞬、視界がぼやけ、意識が遠のいたが、それはすぐに平常に戻る。
後に残ったのは鈍い頭痛のみであった。
片手でふらつく頭を支えて、青年の言葉を待つ。
「ああ、そうだ。お前はかつて、大量に人を惨殺したらしいなっ? 男女、年寄り子供関係なく! しかも! その記憶は無いと来ている! そんな都合の良い話があるか! 記憶を無くして昔の事が分からない? 違うだろ! 昔の事を説明できないから、記憶を無くしたフリをしているんだろう!」
「君は……何を……?」
「全部聞いたんだよ! しらばっくれんな!」
鬼気迫るその顔に、レイカは続く頭痛が酷くなり、顔の歪みを大きくする。
「過去がバレてお辛いか!? 辛いだろうな! これまでお前は一体、何人殺してきたんだ? 百? 千? もっとだろうが! ──今更、そんな顔したって遅いんだよ!」
その罵倒は、耳には入ってこない。訴えてくる鈍痛に、顔を歪ませ、ちらちらと脳裏に映り込む、見知らぬ女性の陰が、レイカには目障りに感じた。
しかし、今の彼が言っている内容と、脳裏にちらつく光景とは、まるで整合しない。が、無いもの知らないものを、あるともないとも言い返す事ができず、歯がゆくなる。
「──何か違うなら、言ってみろよ! なあオイ!」
「ワタシは……っ」
言葉を発しようとすれば、意識が抉り取られたような喪失感を味わい、目の端から、涙が溢れる。しかめっ面で、ぼやける視界の向こうから、重ねて問いかけられた。
「言えないのか!? 言えないんだな!?」
どうにか自己を維持するのに必死なレイカは、その問いかけに答えられるほど、余裕は無い。酷く訴えてくる頭痛も、その向こうで笑う、女性の陰、少女の姿、そして──、
「────」
ぼそりと、誰にも届かないその声は、脳裏に映った懐かしさから来る、無意識の言葉だった。知らない人々、知らない景色、知らない光景。あまりに、自分の知る現実とはかけ離れていて、信じがたい光景達を、ついには意識することもできずに、自己の維持だけに専念する。
そこに思い描くのは、三年しかない自分の人生で歩んだ中で、人生に関わってきた人々。
るんちゃん、アリス、ジーク、マリア、獣王メイト、川田ゆう、ホリナナミ、エミリ。
…………。
少なからず、自分の人生に影響を及ぼしてきた数々の人々を思い描き、少しずつ、自己を確立し、意識を明確に、ハッキリとさせ、喪失感を一つずつ埋めていって。
ふっ、と息を抜くような笑いが零れた。
「──っ。人の心も無くした化物が!」
青年は、拳銃を取り上げようとする市長だった老人の体を無理やり、力づくで押しのけて拳銃の引き金を引く。発泡音。銃声。火薬が着火し、爆発音と共に、銃弾がレイカに向けて放たれる。
あちらこちらから、何人かの悲鳴が上がった。
意識を取り戻したレイカは滑らかな動きでその銃弾の下へ潜り込み、回転するような動きで横から銃弾を掴み取った。僅か、一秒にも満たない神業。それを平然とやってのけたレイカは、拳銃を向けたまま固まっている青年に、掴み取った銃弾を指先でつまみ、見せびらかす。
ぽたぽたと、その手からは血が、滴り落ちた。
「……ワタシは、人だ」
鮮明になった意識を体に据え、レイカは告げる。
「────」
黙り込んで、その銃弾を見つめている青年は、たらたらと全身に汗をかきながら、どこか上の空で話を聞いている様子はなかった。それでも、レイカは語る。
「敵意を向けられたら、怖い。攻撃されたら、痛い。何も、おかしな所はない、ただの人なんだ。ワタシは」深呼吸。「人は考える生き物だと、聞いた。ワタシは考える。君達を殺して、何があるのかを。ワタシの知り合いは、こう言った。他人を傷つけようとするのも、犠牲にしようとするのも、勇気がいると。──本当に、そうだと思う。そして、ワタシは、勇気がない。君達を、殺せない。殺したくない。傷つけたくもない。怖いンだ。何かを失う選択をすることを。選択した後のことを、想像するのも。──だからワタシは、人だ」
静まり返っていたその場で、一体何人が、彼女の話を聞いていただろうか。一人、二人、三人。いや、もっといたかもしれないし、一人も聞いていなかったかもしれない。ただ、それでもレイカは、すっと息を吸い込んで小さく胸を張る。
「人であるワタシは、君達を傷つけたくはないし、傷つけられたくもない。だから、ワタシは、このままこの街を去る。君達はワタシを忘れて、ここで、暮らしていて欲しい」
気がつけば肩が張っていて、力を抜いてはみたものの、どこか、体に力が入ってしまっていてそわそわと、心が浮足立っていた。宙に浮いたような不安定な心地に、レイカはその表情に暗い陰を落としながら、物寂しげに笑う。
「君達を失わない選択をできて、快く思う」
一歩、前に進むと青年がハッと我に返り、再び銃口を向けてきたので、すぐに青年の傍を駆け抜け、その奥の部屋へと潜り込み、ソファに掛けたコートを手に取り窓を割って外へ飛び出した。
「────」
大きく見開いた目から、ぽろりと、涙をその場に残して。
※※※
「はぁー……。自分も向こうに行きたかったですねぇ……」
ふぅ、とため息をついて、自分の身長を軽々しく上回るほど大きなバックパックを背負って、るんちゃんは歩いていた。
周囲を見回しては何も見つからない雪原ばかり。昨日はあったはずの小さな足跡も既に消えてなくなっている。昨日、もしその足跡を見つけられなければ、エミリにも出会えなかっただろう。運が良かった、そう口中で呟きながら、小さな笑みを浮かべる。
ここは侵略者の休息地と呼ばれる、二年前に突如として出来上がった窪地だ。その原因は未だ不明であり、ここに建っていた建物も全てひしゃげ、もみくちゃにされてしまっている。
それをここまで綺麗にできたのはひとえに働いた『人造人間』達の成果だ。
ここに普通の人間が入ると力が抜け、動けなくなるので少し特殊なホロゥ達が瓦礫や残骸を撤去し、ここの捜索を行っているのだ。近頃はこの捜索のほとんどをるんちゃん一人でやっているのだが。
ホロゥ達が成した成果を思い、少しばかり軽くなった足取りで奥へ奥へと進んで行った。
「あ、れ……」
十数分ばかり歩いただろうか。ふと、視界の正面に違和感を覚えて立ち止まる。
目の前に、白くそよぐマフラーで口元を隠して、正面に立っている人影に目を見開く。
一目見ただけでは、辺りの白い景色と同化して分かりづらかったものの、よくよく目を凝らして見れば、それは人だと分かった。
それは灰色の髪をした、十八前後の少女の姿をしていた。
「わあ、お仲間ですかね?」
顔の前で手を叩いて笑顔を浮かべたるんちゃんは駆け足で少女へと近づいて行った。
彼女はただ、るんちゃんの接近を待ち続け──、
「──君は、誰?」
「自分は『人工魔力神経組込型人形兵器』、通称『ルーン・ホロゥ』の試作品です! 名前は無いので、るんちゃん、って呼んでください!」
「……へぇ。そうなんだ。るんちゃんね。うん、分かったよ」
「あなたは?」
「私? 私は……」
答えに詰まった様子で、彼女は胸元に手を当てて、ジッと自分の足下を見つめる。
しばらくすると、答えに行き着いたのか、少女は顔を上げた。
「あしゅ──ああいや、メル。私の名前。そして、『白銀の魔女』でも、ある」
「……ぇ?」
自らを、この世界を作り変えた『白銀の魔女』だと告げる、メルと名乗る少女。
彼女の言葉に困惑するるんちゃんは、その場に呆然と立ち尽くした。
[あとがき]
次回は12月22日です。
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