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五章 『運命の糸』
243話 『お別れは寂しいけれど、挨拶は少なくていい』
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むきゅう、とほっぺを摘まれ伸ばされるエミリ。
彼女のほっぺを引っ張るのは白髪の少女を膝の上に乗せたるんちゃんだった。
「──本当に、大事無くてなによりでした」
そこはとある一室。るんちゃんの部屋であり、その布団の上で足を伸ばしてエミリを乗せている。とにかく、ここしばらくその部屋を共同で使っている二人は先程エミリを殴って別れた愛香の事を話していた。話とは言っても、ほとんどるんちゃんがエミリに慰めるような言葉を掛け続けていただけだが。
「それよりるんちゃんさん」
「きゃわわ……ッ!? ……ああえと、はい。なんでしょう?」
「ボク、行ってみたい所があるんだ」
「行ってみたい所……。それはどういった所なんですか?」
にこにこと笑みを向けられ尋ねられて、エミリは天井を見上げる。
それからしばらく沈黙して、十秒程度の時間が流れた。そして──
「……分からない」
「んんんー?」
釈然としないその回答に、るんちゃんは笑みを固まらせて首を傾けた。
まろ眉がきゅっと眉間を狭める。
「分からないんですか?」
「うん。分からない」
「ならどうしてそこに行こうと思ったんですか?」
少しだけ目線を膝へ落として、それからぽつりと答えを返した。
「糸が、見えた」
「……糸、ですか」
「その糸がどこに繋がってるのか、気になっただけ」
それからしばらくの間返事は無かった。
返事を待つ間、エミリは掌をぐっぱーぐっぱーと握ったり開いたりして暇を持て余していた。他にも足をぶらつかせたり、るんちゃんのもちもちとした肌をつついてみたり。
そして、およそ五分が経過した所でるんちゃんが口を開く。
「分かりました。行きましょう! その糸の先へ!」
「るんちゃんさんも行くの?」
「エミリちゃんだけだと心配ですからね! 自分は隊長にこの事を話して来ますから、少しだけ待っていてくださいね! それでは!」
走って部屋を出て行ったるんちゃんを見送り、エミリは立ち上がった。
「前に、進む……」
それを第一の信条にしてエミリは生きてゆくと、そう決めたのだ。
エミリは、過去の自分を想像しようとして、できなくて、小さく吐息した。
聞きたい事が沢山ある。
何をしていたのか、何をしようとしていたのか、一体、何を考えていたのか。
分からない。何も、分からない。
それは例えば、五感を失くしてしまう事よりも不安定で、頼りなく思えた。
モノを感じられる分こちらの方が安定していないと、そう思えただけかもしれないが。
「この先で見つけられたらいいな」
そう、エミリは独り言をぼやいた。
※※※
「エミリちゃんが外に出たいって?」
その時、窓の外には赤みがかった景色が広がっていた。
エミリの要求についてるんちゃんが、書類をまとめていたレイカへとそう伝えた。
ここは、最初にエミリが運び込まれた部屋だが、普段は書類の作成や提出などに使っている部屋だ。机の上には山のような書類と、それに紛れて書類を挟み込むような機械が置かれていた。
執務を中断した彼女の確認に頷くと、るんちゃんは話を続けた。
「彼女だけに見える『糸』が、見えない所まで伸びているので、それを見に行きたいと」
「……そうか。ンー……それは、一週間後の襲撃の件もあるし、すぐには難しいなあ」
山積みの書類に目を通しているレイカの背後で姿勢を正して頭を下げたるんちゃん。
「そこを頼みますよ隊長!」
そう、張り上げられた大声に目を見開いて、レイカは振り返った。下げられている少し跳ねたふんわりとした金髪の乗る頭を眺めて、レイカは一つ息をつく。
「二人きりの時くらい、前みたいに呼ンでくれても良いンじゃないか?」
「自分は、目上の人には敬意を払いますので!」
「はあ……。まあ、そうだな。一週間後、現地にて集合で手を打とう。できるか?」
「現地……あの場所ですか。分かりました! 自分、さっそくエミリちゃん連れて『糸』の向こう側へと探索に行って来ます!」
頭を上げて敬礼したるんちゃんに、レイカは苦笑を浮かべる。
「監視係の名が聞いて呆れるな」と冗談めいた声を出した。
「監視は、一人で十分だと思ってますから」
目を見開いて、レイカはその言葉を咀嚼するのに少しの時間を要した。
それをし終えたレイカはああ、そうだなと得心した顔で頷く。
「そっか。そうだな。よし、なら、行ってらっしゃい」
笑顔で手を振るレイカに、るんちゃんはぴしっと少し崩れた敬礼をして、くるりと踵を返しながら「行って来ます」と、弾んだ声音で言った。そこには、喜びだとか嬉しさだとか、とにかくそう言った祝福するような気持ちが込められていた。
「ああ、そうだ。るんちゃん」
思い出したように名前を呼ばれて、るんちゃんは振り返った。
彼女は少しだけ、寂しそうな顔をして、おかしな事を言った。
「……お土産、期待してるぞ」
冗談にしか聞こえない、寂しそうな笑顔で伝えられた言葉は確かにるんちゃんの耳に届いた。しかし、るんちゃんはその意味を悟る事なくはい分かりましたとだけ答えて去って行った。
「……簡単にはいかないか」
ため息をついて、レイカは机の上に置いていたペンを持って再び書類に向かい合う。
書類は様々だ。例えば、生活費用や日々の活動記録、重要な物からそうでない物まで、ありとあらゆるものを書類として提出しなければならない。現在書いているのは活動報告。
そこへ『敵となる恐れあり。名前は』とまで書いて、ぴたりと動きを止める。
「……いや、るんちゃんを信じよう。アレで、信頼できる子だ」
その一文を消して、机の端に置いてある機械へとその書類とその他多数の書類を纏めたものを挟み込み、機械上部に一つだけある赤いボタンをポチッと押す。すると、一纏めにした書類か青い光に取り込まれてヴォンと、雑味がかった音を立てて消え去る。
トランスポーターの応用で、物を転送受信する際に使える物だ。ただ、個体でないと送る事はする事ができない。だからと言って何か不都合がある訳でもないが。
「……さて、どうするかな」
これから起こるだろう問題に頭を悩ませていると、少しずつ思考が不鮮明になっていったので、五分とかからず、レイカは考えることをやめた。
※※※
それから数十分が経った。
るんちゃんが忙しなく走り回るのを布団の上に座って眺めていたエミリは、目の前で見る見るうちに膨らんでゆくリュックサックも視界に入れていた。それはエミリよりも一回りほど大きく、ぎゅうぎゅう詰めになりながら、今はるんちゃんに縄に縛られている。
「よし、行きましょう!」
「るんちゃんさん、それってどうやって外に出すの?」
見るからに出入口より、縦にも横にも大きなリュックサックを見てエミリは首を傾けた。
不思議がるのも当然と言えようその巨躯を見上げるエミリに、るんちゃんは悪戯を仕掛ける子供のように楽しげな笑顔を浮かべて、いいですか? と真面目な顔で一つ指を立てる。
「実はこのリュックサック、壁を透けて通り抜ける事ができるんです」
「すごいね」
そう、その場に鎮座するかのように置かれたリュックサックをまじまじと見つめながらエミリが呟いた。そんな初々しい反応にるんちゃんは少しばかり苦い笑顔を浮かべる。
「……嘘です」
ぱちくりと、エミリが瞬きをしてるんちゃんに振り向いた。
「じゃあ、ほんとは?」
「実際はおまじないを掛けて、このリュックサックの大きさをゴムのように伸びたり縮ませたりできるようにしてあるのです。つまり──」
リュックサックを引っ張り、出入口に押し込むと、それはまるで、空気が中途半端に入った柔らかなボールのようにぐにゃりと曲がって、通路へと出た。
「こうなります」と今度は自慢するかのような笑みを浮かべて振り返った。
「どうなってるの?」
立ち上がって、エミリはそのリュックサックをぺたぺたと触る。
至っておかしな所もなければ、先程の事も説明つかないと言うわけだ。その理由を探して、エミリはそのリュックサックを三六〇度、ぐるりと回ったり叩いてみたり、優しく触ってみたり。とにかく色々と試してはみたが、やはり、説明がつかない。
「どうやったの?」
「秘密でーす」
そう、こねこねと手袋を嵌めたほっぺをこねくり回されたエミリはちらりと横に置かれているリュックサックを見やる。その不思議な物体に、エミリの視線は奪われたままだった。
あははははと笑いながら不思議なリュックサックを背負って、るんちゃんはエミリに手を伸ばす。その手を見て、それからるんちゃんの顔を見る。
「行きましょう、糸の先へ。何があるのかを、見に行きましょう」
にこりと優しく向けられた笑顔にうんと頷きを返して、エミリはその手を取った。
二人はそのまましばらく見つめ合い──
「ではでは行きましょーうっ!」
エミリの腕を引っ張って、だらしない笑顔を浮かべたるんちゃんは物凄い速度で玄関を飛び出して、エミリにコートとマフラー、ニット帽、およそ全て白色ないしベージュなど、主に白に近い色をした防寒具を着せてから外に飛び出した。
寒空の下、エミリはついて行くのがやっとでどうにかこうにか腕を引かれる形で走っている風な体勢を維持し続ける。前を向いて進む彼女を斜め後ろから眺めていると、小さな雫が跳ねたことに気が付いた。
それはエミリの頬にぶつかったが、それほど冷たくは感じなかった。
「どうして泣いてるの?」
そう尋ねたエミリに、るんちゃんはあははと笑い声を前置きしてから答えた。
「見捨てなきゃいけない事にですよ!」
「……見捨てる?」
口の中だけで呟いた疑問。それはるんちゃんには伝わらない。
けれどどうしても引っ掛かったそれに、エミリは掛ける言葉を見失い、思考に耽る。
「あーあっ! 隠し事が下手ですねッ! 自分も! 隊長も!」
窓の下を見下ろして、大声を張り上げて走るるんちゃんの姿に、レイカはため息混じりに笑った。それはどこか呆れたような、言葉にし難い愛情表現だった。
「隠し事が下手なのは認めるよ。ぉ……るんちゃん」
愛おしそうに窓に触れたレイカは、そこに映った自分の顔が、らしくなく泣いていることに気が付いた。頬を伝う涙を指で拭い取り、服で拭いてから深々とため息。
「次会う時には敵同士かもしれないけれどさ、なんとかしてくれよ。そのために……」
ぼそりと、誰にも聞こえない声で最後を飾り、レイカは執務に戻った。
[あとがき]
五章、終わり!
この作品の中で一番短いお話でしたが、いかがでしたか?楽しめましたか?もし楽しまれたのならば、作者冥利に尽きます。感想なんかで何かしら言ってくれたらやる気は出ます(書く速度が上がるとは言っていない)。
ここから、四点ほどお話させていただきます。
一つ目。
次回六章では白銀の魔女と世界の秘密、それとレイカちゃんの過去の三つを掘り下げたいと思っています。ここで上手く掘り下げられなければ、もしかしたら、最終的には八章に突入するかも。
なので六章は長くなるかな。うん。長くなる。いや、四章よりかは流石に短いと思うけれどね。
二つ目。
ネタバラシすると、エミリが超合金合体してハイパーメガマシンEとなって世界をこんな風にした白銀の魔女に向けて破壊光線撃ち込みます。嘘です。ネタバラシなんてしません。
五章は、あまりプロット通りには行けず、何度もプロットを書き直しました。
次回に糸を引く感じの終わりは、ただ単にやってみたかっただけです。
三つ目。
五章では第一部のキャラクターは愛香ちゃんとレイカちゃん、ゆうくん(川田しずかの弟)の三人が出ましたけれど、六章ではプロット書いてる途中ですが、この他に三人は出てくる予定です。中にはネネさんもいます。
──さんざん書きましたが、二月の初めの週(二月三日)まで待っていただければ幸いです。
なんでって?はははは。全然書けてなくて定期更新できそうにないから!
書けてない理由?それは、色んな短編を作ったりしてたからですね。すみません。
あとは、本を読んだりゲームしたりしてました。
四つ目。
長くなりましたが、六章も読んでもらえるよう、文章、展開、などなど。精進していきます。
あ、それから、六章で一区切りして新作打ち出して、新作と同時進行で七章やりたいなあ、と思ってます。このお話も残り二章で終わっちゃう予定だし。できるかどうかは置いといて。
新作とは言いつつ、既存の設定で作っているので『勇者の可能性の力』だとか『精霊の力』の事とか、向こうでも話すことはあります。同じこと、こっちでも話してますが。
──このくらいですかね。
楽しんでくれてる人、読んでくれてる人に、感謝を。
それではまた──二月ですが──よろしくお願いします!
彼女のほっぺを引っ張るのは白髪の少女を膝の上に乗せたるんちゃんだった。
「──本当に、大事無くてなによりでした」
そこはとある一室。るんちゃんの部屋であり、その布団の上で足を伸ばしてエミリを乗せている。とにかく、ここしばらくその部屋を共同で使っている二人は先程エミリを殴って別れた愛香の事を話していた。話とは言っても、ほとんどるんちゃんがエミリに慰めるような言葉を掛け続けていただけだが。
「それよりるんちゃんさん」
「きゃわわ……ッ!? ……ああえと、はい。なんでしょう?」
「ボク、行ってみたい所があるんだ」
「行ってみたい所……。それはどういった所なんですか?」
にこにこと笑みを向けられ尋ねられて、エミリは天井を見上げる。
それからしばらく沈黙して、十秒程度の時間が流れた。そして──
「……分からない」
「んんんー?」
釈然としないその回答に、るんちゃんは笑みを固まらせて首を傾けた。
まろ眉がきゅっと眉間を狭める。
「分からないんですか?」
「うん。分からない」
「ならどうしてそこに行こうと思ったんですか?」
少しだけ目線を膝へ落として、それからぽつりと答えを返した。
「糸が、見えた」
「……糸、ですか」
「その糸がどこに繋がってるのか、気になっただけ」
それからしばらくの間返事は無かった。
返事を待つ間、エミリは掌をぐっぱーぐっぱーと握ったり開いたりして暇を持て余していた。他にも足をぶらつかせたり、るんちゃんのもちもちとした肌をつついてみたり。
そして、およそ五分が経過した所でるんちゃんが口を開く。
「分かりました。行きましょう! その糸の先へ!」
「るんちゃんさんも行くの?」
「エミリちゃんだけだと心配ですからね! 自分は隊長にこの事を話して来ますから、少しだけ待っていてくださいね! それでは!」
走って部屋を出て行ったるんちゃんを見送り、エミリは立ち上がった。
「前に、進む……」
それを第一の信条にしてエミリは生きてゆくと、そう決めたのだ。
エミリは、過去の自分を想像しようとして、できなくて、小さく吐息した。
聞きたい事が沢山ある。
何をしていたのか、何をしようとしていたのか、一体、何を考えていたのか。
分からない。何も、分からない。
それは例えば、五感を失くしてしまう事よりも不安定で、頼りなく思えた。
モノを感じられる分こちらの方が安定していないと、そう思えただけかもしれないが。
「この先で見つけられたらいいな」
そう、エミリは独り言をぼやいた。
※※※
「エミリちゃんが外に出たいって?」
その時、窓の外には赤みがかった景色が広がっていた。
エミリの要求についてるんちゃんが、書類をまとめていたレイカへとそう伝えた。
ここは、最初にエミリが運び込まれた部屋だが、普段は書類の作成や提出などに使っている部屋だ。机の上には山のような書類と、それに紛れて書類を挟み込むような機械が置かれていた。
執務を中断した彼女の確認に頷くと、るんちゃんは話を続けた。
「彼女だけに見える『糸』が、見えない所まで伸びているので、それを見に行きたいと」
「……そうか。ンー……それは、一週間後の襲撃の件もあるし、すぐには難しいなあ」
山積みの書類に目を通しているレイカの背後で姿勢を正して頭を下げたるんちゃん。
「そこを頼みますよ隊長!」
そう、張り上げられた大声に目を見開いて、レイカは振り返った。下げられている少し跳ねたふんわりとした金髪の乗る頭を眺めて、レイカは一つ息をつく。
「二人きりの時くらい、前みたいに呼ンでくれても良いンじゃないか?」
「自分は、目上の人には敬意を払いますので!」
「はあ……。まあ、そうだな。一週間後、現地にて集合で手を打とう。できるか?」
「現地……あの場所ですか。分かりました! 自分、さっそくエミリちゃん連れて『糸』の向こう側へと探索に行って来ます!」
頭を上げて敬礼したるんちゃんに、レイカは苦笑を浮かべる。
「監視係の名が聞いて呆れるな」と冗談めいた声を出した。
「監視は、一人で十分だと思ってますから」
目を見開いて、レイカはその言葉を咀嚼するのに少しの時間を要した。
それをし終えたレイカはああ、そうだなと得心した顔で頷く。
「そっか。そうだな。よし、なら、行ってらっしゃい」
笑顔で手を振るレイカに、るんちゃんはぴしっと少し崩れた敬礼をして、くるりと踵を返しながら「行って来ます」と、弾んだ声音で言った。そこには、喜びだとか嬉しさだとか、とにかくそう言った祝福するような気持ちが込められていた。
「ああ、そうだ。るんちゃん」
思い出したように名前を呼ばれて、るんちゃんは振り返った。
彼女は少しだけ、寂しそうな顔をして、おかしな事を言った。
「……お土産、期待してるぞ」
冗談にしか聞こえない、寂しそうな笑顔で伝えられた言葉は確かにるんちゃんの耳に届いた。しかし、るんちゃんはその意味を悟る事なくはい分かりましたとだけ答えて去って行った。
「……簡単にはいかないか」
ため息をついて、レイカは机の上に置いていたペンを持って再び書類に向かい合う。
書類は様々だ。例えば、生活費用や日々の活動記録、重要な物からそうでない物まで、ありとあらゆるものを書類として提出しなければならない。現在書いているのは活動報告。
そこへ『敵となる恐れあり。名前は』とまで書いて、ぴたりと動きを止める。
「……いや、るんちゃんを信じよう。アレで、信頼できる子だ」
その一文を消して、机の端に置いてある機械へとその書類とその他多数の書類を纏めたものを挟み込み、機械上部に一つだけある赤いボタンをポチッと押す。すると、一纏めにした書類か青い光に取り込まれてヴォンと、雑味がかった音を立てて消え去る。
トランスポーターの応用で、物を転送受信する際に使える物だ。ただ、個体でないと送る事はする事ができない。だからと言って何か不都合がある訳でもないが。
「……さて、どうするかな」
これから起こるだろう問題に頭を悩ませていると、少しずつ思考が不鮮明になっていったので、五分とかからず、レイカは考えることをやめた。
※※※
それから数十分が経った。
るんちゃんが忙しなく走り回るのを布団の上に座って眺めていたエミリは、目の前で見る見るうちに膨らんでゆくリュックサックも視界に入れていた。それはエミリよりも一回りほど大きく、ぎゅうぎゅう詰めになりながら、今はるんちゃんに縄に縛られている。
「よし、行きましょう!」
「るんちゃんさん、それってどうやって外に出すの?」
見るからに出入口より、縦にも横にも大きなリュックサックを見てエミリは首を傾けた。
不思議がるのも当然と言えようその巨躯を見上げるエミリに、るんちゃんは悪戯を仕掛ける子供のように楽しげな笑顔を浮かべて、いいですか? と真面目な顔で一つ指を立てる。
「実はこのリュックサック、壁を透けて通り抜ける事ができるんです」
「すごいね」
そう、その場に鎮座するかのように置かれたリュックサックをまじまじと見つめながらエミリが呟いた。そんな初々しい反応にるんちゃんは少しばかり苦い笑顔を浮かべる。
「……嘘です」
ぱちくりと、エミリが瞬きをしてるんちゃんに振り向いた。
「じゃあ、ほんとは?」
「実際はおまじないを掛けて、このリュックサックの大きさをゴムのように伸びたり縮ませたりできるようにしてあるのです。つまり──」
リュックサックを引っ張り、出入口に押し込むと、それはまるで、空気が中途半端に入った柔らかなボールのようにぐにゃりと曲がって、通路へと出た。
「こうなります」と今度は自慢するかのような笑みを浮かべて振り返った。
「どうなってるの?」
立ち上がって、エミリはそのリュックサックをぺたぺたと触る。
至っておかしな所もなければ、先程の事も説明つかないと言うわけだ。その理由を探して、エミリはそのリュックサックを三六〇度、ぐるりと回ったり叩いてみたり、優しく触ってみたり。とにかく色々と試してはみたが、やはり、説明がつかない。
「どうやったの?」
「秘密でーす」
そう、こねこねと手袋を嵌めたほっぺをこねくり回されたエミリはちらりと横に置かれているリュックサックを見やる。その不思議な物体に、エミリの視線は奪われたままだった。
あははははと笑いながら不思議なリュックサックを背負って、るんちゃんはエミリに手を伸ばす。その手を見て、それからるんちゃんの顔を見る。
「行きましょう、糸の先へ。何があるのかを、見に行きましょう」
にこりと優しく向けられた笑顔にうんと頷きを返して、エミリはその手を取った。
二人はそのまましばらく見つめ合い──
「ではでは行きましょーうっ!」
エミリの腕を引っ張って、だらしない笑顔を浮かべたるんちゃんは物凄い速度で玄関を飛び出して、エミリにコートとマフラー、ニット帽、およそ全て白色ないしベージュなど、主に白に近い色をした防寒具を着せてから外に飛び出した。
寒空の下、エミリはついて行くのがやっとでどうにかこうにか腕を引かれる形で走っている風な体勢を維持し続ける。前を向いて進む彼女を斜め後ろから眺めていると、小さな雫が跳ねたことに気が付いた。
それはエミリの頬にぶつかったが、それほど冷たくは感じなかった。
「どうして泣いてるの?」
そう尋ねたエミリに、るんちゃんはあははと笑い声を前置きしてから答えた。
「見捨てなきゃいけない事にですよ!」
「……見捨てる?」
口の中だけで呟いた疑問。それはるんちゃんには伝わらない。
けれどどうしても引っ掛かったそれに、エミリは掛ける言葉を見失い、思考に耽る。
「あーあっ! 隠し事が下手ですねッ! 自分も! 隊長も!」
窓の下を見下ろして、大声を張り上げて走るるんちゃんの姿に、レイカはため息混じりに笑った。それはどこか呆れたような、言葉にし難い愛情表現だった。
「隠し事が下手なのは認めるよ。ぉ……るんちゃん」
愛おしそうに窓に触れたレイカは、そこに映った自分の顔が、らしくなく泣いていることに気が付いた。頬を伝う涙を指で拭い取り、服で拭いてから深々とため息。
「次会う時には敵同士かもしれないけれどさ、なんとかしてくれよ。そのために……」
ぼそりと、誰にも聞こえない声で最後を飾り、レイカは執務に戻った。
[あとがき]
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ここから、四点ほどお話させていただきます。
一つ目。
次回六章では白銀の魔女と世界の秘密、それとレイカちゃんの過去の三つを掘り下げたいと思っています。ここで上手く掘り下げられなければ、もしかしたら、最終的には八章に突入するかも。
なので六章は長くなるかな。うん。長くなる。いや、四章よりかは流石に短いと思うけれどね。
二つ目。
ネタバラシすると、エミリが超合金合体してハイパーメガマシンEとなって世界をこんな風にした白銀の魔女に向けて破壊光線撃ち込みます。嘘です。ネタバラシなんてしません。
五章は、あまりプロット通りには行けず、何度もプロットを書き直しました。
次回に糸を引く感じの終わりは、ただ単にやってみたかっただけです。
三つ目。
五章では第一部のキャラクターは愛香ちゃんとレイカちゃん、ゆうくん(川田しずかの弟)の三人が出ましたけれど、六章ではプロット書いてる途中ですが、この他に三人は出てくる予定です。中にはネネさんもいます。
──さんざん書きましたが、二月の初めの週(二月三日)まで待っていただければ幸いです。
なんでって?はははは。全然書けてなくて定期更新できそうにないから!
書けてない理由?それは、色んな短編を作ったりしてたからですね。すみません。
あとは、本を読んだりゲームしたりしてました。
四つ目。
長くなりましたが、六章も読んでもらえるよう、文章、展開、などなど。精進していきます。
あ、それから、六章で一区切りして新作打ち出して、新作と同時進行で七章やりたいなあ、と思ってます。このお話も残り二章で終わっちゃう予定だし。できるかどうかは置いといて。
新作とは言いつつ、既存の設定で作っているので『勇者の可能性の力』だとか『精霊の力』の事とか、向こうでも話すことはあります。同じこと、こっちでも話してますが。
──このくらいですかね。
楽しんでくれてる人、読んでくれてる人に、感謝を。
それではまた──二月ですが──よろしくお願いします!
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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