当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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六章 『追憶の先に見えるもの』

248話 『目覚めようとしている』

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「──見つけられたか?」とレイカ。

「ううん。中々見つからなかった。──この見えない壁、どこにも穴が無いんだ」とメル。

 二人は、会社の周りに張られたバリアを前に立ち往生していた。
 そのバリアの機能を再確認するように、レイカは足下の雪を掬って雪玉を作り、軽くそちらへ放り投げた。雪玉がバリアにぶつかると、バチッと革で肌を叩いたかのような音が響いて、同時に稲光が雪玉を覆ってそれを崩し、内側に招き入れた。

 バリアの向こう側でパラパラと粉砕された雪玉の欠片が落ちていくのを眺めて、頭を掻きむしりながらこの答えに窮して深くため息をつく。

「このバリアを抜ける方法は無さそうだな……」

「でもあの機械警備兵達は平気で通っていたよね?」

「──その手段はまだ残しておきたい。今見つかるのは非常に厄介だ。特に向こうで待っている三人の安否が知れなくなる。ここで騒ぎを起こせば、確実に──中でも二人は危険な目に遭うだろう。それだけは避けなければならない」

「分かったよ。けれど、それじゃあどうするつもり? 何か考えでもあるの?」

「……考えがあれば、こうして頭を悩ませる事もない」

 レイカは苛立ちを包含した声でそう返事する。
 それにメルは返事しなかったが、呆れた様子でぐるりと瞳を回して小さく吐息。

 それから、二人は建物の上に移動した。
 その建物は横に長い、直方体の、部屋がいくつも並んだ建物──つまりはマンションで、その建物の屋上から、百メートルも無い距離にある、抜ける方法を見つけられないバリアを監視しながら(実際はレイカが監視して、メルは退屈そうに街を見下ろしていた)二人は静かに佇んでいた。

「……こうしている間にも、見つかるかも」

 身長差があって少し見上げる形にはなるが、レイカを横目に見るメル。銀色の髪が風でなびき、さらさらと揺れる。髪にちらほらと隠された彼女の、途切れるように注がれる視線にその瞳を大きく開く。

 わなわなと、締め付けられた唇が白く染まる。

「怖い?」

「……怖くは、ない」

 絞るように出された声に、メルはレイカの頬に手の甲を当てた。
 ビクッとすぐさまそれを振り払ったレイカは、触れられた頬を触る。その視線は、バリアからメルへと移っていた。石になったように固まっているレイカに、メルは強かな光を宿してレイカを見つめ、釘を打つような口調で、こう告げた。

「守りたい物を思い出して。それを守るために取る行動を躊躇ってちゃ、絶対に、守れないから」

 鬼気迫る表情で、レイカは自らの足元を見た。
 十メートル以上もある、一歩前の落差。そこに自分のつま先が入り込んでいる事に気がついて、咄嗟に後ろへ足を下げる。そうして、疲れ切った笑みを軽くこぼしてメルを見た。

「……本当に何者なンだ、君は」

 メルは何も答えない。ただ、そこには一つ前の強かな光は無く、今ではにこにこと人懐っこい笑顔を浮かべ、手を後ろに組んでいた。それを見て取り、彼女も表情を柔らかくする。

「いや、何者でもいいな。ありがとう、助かった」

「それで、どうするの?」

「さっきの提案で事を進めよう。……何もしないのでは、何もできなくなるからな」

「うん。分かった」

 くるりと踵を返したレイカは、下へと繋がる階段に足をかけて「ありがとう」と、もう一度、階段を下りながら行った。二人以外には聞こえないだろうその場所で、レイカは告げた。

「どういたしまして」

 素っ気なく、そんな返事をしたメルと共にその建物を下りていき、その途中でレイカははたと目を上階に向けた。レイカの後を下りていたメルはそれと目が合い瞬きする。

「街を歩いている人は、一体どうやってあの中に入っているんだろう?」

「さあ? そんなまだ確認できていない不確かなものよりも、目の前にある確実なものを優先させようよ。時間を掛ければその分危険だと、さっき自覚したでしょう?」

「……ああ、分かった。そうだな」

 ※※※

「ねえねえ、ゆーくんー?」

「なに? ねーちゃん」

 二人は廃墟とは言えないものの、がらんとした部屋の中で話し合っていた。
 この場には今、三人いる。まほまほくん──川田ゆう、しずか、愛香の三人だ。

 愛香は両手を縛られ、目隠しを施された上に耳に詰物をされているため、動くのはその足のみ。ただし、両手を縛る鎖で誰の物か分からない棚に繋げられているため、移動範囲はごく限られているが。

「レーカちゃんはー、今ー、どんな事をしてるのー?」

「はあ? どんな事って……どういう意味? 何言いたいのか分からないんだけど?」

 彼女には、ここに来るまでの間に作戦──と呼ぶには杜撰ずさんすぎて、行動方針に近いもの──を伝えてはいた。それは、これから身を投じる戦いには命の危険を伴うからだ。

 ただし、それはあの場所に置いていても同じ。既に居場所を割られているために彼女を一人残しておくのは危険すぎた。そのため、多少の危険を伴っていても同伴する事の方が安全だとも言えた。

 それは、彼女には事前に説明されているものだ。

 それを今、彼女は再び聞いている。その意図を汲み取れず、まほまほくん──もとい川田ゆうは片眉を上げた。それを見た彼女は「えっとねー」とその理由を話した。

「レーカちゃんはー、ここの社長さんー? その人とー、お話に行くんでしょー? それはー……なんとなくぅ? 分かったけどおー……。そーじゃなくてー、レーカちゃんはー、どんなお仕事してるのー? コンサルタントさんー? ガイコーカンー? それかあ……」

「あーあー。言いたい事は分かったから。──まあ、言えねーけど」

「えー! ゆーくんイジワルだー!」

「イジワルとかじゃねーよ! ……言えねーような事、いっぱいしてるからだよ」

「え? それじゃあ……あっ、ヤクザさん?」

「ヤクザ違う! ……ああいや、似たような? ……と、とにかく! 時期が来たら、話すからそれまでは聞くな!」

「むぅ……。ゆーくんなんだか冷たーい」

 少し、と言うかものすごく退屈そうに頬を膨らませた彼女は、ぐるりと目を回してから小さくため息を吐いた。それを横目で見て、川田ゆうは部屋の外、窓から外を覗いて徘徊している機械兵を見下ろした。

「……アレをどうにかできれば、街を動くのも簡単になるんだけどな」

「こっそり行けばワンチャンー……」

「無い。──と言うか、あったとしてもそんな危ないことさせねー」

 ガチャリ。

 そんな音がして、川田ゆうは慌てて出入口に目をやった。扉が開いている。どさりと物音がして、窓が開いているにも関わらず、この部屋の空気が張り詰めた。
 そこには疲れ切った顔をした女が、怯えた顔で立ち尽くしていた。

「…………」

 声が出せずに固まっている様子で、彼女は口をもごもごとさせながら、すぐ傍で繋がれている愛香、出入口から真っ直ぐ前方にいて、外を確認していた川田ゆう、その傍に立つ、しずか、その三人を左から順に見ていって、やがて、少し落ち着いたのか、口を開いた。

「あ、あなた達は……なんなんでしゅっ、か……?」

 少し噛みながらも、動揺を隠せずに彼女は呼吸を整えながら、震える手を三人に、それぞれ指さしながらもう一度、問いかける。「あなた達は、なんなんですか」と。

「どうして、人間がここにいるんだ?」

「ここ、答えないと!」と女が叫ぶ。「け、け警備兵を! 呼びます!」

 その鬼のような気迫に気圧されたしずかはびくっとして、それから黙り込んでしまった。
 それをちらりと横目で見た川田ゆうは「分かった」と少し上擦った声で答えた。

「俺達は、ここが……廃墟だと、そう思って、住み着こうとしたんだ。ここは、埃を被っていたし、人がいなくなって長いと思ったからだ。アンタは、この部屋の、住人か? それなら、俺達は……別の場所に移動するよ」

 辿々しい、あからさまに誤魔化しがバレているような分かりやすい単調な言葉遣い。それを耳にして、彼女はまだ絶対に、警戒を解かない。彼女に答えた川田ゆうへ、すぐ傍に繋がれている囚われた女児、愛香。彼女を指さして、再び尋ねる。

「なら、この子は、なんですか? ……あなた達二人は、この子に──」

「二人?」

 瞬間、川田ゆうの喉がいとも簡単に凍りつき、かつてないほどの渇きを訴えた。
 目を見開く彼の目の前で、布で、簡単なさるぐつわを嵌められているはずの彼女は、そう、流暢に話したのだ。目隠しの奥から注ぐ視線を、部屋の出入口に立つ彼女へ向ける。

「今、この場所には、二人しかいないの? 私を入れて、三人?」

 川田ゆうの心臓が大きく警鐘を鳴らし始める。

 すぐさま人差し指を立てて、川田ゆうは極彩色の極光を指先に集中させ始めるが──

「……はは、ふふふ。ここにいないんだ。そっか。あああああああ! そっかあ! いないんだあの子は! あの化物は!」

 愛香が、楽しげに笑い始めるとがちゃがちゃと手に嵌めている鎖が音を立てた。
 口をもごもごと動かして、彼女はさるぐつわを顎の下へずらすと、ひと呼吸置いてから大きなため息をついた。そのため息の直後、川田ゆうは即座に腕を振り上げて愛香へ極光の発射先を定める。

 撃った。

 螺旋を描いて空中を走る光は愛香に直撃した。しかし、それは、彼女に傷一つ負わせることなく、直撃した後に霧散した。目隠しは千切れ飛び、壁まで音を立てずに飛んで行った。

「ほんとだ。ほんとにいない! 諦めてた。もう無理だって! でも、もしかしたらもしかしたら、ツから、お兄ちゃんを、お兄ちゃんを取り戻せるッ!」

 彼女が興奮して、その頬が赤くなる様を、出入口に立つ女含めた三人は呆然と見つめる──と言うか、眺めていた。どこか現実離れしたその狂喜乱舞には、見る者に寒気を覚えさせるようなものがあったからだ。

「ああ、そう! ありがとう! まだ私にもチャンスはあった! 何が『小さな勇者』だ! バカバカしい! 運命を変える人!? ハッ! バカみたい! 運命なんて変えられない! 変える事のできる運命なんて無い! アイツを引っ剥がして、お兄ちゃんを取り戻す! お兄ちゃんがいる世界じゃなきゃ、こんな世界に価値なんてない!」

 だから、と叫んだ彼女は、にたりと不気味なまでの狂喜をその笑顔に宿して、今この場にいる者たちへ、その命令を下す。

「──私の! 奴隷になりなさいッ!」

 瞬間、世界から音が消え、そこに立っていた三人は、やはり呆然と愛香を眺めていたのだった。ただし、皆一様にその目から光は失われ、だらしなく立っているだけだが。

「そこのお前、この手の鎖を解け」

 川田ゆうに向けて命令を下した彼女へと歩いて行った川田ゆうは、無言のまま、彼女の鎖を緩めていき、じゃらじゃらと音を鳴らして床に落とした。軽くなった腕の動きを確かめて、彼女は自身の両手を眺め、じんわりと赤くなっている鎖の跡がびっしり付いた手首に力を込め、両手に握り拳を作る。

「──必ず、救ってみせるからね、お兄ちゃん!」

 三人の奴隷を引き連れて、彼女はその建物を出て行った。
 彼女の向かう先は『会社』。今の世界では唯一無二になってしまった、人々の働く場所。

 お金よりも生き残るための作業で一日が過ぎる今の世界では、働ける者はほとんどいないため、この『会社』は、このような世界になった頃から変わらぬ人員で維持され続けているのだ。

 それを実現するのは、乖離した科学技術を持つその『会社』だからなのかもしれない。彼らは機械兵──アンドロイド兵を開発し、建物の維持や、警備、農業、あらゆる物事をこなせる様に開発したそれらを使い、今まさに、世界で運営される唯一の『会社』へと変貌を遂げたのだった。

 ──階段を下りながら、自由となった愛香は今後の行動方針を練っていた。

「まずはあの社長面をしたオジサンにも話をつけに行かなきゃ。やる事が多くて大変。──でも、待っててね、お兄ちゃん。すぐに助けてあげる。あんな化物はぶち殺して、お兄ちゃんを助けてあげる!」

 それは、恐らくは世界で一番の笑顔を浮かべた子供の言葉であった。
 彼女は不敵に笑いながら、建物の外に出る。その足で向かった先は、もちろん『会社』だった。なにせそこには、この世界で残ったありとあらゆる技術の粋を集めて作った機能が今なお稼働中だからだ。

 その中には、個人情報を管理しているフォルダに入っている特定の人物に『とある権限』を付与する機能がある。その権利を全て取得している者こそが『この世界の王』と呼ばれても不思議ではないくらいだ。
 そしてその『王』は現在、社長と呼ばれる人物と度会カエデの二者のみ。それに続いて、愛香達七つの大罪メンバー、その下に、その他大勢と言った風な権力図が大まかにではあるが、出来上がっている。

 そうして、バリアを潜った愛香は目的の人物が待つ『会社』へと入って行った。





[あとがき]
 しくじりました…。一日勘違いしてました。ごめんなさい。
 それと、最近感じる、るんちゃんの一人称の間違いが酷い……。
『私』と『自分』をよく間違えるの、るんちゃんの一人称……。あの子の喋り方が、作者の中では『自分』よりも『私』の方がしっくり来てるせいもあるけど。
 そして、六章を書いてる今!愛香ちゃんを書く時のモチベーションがすごいです。

 それじゃあまた次回!次は間違えないように気を付けるよ!
 次回は三月九日です!
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