当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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一章 泡沫の夢に

27話 『嫌悪』

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 ……なんで、戻って来たんだろう。
 罪悪感……かな……?
 多分、違う。
 違わないかも。
 多分……、何……?
 多分……なんだろう……。
 僕は……何が言いたかったんだろ。
 それに、思い出したくないはずなのに……。
 なんで、戻って来たんだろう。

「久し振りだね、剣崎くん」
「……院長……さん」
「どう? 元気にしてる?」
「…………まあ、はい……。一応は……」
「どうかな? お茶でも」
「……いただき、ます……」


※※※


「それで……」と、卓にプラスチックのコップを置く

 少し気まずそう……。
 それは……多分、僕のせいだ。
 ここで、アレをされた日から……。
 誰も助けてくれなかった。
 なのに、なんで戻って来たんだろうって。普通は思う。
 僕だって分からない。
 予想はついているけど……。
 実際どうなのかは分からない。
 罪悪感からくるものなのか、復讐心からきたのか……。

「剣崎くんは、楽しい?」
「ぇ……?」
「いや……悪い意味じゃなくて……今、その生活は楽しい……?」
「はい」即答だった「家族の人も優しくて、少し怖い事もあるけど……とても、楽しいです」
「そう。それは、良かったよ。そうだ。君が出て行ってから、新しい子が入って来たよ。紹介しようか?」
「いえ……。それより……、ぃ、稲継くん。稲継くんは、他の、人を……その……、襲ったり……とか、してませんか……?」

 静かになった。
 いや……正確には、押し黙ってしまった。
 院長さんも……僕も……。
 でも、多分、そういう事だと、思う。

「どうして、そんな事を……?」
「さっき、道で会った子に聞いたんです。ここで、その……女の子が……ぉ、ぉそ……おそ、われて、る………………って……」
「本当に、知りたいかい?」
「……し──」

 どうなんだろう……。
 そう、改めて聞かれると……迷う。
 分からなくなる。
 僕は、じゃあ……なんの為に……。
 多分……いや、知りたくて、来たんだ。
 気持ち悪いのは……我慢できている。
 だったら、まだ……大丈夫。

「──……知りたい……です」
「……実は……」

 話してくれた。
 まだ小学生の、女の子を襲っているらしい。
 それも、毎日。
 あの日、家に来てから……。
 あの後から……。
 ずっと……。
 僕が、ダメだからって……。
 それは……ダメだよ。
 その子じゃなかったら良いってわけじゃないけど……でも、ダメだよ……。

「そ、そう……なん、ですか……」
「剣崎くんは、それを聞いてどうするつもりだったのかな……?」
「……もう、僕みたいな人を……出したくなかったのかも……しれません……。でも、正直言うと……今、吐きそうです。来たくも、ありませんでした。……でも、僕が引き取られたから……その……女の子に、被害が……。それって……僕のせい……みたいで……なんだか、イヤで……」
「そう……。でも、剣崎くんには無理だと思うよ」
「いん、ちょう、さん……」

 女の子が向こうの階段から下りてきた
 今、レイ達が居る部屋は玄関から入って廊下を右に向かって二つ目の部屋だ
 ここは談話室となっている
 かつてレイが話をつけに行った時もここで話をしたのだ

「その子は……?」
「この子は……今の話題に、出ていた子だよ。……どうしたの?」
「あの……私……」オドオドしながら、唾を飲んで「私……もう、イヤっ……! 痛くて、怖くて……もう、イヤっ……! です……」

 この子は……。
 なんだか……僕と、似ている。
 同じ事を言った記憶がある。
 僕の場合は泣いてから、始まったけど……。
 そう思うと……この子は強い。
 僕なんかより……ずっと、ずっと、強い。

愛華あいかちゃん。このお兄さんと、少し、お話ししよっか」
「っ……」

 息を呑んで、涙を流し、小刻みに震えている
 完全に、男性恐怖症になっている
 それも、分かりやすいくらいに

「大丈夫だよ。安心して。このお兄さんも、君と似た境遇だったから」
「……は、はい……」
「それじゃあ、少しデスクワークがあるから私は戻るよ」


※※※


 対面に、座らせたけど……。
 何を話せば良いんだろう……。
 正直、僕の体験談を話しても余計、怖がらせるだけ、だと、思う。
 僕は、運が良かっただけ。
 ただ、それだけだから……。

「ぁ……」
 小刻みに震えながら俯いていた少女は顔を拭いて背筋を伸ばした「っ! は、はい……」
「あの…………、その……」

 何を、話せば良いんだろう……。
 やっぱり、思い浮かばない……。
 院長あのひとは面倒くさい事には関わりたくないみたいで、僕も、少し嫌い。

「──怖い、よね……」

 アイカは返事を返さず、また、俯いている
 それでも、少しだけ、ほんの少しだけ、小さく、物凄く小さく頭を縦に振った

「僕も、怖かったから……」と、俯いて続ける「こう言っちゃ、恥ずかしいけど……僕は、一人じゃ何も出来ない……。ある日、その……君と、同じ事を、された……、時……も……」拳の震えを、力を込めて抑えて深呼吸をしてから「誰も助けてくれなくて……なんとかしようとしたけど……力で負けて……それで……」
「ゎ……ゎた、し……も……」
「……そう、なの……。ごめんなさい。その、僕の……せいで……」
「ぃ、ぃぇ……」

 また、会話が途切れた

「そ、それじゃあ……。ぼ、僕も、行く所が……あ、ある……から……」
「あの……」
「な、何……?」
「また、その……」
「うん。また来る」

 だって……僕のせい……だから……。
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