当たり前の幸せを

紅蓮の焔

文字の大きさ
上 下
32 / 263
一章 泡沫の夢に

28話 『険悪』

しおりを挟む

「おかえり、レイくん」
「はい」
「頭、冷えた?」
「はい。とても冷えました」
「ご飯はどうする……?」
「食べます。……レイカちゃんは……?」
「まだ、立ち直れてないみたいで……」
「そう……ですか……。少し、様子を見に行って来ます……」

 多分……人と、話せば……出られる。と、思う……。
 自信は、無いけど……。
 僕も、アイカちゃんと話して……少しは……楽……になったのかな……?
 でも、用事は出来た。

 ドアの前で止まり、深呼吸をしてから「レイカちゃん」とドアをノックする
「…………………………なに……?」
「あのね……。その……」
「用が無いなら……どっか行ってて……。レイくんと話してたら……悲しく、なる……」

 ここで、引いちゃ……ダメだ。ダメなんだ。
 僕のせい……だから。
 僕が、しっかりしていないと……、

 レイカちゃんが、壊れてしまう……。

「用なら、ある、よ……」
「……なに?」
「その、ミズキさんの事で……」
「話したくない」
「でも──」
「聞きたくない! ……レイくんさぁ……。いっつも、いっっつも思うんだけどぉ! そういう言い方、やめてくれないかなぁ! 私さぁ! その話し方嫌いなんだよねぇ! ミッちゃんも言ってたけどぉ! ホントにぃ……! ホントにぃ……! その話し方、やめてくれないかなぁ……!」
「……泣いてる、の……?」
「なんなの!? 泣いてちゃダメなの!? 私はレイくんとは違うの! ミッちゃんとは……ミッちゃんとは……!」

 息を呑んで啜り泣く声がドア越しに聞こえてくる
 重たく、開く事の叶わない扉越しに

「じゃあさ……僕は、悲しんでないって……思う……?」
「レイくんはミッちゃんとちょっとしか過ごしてないから言えるんだよ! 私がいつからミッちゃんと居たか知ってる!? もう今年で十三年だよ!? 気付いた時から、ずっと……ずっと友達で……それと比べてレイくんはどうなの!? 今年からじゃない! そんな人に、私の悲しみが分かる!? レイくんとは比べものにならないの!」
「……じゃ、じゃじゃ、じゃあさ……。レイカちゃんこそ……僕が、悲しんでない、と、思う……? もう死にたい……。そう思ってた、地獄みたいな環境から、救い出してくれたミズキさんの、事……かか、悲しんでないと、おお、思うの!? そんなの……そんなのって……!」
「レイくん、ホントに、もう……どっか行ってて……。レイくんの声聞いてると……悲しくなってくるから……」

 そう言って終わらされた会話に、続ける事も出来ないまま、階下に下りた
 下りたからと言ってどうと言う訳ではない
 何も出来ないから。下りてきたのだ
 レイはレイカに何もする事は出来ない
 それが分かり、下りてきた
 レイは無力だ
 それを理解しているからこそ、レイは諦めた
 自分には何も出来ない。それを分かっているからこそ、黙って去ったのだ

「レイくん、どうだった……?」
「……ダメ、でした」
「そう……。そ、それじゃあ! ご飯にしましょっか! 今レイカちゃん呼んでくるから!」
「はい……」

 つい、目を逸らしてしまった。
 この家に滞在したのはたったの二、三日程度。
 なのに、その二、三日で険悪なものへと変えてしまった。
 優しくしてくれた人達への……、
 侮辱のように。

 この日、レイカちゃんとは話せなかった。
 ご飯を食べる時も誰も話さなかった。

 もう、いつものような食卓は戻ってこない……と思う。
 僕が来てからだ。
 これは、僕が終わらせないといけない。
 全て。
 レイカちゃんを立ち直らせて……、アイカちゃんを救って……、そうしたら、何もかも全てが元通りだ。
 そのはず、なんだ。


※※※


 ……今は、二時五分。
 きっとネネさんも寝てる。
 行かなきゃ。
 これを終わらせて、また、幸せを……。

 レイはベッドから下りて私服に着替える
 青いシャツに黒色のズボン
 それに着替えてパジャマはベッドの上で折り畳む
 こっそり部屋から出ると、音を立てないように気を付けながら歩く
 しかし、忍び足などではなく、普通に歩いているのだ
 音が鳴りやすい所を右に左に避けて階段を下りる
 玄関へ出て靴を履くとドアの鍵を開けて外に出て駆ける
 ……音は、鳴らなかった

 外に出て向かう先は決まっている。
 二時五分、だったらまだ起きているはず。
 僕の時は二時半までされていた。
 その次にどこかに行くのを見た事がある。
 だから、待てば良い。
 待ち伏せすれば解決だ。

 来たのは昼と同じ、孤児院
 レイが少し前まで住んでいた所だ
 上の方の一室、まだ灯りが付いている
 それを見上げ、体を震わせて深呼吸を始めた

 ヤツは来る。
 ジッと待っていれば良い。
 僕は……、ブロック塀に隠れた。
 …………ドアが、開いた。

 ……来る。
しおりを挟む

処理中です...