当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

63話 『終生』

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「キモッ! キモいんだよレイてめぇ! なぁーにが『なぁ~あぁ~にぃ~』だッ……!」
「そこまで、言うこと……!? それよか、早く、倒しちゃってよ……!」
「うっせぇ! ミミフード! このボケカス!」
「はぁ!? 何それ!? うっ──ざ!」
「女の子みたーい!」
「う、うん……」
「ナツミ、ナツメ、そんな事、言っちゃダメでしょー?」
「「はーい」」
「だんだん、茶番に思えてきたな……」
「……そっすね」

 既に戦闘が開始してから十分が経とうとしていた。レイは足元を見て何かに気付いたように目を見開き、血を外へ流す死体を何度も、何度も何度も何度も何度も何度も踏み付ける「気持ちわりぃんだよ! 汚え! 汚え汚え汚え汚え汚え! 死ね死ね! 死ね腐れ!」

 ドスっ……。と、そんな感触が、レイの横腹を通り抜けた。「ぁぇ……? ──ごフォっ」
「よ、よくも……! お、おお、オレの兄ちゃんを……!」血。血を吐いたのだ。手。どこから……背中から? コイツか。「何……すんだ──」横腹を穿った腕を握り、右手を相手の頭蓋へ振り下ろした「よ……!」

「ぁ……」

 グシュッ……と潰れた。腕に力が無くなり、ゆっくりと、地面へと倒れ込む。残り、六人、いや、五人になっている。一人、別の人と──誰だ。……そう、エミ。アイツの所に行ってる。五人は仕掛けて来ない。何か、目配せをしている。横腹が痛くて、上手く──いや、それがどうした。動けるだけ、動けば良い。レイは左手で横腹を押さえつつ、明らかに挙動不審になっている背の低い──女、らしい。女に向かって走り出す

「ちょ、ちょっ──」首が吹っ飛び、「とッ!」地面に転がり落ちた。何度か跳ねて向こうで戦っている一人がそれを踏み付け、こけそうになった所をエミが回し蹴りを喰らわせる
「四人……」

 既にそこに統率は無い。ただただ襲いかかって来るだけだ。もう二人くらいは涙目になってレイに襲いかかって来ている。涙目になっていない二人も襲いかかって来ているが、おかしい。一人は額から大きな角が生えていて、もう一人は遠目では分からないが、近くに来てやっと分かった。爪が尖っている。人の尖り方じゃ無い。アレはまるで吸血鬼だ

「うああああああああああああ!!」

 一人、大粒の涙を溢しながらレイに素手で襲いかかって来る。──「あああああああああああ あぁ あ ぁああ ああ ぁ……ごヒュッごポッ」見えていなかったのだろうか。レイがただ右手の刃を前に向けただけで自分から刺さりに来た

「……三人」
「クッソ! なんなんだよ……! こんなバケモン相手に、どうやって勝てば良いんだっての!」
「落ち着けよ……! せめて、せめてコイツだけでも殺せば、儲けもんだよ……!」
「つまり、オレらは捨て駒かよ……マジかよ……。嫁さん、家で待ってるってのに……!」
「玲美……!」

 レイトの呼び掛けにも応じない。応じたくない。泣きそうに、いや、半ベソを掻いている男に向き直る。彼はまだ「なんで俺が……俺が、何か悪い事でもしたかよ……なんでこんなバケモンを相手に……」と口早に呟いていた
 その男に向かって無言で走り、眼前で止まり、右手を思い切り横に振った。「があああああああああ!」即殺は失敗したようだ。だが、倒れて、目の半ばまで切れているこの男を殺すのは容易いだろう。──ブスリと、傷口に刃を突き刺す。静かになった

「あと、二人……」
「玲美……!」

 応えない。だけど、止まった。まだ、残りの二人を睨みつけてはいるが双方とも動かないのでまだ動く気は無いようだ

「玲美、君は、優しかった……優しい子だろう……? なのに、なんで……こんな……」
「うるせぇよ……なんで……なんでお前なんかに……。お前なんかに──何が分かるッ!」

 踵を返し、横腹を押さえながらもようやく立ち上がったレイトを蹴って、木に叩きつける。「がフゅッ……!」咳き込み、項垂れたレイトの前にしゃがみ込んで、「お前に何が分かる……? ざけんなよ……!」鳩尾を殴る。顔面を殴る。何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も。殴り続け、血が流れ出している。額や唇、鼻、あちこちから赤い血が、ポタポタと顎を伝って地面に渡る

「……チッ。胸糞わりぃ……」

 クルリと振り返ると、二人共、逃走していた。もうすぐ、戦闘も終わりそうだ。相手側のほとんどの人が逃走準備、または逃走している
 それを執拗に追い掛ける人は居ないようだ

「レぇぇぇぇイぃぃぃぃ……!」
「……? ぇぁ……」

 ドスドスと鳴りそうな足取りでレイに近づいて来るコーイチの眉は釣り上がっていた。誰がどう見ても怒っている。と言うか、これで怒っていなければおかしいレベルだ。が、レイはそれを最期に見て、倒れてしまった。何かが切れたように、ガクリと

「レイ……?」

 釣り上がっていた眉が一気に下がった。怒りで埋め尽くされていた顔は、一気に青褪めていき、「レイ……!」倒れたレイを肩を抱き抱えて起こし、頬を叩く「おい、おい……! 返事しろ。大丈夫か? なあ、おい! 返事しろって! オッサンも! 大丈夫か!」

 チラリと受けた視線で、まだ生きているらしい事は分かった。だがそれで安心した訳ではない。レイの方は全く返事が無い。どれだけ頬を叩いても、起きない

「心臓は……動いてる、生きてるけど……腹、穴空いてんだぞ……。心配、かけんじゃねーよ……早く……早く起きろよ……なァ!」

 死体の数は、五つ。レイが殺したものだけだ。残りは、大きな手傷を負っていて動けない者が大半で、もう半分は逃走した
 富田英介はレイトの前で腰を下ろして顔を覗き込む。ちょっと心配そうだ

「おーい、オッチャン、ヘーキ?」
「……いたい、けど……まだ……なんとか……」
「フーン。そっか」
「あー……どうします?」
「自分で考えろよ鳥の巣!」
「うわぁ……そりゃあ、その子が倒れたのは気がかりッスけど……自業自得じゃ……とか思ってるんですけど……」
「うっせえ! レイが居なきゃ、今頃オレら、殺られてたかもしんねーじゃねーか!」
「でも、勝ってたかもしんないすよね。まあ、多少の傷を覚悟して……ですけど。現にオレら、ほぼ無傷で勝ってますよ」
「ハァ!? じゃあテメェはレイなんか居ても居なくても良いっつーのかよ!」
「まあ、死にかけるくらいなら……」
「ふざけんなよ! コイツが今までどれだけ苦労してきたかも知らねーくせに!」
「……知らないけど、じゃあ、アンタは相手の事、知ってんすか?」
「アァ!?」
「だから、殺された人の事、知ってんすか? もしかしたら、家族が居たかもしれない。待ってる人が居たかも。友達、恋人……まあ、なんでも良いですけど。そんな人が、これからどれだけ悲しむかも分からないんじゃないんですか? それを考えた上で言ってんなら、教えて下さいよ。大切な人を殺された人に、殺した相手に、どんな言葉をかければ良いか」
「──ッ。な、なんなんだよお前は! なんでこのオレがそこまで他人の事にまで気ぃ遣わなきゃいけねーんだよ!」
「それを言うなら、極論ではその子も他人、ですよね……?」
「──なんなんだよ! ふざけんなよ! こ、この……だから──だって──……チッ、クソがッ!」

 返す言葉も見つからなかった負け犬が地面を殴る。大きな音も鳴らず、トスっと、軽い音だけが何度も何度も、小さく響いた。
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