当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

64話 『恐走』

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 木漏れ日が差し込む森の中を九人は走っていた
 始まる前まで喧嘩をしていた四人は競争のように我先にと雄叫びを上げながらイツキ達の前を突っ走っている。これでは敵がこちら側に集まってくるのではないだろうか。と、そんな事を思っていたりいなかったり。とにかく、イツキ達は話し合って少し離れた所から四人を傍観する事に決めたようだ

「ミノリちゃん、セイタくん、チィちゃん、ミムラちゃん、なにか、きこえてこない……? なにか、さけびごえ……かな?」
「……キコエナイ、デス」
「んー……私も聞こえないかな」
「何を言ってるんですか……。何も聞こえないですよ」
「そっかー。ききまちがいかなー」

 首を捻るが答えは出ない。答えが出ないものは仕方が無い。あきらめよう。と、そんな風に思っていると、途端に前の方が静かになった。今の今まで張り合っていた四人はどうしたのだろう。そう思って目を凝らすと、誰かが立っていた。一人。男だ。見た事のない。恐らく、敵である彼の周りで、三人、倒れている。一人だけ居ない。逃げたのか。それは無いだろうが、イツキは考える事をやめた。男が歩いて来ているのだ
 イツキはそこから踵を返し、大きな声で「に、にげるよ!」と言った

「どうしたのかな?」
「知りません。……だけど、イツキくんは少し怖がっている様ですよ」
「ボク、は、イツキクン、に、ツイテイク、デス」
「あ、ミノリ? ちゃん? だっけ。イツキくんやセイタの事、見ていてあげて」

 ミノリはこくっと頷いて踵を返し、イツキ達の後を追い掛けた。「さーて。早く終わらせてゲームしに帰ろー」人差し指に親指を引っ掛けて関節を鳴らすと一人で立っている男に一気に詰め寄る

「バイバーイ」
「アァ? ほざけ」

 瞬間、二人は背筋を駆け上るそれを感じ取った。恐怖。肩が強張り、汗が吹き出る。発せられた五文字は十分にチィとミムラを恐怖させたのだ
 圧倒的力量差。すぐ様、踵を返して逃げ出す「邪魔なわずらわしいんだよ……」ミムラは走り出す脚を殴って無理矢理止めて、潤んだ双眸で男を睨み返した

「はは……チィさん……私、そこまで、強くないですから……応援、出来れば、呼んで貰えると、嬉しい──かなッ!」地面を踏みしめ、蹴る。体勢を低く、低く──男の懐に潜り込むように走る

「ホナミ……!」
「行って!」と、両足を着いて膝を曲げ、膝を伸ばすと同時に拳を振り上げる。驚きはしていないようだ。男はただ、ミムラを睨め付けて「じゃ」ミムラはすぐに地面蹴ってその場を離れ、後ろに転がり下がった「ま──っと。勘、鋭いな」

「は、ははは……。アナタ、使……なんですね……」
「ふぅん。アンタは使えないわけだ」
「ワタシ……これでも取り柄がないもので……ホンット……最悪ですね」

 会話する二人の間。地面に深い裂傷が付けられている。しかも、先程までミムラが立っていた男の足下だ。死体も、いつの間にか消えている。三つの死体が、この一分も経たない内に消えた

「名前……聞いても……?」
「稲継。お前は……? ま、聞いても覚えないけど」
「……そうですか。でも、こう見えて耐える系はけっこう得意なんですよ? 私」
「……じゃあ、楽しませてくれよ。苦しめ、藻掻け、足掻け。絶望、苦悩、恐怖……。それが全て、俺を喜ばせる」
「うわぁ、とんだサド野郎ですね……気持ち悪い」

 失笑しながらも警戒を怠らない。何か一つ怠ればその瞬間、彼女の負けが確定するのだ。相手の一挙手一投足に細心の注意を払い、どんな事にも対処できるように腰と膝を少し曲げて正面から見据える

 耐えれば良い。あの時のように。簡単だ。勝たなくても良いから、助けが来るまで耐え続ければ良い。逃げて、逃げ続けて、助けが来たら、ゆっくりできる。──また、あそこでお茶を飲んで、本を読んで、……やめよう。感傷は後で。後悔も、後にしよう。今は──目の前だけに集中……。

 二人の間に動きは無い。相も変わらず稲継は上から見下ろすように顎を上げていて、ジャージのポケットに手を突っ込んでいる
 対してミムラは瞳孔が震えつつも稲継をちゃんと見て、唇を引き結んでいる
 風が吹き、木漏れ日が二人を照らす。もう、昼は過ぎた

「──ッ!」咄嗟に横に転んで回避したが、不可視の何かがその長い黒髪を半ばから持って行ってしまった。断面は切り揃えたような綺麗なものではなく、引き千切ったような感じに思われる

「ホント、勘だけは良いんだな」
「それが私の唯一の取り柄なので」と、髪の断面をを右手で弄る彼女の声は裏返っている
「弱者は貪られるだけの肉。大人しくしてりゃあ痛い目にはあわせねーよ。だから、諦めろ」
「それは……嫌、ですね……まだ、遣り残した事、あるので」
「ま、どうでも良いけどな」

 また再開される攻撃に目を見開きながらミムラは全力疾走で稲継の側面へと移動し、「ぇ……?」右耳が吹っ飛んだ

「うっグゥぁぁぁあああああああああああ!?」


 ※※※


「ん、ミノリちゃん、セイタくん、きたんだ」

 イツキが逃げ出して然程時間も経っていない。軽く二分弱だ。その辺りでイツキは足を止めて乱れた呼吸をゆっくりと治していた

「イツキクン、は、ドウシテ、ニゲタノ……?」
「……すごく、こわかったんだよ。……なにもいないのに、こわくて、にげちゃった」
「……チィサン、や、ミムラサン、は、ドウナルノ……?」
「わかった……! たすけにもどる! もどるから! あーもうっ! だからみんなでにげちゃえばよかったのにぃぃぃ!」と、頭を掻き毟りつつ踵を返して走り出す。そんなイツキを追いかけてセイタは走り、ミノリは薄く笑っていた


 ※※※


 ……Aチーム。展望台にて

「……いやぁ、皆頑張ってるね~」と、鉄柵から山を見渡している女性は手で日陰を作って少しはしゃぎ気味に言った

「いやんっ、カエデったら、悪なんだから! んもうっ」
「トアぁぁぁぁ……? 私のどこがワルぅぅぅ……? 死ぬのが悲しいってのは本当なんだから……。それより、ねーサクラ、どぅ? は」

 振り向いた女性は金髪の少女へと視線を向ける

「順調ですっ。ハダチくんには勘付かれて逃げられましたが……」
「……そっ。ならいーか。その一人が後で響きそうな気もするけどね……。ま、上手くいけばここで一気に良質な子が手に入るから別に良いけど」
「……やっぱり、悪じゃないのよんっ」
「私は──」言いかけて口をつぐみ、深呼吸をした「この戦いで生き残るのは…………だから」

 ペロリと唇を舐め、不敵に笑う彼女からは慈しみなど一欠片も感じさせない雰囲気を漂わせていた
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