当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

74話 『孤死』

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 知らない奴なんてどうでも良かった。ただ、知ってる奴くらいは守れるようになりたかった。

 ようやく止まり、振り返って見えたのは──腕だ。血の滴る、灰色の布の断片を赤く濡らした腕がコーイチの足元に転がって来た

「クッソ! 行くぞ……!」
「ああああああああああああああああああああああ……!!」

 せめて、無駄にはしねえ……。と意気込みながら泣き叫んで蹲るナツミをムリヤリ持ち上げて──全力疾走。風がコーイチを避けるように進み、枝葉はコーイチに道を開く。全力で山を駆け下りて行き、

 ──透明な壁にぶつかってしまった

「ハッ──!?」

 鼻血など気にする暇もなく、壁を蹴る。ガシガシガシガシ──既に一刻の猶予も無いのだ。少し向こうにはまだバジリスクすらも見えてしまっている

「くそっ……なんなんだよこれ……。こんなの、アリかよ……」

 歯噛みし、悲痛と疲労に顔を歪ませて蹴るのを諦めたコーイチは、ふと外を見た。何かが動いたのだ。何かが……

「あら、アナタ、こんな所で何をしているの?」

 透明な壁の向こう。年の瀬はレイやコーイチより少し小さめの女が立っていた。彼女は黒い髪を腰まで伸ばしていて、少女が残る顔に張り付いた笑みを浮かべてコーイチを見上げている

「オマエ、誰だ? まさか……敵、かよ……」
「テキ? ……ああ、もしかして、この戦いなんて言うフザケた遊びの事?」

 まるで幼い子供の戯言を聞いたかのように口に手を当てて嘲笑する彼女に腹を立てたコーイチは透明な壁を殴りつけて少女を睨みつけた

「──っ。テメェ! なら、死んでったヤツらは無駄死にだったってのかよ!」
「ええ。それに、そんな事は私の知った事じゃない」
「殺すぞテメェ……!」
「あら、良いのかしら?」
「何がだ……?」
「私なら……そうね、あなた達二人共助けてあげられる。……って言ったら、どうする?」
「信じられねぇな……。証拠がねえじゃねーか」
「信じる信じないは関係ないの。あなたが私に助けを乞うか乞わないか、よ?」

 彼女は不敵に笑い、上目遣いでコーイチを見上げる「どうするの?」

「……」ふと唇が動きかけたがムリヤリ唇を引き絞って動きを止めて、振り返る「──ぅおっ」

 コーイチの視線の先では大蛇と鳥が押し潰されているではないか

「ハハッ……やった。誰だよ……こんな事……すげっ、マジで……!」
「チッ……あの女……! ……じゃあ、助けてあげるから条件が一つあるの」
「ハッ! あれ見やがれ! テメェなんざに助けてもらえなくたってなぁ! 死にや死ねーんだよ! バーカバーカ!」
「ハ……? 何言ってんの?」

 地面が少しずつ光っていく。緑の草の下、土の下から何かが漏れ出している

「ッ……!? お、おい! 逃げんぞ!」と、コーイチがナツミの腕を掴む
「イヤだ……!」

 ──が、それを拒否し動こうとしないナツミは暴れてその場に留まろうとする

「な、なんでだよ! 逃げねーと殺られんだぞ!!」
「しってるもん! ──だって、だって……! おかーさん! しんじゃったもん! おかーさんといたいの……! おかーさんといっしょにおほしさまになるの!」
「……なら、死になさい」

 瞬間、地面がブッ飛んだ。──違うか。ブッ飛んだのは、オレだ。気がついたら空の上だった。

「ちょワッ! まっ! 待てって! 死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ! マジでッ!」

 ──落ちていく、遥か上空から重力に従って落ちていく。手に握っていた温もりはいつの間にか消えてなくなっていた

「ッ……!? クソがッ! ッだアァ!? な、なんだよあの光……!!」

 コーイチが最期に見たのは、地面に渦巻く暗黒色のドス黒い光のようなものだった


 ※※※


「ハァっハァっハァっ……ッ!」

 痛い……! しっ、死ぬッ、マジッヤッバっ……! 血、とか、やっばッ! ホント、マジ、ヤベッ! 死ぬッ、助けて、誰か……!

「ぐンむッッッ……!! ごフォッ! がハッ! やッ! だずげッ……!」

 死ぬッ、っだい! たずげで! いだぁいッ! ッねがい! 死ぬから! マジッ! 助けて……!

 ──少女はのたうち回り、悶絶している。血。血を吐いている。太い枝が、下腹部に刺さっているのだ。肩にも脚にも刺さっている
 ──少し前、少女は黒い大蛇に襲われた。その尻尾が振るわれて死ぬかと思ったのに、死ななかった。理由は分からない。ただ、鳥か何かの声が聞こえてきたのと同時に蛇は暴れてどこかへ行った。まるで何かに呼ばれるように

 そして今、少女は大蛇が暴れて吹き飛ばした枝木が体中に突き刺さり血を流している。何本かは抜こうと踏ん張ったのだが、ダメだった

「じ、ジヌっ! む、リィぃ! だ、たずけ……! ッがい……! だれッがァァああッ!」

 泣いて喚いて、助けを呼んでいるのに誰も助けに来ない。自分で動こうにも動けない。どうすればいいのか分からない。だから死にそうでも這って、進んでいる誰かに助けを乞うために

「ッぁぁぁああ……!! おネッが……ィ! ダズけデぇェ……」

 しかし、向こうに座っている彼はちっとも動かない。ただ呆然と座り尽くしている

「おねえちゃん……どこ……?」とだけ、延々と呟きながらも目は焦点を当てていない

 ──苦しくなってきた。本格的にマズい。死ぬ、死ぬから助けて。そう言っているのにこっちを見てくれない。なんで、見てくれないの……? 助けてよ。私を。生きたい。生きていたい。なんで……? おねがい……。

 少女は目の前で全くの反応を示さない彼に対し、今にも途切れる声を何度も何度も、幾度となく言葉を投げかけた

 おねがい。たすけて。
 死んじゃう。おねがい。
 苦しいから、おねがい、します……。
 ほんとうに、ほんとーに、死んじゃうから……。
 おねがい、します……。なんでも、するから……。
 おねがい……っ。死んじゃう、ホントーに、もう……。

 ──なんで、助けてくれないの……?

 彼は、足元で縋り付く少女の姿に焦点が合わない。合うはずもない。そんなもの、視界に入る訳がない。見たくないのだ。恐ろしい。怖い。だから、目を逸らす。それが普通の事なのだ。見たくないから見ない。聞きたくないから聞かない。感じたくないから感じない。考えたくないから考えない。ただ、それだけだ


 ※※※


 ──ドアが少しだけ開いていた。
 それに気づいたら、気づいてしまったら、怖くなった。
 閉めようかな。どうしよう。やっぱりやめようかな。ねえ、クーちゃん、どうしたら良いと思う?

 そう目で訴えても伝わるはずも、答えてくれるはずもない。少女はそれでも声をかける事を諦めなかった。返事が返ってくる訳でもないのに、どうしても聞いてしまう。なぜかは分からないけれど、なんだか聞いてしまうのだから仕方がない

 ──閉めてくるね。ちょっとだけおるすばん。ボクはドアを閉めてくるからね。

 そう言ってドアノブに手を伸ばす

『──タズ、げテェ……』

 ──ッ!!

 少女は慌てて耳をふさいだ

 聞こえない。聞こえない聞こえない聞こえない。ボクは何も聞いてなんかいない。──そうだ。クーちゃん。クーちゃん……? 一緒に遊ぼ。
 ついでにドアも閉めた、これで何も聞こえない。よかった……。ボクにはクーちゃんがいればいい。他の誰もいらない。だって、クーちゃんはいつも横に、前に、後ろに──近くにいてくれる。どこにも行ったりしない。ずっと一緒にいられる。
 独りじゃない。

 クーちゃんさえいれば、独りにならない。
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