当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

76話 『悲観』

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 ──暗いどこかで走っていた。ボクは、独りだ。どこにも誰もいない。道もなくて光もなくて、隣にいなきゃダメな人さえ、もう誰かも思い出せない。

『──……て、ほ──ぃ、です』

 やめて……。そう願ってもそれは徐々に鮮明になっていく。は、こう言っていたはずだ。『生きて、ほしい、です』と。それが頭の中でずっと鳴り響く。やめて。昔はいつも聞いていた声なのに、今となっては全く覚えていない。それが左目に映って煩わしい。

 ──なんで、こんなこと……。

 イヤだ……。悲しいのも……苦しいのも……怖いのも……ミンナ、イヤだ……。やめて。どうして……ボクが、何を……。誰か、クーちゃん……、助けてよ……。かぞくでしょ……? なんで答えてくれないの? 返事、してくれないの……? ヤダよ……。イヤだ……。

 胸が苦しい。気持ちも悪い。どれだけ走っても走っても、見えてくるのは更に深くなっていく闇と絶望のみ。誰の姿も見えない。やめて。自分も、いないのではないのか。そんな事を考えている間に足が止まってしまった。胸が苦しい。後ろから何かが来ているようで怖い。

 もう、苦しくて、どうしようもない……。

 左目には何かが映っている。二人。一人は小さくて、きっと女の子。もう一人は少し大きいけど、これも女の子だと思う。二人が遠ざかっていく。
 不思議なものだ。存外、ボクは独りでも良いのかもしれない。そう思い始めている自分もいた。

「やめて……。おねがい……。助けてよ……おねえちゃん……」

 ──聞けって言ってんだろーが……!

 その声は、よく知っている声だった。それでも、聞きたい声じゃない。そう思うとなんだか耳に何かが詰まってるみたいに何も聞こえなくなってくる。

 ──……ぃなら……! な……てほ、いか……ねーと、……ーだろ、が!!

 耳が張り裂けそうに痛い。何かをぶっ刺されたような痛さが耳に来る。今は聞きたくない。今は、あの人の声を聞きたい。そう思ったら、二つの名前が同時に聞こえてきた。

 ……おねえちゃん。

 ……ミズキさん。

 また、夢に見た光景が見えてきた──……。


 ※※※


「助けてほしいならなぁ……! 何をしてほしいか言わねーと分かんねーだろうが!!」

 コーイチくんが、そう怒鳴っていた。

 なんで──あぁ、倒れている。だから、だからか。だから、空が目の前にあったんだ。

「……痛い」と言うが早いか、コーイチの顔が左側から飛んできた。──実際にはコーイチが覗き込んできただけなのだが。──それでもレイは少しびっくりした
「そりゃあそうだろーが! 何せ、俺の飛び膝蹴りを顔面に食らったんだからな! わっはははは! ……とまあ、笑ってる場合じゃねー。レイ、こっから逃げんぞ。なんか、エグい事になってる」
「……逃げられないよ。たぶん」
「ああ? 今、なんつった?」
「だから、逃げられないって言ったの」
「なんでだよ」
「……だってボク、もう逃げる気力、残ってないよ」

 レイはそう、苦い笑みを浮かべて言った

「は……?」
「だって、疲れた。誰かが死ぬのも、もう見たくないし、頭が痛いのも、懲り懲りなんだ。だから──ね? せめて、ここで終わろうかな……って……」
「は……っ? 疲れた? 何言ってんだよ……。バッ、バッカじゃねーの? あいつら、だって、ほら、聞いてんのかよ!」
「聞いてるよ。……でも、もっと言えばね。ボクは、君のことが怖い」
「な、何が……? はっ?」
「君だけじゃなくて、男の人。ミンナ怖い。こんなに話せるのは、怖くても、君くらいだよ。コーイチくん」

 何か、遠くを見据えるレイの左目にはしっかりと捉えるべき何かが映っている。それは夢に見た光景でもなく、これまでの空白を彷彿させるものでもなく、自分というカギだ。それが目の前にあるんだと見えていた

「──イヤな子だなぁ……。ボクはもう、誰も見たくない」と目を閉じる「誰かを見て怖がるよりも、何も見ずにゆっくりしていたい。……あれ、何が言いたいんだろうね。ボク……分かんないや……」

 ははは……。と渇いた笑みがレイをそこに縛り付けようと蠢いていく。閉じた両目にはもうカギも映っていない。映っているのは暗い、まぶたの裏だけだ

「誰かがいたはずなんだ。隣に。それが誰か思い出せない。その人に会えば、きっと分かるんだろうな……」

 大きく息を吸って、大きく吐いた。それはどこか憂いげで、まだ温かみがあって──

「おいレイ! だったらその隣に居たやつを探せばいーだろーが! 何もやってないのに決めつけんなよ!」
「……ボクがほんとうは誰で、どんな人だったのかも」

 ──なんだろう。何かが疼いている。気持ちが悪い。全部、吐き出せば楽になれるのかな。違うか。たぶんなれない。きっと隣にいた誰かに会えば分かるんだ。楽になれるんだ。なんとなく、そう感じた。
 どこかに向かう途中、色んなものを見た。小さな女の子が、同じような顔の女の子と遊んでいた。見分けられるのは髪留めに使っているゴムに、さくらんぼかぶどうのチャームのどちらを付けているかくらいでしか見分けがつかない。

 ──あ、そうだ。おねえちゃん。

 少しだけ思い出した。おねえちゃんがいた。いつもすぐそばに。いつからいなくなったんだろう。
 まだまだ景色は流れていく。まるで、景色の渦に囚われたみたいだ。ぐるぐるぐるぐる、景色が足元に流れていく。ハッキリ言って、気持ちの良いものじゃない。なのに、どこかほっとしている。なんで……? ……まあ、良いや。おねえちゃんがいたんだとしても、もういない。ボクは、今、一人だけ。誰かに何かをされる事もない。たった一人だけ。

 ──イヤだなぁ。

 おねえちゃんがいた。誰かが何かを言ったわけじゃないし、姿も見えない。だけど、目の前にいる白い影は紛れもない。おねえちゃんだ。
 声をかけたかった。
 かけられない。
 なんで……?
 だって、諦めたから。
 何を?
 ぜんぶ。
 何をしに来たの?
 それは……──ぁっ。

 そうだ、レイカちゃん。レイカちゃんを守りたくて、だから、是枝さんについて来たんだ。そうだ。ボクは、レイカちゃんを守らなくちゃいけない。義理でも、になったんだから。

 だから、戻らなきゃ。ボクのことなんてどうでもいい。どうなったっていいんだ。レイカちゃん達を、守るんだ。ミズキさんを守れなくて、殺してしまった。だからボクは、強くなりたくて、レイカちゃんを守りたくて──そうだ。今からでも遅くない。コーイチくんにも謝らないと。戻ってまた、やり直す。楽しかった、幸せな日々を。

「……──コーイチくん」

 返事はなかった。右目を開けると、空が見えた。黒い渦が天に上っているのが。

「危なそうだね。……戻らなきゃ」

 起き上がったら頭が痛かった。特に、こめかみの辺りが。でも、ボクは、頭を押さえなかった。ガマンだ。こんなもの、ミズキさんに比べれば痛くない。大丈夫。支障はない。平気だ。

「待っててね。レイカちゃん」

 レイはそう言いながら、風を食らって走り出した
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