当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

79話 『相手』

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 富田は割れたメガネを外して投げ捨てながら走り続けていた

 彼が探しているのは『勇者』と呼ばれる魔王に匹敵する力を持つ者、若しくは対となる『受肉者』だ。それを彼女に依頼された時のことを思い出し、富田は顔をしかめた

「ああ、くそっ……! 意味分かんねぇよ……!」

 悪態をつこうとも事態は一向に進展しない。ならば走ってどちらかを見つけるしかない。という考えに行き着いた

 あぁァァァァあぁあああぁァァァ……。

「ァ……?」

 ふと、立ち止まった富田は辺りを見回したが別段変わった様子もなく、再び依頼をこなす為に走り出す

「ああ、ああ、ああ、ってさっきからうるせーよ……! どこにいんだよ!」

 高速で動かしていた足を止めて勢いのまま少し滑りもしたが何事もないかのように屹立し、周囲に怒鳴り声をぶつける
 ──すると、空から足元にドス黒い物体が降り落ちてきた

「……はっ?」

 コンクリートの地面に固く重たいものがぶつかるような鈍い音がしてすぐさま飛び離れ、その物体を再確認する

 その黒い物体は人の骨格のような物が見え隠れし、金糸のようなものも同じようにちらほらと見え隠れしていた
 それはどうにかして起き上がろうとしているようだがどうにもできそうになく崩れ落ちてしまう。それでも震える手足のような骨格は人のような形をしたその体を持ち上げようと震える手足を使ってもう一度挑戦し、またもや失敗。しばらく見詰めていた富田の目の前でそれを何度も繰り返していたのだった

「……なんだ?」

 気持ち悪い。なんだこれは。嫌悪感しか覚えない……。動くな。やめろ、臭い。気持ち悪い。なんなんだよ、やめてくれ、やめてくれよ。マジで。動いても無駄なんだよ。無駄なこと、すんじゃねーよ。

「お、おお、おおお……!」
「あ……?」

 ふと別の反応をし始めたドス黒い骨格に対し、富田は腰を落としていつでもすぐに離脱できるように足の向きを整える

「おぎぃいぁぁあああぁぁあんんんんんん……!!」

 そう叫んで骨格は這いながら猛烈な勢いで富田へ迫って行く。見失った誰かへ募らせた恋慕を押しつけ差し迫るように。それを横に逸れて大仰に躱すと苦々しく舌打ちをして骨格に背中を取らせて木々の間を潜り抜ける

 ──流石はコカトリスやバジリスクから逃げおおせただけの力はあると言っていいだろう。足場の悪い山道の中、木々を削り取って富田へと迫る骨格は暗黒の疾風と化していた

「ああ……! くそっ……!」

 悪態をつきながらも走るしかできない富田はすぐ背後まで迫り来る樹木をカッとナイフを突き立てるような音が近づいて来るのを肌で感じ、全力疾走している
 しかし、その速度に悠々と追い着いては腕を振るって攻撃──否、富田の頭を掴もうとしている骨格は、それを失敗する度に地面に激突しては再び地面を蹴り疾走し、速度が付いてくると木々を蹴ってすぐに距離を詰めてしまうのだ

 ──それも、およそ全てが失敗に終わっていることが富田が生き永らえている理由だ

「──なんなんだよ……! この、バケモンが……っ!」

 骨格はずっと絶叫し続けて富田の後を追いかけて捕まえようとしているが、そう安易に捕まえられる気はない富田は風を喰らい木々の隙間を駆け登る

 そうして走り続けた富田の足が木の根に引っ張られ、あわや受け身を取ることすら能わずに鼻面から斜面を転がり落ちる。──それも、後ろに。宵闇の如し骨格のいる背後へと落ちて行く

 やってきた絶好の機会をみすみす逃す手は無い。骨格は木を蹴る足を捻り、富田に向かって木を蹴る勢いで超加速する
 だが、苦難に顔を歪ます富田はそれを見越したかのようにその場で左側を通った木を蹴り、位置を変えた事によって一命を取り留めた。その後すぐに別の木に体を受け止めてもらい、体勢を立て直すと再び斜面を駆け上がりつつ背後を確認する
 すぐ後ろでは、先程まで富田がいた場所でドス黒い骨格が「おお、ぉ……ぢゃぁあぁぁあ……!」と少女のような声で叫び、何かを探すようにあちこちを見回していた

 ──そして、山を登り続けてそのドス黒い骨格が見えなくなり富田が安堵の息を吐いたのと少し向こうに木にもたれて座っている女が見えたのはほぼ同時のことだった。立ち止まると苦しげに咳き込んでその女を見詰める

 富田の口元が歪んだ

 ※※※

 深い山の中、道とも言えないような木々の隙間を通って二人は展望台を目指して歩きづらい斜面をおそるおそる下りたり登ったりしながら進んでいた
 やがてその道は少し平坦になり、いくらか男の呼吸が軽くなった

 彼女はずっとついて来る。
 僕が止まると彼女も一緒に止まる。もう一度歩くとまたついて来る。走っても、隠れても、何をしてもずっと子供みたいについて来る。

 ──展望台。あそこに行けば何かが分かるんじゃないのか。ずっとそう思っている。ただ、一向に近づけない。あの黒い渦みたいなものを迂回しているからだけなのか。それとも、何か別に理由があるのか。
 ともあれ、このままはどこか気まずいので声をかける。

「ねえ、君はどうしてついて来るの?」

 ……やはり彼女は話してくれない。どうやって展望台に行こうかな。

「こんな所じゃ、やっぱり人なんていない……よね……」

 おっと、項垂れてしまった。どうしようか。誰かに聞ければすぐに辿り着けるのに。たぶん。そのはず。あんまり自信は無いけど。

「あ……そういえば、何のために展望台まで行こうとしてるんだったっけ……?」

 立ち止まって首を傾げると腕を組んで思考の海に沈んでいく。深く深く沈んでいく感覚に溺れながら目を閉じる

「う~ん……?」

 なんでだっけ? 何のために……。ていうか彼女はいつまでついて来るんだろう。

 この疑問達をどこかに放り投げて逃げたくなるような心情を背負いながらもう一度、足を進めて振り向きながら「それじゃあ、ボクはこのまま行くよ。そこで理由も、思い出すかもしれない」と少女に言う「──でも、君をここに置いて行くのは気が引けるから、ついて来て。お願い」

 それに少女は返答を返さなかった。ただ、無関心な面持ちで顔を見上げるくらいの反応は見せてくれたのだから良しとして再び展望台への道のりを歩き始めた

 展望台への道はまだまだ遠く、未だその姿は木々に潜んで現す気配はなかった
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