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二章 無意味の象徴
85話 『開放』
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──少女は約束を果たすべく、たった一人で昼過ぎの山の中を歩いていた
『……──お話しましょう?』と、彼がいなくなってから、彼女はそう持ちかけてきた
彼女との約束は、何よりも大事な事なのだ。約束は必ず果たさないといけない。そうすれば、お母さんが生き返るのだから
『約束ね。私があなたのお母さんを生き返らせる代わりにあなたは──』
絶対に、守らなくてはいけない。また、皆で、三人で一緒に──……。
しかし、目の前には大きく堅く、堅牢な壁が、障害物が立ちはだかる。忍者──ではない。これは、こいつらは──、
「……おおかみ……?」
紅く湿った角が二本生えている。四足の獣。全身が白く雪崩れた毛で覆われており、目元は隠れ、その足下には忍者らしき者達が地に伏せていた
ゆっくりと時間が体中、頭の中、思考の海にまで手を伸ばしてナツミをその場に留まらせようとしている。──しばらくの間、雪のような体毛に見入ってしまったナツミは、気づくと同時に尻もちをついてしまった
血がすぐそばまで広がっていたのだ。大きな、鋭利な角が、二本ずつ、ナツミの方を向いている。見るからに大きな獣だ。やつらは四匹もいる。やつらはまるでナツミを囲むように位置していて、前半身を低くして屈み、警戒を顕にしている
『ニンゲンノムスメヨ……』
目の前のオオカミが口を動かすと同時に、ゾワッと逆立つ体中の神経が脂汗をじっとり滲ませ始める
『シニタクナケレバ、タチサレ』
今度は右側にいるオオカミが厳かな雰囲気でそう言った
だが、戻るに戻れないのだ。約束と、幸せが、すぐ目の前で起きる事に堪えれば手に入るのだから。だから約束の通り、一言一句違いなく彼らに伝える。伝えなければならない
「──ああ、我が同胞よ。愛しき故郷を救うため、古の封印を解こう。我が名は最期の神獣王メイトが娘『メィリル』の転生者である。この名において、今こそ『彼ら』に反旗を翻すのだ」
──全てを言い終わると同時に、ぼんやりと光る玉のようなものが腰辺りから飛び出してオオカミ達に向かって行き、オオカミ達の周りを旋回して消えてしまった
しかし、オオカミ達はナツミを優しく見詰め、ゆっくりと歩き出す。歩き出したナツミの目の前のオオカミの少しずつ体毛が逆立ち始めた。その上更に、濁った黄金のように輝く流動的な何かを纏い出し、ナツミの前で立ち止まる
『カンシャスル。ニンゲンノムスメヨ』
濁った黄金のような色の流動的な何かは、まるで炭酸水にでも溶けるかのように空気中に上がっては小さな気泡となって消えていく。静かに佇むオオカミを見上げながら、ナツミは震える手をギュッと握り締めて拳を作り、固い動きでゆっくりと頷き返した
『ワレワレヲ、カノジョカラカイホウシテクレテ』
「……? かい、ほう……」
不思議そうに、けれども遠慮するように疑問を口にしたナツミに顔を近づけて、その頬をペロリと舐めた
『ハナスノニハスコシコクスギル。ソレヨリモ、ココカラアチラニハシリナサイ。デキルダケトオクヘ。ココハキケンダ』
舐められた頬を触り、少し経ってから気付いたように小さくイヤイヤと首を横に振って、悲しそうに、困ったように、項垂れた。それを目の前のオオカミは宥めるようにもう一度優しく頬を舐めて、残りのオオカミ達を見回した
『オヌシラハコンランセヌヨウミナニホウコクニイキナサイ。ワタシハコノムスメトハナシガアル』
短く吠えて返した三匹はそれぞれ別々に散っていき、すぐに森の中に消えて見えなくなった
『ナゼダ?』
誰もいなくなり、一人と一匹だけになった所で、唐突に問いを投げかけられて困ったように顔をしかめた
『ナゼ、ココニイヨウトスル……?』
「──だ、だって、約束、したもん……。お母さんを、助けてくれる、って……!」
悲痛に顔を歪めて、少し前の出来事を振り返る。それは、突如として現れた者達に母親が蹂躙される姿だった
忍者に追撃を受けたナツミ達を庇おうとして致命傷を負ってしまった母の姿を思い浮かべて、瞳からぽたぽたと涙が溢れ出す
──その時、三人は一緒に行動していた。ナツミとナツメは母親におぶられて山の中、木々の間を進んでいた。今日の夜ご飯の話をしたり、帰ったら何をしようか、なんて他愛ない話をしていた所だった
そこへ、唐突な忍者の急襲があったのだ
幸い──と言ってもいいのかは不明だが、母親は二人を地面に落としてその攻撃から二人を守った。代償として胸に穴を開けられ、命を持って行かれてしまったが……
「お母さんの、お手伝い……したくて……なのに……だって、ちが……っ。いっぱい、お手伝いして、ほめて、ほしかっただけ、なんだもん……っ!」
オオカミは黙ってナツミの周りに寝転がるようにして座り、その言葉に耳を傾け寄り添っている
ナツミはそうして涙をぐしぐしと服の袖で拭き取り、オオカミの顔を見上げた──と思いきや、目の前にオオカミの顔は無くすぐ横にあったと気付いたのは小さな唸りのおかげだ
「──だから、私は約束を守りに行かなきゃ……。だから、皆で、帰るの……。お母さんと、ナツメと、一緒に」
『ウム。ワカッタ。ナラバ、ソノヤクソクヲオエルマデ、ワレワレガアナタヲマモロウ。スクッテモラッタオンダ』
優しく微笑むように、まるで子供をあやす親のように、オオカミはその牙を見せてナツミの頬に顔を擦りつけた
『──ワガナハ、バドルド。スコシノアイダダガ、セワニナル』
ナツミの孤独を溶かすようにして舐めた頬に、溶かされた孤独が涙となって流れ落ちていった
「あり、がと……」
そう言って、まだ渇ききっていない服の袖でもう一度涙を拭くと立ち上がった
「早く、行こ」
※※※
──一方、ナツミがバドルドと共にその場を離れた頃、レイは右腕を黒い剣のような形のものに、左手を黒い盾のようなものに身を侵食されながらその刃の切っ先を尻もちをついて倒れているカエデに突きつけていたのだった
『……──お話しましょう?』と、彼がいなくなってから、彼女はそう持ちかけてきた
彼女との約束は、何よりも大事な事なのだ。約束は必ず果たさないといけない。そうすれば、お母さんが生き返るのだから
『約束ね。私があなたのお母さんを生き返らせる代わりにあなたは──』
絶対に、守らなくてはいけない。また、皆で、三人で一緒に──……。
しかし、目の前には大きく堅く、堅牢な壁が、障害物が立ちはだかる。忍者──ではない。これは、こいつらは──、
「……おおかみ……?」
紅く湿った角が二本生えている。四足の獣。全身が白く雪崩れた毛で覆われており、目元は隠れ、その足下には忍者らしき者達が地に伏せていた
ゆっくりと時間が体中、頭の中、思考の海にまで手を伸ばしてナツミをその場に留まらせようとしている。──しばらくの間、雪のような体毛に見入ってしまったナツミは、気づくと同時に尻もちをついてしまった
血がすぐそばまで広がっていたのだ。大きな、鋭利な角が、二本ずつ、ナツミの方を向いている。見るからに大きな獣だ。やつらは四匹もいる。やつらはまるでナツミを囲むように位置していて、前半身を低くして屈み、警戒を顕にしている
『ニンゲンノムスメヨ……』
目の前のオオカミが口を動かすと同時に、ゾワッと逆立つ体中の神経が脂汗をじっとり滲ませ始める
『シニタクナケレバ、タチサレ』
今度は右側にいるオオカミが厳かな雰囲気でそう言った
だが、戻るに戻れないのだ。約束と、幸せが、すぐ目の前で起きる事に堪えれば手に入るのだから。だから約束の通り、一言一句違いなく彼らに伝える。伝えなければならない
「──ああ、我が同胞よ。愛しき故郷を救うため、古の封印を解こう。我が名は最期の神獣王メイトが娘『メィリル』の転生者である。この名において、今こそ『彼ら』に反旗を翻すのだ」
──全てを言い終わると同時に、ぼんやりと光る玉のようなものが腰辺りから飛び出してオオカミ達に向かって行き、オオカミ達の周りを旋回して消えてしまった
しかし、オオカミ達はナツミを優しく見詰め、ゆっくりと歩き出す。歩き出したナツミの目の前のオオカミの少しずつ体毛が逆立ち始めた。その上更に、濁った黄金のように輝く流動的な何かを纏い出し、ナツミの前で立ち止まる
『カンシャスル。ニンゲンノムスメヨ』
濁った黄金のような色の流動的な何かは、まるで炭酸水にでも溶けるかのように空気中に上がっては小さな気泡となって消えていく。静かに佇むオオカミを見上げながら、ナツミは震える手をギュッと握り締めて拳を作り、固い動きでゆっくりと頷き返した
『ワレワレヲ、カノジョカラカイホウシテクレテ』
「……? かい、ほう……」
不思議そうに、けれども遠慮するように疑問を口にしたナツミに顔を近づけて、その頬をペロリと舐めた
『ハナスノニハスコシコクスギル。ソレヨリモ、ココカラアチラニハシリナサイ。デキルダケトオクヘ。ココハキケンダ』
舐められた頬を触り、少し経ってから気付いたように小さくイヤイヤと首を横に振って、悲しそうに、困ったように、項垂れた。それを目の前のオオカミは宥めるようにもう一度優しく頬を舐めて、残りのオオカミ達を見回した
『オヌシラハコンランセヌヨウミナニホウコクニイキナサイ。ワタシハコノムスメトハナシガアル』
短く吠えて返した三匹はそれぞれ別々に散っていき、すぐに森の中に消えて見えなくなった
『ナゼダ?』
誰もいなくなり、一人と一匹だけになった所で、唐突に問いを投げかけられて困ったように顔をしかめた
『ナゼ、ココニイヨウトスル……?』
「──だ、だって、約束、したもん……。お母さんを、助けてくれる、って……!」
悲痛に顔を歪めて、少し前の出来事を振り返る。それは、突如として現れた者達に母親が蹂躙される姿だった
忍者に追撃を受けたナツミ達を庇おうとして致命傷を負ってしまった母の姿を思い浮かべて、瞳からぽたぽたと涙が溢れ出す
──その時、三人は一緒に行動していた。ナツミとナツメは母親におぶられて山の中、木々の間を進んでいた。今日の夜ご飯の話をしたり、帰ったら何をしようか、なんて他愛ない話をしていた所だった
そこへ、唐突な忍者の急襲があったのだ
幸い──と言ってもいいのかは不明だが、母親は二人を地面に落としてその攻撃から二人を守った。代償として胸に穴を開けられ、命を持って行かれてしまったが……
「お母さんの、お手伝い……したくて……なのに……だって、ちが……っ。いっぱい、お手伝いして、ほめて、ほしかっただけ、なんだもん……っ!」
オオカミは黙ってナツミの周りに寝転がるようにして座り、その言葉に耳を傾け寄り添っている
ナツミはそうして涙をぐしぐしと服の袖で拭き取り、オオカミの顔を見上げた──と思いきや、目の前にオオカミの顔は無くすぐ横にあったと気付いたのは小さな唸りのおかげだ
「──だから、私は約束を守りに行かなきゃ……。だから、皆で、帰るの……。お母さんと、ナツメと、一緒に」
『ウム。ワカッタ。ナラバ、ソノヤクソクヲオエルマデ、ワレワレガアナタヲマモロウ。スクッテモラッタオンダ』
優しく微笑むように、まるで子供をあやす親のように、オオカミはその牙を見せてナツミの頬に顔を擦りつけた
『──ワガナハ、バドルド。スコシノアイダダガ、セワニナル』
ナツミの孤独を溶かすようにして舐めた頬に、溶かされた孤独が涙となって流れ落ちていった
「あり、がと……」
そう言って、まだ渇ききっていない服の袖でもう一度涙を拭くと立ち上がった
「早く、行こ」
※※※
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