昼のグローブジャングル

大空 ソラ

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昼のグローブジャングル

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 ――日曜日の正午。
 アルバイトの休憩中に店を抜け出した俺は近くの公園に来ていた。
 公園と言っても休日に家族が集まるような自然公園といった類の大きなものではなく、ひっそりとそれこそ少しの遊具とベンチが置かれているだけの小さな公園だ。
 設置している遊具は滑り台とブランコと鉄棒。そして最近公園で目にすることが減ったグローブジャングルが一つ。知っているだろうか?グローブジャングル。あの地球儀のような形をしてグルグル回して遊ぶ遊具を。
 そのグローブジャングルの中に、いた。一人の少女が。顔見知りの少女が。


 「……奇遇ですね、お兄さん」

 「……そうだね、奇遇だね。昨日も会った気がするけれど」

 グローブジャングルの中で読んでいた本を閉じ、こちらに目を向ける少女。いったいいつになったらあの本を読み終えるのだろうか。始めてあった3ヶ月前から一度も変わらないけれど。

 「二日続けて遭遇するなんて運命みたいですね!」

 「昼飯を集りに来ることを運命と言える君が怖い」

 「集るだなんて人聞きの悪い事を言わないでください!一緒に昼食を楽しもうとしているだけですよ」

 「……その本以外手持ちがないように見えるけど?」

 「……………………摩訶不思議ですね」

 信じられないといった表情を俺に向ける。俺はその表情が信じられない。

 「まあ、それはそれ!です。お兄さんの時間は有限ですからね。さっさとお昼ご飯を食べてしまいましょう。さあ!さあ!」

 「……俺、君のそういう自分の欲望に真っ直ぐな所は好きだよ」

 目を輝かせながら涎を垂らすように俺の右手にある紙袋を見る少女。会話より食が大事だそうだ。






 「――この唐揚げ、揚げたてじゃないのにサクッと……卵焼きも出汁の味が…ああ、やっぱりおにぎりは鮭と昆布と梅干しですよね。このシンプルさがおかずのよさをよりいっそう高めているというか、いえ塩おにぎりもいいんですよ?でもやっぱりこの中に何が入っているのかを楽しむというのもお弁当の醍醐味といいますか……あ、たくあんもいいですよね口の中をリセットしてくれるというか……そして何といってもこのほうれん草の胡麻和え。メインではありませんが私的には一番大事な物です。これが美味しいか不味いかでお弁当の全てが変わるといっても過言ではありません」

 ……相変わらずよく喋るというか何というか。食べるか喋るかどっちかにすればいいのに。

 「うん、さすがお兄さんのお弁当ですね。間違いありません」

 「満足そうに食べているけれど、それ俺の昼飯なんだけど?」

 「ご馳走様です!いつもありがとうございます!!」

 「うん、本当に君いい性格してるよ」

 いや、いいんだけどさ。俺も全部食べられるのを想定して別に用意しているから。
 でももう少し遠慮というか、気を使うというか……ないか。
 出会ったばかりの頃のあの子はどこにいったんだろうな。
 あの遠慮の塊だった頃のあの子は。

 「でもお兄さんもズルイ人ですよね。こんな美味しいご飯を独り占めしようとしていただなんて。見てくださいこの唐揚げ!生姜が強めに聞いていて好きな人にはたまらない味わいです!ニンニクを使っていないのも憎い演出です。仕事中にニンニク臭いのなんてナンセンスですからね!あとこの卵焼きもズルイです!こんな美味しい卵焼き一度食べたら他の卵焼きを食べられなくなります!」

 「何で怒られているんだろうね。自分用のお弁当を持ってきて、自分で食べようとしただけなのに」

 「私の舌を肥えさせてどうするつもりなんですか!私がお兄さんのお弁当以外食べられなくなったらどうするんですか!!」

 「奪って勝手に食べているだけだけどね」

 でもそうか。あの出会いからもう3ヶ月になるのか。季節が一つ変わるんだから、時の流れは早いものだな。





 『――お昼ご飯はいつも食べませんから』

 『――休日はいつもここで時間を潰しています』

 『――いえ、むしろ一人のほうが好きです。はい。つまりはそういうことです』

 『――いりません。知らない人から物をもらうほど子供ではないので』

 『――気のせいです。そんな音私には聞こえませんでした』

 『――ミートボール…』

 『――卵焼き…』

 『――ほうれん草の胡麻和え…!』

 『――いえ、何でもありません。気のせいです。見てません。好きじゃないです。ほうれん草が好きな子供がいるわけないじゃないですか』

 『――美味しい……』


 ………………よくよく思い出してみれば、別に遠慮している訳ではなかったな。当時から欲望が表にでていた気がするし。


 「ご馳走様でした」

 「米粒一つ残さなかったね」

 「当然です。お米一粒一粒に7人の神様がいるんですから。残したら罰があたります」

 「そういう意味で言ったんじゃないんだけど」

 「いつもありがとうございます。休日のこの時間が私の唯一の楽しみです」

 「……うん、もうそれでいいや」

 この笑顔を見ると、どうでもよくなる。
 やっている事はただの集りで、褒められることではないのだろうけれど、この笑顔を見るとついつい許してしまう。年下なのに不思議な魅力だ。


 「それでお兄さん。来週もアルバイトですか?」

 「うん。休日はいつもこの時間にアルバイトをしているからね」

 「来週が今から楽しみです」

 「ここに来る事は確定なんだね」

 「それは勿論。ここ意外に行く所もないので」

 「いや、君じゃなくて俺が」

 「??」

 また不思議そうな顔でこっちを見つめる。
 ああ、なるほど。そのことについては一切考えていなかったのか。


 「……あの、もしかして」

 「――大丈夫大丈夫。俺も来るよ」

 「――なら、よかったです」

 笑顔を向けると、少女も笑顔で返す。
 聞きたい事はたくさんある。何でいつもここにいるのかとか。いつも同じ本なのかとか。あんなに美味しそうにご飯を食べるくせにいつもお昼ごはんを食べないと言っているのかとか。
 でも、それを聞くには時期尚早なのだろう。それに、そこまで踏み込むような関係でもないわけだし。俺が少女の事で知っているのは名前と年齢だけ。

 ――岬 さち。15歳の高校生。それだけ。

 でも今はそれだけでいいのだと思う。
 手作りのお弁当を食べられて、笑顔でお礼を言われる。
 それだけの関係で俺はいい。少なくともそれだけで俺は小さな幸せを貰っているのだから。


 「お兄さん、そろそろ休憩が終わるのでは?」

 「ん?あ、本当だ」

 「それではそれでは。また来週、お弁当を楽しみにしています」

 「これが食べたいっていうのはある?」

 「………………」

 「好きな食べ物」

 「あ、えっと………その、はい。ポテトサラダが」

 「ポテトサラダか」

 「はい…リンゴが入っていて甘くて……美味しかった、です」

 「うん、了解。じゃあ気が向いたら作ってみる」

 「……はい。楽しみにしています!」


 少女と別れ、アルバイト先に戻る。考えるのは先ほどの少女の表情。 
 驚きの顔から。申し訳なさそうな顔。そして懐かしむ顔。最後に、飛び切りの笑顔。
 それだけで充分だった。

 来週、あの少女はどんな顔をするのだろう。俺はそれが楽しみでついつい笑顔をもらしてしまった。
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