オタクおばさん転生する

ゆるりこ

文字の大きさ
38 / 91

38

しおりを挟む
「起きてください~~! 朝ですよ~~」

 上空は真っ暗で、闇の中の闇としか言いようがなく、空気も澱んでどんより気分が悪くなってくるが、ミユキはおそらく何か知っているであろう黒い(たぶん)ドラゴンを起こすことにした。しばらく声をかけるだけにしていたが、あまりにも起きないので、死んでいるのかと思い、目の下辺りを触ってみた。

(おぉっ! ほんのり温かい! 爬虫類じゃないのか?!)

 少し感動してぺたぺたと手で触れる。もちろん手袋は外してあるのだ。

(フンフンフーン♪ 結構な肌ざわりで………ゴメンなさい)

 目が合ってしまった。いつの間にやら目を覚まされていたようだ。
 反応がなかった眼は、眼球が回転して黒々とした瞳がミユキを映している。

『……何奴だ』

「あ、ども! お休み中に大変失礼致しました」

『………某の言葉が判るのか?』

「はい~?」

『判るのか?』

「あ、はい。判りますが?」

(某って、お侍か? そういえば、なんていうか、種族?が違うのに会話ができてるって……見習い天使さんのおかげかな)

『なぜ判る?  そして、何故ここにいる? どうやって来たのだ?』

 ミユキの頭が入りそうな、そして頭くらい簡単に噛み砕きそうな牙を覗かせながら口から吐くのはヒトと同じ言葉ではない。低く響く軋むような、鳴き声だ。

「えーと、何故判るのかは判りません。何故ここにいるのかとどうやってきたのかは、森で黒い霧が出て来たので、その穴に飛び込んだら、ここに落ちて来たのです」

『………』

「よろしいですか? では、こちらからも教えていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

『待て。今ひとつ、其方はこの瘴気の渦の中で、何故生きていられるのだ?』

(ガーン! やはり、あの黒い霧は瘴気とやらなのか! 漫画とかではよく聞くものだけど、実際どんなものかわかんないし、毒? 毒なの?)

「うーん、何故でしょうね~? 残念ながら判りません。貴方様はどうして平気なのです?」

『……某はこの瘴気を抑えるために生きておる。もう随分と永い時をこうして過ごしてきた。しかしもう、そろそろ終わりが来るようだ』

「えっ?」

 ドラゴン(きっと)の黒い瞳がミユキを映す。

『某の力だけでは抑え込むのが不可能なのだ。その為百年に一度、封印石がやって来るのだが、二百年前に一度来たきりで、もう……』

「封印石って、そこの……石……ですか?」

『うむ、そろそろ石の力も尽きるであろう。そうしたら、某にも限界がくる。瘴気の渦が世界を包み込み、生物は全て生き絶えるのだ』

「はぁ…… そういうことでしたか。因みに、その瘴気とやらは何処から湧いてきているのですか? 何が原因なのでしょう?」

『可笑しなことを訊くな。それ、そちらを見上げてみよ。大気が渦巻いておる。そこから湧いてくるのだ」

 見上げた先には、ただ暗闇があるだけのように見えたが、よく見ていると、確かに空間がよじれて渦巻いているようだ。実体がないのか、その奥に何かがあるのか。

「あのぅ、なんで瘴気が出てくるんでしょうか?」

『………さて、どうしてであろうな。某は瘴気を抑えるために存在していると言われてきた。そこの封印石がきた時にも、必死でやって来た人間達がそう祈っていた……。そこで祈りながら息絶えた者もいる。その者たちの為にも、抑えてやりたかったのだが……』

「人間? ここに人間がやってきたのですか? 瘴気の中を?」

 ドラゴン(ということにしよう)は頷くように首を小さく縦に振った。

『封印石と一緒だと瘴気を防げるようだな。封印石が役目を果たし出すと、防げないようになるので自分達の結界石で防ぎつつ帰って行った』

 確かめるのが怖かったが、ミユキは思いきって質問した。

「あの、その……封印石も……人間なのでは?」

『うむ。あの人間達は「勇者様」と呼んでいたな』

(なんてことだ….やはり、そうだったんだ)

『この世界の人間では封印石にはなれないのだ。だから百年に一度だけ可能になる召喚で、異なる世界から喚び寄せた人間に石になってもらうしかない』

 淡々と話し続けるドラゴンを、ミユキは黙って見ているしかなかった。二百年もの間、孤独に世界を守り続けているのだ。もしかしたら、誰かと話したかったのかもしれない。

『そろそろ、渦が広がりだした。大きな瘴気の波がやってくるぞ。某の翼の下に入るとよい』

 ドラゴンは漆黒の翼をばさりと羽ばたかせた。傘のようだ。

「渦が広がる……すみません、一度試していいですか?」

 ミユキは渦を見据えながら、両手を突き出した。気分は○めは○波だったが、あれは聖なる光ではなさそうだったので、また今度使ってみよう。

『な、なんだ?』

 渦に向けた両手を白い光が覆いだした。

『その光は……』

(えーと、もうここまで来たらアレ、やってみていいよね~。誰もいないし。聖属性の最強のヤツ~~、二手に別れて塔に登って覚えるの大変だったわ~)

 あの大作RPGのシリーズⅤの話であった。
 その前に、とミユキはドラゴンに問うことがあったのだ。大事なことである。

「あ、すみません、教えてください」

 無言を肯定と捉えて急いで続ける。

「貴方様はあの瘴気を吸って生きている、とか?」

『誰があんなモノ喰らうか』

「ご回答ありがとうございます」

 見えにくかった渦がはっきりと見えてくる。
 呼吸でもするかのように、巨大な渦は一旦周りの空間を吸い込むように収縮し、口を開き始めた。

 中に蠢くものが見える。

 禍々しい。目玉のようなものが、中でぐるりと回った。

(一発くらいぶち込んでも、大爆発とか起こらないよね)

 手のひら周りの白い光が凝縮され、強く輝きだした。低い声で小さく小さく唱えてみる。

「祓いたまえ~~清めたまえ~~、世界を滅ぼすようなものが、こんなんで爆発なんてしないよね~~ でも爆発した時はシールド的なのを発動してね~~」

 自分に言い聞かせるように、ミユキは続けた。

「少しの間弱まってくれれば御の字だ~~」

 白い光の輝きが、更に大きくなっていく。
 不思議なことに光は熱を持っていない。LEDか?
 しかし、光の周辺から澱んでいた空気が澄んでゆくのが感じられる。いけるかもしれない。いや、いくのだ!
 妙なやる気が湧いてきたミユキは更に気合をため込んだ。

『くるぞ』

 渦を見つめていたドラゴンが小さく呟いた。翼を広げ、ふたばを覆い隠してくれている。その時ちらりと見えたドラゴンの下半身は石化していた。周りに佇む封印石にされた人と同じじゃないか……。くそ、とミユキの胸に腹立たしさがよぎる。歯を食いしばり、渦の中心を見据えた。

「それいけ──ッ」

 叫ぶと威力は二割り増しだ、と誰かが言っていたので叫んでみた。だがやっぱり恥ずかしい気がする。

 真っ白な光は一直線に、開いた渦の中心に注ぎ込まれる。あふれ始めていた黒い霧は押し込まれるように渦の中に戻っていった。

 白い光は途切れることなく、更に勢いを増すように渦の中に飲み込まれる。

(ブラックホールみたいに際限ないのかな)

『なんと……弱まっている……』

 どこまで続けていいのやら判らずにいると、ドラゴンが呟いたのが耳に入り、よし、とミユキは力を込める。
 たたみ込むのだ!
 恥ずかしくても、二割り増しだ。

「貫け────ッ!!  それっ!」

 静寂の中、音もなく威力を増した光が押し込まれ、一瞬の後、黒く澱んだ空に閃光が走り、裂け目が生まれた。紙が破れるようにその裂け目が広がり、空が割れたかと思うと、空全体が真っ白な光となり、光は粒となって地上にキラキラと降り注ぐ。


 空気が浄化されてゆく。



 降り注ぐ光の中でドラゴンを見ると、彼はただ空を見つめていた。粒が落ちたところから灰色の岩が土に還り、草が芽吹いていった。


しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

処理中です...