凱旋の少女たち

しろてつや

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第0章 ~プロローグ~

7、神託の日

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 次の日の朝。
 私は目を覚まし、ベッドからゆっくりと身体を起こす。
 窓からは柔らかな朝の日差しが差し込み、部屋を明るく照らしていた。
 ……目覚めの気分は、決して悪くはないが朗らかでもない、微妙な具合だった。……良い夢を見ていたような気もするし、嫌な夢を見ていたような気もする。
 一時的にではあるがアデリナが家族になってくれて、寝床の私に本を読み聞かせてくれたという幸福感は私をぐっすりと眠りにつかせたが、それでもその一方で、ミシェルに酷いことをしてしまったという心苦しさだけは残っていて…。
 ……二つの相反する感情は私の中で揺れ動き、私の心を不安定にさせた。

「………………。」

 私は黙々と身支度を整える。
 姿鏡の前で服を着替えながら、私は昨日がご神託の日であったということを思い出していた。
 …色々とあってすっかりと忘れていたが、今年はどんなお告げが降ったのだろうか…。

 ご神託の儀式は例年、太陽が一番高く登る時間に行われる。
 大教会で儀式を見物した人はその内容をいち早く知ることができるのだが、儀式を見られなかった人に対してはその日の夕方ごろ、イシュタンバイン各区の掲示板にご神託の内容が貼り出されることになっていた。
 私の場合は、もちろん過去に大教会に足を運んでリアルタイムにその内容を知ったこともあったが、父がニクラス司祭を始めとする教会の関係者と懇意にしていることもあって、大抵は当日の夜もしくは翌日の朝に父からその内容を知らされるというのが通例だった。
 その父は昨夜、私が就寝するまで帰ってこなかった。…おそらく、教会関係者や商人組合の寄り合いなどがあり、ご神託の内容を話し合っていたのだろう。
 私は父が教えてくれるであろうご神託の内容にわずかな期待を抱きつつ、食堂へ向かうために部屋のドアを開けた。

「あっ、セシリア様、おはようございます。お早いですね。」

 掛けられた声は、ちょうど私を起こしに訪れた使用人のアデリナのものだった。
 昨夜はきっと私を寝かしつけたあと使用人室に泊まり、そのまま朝の勤務に入ったのだろう。
 いつもの使用人服に身を包み、すっかりと使用人然とした佇まいだった。

「おはよう、アデリナ。……昨日はありがとう。」

 …本を読んで寝かしつけてくれたことや、一日限りで私のお姉様になってくれたこと。そのことを思い出すと少し照れ臭くなる。
 私は恥ずかしさからキョロキョロと目を泳がせながら、アデリナにお礼を告げた。

「…とんでもないです。こちらこそ、昨日は本当に幸せな一日でした。…セシリア様にご本を読んで差し上げるのも、こうして毎朝起こしにお伺いするのも、私にとっては凄く幸せなことなんですよ。」

 そう言ってアデリナは、大事なものを抱え込むように両手を胸に当て、にこりと微笑んだ。
 …そのアデリナの笑顔を見ると、良い一日が始まりそうな予感さえしてくる。
 もしも天使というものが存在するならばそれは彼女のことではないかと思えるほどに、実直で健気だ。そのアデリナの笑顔に、私は胸が温かくなる。

「……ふふ。私ももう13歳ですわ。起こしにくる必要はもうないかもしれませんわよ?」

 私は照れ臭さを隠すように悪態をつく。
 事実、確かに毎朝使用人が私を起こしに部屋を訪れるが、その頃には私は既に起きていて、大抵着替えの最中にドアをノックされるか、朝の読書をしている時に声を掛けられるかといった具合だった。…さすがに13歳となった自分には必要ないだろうと思うが、依然この習慣は続いているのだった。

「ふふふ。それでも来させていただきますよ。運良くセシリア様の寝顔が見れるかもしれませんし。」

 私の悪態をさらに笑顔で返すアデリナ。……朝から清々しいやり取りだった。

 朝の挨拶もほどほどに、私たちは食堂へ向かう。
 アデリナの話では、父は昨夜、アデリナが私を寝かしつけた直後くらいに帰宅したそうだ。
 帰宅した父は、深く考え事をしているような険しい顔つきだったらしい。
 …いつになく深刻な表情の父に対して、アデリナもなかなか声を気安く声を掛けることができなかったそうだ。
 …………おそらく、ご神託の内容が関係しているのだろう。父の仕事に関わる何らかのお告げがあったのかもしれない。

 私とアデリナは食堂へ着き、その扉を開ける。
 食堂ではすでに父と母が席に着いていて、紅茶の香りが私を迎えた。

「おはようございます、お父様、お母様。」

「おはよう、セシリア。今日も早いわね。」

「…おはよう。」

 返事が返ってきたのは母が先で、次いで父だった。
 父は、その低い声のトーンから察するに今もなお悩み事や不安を抱えていて、そのことで頭の中が一杯なのだろう。あまり家庭で悩みなどを表に出さない父にしては少し珍しい、険しい表情だった。
 私は様子を伺いながら自分の席に座る。……すぐに、アデリナが紅茶を淹れてくれた。カップから芳しい香りが立ち上る。

「セシリア、昨日はよく眠れた?」

 紅茶をすする私に、母が声を掛けてくる。

「ええ、アデリナのおかげでよく眠れましたわ。…小さい頃を思い出しました。」

 そう言いながら、私はアデリナに微笑み掛ける。
 アデリナもにこりと微笑んで、小さな会釈を返してくれた。

「そう、それは良かったわね。たまにはああいうのもいいわね。」

 母は笑みを浮かべ、自分のカップに口をつける。

「……………?」

 ……………………何か、変だ。
 父はさっきから無言だし、母の態度も、なんとなく私の様子を伺っているようなよそよそしさを感じさせる。
 やはり何かあったのだろうか…。昨日の今日で何かあったのだとするとご神託のことだと思うが、聞いてみるべきだろうか。
 ……いや、むしろ、大教会で用事があると言って昨夜帰りが遅くなった父とこうして顔を合わせたならば、そのことに触れないことの方が私としては不自然かもしれない。
 私はできるだけ何も知らない風を装い、自然な感じで尋ねてみることにした。

「…………。お父様、昨日は遅かったんですわね。昨夜はアデリナと一緒に食事をしましたのよ。」

「…ああ、そうだったな。同席できなくて残念だったよ。楽しかったか?」

「ええ、とても! 私にお姉様ができて嬉しかったですわ。機会があればまたやりたいですわね。」

「ふふ、お姉様か。…そうだな、機会があればまたやろう。その時は私も同席しなきゃな。」

 父はやんわりと笑い、母と同じように自分のカップに口をつけた。
 …やはり、どうも態度がどこかぎこちないような気がする。私は続けて言葉を掛けた。

「……ところで、昨日はご神託の」

「セシリア。」

 ご神託の日でしたわね。…そう言いかけて、父にぴしゃりと言葉を挟まれる。
 その表情は、いつになく真剣な表情だった。

「…は、はい。」

 ドキドキと鼓動が早くなる。やはりご神託のことで何かあったのだろうか。
 父は言葉を選ぶように目を泳がせながらうつむく。…その傍らの母は目を伏せ、口を硬く閉じていた。
 やがて、父が口を開く。

「…ご神託の話なんだが、……どう伝えたらいいのか。」

「………………。」

 いつになく煮え切らない父の様子に、私は首を傾げる。
 即断即決を信条にする父にそこまでの態度を取らせる内容とは、一体どんなものだというのか…。

「…昨日セシリアが一緒に遊んだという男の子、ミシェルと言ったな。」

「は? …え、はい、そうですけれど…。」

 思いがけない名前の登場に、私はうろたえる。
 なぜここでいきなりミシェルの名前が? ご神託の話と何の関係があるというのだろう。
 ……もしかして、昨日出かける前に「大教会へ行く」と咄嗟に嘘をついてしまったことが悪かったのだろうか…。

「…昨日降ったご神託は、例年と比べて明らかに異質なものだった。…いつもなら、向こう一年の経済のことや農作物のこと、災害のことなどが予言されるのだが、……ああ、もちろん今年もそういうお告げはあったが、…………あんなご神託は初めてだ。」

「……ど、どんな内容だったんですの…。」

 ごくり、と唾を飲み込む。
 …………次に父の口から発せられた言葉に、私は自分の耳を疑うことになる。

「……ご神託の内容は、『右手に火を、左手に雷を宿した勇敢なる男子が旅立ち、魔王城を目指す』というものだった。」

「…………………………え。……え?」

 ……その言葉は、私に昨日の光景を思い出させた。
 …右手に火を、左手に雷を宿した男子。……それって、まさか……。

「その『勇敢なる男子』として、ミシェル・ファーレンハイトという男の子の名前が挙がっているんだ。」

 瞬間、ドクンと胸が大きく脈打つ。
 その言葉はあまりにも衝撃的で、私の視界をぐにゃりと歪ませた。

「その『ミシェル』という子は、…お前が話してた『ミシェル』という男の子と同じか?」

 父は努めて落ち着いた表情で、私に尋ねてくる。
 ミシェル・ファーレンハイト。…その名前はまさしく私のよく知る男の子の名前であり、昨日私が酷い言葉を投げかけてしまった相手でもあった。
 昨日の昼、ミシェルは確かに私の前で魔法を使った。
 ……その時の光景は、まさに「右手に火を、左手に雷を宿した」ものだった…!

「……そ、それって、どういうことですの…!? …どうしてミシェルが…!?」

「…ご神託の内容はただ『勇敢なる男子』としか言われていない。…当然、それは誰のことだとなるんだが、『右手に火を、左手に雷を』という部分を手掛かりにして昨日の夕方から夜にかけて聞き込みを行なっていたら、そういう人間を知っているという声がいくつか上がってきた。その証言者たちは揃って、ミシェル・ファーレンハイトという13歳の男の子の名前を出すんだ。」

 あまりの衝撃に思考が追いつかず、私はただ父の言葉を聞くしかなかった。
 少しでも気持ちを落ち着かせようとティーカップに指を掛けるが、震える指は上手くカップを掴むことができず、かちゃりと不快な音を立てる。

「……教会と王政はその証言から、ミシェル・ファーレンハイトこそが女神様に選ばれた男子だとして、魔王討伐の旅に出てもらおうと言っている。…市民の間でもすでにこの噂は広まっていて、きっと今頃彼の家は大変なことになっているだろうな。」

「…………………!」

 魔王討伐の旅に出る…!? ……誰が? …………ミシェルが……!?
 …そ、そんなバカな話があるわけ……!

「そんな…、それは……お、おかしくありませんの!? ……ほ…他にもいるかもしれないじゃありませんの! なぜミシェルが? 誰がそんなことを証言しているんですの!?」

「…彼の友人や教師、あるいは関係のない一般人たちから、彼がまさにそういう風に魔法を使っていたという目撃情報が寄せられた。…そのいずれの情報も、容姿や風貌などの特徴が一致しているんだ。……それ以外の人物の情報は、挙がってこなかった。」

「…そんな…………嘘ですわ……。」

 私を驚かせるために嘘をついているんじゃないかと疑ってしまいそうになるくらい、まるで現実感の感じられない父の言葉。…しかし、父の表情はいたって真剣そのものだった。隣に座る母も、悲痛な表情でうつむいている。
 ……そうだ。そんな話になっているのなら、なぜ母は昨日私にそのことを言わなかったのだろう。
 確かに昨日はアデリナとの晩御飯で盛り上がっていたし、そんなシリアスな話題を出せないような空気がありはしたが、まるで前例のない、特定の一人を名指しするかのようなその異質なご神託ならば、少しくらいそのことに触れていてもよかったはずだ。

「…お、お母様! …なんで昨日、そのことを言ってくださらなかったんですの!?」

 私はやり場のない焦燥をぶつけるように、母に声を投げかけた。
 …母は申し訳なさそうに、おずおずと答える。

「……ごめんなさい。私もご神託の内容は聞いていたのだけれど、それがミシェル君のことだっていうことは夜にお父さんが帰ってきてから知ったのよ。……それまでは、そのご神託もまるで他人事のようだった。」

「………………っ。」

 ……母の言い分はもっともだった。
 昼にそのご神託が降って、関係者たちでその内容の解釈について討論が行われ、当該人物についての情報収集を始めた。そして徐々にある男の子の名前が挙がってきて、それで間違いがないのか、その男の子に魔王城を目指すという命を押し付けてもいいのかと議論が交わされ、やがて結論に至った……というのが、おそらく時系列だろう。
 昨日母は夕方に帰ってきたので、その時点では個人名の特定までに至っていなかった。だから母も特に気に留めることなく、私に話を振ってこなかった。そのため、関係者たちと話し合いをしていて遅くに帰宅した父から聞かされた…というのは、納得できる答えだった。

 右手に火を、左手に雷を宿した勇敢なる男子が、旅に出る。
 …ただそれだけを聞くならば、その人物に心当たりがない限りはまるで他人事に過ぎないだろう。
 しかし、父や母の立場に立ち、…もしもその人物が自分の娘と親しくしている男の子であったとするなら、そのご神託は一気に身近なものへと変わる。
 そしてそのことを知った娘の心がどうなるだろうかと憂えるのは当然だ……。
 私自身、ミシェル・ファーレンハイトという個人名が挙げられているということと、何よりも「右手に火を、左手に雷を宿した」ミシェルの姿を、目の前で見てしまっている。

「…………それは、……ミシェルですわ…。……間違いなく……。」

 認めてしまうしかなかった。
 もし私がその議論の場に居合わせたなら、否定するどころか、彼の名前を挙げたらしい多くの人たちの中の一人として、それは彼のことだと手を挙げるに違いない…。
 私は力なく項垂れ、カップに入った琥珀色の液体を見つめる。
 ……食卓には、いつの間にか運ばれていた朝食が並んでいた。…………到底食べる気はしなかった。

 ……魔王討伐の旅。
 その言葉がどれほどの意味を持つのかを理解するには、このウルカシュヴァラ王国と魔王国ソドムの関係、そして二国のちょっとした歴史について知る必要がある。

 私たちの住むこのイシュタンバインという都市は、ウルカシュヴァラ王国の首都として栄える街だ。そのウルカシュヴァラ王国と魔王国ソドムははるか昔から睨み合いを続けていて、その国境付近では人間たちと魔族たちによる小競り合いが続いていたのだ。
 100年ほど前、ウルカシュヴァラ領の国境付近にあったルインという街が、魔物たちによって襲撃されて一夜で壊滅させられるという大事件が起こる。後に「ルインの悲劇」と呼ばれるこの事件により、二国の関係は一気に悪化。緊張状態に入ることになった。
 そこから、本格的な戦争とはではならないまでも、国王軍を中心とした人間たちと魔族たちによる争いが今日まで続くようになったのだ。
 しかし魔族たちは人間や自然の動物たちよりも優れた力を持っていて、人間たちはその勢いを抑えられず徐々に領地への侵食を許すことになってしまう。
 今では、危険な魔族領に侵入しようなどという人間はいない。時折、命知らずな冒険者たちが国境を越えて魔物を討伐する旅に出たという話を耳にするが、誰一人として帰ってきた者はいないという。

 ……その魔王国と無数の魔物たちを治めるのが、魔王ネビロスである。
 魔王ネビロスはおよそ500年前に突如として異世界より現れ、無数の魔物を召喚し、その悪魔的な力を以って世界を征服しようとしている恐ろしい存在だ。…このままではいずれ人類が皆魔物たちに滅ぼされてしまうと、喚起の声を上げる人も多い。
 …現に、今日ではウルカシュヴァラ国内のいたるところに魔物が生息しており、人々はその脅威を避けるために街を高い壁で囲い、移動の馬車には護衛を付けている。もはやこの国は、魔物に侵食されつつあるのだ。

 …………その魔王を、倒す。
 それは、冗談でも口にできないようなバカバカしい、途方もない話だった。
 しかしその魔王討伐という大命が今回のご神託で降され、…しかもミシェルというたった一人の男の子がその任務に就かされるなんて、…そんなこと…!

「……む、無理ですわ。そんなの……おかしい……。」

 声が震える。
 父はあくまで落ち着いた声で、次の言葉を紡いでいく。

「……王政では、そのミシェル君に魔王討伐の命を与えるということは決定事項だそうだ。…本人の意思も確認するのかもしれないが…。…おそらく今日あたり、本人に王城への召喚状が届くだろうな。」

「そ……そんな…。…嘘ですわ…! だってミシェルは、ただの男の子ですのよ? 魔王と戦うなんて、できるわけがありませんわ!」

 淡々と言葉を発する父に対し、私は感情を抑えられなかった。
 女神アウラ様のご神託となれば、この国全体を動かすほどの力を持つ。…到底、私一人がこんなところで喚いたところでどうにかなるようなものではない。
 しかし、私は昨日までミシェルと会い、顔を合わせて話していたのだ。そのミシェルがそんなことに巻き込まれ、一方的に未来を決められてしまうなんてことがあっていいのだろうか。…いかにご神託と言えど、あまりにも無慈悲じゃないか……!

 ご神託は昼に降される。
 ……ということは、昨日私とミシェルが別れた後、程なくして大教会でそのお告げが発表されたということだ。……あの後ミシェルがどうしたのかは分からないが、ご神託の噂は矢のように市内を駆け巡り、その内容に思い当たった近しい人たちがミシェルの元へ殺到しただろうというのは想像に難くなかった。

 …ミシェル自身はご神託の内容を知ってどう思っただろうか。
 …きっと、私以上に衝撃を受けたに違いない。何せ「魔王城を目指す」などという命を告げられたのだから、それまでの日常を根こそぎ奪われてしまうような絶望を感じただろう。
 いくら冒険が趣味とは言え、不安に違いない。魔王に立ち向かうなんて、怖いに決まっている。
 それなのに私は、ミシェルに向かってなんということを……!!

「………………っ。」

 これまでに何度もミシェルは屋敷へ侵入し、私の部屋へとやってきて冒険の話を聞かせてくれたが、その時々に、手や腕に傷を受けてきたことがある。…その傷は、冒険先で魔物と交戦して負った傷だ。
 魔物と戦えば毎回無傷で済むというわけにはいかないだろう。当然、その魔物が強ければ強いほど、比例して危険も増えることになる。
 ……それならば、国境を越えて魔族領へ侵入し、ましてや魔王城を目指して魔王と戦うなどという旅の道程には、一体どれほどの危険や脅威があるというのか…!
 熟練の冒険者たちですら国境を越えて帰ってきたものはいないというのだから、ミシェルは……。

「………………ミシェル…。」

 気が付けば、私の目からは一筋の涙が溢れていた。
 ……もしも、ミシェルに万が一のことがあったら。もしも旅の途中で強い魔物に襲われて、大きな怪我を負ってしまうことがあったら。
 そしてもしも、ミシェルが……。………………。
 人はいつ事故や病気で命を落としてしまうかも分からないというのに、もしもこのままミシェルがお告げ通りに旅立ってしまい、…もしも最悪なことになってしまったら、…あんな酷い言葉がミシェルへの最期の言葉になってしまう……!
 …………そんなの、嫌だ…!

「…すまない、セシリア。…どうか気を強く持ってくれ。」

 父は席を立ち、私の元へ来て私の頭を撫でる。
 その手の温もりは余計に私の瞼を熱くさせ、大粒になった涙が目から零れ落ちた。
 私はしばらく、朝食を食べることも忘れてぐすぐすと泣いているのだった。



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