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第9話(前篇):そんなの聞いてない

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■第9話(前篇):そんなの聞いてない









(もう絶対イヤになってるよ・・・)




幸尋ゆきひろには確信があった。

かと言って、彼のそういうのは全く当てにならない。



(一体何なんだよ・・・ったく)



ここ数週間でちょっとした変化が2度も起きていた。




・・・1度目は、委員長がアカネに会ったとき。



女の子同士という関係が不思議でならなかった。
アカネと委員長の性格は全く正反対と言っていい。


それがあの口喧嘩くちげんかを経て、今やふたりは友達関係になっていた。

彼が思うに、仮に男同士ならあんな口喧嘩をすれば、
疎遠そえんになってもおかしくなかった。


それが、である。


口喧嘩をしてぶつかった後は、通過儀式でも終わったように、
ケロリとふたりは穏やかに会話を始めたのである。


それが幸尋には不思議でならなかった。





・・・2度目は何でもないと思っていた電話がきっかけ。



「マジかよ?・・・うん・・・それで?」



休日は昼過ぎまでゴロゴロしているアカネが
ケータイで話している声が聞こえた。



彼女の話し声はところどころしか聞こえなかったが、
しばらくすると、いそいそと出掛けていった。




(・・・ヒロかユミに誘われたんだろ・・・)



行き先も告げずに出掛けていった後、何となくそう思っていた。
ヒロとユミは幸尋がアカネの高校を見に行ったときに会った友達である。





――その日、夕方になってアカネが帰ってきた。




その日一日の出来事をお互いに話すが、とくに興味を引く話題は無かった。
ごはんを食べ、お風呂に入り、ダラダラする、眠くなったら寝る。

その日はとくに何も起こらなかった平凡な一日として過ぎていった。








――2週間後




幸尋はくだらない学校生活の連続で、
自我を忘れてしまいそうになっていた。




(あぁ・・・このまま廃人になってしまいそうだ・・・)



最近はとくに猫背がひどい。

彼を斜め後ろから見ると、
背中には哀愁あいしゅうさえただよっていた。





「どうしたの?この世の終わりみたいな顔して」



委員長が声を掛けてきた。

幸尋とは対照的に元気そうだった。それはもう不愉快なぐらいに。
朝日の差し込みまでが彼女にいろどりを添えている。



「あー委員長・・・ごあいさつだな・・・」


目だけが動いて委員長を捉える。


同じ高校生なのに不公平だと思った。
その元気はどこから湧いてくるのだろう。




「それより、アカネちゃんよかったわね、
神社のバイト合ってるみたいよ?」



ピクッ・・・


委員長の言葉に幸尋の姿勢が急に良くなった。




「何て言った?!」


一瞬、時空のゆがみかと思った。
違う時間軸の世界に瞬間移動したようだった。





「アカネちゃんから聞いてないの?」



委員長は溜息ためいきをつきながら、腕組みをする。
幸尋に向けられる視線は明らかに冷ややかだった。





「まったく知らん!!」




幸尋にとって衝撃的だった。

アカネが神社でバイトをしているなど、
全く想像できなかった。



「委員長がそんな冗談言うなんて、ぜんぜん似合わないよ」



「冗談!?違うって、本当よ?」



そこから委員長は事実経緯を話してくれた。


家の近くにある神社が人手が足りず、
掃除が行き届かなくて困っていた。


地域の人たちがその話を聞き及んで、
彼女の家に話が舞い込んだ。


神社に行って、直接話を訊いてみると、
できればふたり欲しいと言う。


そこで、アカネに電話して誘ってみた。

すると、彼女は挨拶あいさつに来て、バイトを始めた。
ふたりでけっこう楽しく掃除しているという。




「う、ウソだ・・・そんな・・・あのアカネが・・・」



衝撃が大きかったのか、幸尋はワナワナプルプルしている。




「ちょ、ちょっと待てよ?ふたりでって言ったよな?」


「そうよ、わたしもバイトしてるの」


驚いてる幸尋と違って、委員長は平静そのものだった。
その様子に彼は驚きと戸惑いでぐちゃぐちゃになりそうだった。



(・・・あの電話・・・委員長からだったのか?)


急に憎らしくなる。

アカネより幸尋のほうが委員長と早く知り合っているのに、
彼は委員長の電話番号など知らされていない。




「おい、コラ・・・いつの間にそんな仲良くなってんだよ」


「はぁ?何よ・・・女の子同士はそんなものよ」



幸尋は急に突き放されたように感じた。
疎外そがい感MAXだった。

同棲はいけないだの、だらしないだの、
あんなに口喧嘩をしていたのに、これである。



「そんなものよ」という謎の一言。



アカネと知り合ってから苦節幾星霜くせついくせいそう
宇宙をただようような永遠と空虚を感じた。


幸尋はアカネと何とかやってきたのに、
「バイトを始めた」とも言われなかった。




「何よ?急に老け込んで・・・」





(ぐぬぬ・・・)








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



――土曜日のバイト中



今日はパートさんの都合がつかなくて、
瀧江たきえ店長からケータイに呼び出しがあった。

どうしても朝~夕方にバイトをする破目はめになった。


急に予定が変わるのは嫌で仕方なかったが、
同時に悪知恵が働いた。





バイトのお昼休みに、幸尋は急いでランチを食べた。


ランチと言っても、単なるおにぎりである。
安藤家の家計に余裕は無い。



おかかと味噌マヨネーズ。

後者は微妙な味だった・・・。


おにぎりの具について新しいものを開発中だったが、
「これだ」というのはぜんぜん生み出せていない。




バイトの昼休みは1時間しかない。



「ちょっと出掛けてきます!」



そう言付けして、スーパーを飛び出した。

すぐ近くの交差点まで走っていって、
右斜め前の方に見える小高い丘を眺めた。



(あんなところに神社があるとはな・・・)


委員長に言われるまで分からなかった。
信号が変わった横断歩道を走った。


これまで目に入らなかったのか、
南の商店街の手前に鳥居があった。

そこに立って、奥を見遣みやると、
参道が小高い丘に続いていた。




(楽勝っ!)


見通せる道に安心して、幸尋は再び駆け出した。





――10分後





はぁはぁはぁはぁはぁ・・・



小高い丘へと続く道は途中で石段になっていた。
威勢が良かったのは、その中ほどまでで、
急激にスピードがおとろえた。




石段を登りきったところに山門があった。


そこにようやく辿り着いたものの、
両手をひざについてゼェゼェいうほど
呼吸が乱れていた。


小高い丘にある神社なので、石段がある参道といっても、
10分もあれば充分に登れる程度のものである。



(・・・身体鍛えないとなぁ・・・)


振り返って参道の下の方を見ても、大した距離ではない。
幸尋はプルプルする足で、境内の奥に入っていった。


                        



(アカネが似合うワケないよ・・・)


ギャル系のアカネと巫女装束しょうぞくは合いそうにない。







山門から先は両脇に続く石段が少しあって、
それを登ると境内が広がっていた。


狛犬こまいぬが両脇に控えている建物は拝殿はいでんだろう。
本殿はさらに奥にあるようだった。



拝殿までの辺り一面はすでに掃き清められていた。


(・・・誰もいない・・・)



拝殿までの左右にはいくつか建物があった。


左手前には手水舎ちょうずしゃ、右奥には社務所だろう。

そこにはお守りや御神籤おみくじなどが販売されていた。
明かりはいているが、どうも人の気配が無い。

社務所の奥には人がいるかもしれなかったので、
ぐるりと反対側を迂回うかいして拝殿の方まで歩いていった。



境内と山林は区切られているわけではなかった。

一面が砂利敷きされていて、鈍い銀色に見える。
そこに拝殿が静かたたずんでいる。


拝殿をおおうようにしげる木々。

手を回しても余る太い幹のものが多い。
根が地面から浮き出てっている。
こけが青々と生して、衣をまとっているようだ。




(何か落ち着くなぁ・・・)



幸尋は木々の間をって歩いた。
この辺りは拝殿より少し下がっているらしい。


足元には落ち葉が降り積もっていて、
湿っているのか足音も静かである。



ふもとから見る限り、ただの小高い丘だった。
それが上まで登ってくると、意外に広く木々も深かった。





(・・・・・・・・・)




遠くで人の声がするのが聞こえた。


幸尋はそばにある大きな木に身を潜めた。
少し顔を出すと、拝殿の左脇が見渡せる。

ここは拝殿の向って左側の奥で、
狛犬の背後を斜めから眺められる。


耳をませていると、
その声はだんだん近づいてきた。



(・・・おっ・・・)



その声は高い。明らかに女性で、それもふたりいる。
どうやら本殿の裏の方から拝殿を回って歩いている。



このタイミングで顔を出すと、
見つかってしまうかもしれなかった。


幸尋は慎重に声が拝殿を社務所の方に回るのを待った。



(まだだ・・・)



しかし、話し声が途絶とだえてしまった。




(・・・足音がするはずだ・・・)


内心、相当あせっている。


アカネと委員長がバイトしている姿を見に来た。

それもわざわざ姿を隠している。
堂々と「バイトしてる姿が見たくて」などと言えなかった。



(・・・・・・・・・)



今になって後悔こうかいが激しくなってきた。

しかし、アカネのことも気になるし、
委員長のことも気になる。





・・・ザッ・・・ザッザッザッ・・・




(・・・お・・・)



ようやく足音が聞こえてきた。
どうやら拝殿の脇を通っているらしい。




「今日のお昼は何だろ~」


「おなか空いたね」



アカネと委員長の声だった。

その声がして反射的に幸尋は顔を出した。




(・・・・・・・・・)


ふたりが歩いている。
巫女のふたりだった。


しゅはかま無垢むくの着物。


歩いて袴が揺れる。
鮮やかな朱に目を奪われる。



(・・・・・・・・・)



顔をうかがえたのは一瞬だった。
まさしくアカネだった。


やや先をアカネが進み、
委員長が後を進む。



視線は再びアカネに吸い寄せられた。


髪をポニーテールにたばねていた。
うなじから首筋まですっきりしている。


ポニーテールにするなんて、何てことをしてくれるんだと思った。
普段見ないヘアスタイルをされると、ドキッとしてしまう。


(・・・アカネ・・・)


りんとした横顔だった。

んだ瞳だった。
これまで見たことがなかった。


あっという間にふたりは拝殿を回っていく。
もう後姿しか見えなくなってしまった。


幸尋は思わず木から数歩出てしまっていた。



・・・しばらくそのまま立ち尽した。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







――日曜日




幸尋は昨日のバイト疲れにもかかわらず、
朝から妙に機嫌がよかった。


昼前に巣からのっそり起きてきたアカネを見ると、
駆け寄ってまとわりついた。



「アカネっ!バイト始めたって聞いたんだけど!」



「ん?・・・あぁ、まぁね」


幸尋はこっそり見に行ったことを伏せて、
委員長から聞いたていをとった。

アカネはあからさまに「しまった」という顔になった。




「巫女さんだろ?なんでだよ!?」



「う、うるせぇっ!」



「恥ずかしいのだな?んん~?」



「ユッキー、うぜぇ」



幸尋はニヤニヤが止まらなかった。

何せアカネは巫女姿を彼に見せたくなかったようである。
「巫女さん」というフレーズを言ったとたん、顔が真っ赤になった。



「委員長からいろいろ聞くなよな!」


「いやいや、絶対いろいろ聞く!」



アカネは出掛ける約束があるようで、
幸尋にあまり構っていられなかった。



「おい、食いもん出せよ!早く!」


「りょーかーい♪」



昨日のバイト帰りにもらった、はんぺんの磯辺揚げ、
ちくわ天ぷら、ポテサラのコロッケをテーブルに出した。


彼女がレンジで温めて食べるのを、
向かい合わせに座ってニヤニヤ眺めた。

あまりいい趣味ではない。




「う~ん、今日もソースかけ過ぎだねぇ♪」



「ユッキー、超絶うぜぇ・・・」













(つづく)
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