【完結】呼ばれたその名を 忘るるなかれ

ミスミ シン

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★ 最強の鬼神と最強の人間

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 顎に力を入れれば溢れ出す赤い血とかすれた悲鳴が、やけに甘ったるく身体の芯を打つ。
 己の身体の下に伏した人の身は、肩までを真っ赤にして喉を喘がせながら、噛まれた痛みに震えていた。
 噛みついた項に滲む血は、じゅうと吸えば酒のように男を昂らせた。
 本来であれば己が分け与える側であるはずなのに、まるで餌を与えられたかのように腹が煮える。
 あぁ、と伏した青年の細い喉から悲鳴が上がり、ビクリと寝具にしわが寄った。本能だろうか、ずるりと逃げようとした身体は、男の腕一本であっさりと止められてしまう。

「逃げるな、受け入れろ」

 これは契約だろう。真っ赤な耳を舐めながら声を吹き込めば、青年は必死に寝具を握る。
 背中と腹が触れた事でより深くまで重なり合い、脳が融けてしまいそうな悦楽に男の喉から低い笑いが漏れた。
 この青年はこれから、こうして抱いてやらねば生きていけない。
 人の身でありながらも誰よりも強い力を有し、本来であれば同じ人間を守る立場である若い男が。
 地下深くの祠に何百年と封印されてきた妖怪である己と契約し、身体を繋げなければ生きる事もままならない。
 その現実の、なんと愚かで馬鹿らしいことか。

 

 大嶽丸おおたけまる──それが、過去より伝えられし男の名であった。
 何千何百という人間を蹂躙し、村を焼き払い、山を砕いた伝説の鬼。
 僧の血を啜り、女の肉を食い、獣を潰して生きてきた。
 それは最早理性ではなく、鬼という本能。
 大嶽丸おおたけまるにとって殺し、蹂躙し、破壊することこそが、息をすることと同義だった。
 そんな鬼神を地の底に封じたのが、祓人はらえどと呼ばれた者たちである。
 強く、賢く、そして何より執念深い者どもは、幾度も挑み、傷つき倒れながらもついに大嶽丸おおたけまるを封印の祠へと押し込めた。
 祓人はらえどどもが何人もの犠牲を払って作り上げた、時の動かぬ封印の社。
 その時間の止まった地下で、大嶽丸おおたけまるは何百年ものあいだ、自分を封じた祓人はらえどたちを生きたまま喰らう夢を見続けていた。
 必ずや報復してやると、今度こそ人間を殺し尽くしてやると、そう心に決めていた。

 そして、ほんの数年前。
 祠の封を新たに継ぐ者として現れたのは、なんとも貧弱な若者だった。
 四ノ宮司《しのみや つかさ》──そう名乗った青年は、どこまでも静かに大嶽丸おおたけまるの目を見つめた。
 名が呪いの種となるのを知らないのか?
 愚かな男の所業に大嶽丸おおたけまるは嘲笑い、これだけ貧弱な男であれば簡単に殺せると確信した。
 その細首に牙を立て、引き千切りながら血を啜ってやろう。大嶽丸おおたけまるは、己の牙を舐めて笑った。
 
 四ノ宮の腕二本ほどもある鬼の腕を振るう。
 森を削り山を穿った鬼神の腕は、しかし四ノ宮をとらえる事なく地面を割った。
 回避された、と理解するよりも前に、四ノ宮の気配のする方へ再び腕をふるって爪を立てる。
 けれどその腕もまた鞘に入れたままの刀で振り払われ、大嶽丸おおたけまるは驚愕に目を見張った。

「契約をしたいんだ」

 振り払われたまま膝をつきそうになった大嶽丸おおたけまるは、初めての屈辱に唸り青年を睨みつけた。
 四ノ宮はその怒りすらも興味がないと言いたげに、薄い目で大嶽丸おおたけまるを眺めている。
 忌々しい。人間ごときが。
 四ノ宮の持つ刀に祓人はらえどの印が入っている事に気付いた大嶽丸おおたけまるは、怒りでさらに牙を剥いた。
 地下深くであるという事すらも忘れ、角に源力げんりょくを溜め迸らせる。
 ──しかし、自然の怒りたる稲妻にも似たその力は、四ノ宮を打つこともなく霧散した。
 なんの構えも取っていない、ただ刀を持つ手をぶらりと下げただけの羽織の男。
 その男の毛先を焦がすこともなく、雷は見えない何かに消滅させられたのだ。
 
「僕は強い。君よりもずっと」
「……何っ」
「でも……死なないわけじゃないから、君の力を借りたい」

 四ノ宮の目はどろりと、源力ではないもので濁っているように見えて、大嶽丸おおたけまるは構えを緩めた。
 言葉通りだ。この男は強いのだろう。
 きっと、大嶽丸おおたけまるが今まで遭遇してきた人間たちの誰よりも、ずっと。
 だが、生命力は驚くほどに感じない。
 濃い灰色の髪に、どろりとした色の目。上背はあるが細身で、持っている獲物は刀が一本だけだ。
 対して大嶽丸おおたけまるは、角に封をかけられ見た目では人間と変わりはしない。
 だが身の丈では四ノ宮より頭みっつは大きく、腕は四ノ宮の腕2本では足りないだろう。
 今の自分達を見て、より人間らしいと思う方を選べと言われたなら、人間どもはどちらを選ぶだろうか。
 そう思ってしまうほどに、四ノ宮の美しい顔貌はどこか幽鬼じみていた。 
 
「契約がしたい。僕が死んだら、僕の魂と、自由をあげる」

 多分、僕はもうすぐ死ぬから。
 そう言った当時まだ20も半ばを迎えたばかりの青年が、人間の中では最も強き者であるという事を大嶽丸おおたけまるが知ったのは、青年と契約をして地上へと出されたその後だった。

 
 
 ──祓人はらえど
 いにしえより鬼や妖怪といった人外の存在を狩り祓う、陰陽師一派の者たち。
 人間の生命の源を源力げんりょくと呼び特殊な力を振るう祓人はらえどたちは、日本の裏の世界で粛々と代を重ねていた。
 大嶽丸おおたけまるを祓ったのはその始祖とも言える者共であり、逆に言えば一番強い世代だったのだろう。
 しかし今大嶽丸おおたけまるの腕の中に居る青年は、きっと当時の誰よりも強い。
 こんな細腕でよくもまぁ。
 がぶりと腕に牙を立ててやると、悦楽がひいたのか青年が「痛い」と文句をたてた。
 ころりと布団の上を転がしてやれば、耳も首筋も腹も赤いというのに、目だけが力強く大嶽丸おおたけまるを射抜いている。

「途中で抜くなよ……折角もらったのに、こぼれちゃう」
「卑猥な事を言う」
「本当の事なんだからしょーがないだろ」

 ブツブツ言いながらも己の手で繋がっていた部位を隠すのは、恥じらいか。
 それとも、ナカに出されたものを外に逃さないためか。
 貞淑さの欠片もないこの青年の求めてきた契約には、何より身体の繋がりが重要な意味を持っていた。
 四ノ宮司は、この時代に存在している祓人はらえどの中では最も強力な力を持つ人間だ。
 その実力は大嶽丸おおたけまるの攻撃をいなしたという現実だけでも、十分。
 もし双方が直接ぶつかり合えば、あんな地下の社なんか源力の余波だけで吹き飛んでいただろう。
 日本でも屈指の妖怪と名高い大嶽丸おおたけまるを相手取ってそこまで出来る人間は、そうはいない。
 過去に大嶽丸おおたけまるを封印した祓人はらえどを別とすれば、おそらくはこの四ノ宮くらいだろう。
 
 その四ノ宮が持ちかけてきた契約の内容。
 それは、〝四ノ宮が疲弊した時に身体を繋げて精を注ぐ〟という、それだけだ。
 
「あーでも……やっぱ馴染むのは早いな。明日には動けそう」
「自転車操業、という言葉を聞いたことはあるか」
「お前がその言葉を知ってる事が驚きなんだけど」

 ははは、と愉快そうに笑う四ノ宮は、まるで孕んだ母が子を慈しむように己の腹を撫でている。
 いにしえより、源力は体液によって全身に循環されると言われてきた。
 全ての存在の生命の源たる源力は、心臓や腹から発生し循環し、脳を動かして術に変換するものだ、と。
 
 だが今の四ノ宮は、己の術の強さに反して源力を発生させる力が著しく低下していた。

 本来血液や様々な体液と同じように生成され循環しているはずのものが、四ノ宮には決定的に不足しているのだ。
 それゆえに、四ノ宮は外部からの源力補充を考えたと言う。
 自分よりも強く、多少吸い上げても大丈夫なくらいに豊富な源力を持ち、己が眠っている間にも命を奪わない者。
 結果白羽の矢が立ったのが、四ノ宮の一族によって地下に封印されていた大嶽丸おおたけまるだった。

「もう一発注いでやろうか?」
「文字通りお腹いっぱいになっちゃうから、もういいかなぁ」
 
 お前のデカすぎて、苦しいんだもん。
 布団の上でころりと転がり、妖艶に笑むその顔には疲労と挑発が半々に存在している。
 この男はいつも、大嶽丸おおたけまるが求めれば決して否を言う事はない。
 本人が言うように腹が精で溢れても、抱き潰されて意識を失っても、大嶽丸おおたけまるの精が馴染めば身体が回復するのが分かっているのだろう。
 何より、互いに「差し出し合う」契約だ。一方が求めればもう一方はそれに応じる。
 そうやって、契約してからのこの半年二人はがんじがらめに生きてきた。

 また布団の上で転がり、生意気に大嶽丸おおたけまるの足に歯を立ててきた四ノ宮を、大嶽丸おおたけまるは腕の一本で転がせる。
 この小さな頭の何処に「最強」と言われるほどの術を隠しているのかも分からないが、ガバリと口を開ければ包めてしまう小さな口を食うのは、嫌いではなかった。
 覆いかぶさって舌を絡めれば、自然と唾液が落ちて四ノ宮の口内に流れていく。
 それがまるで甘露であるかのように必死に吸う己の顔を、この男は見たことがあるのだろうか。
 唇を離した途端に、名残惜しそうに僅かに声をこぼす己の声帯に、気付いているのだろうか。
 大嶽丸おおたけまるは布団の上で転がったせいで艶めかしく剥き出しになった人間の白い足に、その足よりも太い腕を絡ませる。
 抱き潰してもナカに出しさえすれば翌日には回復しているのは、便利な事だ。
 喉の奥でクックと笑いながら耳元で囁いてやれば、四ノ宮は意趣返しのように大嶽丸おおたけまるの下唇に噛みついた。
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