【完結】呼ばれたその名を 忘るるなかれ

ミスミ シン

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第二章

★お高い宿と最強

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 大雨の中を歩き続けてようやっと宿にたどり着いた頃には、四ノ宮の身体はすっかり冷え切ってしまっていた。
 タイゴクから源力を分けてもらったというのに、体温を保持する事に残りの源力を回したせいでそれも使い切り、ひどい眠気で頭がクラクラする。
 
「明かりはついているようだな」
「逃げる時にそのままで来ちゃったんでしょ……」
「……限界か? せめて身をあたためるまでは起きていろよ」
「わかってる」

 たどり着いた宿は、一泊何万もしそうな豪華な佇まいだ。
 四ノ宮が普段任務で使うのは睡眠と休息優先のビジネスホテルが多いため、こんな豪華な温泉宿は久しぶりに思える。
 まだ遙が小さかった頃の旅行は快適さ優先でこういう宿にも頻繁に泊まっていたものだが、遙が大きくなって四ノ宮が手を出す所が減ってからはすっかり利用しなくなった。
 そういえば、最近は任務任務で旅行にも連れて行っていない気がする。
 タイゴクも居ることだし、今の護衛任務が一段落ついたらまたどこぞに旅行に行ってもいいかもしれない。
 それまで自分が生きていればの、話だが。

「おい寝るな。服を脱げ」
「んんー……脱がして……」

 宿の屋根を大雨が激しく叩き、閉め切られた窓は常に水が流れているような状態だ。
 四ノ宮は先を歩くタイゴクのベルトに指を引っ掛けてフラフラ歩きつつ、彼が真っ先に入った部屋に警戒することもなく足を踏み入れる。
 どうやらそこはリネン室のようで、洗いたての大きなバスタオルを荒々しく頭にかぶせられた。
 歩けば雫が落ちるほどに濡れている身体には、たったそれだけのものでもため息が漏れるほど温かい。
 服を脱げと言われても、こんなあたたかいもので包まれたら意識がそっちに向いてしまうのは仕方がないだろう。
 何しろこの季節でもTシャツにジーンズという格好のタイゴクと違い、四ノ宮はスーツだ。
 スーツを着ているのは単に「私服を持つのが面倒」というだけの理由だが、こんな時にはボタンの多い服は億劫だと思ってしまう。

 それでも、このままではいられない。
 のろのろとジャケットを脱ぎ始めた四ノ宮は、タイゴクに舌打ちをされながらびちゃびちゃのそれを床に落とした。
 ボタンはもう、うまく外せない。
 それでもなんとか脱ごうと指を動かしていると、タイゴクがサクサクとベストを脱がしてくれたのでそれも床に落とした。
 四ノ宮がシャツのボタンを全て外している間に、ベルトもスラックスもおまけに靴下も、全てがタイゴクの手で取り払われる。
 濡れた服でも身体から離れると酷く寒くて、頭からかけていたバスタオルで身体を包んだ。
 全裸になった途端に身体が寒さを思い出すのは、一体何故なのだろう。

「ささむい……」
「当たり前だ。洗える服はそっちの洗い機に入れておけ」
「あーもうスーツは捨てていいや……シャツとズボンと下着だけ洗う……」

 ガタガタと震えながら、2人分の服の洗えそうなものだけ洗濯機に放り込む。
 もう洗剤はどうでもいいとそのままスタートボタンを押して、乾燥まで一気に登録した。
 勝手に使ってごめんなさい、なんて今更に思うが、これも非常時だ。事前に連絡を入れているし、許してもらいたい。
 洗濯機がゴトゴトと音をさせ始めたのを確認して、四ノ宮とタイゴクは全裸にバスタオルだけという情けない格好で客室に向かった。
 この地域の旅館は温泉が有名なはずだが、この雨では露天風呂に入れるわけもない。
 だがロビーにあった案内図を見れば、スイートルーム以上の部屋には内風呂があると書かれていたので一番上の階の部屋の鍵をいただいてそちらへ向かう。
 もう細かい部屋の内装を確認するのも億劫で、とにかく一番高ければ設備もいいだろうと選んだ部屋。
 結果的にはその判断は大正解で、誰も居ないというのにかけ流しの温泉が満ちた内風呂は今すぐにも入れそうだ。
 タイゴクと二人で入るにも問題のない風呂場のぬくもりに、ほっと身体の力が抜ける。

「内風呂も源泉かけ流しとか贅沢~」
「すぐに入るな。足先からあたためていけ」
「えっ、なに。母親かよビビるわ」
「今すぐ心臓を止めたいのであれば止めんがな?」

 そんな事を言いつつも、タイゴクはまだバスタオルをかぶったままの四ノ宮の冷えた足先に湯をかける。
 湯船から桶で掬った温泉はとても熱くて、足の甲に触れただけでもチリチリと痛みを呼ぶ。
 だが何度かそれを繰り返していれば足先も段々熱を取り戻して、身体が熱さになれていった。
 四ノ宮の身体が赤みを帯び始め、熱を思い出したことに気づいたタイゴクは、足先からふくらはぎ。バスタオルで隠された太ももと徐々に湯をかけてゆき、四ノ宮の身体が身震いしたのに気付くと両の手で腰に湯をかけた。
 わずかにとろみのある湯が肌を滑っても、あたたかい浴室内では身体が冷えることもない。
 
 互いの身体を隠していたタオルをその場に落として、熱を帯び始めた肌を寄せ合う。
 寒さですっかりと飛んでいっていた眠気が、その瞬間に再び脳を溶かしていくのだから、不思議だ。
 
「……触る手がえっち過ぎるんだけど?」
「憎まれ口が叩けるようになったのならもういいな。入るぞ」

 そのまま、ほんの少し触れるだけのキスをする。
 源力を与え合うでもないふれあいだが、互いの体温を確かめるにはちょうどいい。
 タイゴクの首に腕を回すと、腰を抱えられて湯船の中に落とされる。さっきまで足先を濡らしていたのは冷たい汚泥だったせいか、また身体がぶるりと熱で震えた。
 テレビやなにかで風呂に入る描写があると、登場人物が何故か「あ~」と声を出す理由が、今ならわかる気がする。
 冷えが腹の奥から上がってきて声帯を震わせるような、そんなあたたかさだ。
 
「あぁ~……ったかい~」
「このままの格好だと肩まで入らんぞ」
「もうちょい……」
「構わんが、そのまま寝るなよ」

 タイゴクにくっついたまま湯船に入ると、二人分の体重で溢れたお湯がバスタオルを押し流していった。
 胸まではお湯に浸かったが、確かに肩はまだ寒い。
 けれど、タイゴクにくっついているぬるい温度が心地よくて離れる気にはなれなかった。
 
 肌から滲み出して絡み合う源力が、心地好い。
 タイゴクに初めて契約を持ちかけた時には、「自分と同格かそれ以上の源力を持つ者」という条件だけで鬼神を使おうと考えた。
 人間の中では、四ノ宮司の源力と比肩出来る者は、存在していなかったからだ。
 最初は本当に、ただそれだけの利害関係。
 もし途中で裏切ったり、期待外れの源力量だったりした時には契約など無視して殺してやろうと、四ノ宮はただ己の利だけを考えていた。
 それなのにまさか、まさか最強の鬼神と謳われる大妖怪が、こんなにも心地好い源力の持ち主だったとは。
 
「……んっ」

 タイゴクの指先が、うなじをゆっくりと撫でて背と腰の間を軽く叩く。
 それだけでぶわっと首元に熱が灯ったように赤くなるのが、自分でも分かった。
 
 最強の祓人と呼ばれる己が男に組み敷かれるなど、決して許容出来るものではなかったのだ。
 最初は。
 例え源力を補給するためとはいえ──それが、己が命を繋ぎ、人の世を護るためとはいえ、足を開いて男を迎え入れるなど屈辱以外の何物でもなかった。
 こんな方法しか残されていない己の身が悔しくて、厭わしくて、初めてタイゴクと身を重ねたあとには何度も何度も嘔吐して。
 それなのに、今やたったこれだけの事で、身体が悦ぶ。
 
 前に抱かれたのは、5日前のこと。
 なんとか任務の合間に時間を作って、注ぐだけで良いからとズタボロの身体でタイゴクを求めた。
 無様だった。
 源力が枯渇するまで身体を酷使し、血と汗と〝曲魂〟の汚物で汚れた己の身を抱けなどと、タイゴクに対しても侮辱以外のなにものでも無かったはずだ。
 それなのに、タイゴクはひどく優しく、四ノ宮を抱いた。
 思えば最初から、この鬼の指先は優しかったのだと気付いたのは、その時だ。
 
 屈辱に、苦痛に、恥辱に、怯えに。とにかくぐちゃぐちゃの感情を持て余していた己を、タイゴクは決して乱暴には扱わなかった。
 今まで、一度もだ。
 タイゴクが本気になれば、人間の首なんて片手でへし折れるだろうに。
 今だってその両の手で四ノ宮の腰部なんか掴んで潰せてしまうだろうに、タイゴクはそれをしない。
 自分を見下ろす四ノ宮と唇を重ね、源力を与えながら、その指先は優しく背に湯をかけながら肌を撫でる。
 
 その手に甘えてしまいたい。
 すべてを投げ出してしまいたい。
 そう考えてしまう己を律するのは、ひどく難儀なことだった。
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