【完結】呼ばれたその名を 忘るるなかれ

ミスミ シン

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第二章

最強と夜闇

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 遙を一条に預けてから、四ノ宮はさらに任務を詰め込むようになった。
 弟子を鍛えるために使っていた時間を、より任務に割けるようになったということなのだろう。
 四ノ宮の力は、圧倒的だ。
 自然に発生した〝曲魂まがつひ〟程度では腕を一振りするだけで消滅するし、元が妖怪や都市伝説といった知名度のある存在でも、苦戦することはほとんどない。
 それでも、〝曲魂〟は勝手に発生する。
 霊的なものがこの世に存在する限り、なにかの拍子でその魂はねじ曲がり、〝曲魂〟になってしまうのだから。
 切りが無い、というのはこういう事なのだろう。
 タイゴクは自分が生まれた時代でもこんなにも〝曲魂〟は居ただろうかと、ため息をついてしまう。
 
 7日間で一区切り。四ノ宮には、人間が言う「一週間」のうちマトモな休みは存在しなかった。
 自分から積極的に休もうとしないというのもあるが、例え休んでいても「上」からひっきりなしに任務が舞い込んでくるのだから、ぐっすりと眠る暇もない。
 唯一四ノ宮が通知を切って「上」からの連絡を遮断するのは、タイゴクとの行為中くらいのものだ。
 その時だけは、最強の祓人・四ノ宮司ではなく、ただの人間の四ノ宮司に戻る。
 うっかり携帯を切り忘れたまま行為を始めたことは、一度だけあった。
 最中にやかましく鳴り響く携帯を、任務第一の四ノ宮が鬱陶しそうに放り投げたのを見た時には、得も言われぬ満足感があったのだけは覚えている。

「あ"ー……つっかれた……」

 頭がみっつある異形の〝曲魂〟の頭を潰しながら、四ノ宮はぐったりと呻いた。
 今日5つ目の退治任務。
 時刻はすでに夜半を周り、飯は昼の移動中にコンビニ飯を食べただけで夕飯も食べられないまま大雨に降られてしまった。
 山間部の土砂崩れを発端とした〝曲魂〟の大量発生を制圧しろとの無茶振りを、面倒くさそうにしながらも四ノ宮は受け入れた。
 
 ここ5日ほど、こんなような夜までかかる任務が続いている。
 台風の季節が近付き、大雨が降る場所が増えているのが第一。
 大雨への厭気と台風への恐れを人間が山程抱えているのが第二。
 こういった土砂崩れからの〝曲魂〟の発生は、それらが混ざりあった結果の産物だ。
 タイゴクは、すでにスニーカーの中までぐっしょりと濡れている足元の泥を振って払いながら、背中に雨を受ける四ノ宮を見る。

「今ので最後だろう。戻るぞ」
「雨宿り出来る場所あるかなぁ……」
「大木は軒並み倒れているようだが、少し下れば猟師小屋でもなんでも残っているだろう」
「上がってくる時、潰れた家は何戸か見たけどね」

 持ってきた傘も、〝曲魂〟との戦闘でひん曲がって使い物にならなくなっていた。
 全身ずぶ濡れの泥だらけの現状、傘が一本あった所で何の意味もないだろうけれど、気持ち的にはやはり違うはずだ。
 病なんかとは無縁である鬼のタイゴクはともかく、四ノ宮はただの人間。
 疲労が蓄積している上にこの雨では、遠からず体調を崩してもおかしくない。
 一条家に入った遙が毎日やかましく「先生の様子はどうだ」とメッセージを送ってきているが、体調を崩したなどという返信を返すのは億劫だ。
 この山に残るのは大量の水と土、それから木々の源力だけ。
 〝曲魂〟の気配はすっかり失せた。早々に宿に戻っても問題はないだろう。

 本当は家に戻れるのが一番いいのだが、あいにくとここは四ノ宮が住処にしている場所のどこからも遠い。
 こういう時のためにあちこちに仮の住処を用意している四ノ宮だが、流石に山間部ともなるとどうしようもなかった。
 雨は、どんどんと強くなってくる。
 これではまた、第二第三の山崩れが起きてもおかしくない。

「確か、避難区域に温泉宿があったよね。そこ借りようか」
「誰か居るのか?」
「避難区域だよ? 誰も居ないさ。でも、お風呂と洗濯機くらいは借りていいでしょ」

 ぐちゃぐちゃと泥を踏みながら、滑り落ちないように気を張って山を下っていく。
 避難区域となると、再びの土砂崩れに巻き込まれる可能性がある。だがそれも、四ノ宮の想定の中なのだろう。
 一度〝曲魂〟が発生した場所には、繰り返し〝曲魂〟が集まる可能性がある。
 何度もこんな山奥まで来るよりも一度で始末が出来るのならその方が楽だと、四ノ宮は言いたいのだ。
 タイゴクもそれには概ね同意だ。
 どうせほとんどの者は、山近くからは避難している。
 例えそこがお高い宿だろうが、この雨の中面倒な祓除を行った祓人に一晩屋根を貸す事くらいは、してくれてもいいだろう。

 しかし、そんなタイゴクの思惑とは裏腹に、四ノ宮は携帯でこの区域の管理者に連絡をし始めた。
 祓人の派遣される場所には、必ず〝曲魂〟の発生を知らせる係の者がいる。
 その担当者に、祓除の完了と一晩屋根を借りる事を連絡しているのだ。わざわざ宿代の支払いについてまで指示を出す四ノ宮には、呆れるしかない。
 迷い人が偶然宿に入り込んだのだと、そう思わせれば何も言わなくてもいいだろうに。

「ここからもう2キロくらい下って、道沿いに行けばお宿があるってさ」
「また土砂崩れが起きたら巻き込まれる位置だな」
「土砂崩れくらいじゃ死なないでしょ、お互いに」

 まぁ、それもそうだ。
 四ノ宮はその程度どうとでも出来る術を持っているし、タイゴクは土砂に埋まった程度では死ぬような身体ではない。
 だが土砂崩れでは死なない事と、無事である事は意味合いが違う。
 タイゴクは、少し後ろを歩く四ノ宮の腕を引き寄せ、よろけた身体をそのまま抱きとめた
 身体から雨粒が散り、驚いて見上げてくる四ノ宮の口を食うように唇を重ねる。
 一瞬驚きに目を丸くした四ノ宮は、しかしゆるゆると目蓋を細めると、長い睫毛から雫を落として目を閉じた。
 四ノ宮の腕にかかっていた手を背に回し、腰を支えて顎を上げさせる。
 喉が開けば勝手に混ざりあって落ちていく唾液を、四ノ宮は恵みのように飲み込んだ。
 唾液程度であっても、多少の源力は孕んでいるもの。
 源力が消耗しきっている四ノ宮には、望んでもない「供給」だろう。

「……雨が口に入るんだけど」

 だからなんだ、と言いたくなるような文句を言いつつ、一度離れた唇を今度は四ノ宮から重ねてくる。
 つま先立ちになれば足元が滑るのは分かっているだろうが、タイゴクが己を抱き留める事も疑っていない身の寄せ方だ。
 一度離し、角度を変えて重ね、寒さで一瞬白く濁る呼気を吸い込むように舌を絡める。
 じっとりと雨に濡れた互いの衣服は、肌を隠す以外の役割は果たしていない。
 まるで直接触れ合うようなもどかしい感触にじれったさを覚えながら、タイゴクは四ノ宮に「与えた」。
 互いの源力が混ざり合う瞬間の、やけに熱を感じる息がどちらともなく漏れる。
 それもすぐに雨に奪われて落ちてしまったが、視線が合えばその名残りはどちらともなく感じ取れた。

「まずは風呂と飯だな」
「三大欲求に素直すぎない……?」
「お前が天邪鬼過ぎるんだ」
「僕が許す鬼なんて、タイゴクだけのはずなんだけどなー?」

 そっと離れて、名残りなんかは感じさせないよう再び歩き出す。
 唯一の名残りは、触れ合った肌のぬるい熱と、繋がった手だけ。
 疲れている四ノ宮に配慮しようだとか、ゆっくり寝かせてやろうだとか、そんな遠慮をタイゴクはしない。
 四ノ宮もきっと、そんなものは求めていないだろう。
 ぎゅうと握った手の指がもぞもぞと動いて、ただ繋いだだけだった手が、ぎこちなく絡み合っていく。
 あぁこんな所を、遙に見られなくてよかった。
 今日もそろそろ師匠の様子伺いを送ってくるだろう弟子を思いながら、重なった手の甲を爪の先で軽く引っ掻いてやる。
 これから向かう宿に上質な寝床があれば良いのだが。
 タイゴクはいたずらに四ノ宮の指をいじりながら、雨で落ちてきた髪をかきあげた。
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