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第二章
最強と弟子と雨音
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ざぁざぁと打ち付ける雨の音を聞きながら、タイゴクは腕の中で眠る四ノ宮の柔らかな髪に指を通した。
徐々に色の薄くなっている髪は、まだしっとりとしていてあたたかみがある。
ドライヤーを使う前に四ノ宮が寝落ちてしまったので簡単に拭っただけだが、こうしてベッドで抱き合っていれば体温は大丈夫だろうか。
油断するとすぐに掛け布団を蹴り飛ばそうとする足を己の足で挟んで止めて、四ノ宮の首に手を当てて体温を確かめる。
風呂に入る前は顔が真っ青どころか薄紫っぽくもなっていたというのに、今の四ノ宮は頬をほんのり赤らめてすやすやと眠っている。
ただでさえ体力と源力を消耗している状況での風呂場での交わりは、相当身体にこたえたのだろう。
人並み以上の体力があるとはいえ、今は弱っている身だ。
タイゴクの源力を身に受け入れただけでぐったりと力を失い、風呂に半身を浸けたまま危うく眠りに落ちてしまうところだった。
なんとか叩き起こして身体を拭かせたものの、髪は半端なまま。
風邪をひかねばいいが。そう思いながら、蹴飛ばされかけた掛け布団を肩まで戻してやる。
戦場に立っていないときの四ノ宮は、なんというか、普通以下の人間だ。
源力が満ちているときにはどれだけ地を駆けようが少しの疲労も見せないくせに、源力が減っていくと同時に体力も失われていくのか、すべてのことをひどく億劫がるよになる。
今日だって、寒さに負けていなければ風呂に入ったかどうか。
以前、土埃でドロドロのままホテルのベッドに転がろうとしたときなんかは、流石に抱えて風呂に押し込んでしまった。
四ノ宮は延々ぶつくさ言っていたが、いくら元鬼神だろうがなんだろうが、あれは承服しかねる行動だ。
食事だって、四ノ宮は減らせるものならば普通に抜いてしまう。
一応食事を摂ることで源力を得ることも出来るのだが、悲しいかな「死んだもの」から得られる源力は微々たるものだ。
畑から採取したばかりの野菜であったり、産まれたばかりの卵であったりであればともかく、死んだ獣の肉を調理したものでは源力は得られない。
勿論、嗜好品などは以ての外だ。
そんなものを食べて無駄な体力を使うのはそれこそ無駄だと、四ノ宮は言った。
では自分との行為は無駄ではないのか、と藪の中のヘビをつつきそうになって、結局何も言わなかったのは正解だっただろう。
四ノ宮は、一度拗ねると長いのだ。
ざぁざぁ。
この宿に入ったときよりもやかましくなっていく雨の音を遮るように、タイゴクの分厚く大きな手が、四ノ宮の耳の上にかざされる。
出来れば、山崩れも起きないままに朝になってくれればいいが、この雨の勢いではもってあと数時間だろう。
この宿が無事であればまだいいが、宿に向けて山が崩れてきたら厄介だと、タイゴクは外を眺めた。
と、枕元に置いていたタイゴクの携帯が振動し始めた。
画面に表示されている名は「葛城遙」。
タイゴクの連絡先なんぞを知っている者は少ないので、予想通りの名前ではあった。
「どうした。こんな遅くに」
『先生は?』
「寝ている。随分と消耗してな」
『……お前らが今行ってる場所の天気、相当悪いみたいだな』
「あぁ」
【壁】としての任務に従事しながらもこちらの心配はしていたのか、遙は何故か少しだけ小声でそんなことを言う。
遙と四ノ宮であれば、当たり前だが四ノ宮の方が圧倒的に強い。
弱い者が強い者の心配をするなど、タイゴクの基準からすれば「自分の心配をしろ」と言ってやりたくなるような話だ。
遙本人もそんなことは百も承知のはずなのだが、この子供はどうしたって師匠のことが心配であるらしい。
まぁ、遙は四ノ宮との付き合いがタイゴクよりも長い。
四ノ宮の髪や目の色の変化にだって気付いていないはずがないし、突然妖怪と契約をした師に驚きもしただろう。
「お前の方はどうなんだ。随分と暇なようだが」
『別に……一条様が祈祷の準備をしてるから【壁】に割り振られる仕事がないだけだ』
「祈祷?」
『晴れを呼ぶとか、言ってた』
そういえば、一条は五家の中で最も陰陽師としての歴史が深い一族であった。
五家の中には、元々は侍であったり、刀鍛冶であったり僧侶であったりと、出自の異なる家の者が集まっていたと聞く。
その中で残っているのが陰陽道や神道に明るい一条と四ノ宮だけなのは、時代の淘汰というやつだろうか。
もしかしたら四ノ宮が〝曲魂〟退治に駆り出されていなければ、四ノ宮も晴れを呼ぶ儀式に呼ばれていたかもしれない。
『……先生は、大丈夫か』
「問題ない。補給も済ませた」
『そ、ういうことを聞いてんじゃねぇ!!!』
慣れない場であるからなのか、それとも他に懸念材料があるのか。
少しばかり不安げにしている遙を茶化してやれば、耳をつけていなくても部屋に響くほどの声で遙が叫んだ。
その後もぶつくさぎゃんぎゃん言っているのは、携帯の受話音量を下げて対応する。
折角眠っている四ノ宮を起こすのは、後のことを考えれば悪手でしかない。
休めるときに休む。
それが、この半年の間四ノ宮と共に行動してきたタイゴクが真っ先に覚えたことだった。
「なんだ。一条の姫に叱られでもしたか?」
イライラとしているのは、大体にして吐き出せぬ怒りやモヤモヤを抱え込んでいる時だ。
特に遙のような思春期の少年は、どうにも感情を言葉にするのが下手くそな所がある。
そういう時にまだ面識の薄い人間と一緒にいると、どうしてかぶつかりやすくなるものだ。
『別に……一条様は優しいよ。ただ』
「ただ?」
『期待されてない……気がする』
遙が言うには、儀式の準備も、一条の清めにも、遙は一切触れられなかったのだと言う。
四ノ宮も古い家の人間だ。その弟子である遙だって着物の着付けくらいお手の物のはずだが、そういった儀式の諸々からすべて排除されていると言うのだ。
四ノ宮家の当主である四ノ宮司当人が、その身分を保証している存在であるにも関わらず。
それは、おそらくは一条の意思の介在しない何かが手を回しているのだろう、と、言いかけて、タイゴクは口を閉じた。
四ノ宮は昔から「上」と仲が悪いと聞いている。
ただでさえ弟子も部下も連れない独立独歩な人間だ。
鬼神であるタイゴクの封印を個人の意志で解いたのにも色々言われたと言っていたし、その四ノ宮が自分で選んだ弟子である遙にも、嫌がらせの手が回っていてもおかしくない。
「期待されていないのは一条の姫にか? それとも一条家にか」
『え、うーん。一条家、かな』
「なら、一条の姫の言うことだけ聞いていろ。他の言うことは、意識しないでいい」
『でも』
「お前の任務はなんだ。誰の護衛だ。使われる相手を間違えるな」
ハッ、と遙が息を呑んで、黙り込む。
なんで自分がこの小僧にこんな話をしているのだろうと思いながら、タイゴクは腕の中の四ノ宮を見た。
タイゴクとて、「上」に使われるとなったら封印だとか契約だとかそんなものはどうでも良かったはずだ。奴らに与えられる自由なんぞには、興味も示さなかったに違いない。
四ノ宮であったから、契約を受ける気になった。
出会ったばかりの頃は四ノ宮の性格も何も、知らない状態であったにも関わらず、だ。
祓人の前身であるとも言える陰陽師は、力が長じれば鬼だとか妖怪だとかも使役したという。
だからこそ、タイゴクは間違えなかった。
己の力を誰のために振るうのか。
何のために動くのか。
人間よりも遙かに高い源力を有する存在であるからこそ、タイゴクはよりしっかりと「選んだ」。
遙は、タイゴクが選んだ四ノ宮が自ら選び、手ずから育てた子供だ。
彼だってしっかり選ぶ義務と、権利がある。
ただ使われるだけでは、勿体ない存在だ。
『先生を頼む』
「言われなくとも」
しばらくの沈黙の後に、遥が先程よりもしっかりとした声色をしていた。
いつもの不貞腐れたり反発したりしているソレとは違う、力強い声だ。
その声に僅かな笑みを隠しつつ応と返してやれば、眠っていたはずの四ノ宮が腕を伸ばしてタイゴクの首に絡めてきた。
その顔は、ニヤニヤというよりも安堵しているような、穏やかな笑みが乗っていた。
徐々に色の薄くなっている髪は、まだしっとりとしていてあたたかみがある。
ドライヤーを使う前に四ノ宮が寝落ちてしまったので簡単に拭っただけだが、こうしてベッドで抱き合っていれば体温は大丈夫だろうか。
油断するとすぐに掛け布団を蹴り飛ばそうとする足を己の足で挟んで止めて、四ノ宮の首に手を当てて体温を確かめる。
風呂に入る前は顔が真っ青どころか薄紫っぽくもなっていたというのに、今の四ノ宮は頬をほんのり赤らめてすやすやと眠っている。
ただでさえ体力と源力を消耗している状況での風呂場での交わりは、相当身体にこたえたのだろう。
人並み以上の体力があるとはいえ、今は弱っている身だ。
タイゴクの源力を身に受け入れただけでぐったりと力を失い、風呂に半身を浸けたまま危うく眠りに落ちてしまうところだった。
なんとか叩き起こして身体を拭かせたものの、髪は半端なまま。
風邪をひかねばいいが。そう思いながら、蹴飛ばされかけた掛け布団を肩まで戻してやる。
戦場に立っていないときの四ノ宮は、なんというか、普通以下の人間だ。
源力が満ちているときにはどれだけ地を駆けようが少しの疲労も見せないくせに、源力が減っていくと同時に体力も失われていくのか、すべてのことをひどく億劫がるよになる。
今日だって、寒さに負けていなければ風呂に入ったかどうか。
以前、土埃でドロドロのままホテルのベッドに転がろうとしたときなんかは、流石に抱えて風呂に押し込んでしまった。
四ノ宮は延々ぶつくさ言っていたが、いくら元鬼神だろうがなんだろうが、あれは承服しかねる行動だ。
食事だって、四ノ宮は減らせるものならば普通に抜いてしまう。
一応食事を摂ることで源力を得ることも出来るのだが、悲しいかな「死んだもの」から得られる源力は微々たるものだ。
畑から採取したばかりの野菜であったり、産まれたばかりの卵であったりであればともかく、死んだ獣の肉を調理したものでは源力は得られない。
勿論、嗜好品などは以ての外だ。
そんなものを食べて無駄な体力を使うのはそれこそ無駄だと、四ノ宮は言った。
では自分との行為は無駄ではないのか、と藪の中のヘビをつつきそうになって、結局何も言わなかったのは正解だっただろう。
四ノ宮は、一度拗ねると長いのだ。
ざぁざぁ。
この宿に入ったときよりもやかましくなっていく雨の音を遮るように、タイゴクの分厚く大きな手が、四ノ宮の耳の上にかざされる。
出来れば、山崩れも起きないままに朝になってくれればいいが、この雨の勢いではもってあと数時間だろう。
この宿が無事であればまだいいが、宿に向けて山が崩れてきたら厄介だと、タイゴクは外を眺めた。
と、枕元に置いていたタイゴクの携帯が振動し始めた。
画面に表示されている名は「葛城遙」。
タイゴクの連絡先なんぞを知っている者は少ないので、予想通りの名前ではあった。
「どうした。こんな遅くに」
『先生は?』
「寝ている。随分と消耗してな」
『……お前らが今行ってる場所の天気、相当悪いみたいだな』
「あぁ」
【壁】としての任務に従事しながらもこちらの心配はしていたのか、遙は何故か少しだけ小声でそんなことを言う。
遙と四ノ宮であれば、当たり前だが四ノ宮の方が圧倒的に強い。
弱い者が強い者の心配をするなど、タイゴクの基準からすれば「自分の心配をしろ」と言ってやりたくなるような話だ。
遙本人もそんなことは百も承知のはずなのだが、この子供はどうしたって師匠のことが心配であるらしい。
まぁ、遙は四ノ宮との付き合いがタイゴクよりも長い。
四ノ宮の髪や目の色の変化にだって気付いていないはずがないし、突然妖怪と契約をした師に驚きもしただろう。
「お前の方はどうなんだ。随分と暇なようだが」
『別に……一条様が祈祷の準備をしてるから【壁】に割り振られる仕事がないだけだ』
「祈祷?」
『晴れを呼ぶとか、言ってた』
そういえば、一条は五家の中で最も陰陽師としての歴史が深い一族であった。
五家の中には、元々は侍であったり、刀鍛冶であったり僧侶であったりと、出自の異なる家の者が集まっていたと聞く。
その中で残っているのが陰陽道や神道に明るい一条と四ノ宮だけなのは、時代の淘汰というやつだろうか。
もしかしたら四ノ宮が〝曲魂〟退治に駆り出されていなければ、四ノ宮も晴れを呼ぶ儀式に呼ばれていたかもしれない。
『……先生は、大丈夫か』
「問題ない。補給も済ませた」
『そ、ういうことを聞いてんじゃねぇ!!!』
慣れない場であるからなのか、それとも他に懸念材料があるのか。
少しばかり不安げにしている遙を茶化してやれば、耳をつけていなくても部屋に響くほどの声で遙が叫んだ。
その後もぶつくさぎゃんぎゃん言っているのは、携帯の受話音量を下げて対応する。
折角眠っている四ノ宮を起こすのは、後のことを考えれば悪手でしかない。
休めるときに休む。
それが、この半年の間四ノ宮と共に行動してきたタイゴクが真っ先に覚えたことだった。
「なんだ。一条の姫に叱られでもしたか?」
イライラとしているのは、大体にして吐き出せぬ怒りやモヤモヤを抱え込んでいる時だ。
特に遙のような思春期の少年は、どうにも感情を言葉にするのが下手くそな所がある。
そういう時にまだ面識の薄い人間と一緒にいると、どうしてかぶつかりやすくなるものだ。
『別に……一条様は優しいよ。ただ』
「ただ?」
『期待されてない……気がする』
遙が言うには、儀式の準備も、一条の清めにも、遙は一切触れられなかったのだと言う。
四ノ宮も古い家の人間だ。その弟子である遙だって着物の着付けくらいお手の物のはずだが、そういった儀式の諸々からすべて排除されていると言うのだ。
四ノ宮家の当主である四ノ宮司当人が、その身分を保証している存在であるにも関わらず。
それは、おそらくは一条の意思の介在しない何かが手を回しているのだろう、と、言いかけて、タイゴクは口を閉じた。
四ノ宮は昔から「上」と仲が悪いと聞いている。
ただでさえ弟子も部下も連れない独立独歩な人間だ。
鬼神であるタイゴクの封印を個人の意志で解いたのにも色々言われたと言っていたし、その四ノ宮が自分で選んだ弟子である遙にも、嫌がらせの手が回っていてもおかしくない。
「期待されていないのは一条の姫にか? それとも一条家にか」
『え、うーん。一条家、かな』
「なら、一条の姫の言うことだけ聞いていろ。他の言うことは、意識しないでいい」
『でも』
「お前の任務はなんだ。誰の護衛だ。使われる相手を間違えるな」
ハッ、と遙が息を呑んで、黙り込む。
なんで自分がこの小僧にこんな話をしているのだろうと思いながら、タイゴクは腕の中の四ノ宮を見た。
タイゴクとて、「上」に使われるとなったら封印だとか契約だとかそんなものはどうでも良かったはずだ。奴らに与えられる自由なんぞには、興味も示さなかったに違いない。
四ノ宮であったから、契約を受ける気になった。
出会ったばかりの頃は四ノ宮の性格も何も、知らない状態であったにも関わらず、だ。
祓人の前身であるとも言える陰陽師は、力が長じれば鬼だとか妖怪だとかも使役したという。
だからこそ、タイゴクは間違えなかった。
己の力を誰のために振るうのか。
何のために動くのか。
人間よりも遙かに高い源力を有する存在であるからこそ、タイゴクはよりしっかりと「選んだ」。
遙は、タイゴクが選んだ四ノ宮が自ら選び、手ずから育てた子供だ。
彼だってしっかり選ぶ義務と、権利がある。
ただ使われるだけでは、勿体ない存在だ。
『先生を頼む』
「言われなくとも」
しばらくの沈黙の後に、遥が先程よりもしっかりとした声色をしていた。
いつもの不貞腐れたり反発したりしているソレとは違う、力強い声だ。
その声に僅かな笑みを隠しつつ応と返してやれば、眠っていたはずの四ノ宮が腕を伸ばしてタイゴクの首に絡めてきた。
その顔は、ニヤニヤというよりも安堵しているような、穏やかな笑みが乗っていた。
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