【完結】生きて還りし物語

ミスミ シン

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第三章

はんぎゃく

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 それからも、我々の生活は特には変化することはありませんでした。
 あの人はいつものようにエードラムを無視して生活をし、勇大は不思議そうにしながらもエードラムに懐き甘えました。
 もしかしたら勇大の反応も、今まで培ったものがあったからこその甘えなのかもしれません。
 不思議と一度それと知ってしまうと、色々と納得のいくものが沢山存在しておりましたし、逆にすんなりと自分の感情を受け入れられたように思います。
 
 しかしそれで納得して日々を過ごしていたわけではありません。
 当然のこと、このまま過ごしていればエードラムは死へ向かうだけですし、エードラムが死んでしまえばもう幾度目かもわからぬ絶望をわたしの勇者は抱かなくてはならないからです。
 もしも差し出せる対価がなくなってしまったら?
 感情や財産や人間関係を喪った勇者は、次は何を差し出すのでしょうか?
 想像するだけでゾッとしますし、想像したくもありません。
 これ以上あの人が苦しむのは本当に、本当に嫌なのだと実感いたしました。
 それはエードラムも同じであったのか、彼はまず少しでも魔力を取り戻すための修行を始めていました。
 エードラムは魔力の源を失っておりますが、身の内にある魔力が完全に失せたわけではありません。
 それは今までに比べてずっとずっと弱い力になっておりましたが、まずはそれを少しでも強めようと考えたのです。
 
 何をするかと言えば、ただ闇の中で集中を繰り返すというそれだけです。
 そもそも魔物と人間では魔力の質というものが違います。
 人間は太古の人々から与えられた魔力を練り構築することでひとつの魔術とし、扱います。
 強い魔術を使おうとすれば沢山の構築が必要となり、一本の糸を手で編んで縄にするように繊細で大変な労力を使ってしまうものです。
 ですが魔物はそもそもが身の内に魔力を持つ存在であり、身体自体を構成しているのもまた魔力なのです。
 それがゆえに、エードラムは自分の身体の状態を再確認することでほんの少しでも身の内の魔力を強くしようと考えたのでしょう。
 それに関しては、わたしは一切口出しを出来ませんでした。
 何しろわたしは魔物については知っていても、その生態についてはほとんどを知りません。例えば繁殖をどうしているのだとか、知能を持っている魔物と低知能の魔物の違いであるとか。
 けれど彼が、確かに生き延びようとしているのだけは痛いくらいに感じておりました。
 それが自分のためであるのか、それともの勇者のためであるのか、その双方であるのかはわたしには分かりません。
 もしかしたら、エードラム本人にだって分からないのかもしれません。
 とにかく生き延びること。それが、このループから抜け出し、新たな未来へ進むための大事な一歩となるのですから。
 
「何か、隠してない?」
 
 そんな日々が七日ほど経過した頃でしょうか。
 珍しく午前の講義がないとかでのんびりと朝食をとっていたわたしの勇者が、わたしを眺めつつそう言いました。
 わたしは思わず言葉を止め、時計に意識を向けます。
 今日の勇大のお見送りはエードラムが出ていて、帰宅まではあと一○分か一五分といったところでしょうか。時間ははっきりはしませんが、保母さんとお話をしていたらもう少し時間は掛かるかもしれません。
 勇者と話すには、その時間は決して長い時間というわけではないでしょう。
 しかし、何もないと誤魔化すには長すぎる時間です。
 
『何か、とは?』
「そわそわ」
 
 独り言のように呟きながら、勇者はゆっくりゆっくりと食事をしていました。
 元々勇者はあまり食べるのが早い方ではありません。勇大と比べてもまだ遅く、時には食べ切れないままに残してしまうこともありました。
 戦う者としてそれで身体は大丈夫なのだろうかと考えこそすれ、食事くらいはゆっくりと摂って欲しいと思う部分もあり、その辺を我々は何度か注意したこともありました。
 しかしやはりこれも、小さな違和感のひとつでした。
 あの人はもしか、この食事に関しても対価として差し出してしまっているのではないかと思うくらいには。
 
「仲良しなのは、いいこと、だけど」
『仲良し……ですか』
「僕抜きでも、ちゃんとやれるように、なってもらわないと」

 その言葉の意味を問う前に、勇者は食事を全て食べきらないままに片付けを始めました。
 僕抜きでも、とは一体どういう意味、なのでしょうか。
 いえ、意味は分かるのです。分かりはするのです。でもそれは、分かってはならないもののような気がして仕方がないのです。
 わたしは思わず、全てを知っているのだとぶちまけたくなりました。
 勇者の真意を聞いて、今後の対策を一緒にたてようと、言いたくなりました。
 しかしエードラムが自らそれを言い出さない以上は、わたしが言い出してもいいのかがわかりませんでした。
 そこまでわたしが立ち入ってもいいものなのかが、わかりませんでした。
 勇者もそれ以上は何も言わず、瓶詰めにしてあるブラックオリーブを一粒だけ食べて部屋に戻りました。
 
 何もない、あの人の存在感すらもがない、自分の部屋です。
 勇者は最近、勇大の世話もエードラムに任せて部屋にこもる事が増えてきておりました。
 そこで何をしているのか、何もしていないのかも、わかりません。
 まるで我々を拒絶するようでもあり、何かの準備をしているようでもある姿に、わたしは何も言うことが出来ませんでした。
 ただわかるのは、夜中にこっそり家を出てどこかに行っているという事だけです。
 それが魔物退治であるのか、それ以外の用事を済ませているのかはわかりません。翌日に青白い顔をしている事があるので何かしら疲労をしてしまうようなことをしているのは確かですが、帯同させてもらえないわたしにはそれ以上はわかりませんでした。
 どうするべきか、わたしは悩みました。
 話すのであれば、あと一〇分も時間はありません。
 しかし話したところでどうなるというのでしょうか。
 話さないでいることにメリットはあるのでしょうか。
 進むには、何が必要なのでしょうか。
 
『我が勇者よ。お話したいことが、あるのですが』

 悩みに悩んで、わたしは勇者の持つ携帯電話に外部からアクセスすると、自動でスピーカーモードに立ち上げてわたしの勇者に声を掛けました。
 この家の中では、わたしは全ての機械にアクセスをする権限を所持していますので、こんなことだってお手の物です。
 普段は鍵の開閉以外にはあまり、使うことのない機能ではあるのですが。
 わたしの勇者は少しばかり色の濃くなった赤い目で携帯端末を見ると、それを持って部屋から出てきてくれました。
 あぁ、あの人の目はあんな色をしていたでしょうか。
 はっきりとは覚えていないけれど、やはり何となく違うような気がして、わたしは少しだけ胸が苦しくなるのを感じておりました。

「話、って?」
『はい……まずはコーヒーでも』

 言いながら、コーヒーメーカーを起動させてコーヒーを温めます。
 単純な時間稼ぎというわけではありませんが、まず何から話せばいいのかの判断を付けかねていた、から、です。
 この期に及んでまだ悩んでいる、というのもあるのかも、しれませんが。

「で?」

 勇者の言葉はとても少なく、表情にも変化はありません。
 あたたかなコーヒーをカップに移している間にもこちらを見ることはなく、わたしの言葉を待つようにただ静かに、待っているようでした。
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