勇者のフリして異世界へ? 〜この世界は勇者インフレみたいです〜

あおいー整備兵

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第14話 この世界は色々ブッ壊れすぎだろ。

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「勇者召喚はご存知ですね?」
「ああ、それで呼ばれたからね。異世界から勇者を呼ぶのに召喚魔法陣に魔力を流し込むんだっけ? しかもすげー長い間」

 俺は自分が呼ばれた時の事を思い浮かべた。
 足元で淡く光る魔法陣。俺のは転生陣とかゆうやつで魂を呼び寄せてこっちで肉体を再構成するやつだ。お陰で全裸を晒す事になった訳だ。うん。来ていきなりの黒歴史。

「そうです。他に転送陣という向こうの世界の人を勇者として異世界からそのままの姿で呼び寄せるタイプもあります」
「王様からだったかな? 聞いたよ。先代さんがそれでよばれたんだよな」

 死線をさまよう戦場からいきなり呼ばれて先代もさぞや驚いたろうな。

「転送陣は生身を呼び寄せるだけに魔力消費が膨大です。ただし転生者に比べ転送者は高いステータス補正やチートスキルの所持率が高い上、同時に持ち込んだ物品がそのままアーティファクト化しますから人気が高いそうです」
「人気って……」

 なんだろう、まるでペットショップで犬か猫でも買われるように感じてしまう。挙句、無責任に捨てられるような……勇者の扱いとは思えない。それでいいのか勇者召喚。

「召喚で必要な魔力消費は義雄様を1とすれば100義雄様位ですね」
「人を勝手に単位にすな!! あと俺が安すぎて地味に凹むんですけど!」

 なんか俺がノーマルガチャで、転送者は課金ガチャみたいだ。

「何を言ってるんですか! 義雄様をお呼びするのに、魔法陣への魔力充填を昼夜分かたず2ヶ月間続けたのですよ!!」
「うへえ、なんかすいません。しかし俺で2ヶ月だと先代なら200ヶ月? 単純に17年かよ。いや待て、ソルティアすごすぎるだろ! 普通に転送陣で数万人呼び出すとか次元が違いすぎだよ!?」

 なんだろうこの世界は色々ブッ壊れすぎだろ。この世界でやってる事の方がチート過ぎて、チートって言葉が軽く感じてしまう。

「近年、魔力の供給手段で画期的な発明があったそうです。さらに召喚用の魔法陣もソルティアでは精度も高く洗練されているのでしょう」
「精度?」
「魔法陣というのは刻み込まれた呪文の情報量が多いほど高位の魔法が発動できますが精度が低いと無駄に魔力を消費してしまい、最悪起動しません。そのために情報量の多い呪文を詰め込むために魔法陣そのものを大きくしますが、そうなると今度は流し込む魔力は多くなりますし、魔法陣そのものが大きく、持ち運びも出来ませんから転送陣などの高位魔法陣はどうしても施設扱いになります」

 あー、だから俺を呼んだ魔法陣が一枚岩に刻まれていたわけだ。

「ファドリシアの召喚魔法陣はデザインが古いんです。使う必要が無かったというのもありますが、他国では魔王が現れる前から頻繁に勇者を召喚していたようで召喚魔法陣なんかは豊富な使用実績を元にかなり改良が加えられて、魔力消費は半分くらいですむそうです」
「それでも半分か……つーか、魔王もいないのに勇者召喚するってどういう事?」
「魔王だけが災厄ではありません。うちも先代勇者様を召喚したのは魔獣の討滅が目的でしたし、義雄様に至っては政治的駆け引きのとばっちりです。魔王の影に怯える人たちにとっては、転ばぬ先の杖といいますか各国はそれぞれ勇者を定期的に召喚していたようです」

 用もないのに呼ぶのかよ、なんちゅー自己中! 

「いくらなんでも気軽に呼びすぎだろ! つか、そんなにぽんぽん呼んだら、召喚魔法陣へ魔力のチャージが追いつかないんじゃないか?」
「気軽……ではないです。勇者召喚は桁違いの魔力が必要ですから新しい魔力供給システムをソルティアが発明するまでは効率的な魔力充填に触媒を必要としました」
「触媒?」

 含むところがあるのだろう、エイブルの表情が険しくなる。

「……義雄様、うちの子達をどう思います?」

 エイブル麾下のメイド達。普段から俺の身の回りの世話で実にかいがいしく働いてくれている。ラーメンの再現の時も調理の補助や味の感想などでだいぶ助けられた。

「皆、働き者の良い娘達だと思うよ」
「ありがとうございます。とてもうれしいです」

 俺の返答にエイブルが優しく微笑む。ん? 心なしエイブルの笑顔に陰が差しているような気がする。猫耳はーーああ、ちょっとしおれてるな。実にわかりやすいな。

「あの子達の大半は先程言った亡命者なのです」
「!?」

 エイブルはさっき、政治的な亡命者ではないと言った。政治的要職とは無縁な彼女達が亡命せざる得ないという事は彼女達自身が迫害や生命の危機から逃れるためファドリシアに渡って来たという事になる。

「ファドリシア以外の国では、私を含め彼女達は古くは忌み子、今は巫女と呼ばれています」
「どういう事? あまり良い呼び名とは思えないんだが、昔の呼び名もだけど、その流れからすると今の呼び名もかなり胡散臭いよ」

 忌み子と巫女ーー相反する言葉に見えるが、指し示す何かにある種のきな臭さを感じる。状況にもよるが両者の共通項はコミュニティからの隔別だ。普通と違う者、異端とでも言うべきか。

「私たちは、生まれながらに【業】を背負わされたのです。この世界の住人は皆、魔法が使えます。ところがごく稀に魔法の一切使えない女子が生まれるのです。それが私たちです。貴族などは一族から魔法が使えない娘が出ることは大変な不名誉とされ、家格を貶めることを恐れるあまり、捨てられたり、密かに葬られたそうです」

 あちゃー! やっぱりそっちかよ。俺のいた世界でもほんの一世紀前までは似たような差別意識が存在していた。社会全体がその考えから抜け出すには相応の時間と相互の努力が必要だ。一筋縄でいくようなものではない。

「いや、子供に罪はないだろう!? ばかじゃねーの!!」
「そうですね。それでも大抵の親は我が子に変わらぬ愛情を注ぎました。私の両親も、彼女達の親もそうです。ただ……本人が幸せな一生を終えられる訳ではないのです」

「なんで?」

 彼女達の身の上は俺が思った以上に深刻なようだ。

「差別が消えた訳ではないのです。好き好んで忌み子の娘を嫁に迎える家はありません。また、本人も自分の子に呪われた宿命を背負わす事を望む者などいません。結果として世界に背を向けて生きていくしか無かったのです」
「私は、私の存在が国益にならないと判断し、自らを消しました……父母に泣かれました。母に何度も謝られました。私は親不孝です。あの子達も皆、こんな思いをしてきました」

「……」

「ところが、そんな境遇の娘達に目をつけた者達がいたのです」

「ソルティアは全世界の信徒に向け布告したのです。忌み子こそ神の傍らに寄り添う貴きものであると、その日を境に忌み子は巫女と名を変え、16歳になると各地のソルティア神殿に迎えられたのです。神に仕える栄誉に誰も異を唱える者はいません。他国では多くの娘がソルティアの福音に従い、その門をくぐりました」

 普通に聞けば神の名の下に救済を行なったのだ。ソルティアの威光が高まる事は間違いないんだけど……

「裏があったって事か……」

 エイブルが小さくうなづく。その表情は固く強張っており、これから彼女が言うであろう事がより深刻である事を物語っている。

「一人の少女がソルティア教圏の某国から密かに逃れてきました。その娘が携えていたファドリシア王宛の書簡に記されていたのは身の毛のよだつような話でした」

「ソルティアーは巫女となった少女を贄とし、直接魔法陣に魔力を注ぐ事で勇者召喚をしていたのです。巫女の少女達の体には魔法が使えない為、使用されない魔力が体内で、ゆっくりと蓄積し昇華され、通常とは桁外れの魔力を宿す事を突き止めたソルティアは、それを勇者召喚に利用したのです」

 俺は贄という言葉に吐き気を覚えた。これのどこに正義があるというのだ。そんなものは邪教だ。

「少女の親はそれを知る立場にいた為、娘の秘密を必死で隠し通そうとしましたが、やがて教会の知ることとなったそうです。彼らは娘をソルティアの手の届かないファドリシアに逃すと自らは背教者として捕らえられた後、処刑されました」
「一緒に逃げなかったのか?」
「娘が生まれるまでは、彼らはそれを知り、容認する立場にいたのです。親となり、罪の重さに向き合った時、彼女の両親は人としての心を取り戻したのでしょうね」

 この世界にまだ救いがあった。そう信じたい。じゃなきゃ救いようがない。

「そんな業を背負う娘。それが、私達です。でも、私は護られるだけの生き方を良しとはできません。自分達の運命に抗う事辞めません。この世界の魔法が使えなくても異世界の、義雄様の世界の魔法が使えれば、私達はこの軛から逃れることが出来るかもしれないのです」

 エイブルの語った事はこの世界の歪みの一端を表しているんじゃ無いだろうか。正直なところ、俺の世界に魔法は無い。今それを伝えるのはあまりに酷というものだ。だけど何か出来るはずだ。彼女達を理不尽な境遇から救う事はこの世界を救う事に繋がらないだろうか。

「その……なんだ、探してみる?」
「えっ?」
「大霊廟を。エイブルさんの求めるものは見つからないかもしれない、でも、手がかりは見つかるかもしれないだろ?」
「よろしいのですか!? 義雄様のご迷惑になるのでは……」
「あー、大丈夫じゃないかな、俺、勇者だし。責任は持つよ」
「本当ですか!! ありがとうございます!!」

 まあ、いいんじゃないかな。何かを変えるには、同じ事をしていても始まらないしね。俺がここに来て、エイブル達と出会い、この世界の歪みの一端を知った。あとは何をすべきかだ。なるほど、今が先代さんの言っていた『しかるべき時』じゃなかろうか。

 川面から吹き抜けた風が桜の花びらをまとい、二人の間を渡る。
 その風は少し冷たいものの、春の、季節の変わり目を予感させる暖かさを感じさせた。


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