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第29話 なんじゃこりゃああぁぁあああっっ!!
しおりを挟む「なんじゃこりゃああぁぁあああっっ!!」
その日、王城内に突然ファドリシア王の怒声が響き渡ったそうな。その咆哮は城を揺るがさんほどのもので、城内に居たものは皆等しく震えあがったとか。
大霊廟に入り浸っている俺の元に、王様からの急なお召しがかかったのはそれから間も無くの事だった。伝令の兵の強張った表情から事の重大さを気取った俺はエイブルとベイカーを伴って急ぎ参内したわけだが。
「何があったのかねぇ? 二人ともどう思う?」
道すがら後に続く二人に問うてみると、思い当たる事でもあるのだろう、ほぼ同時に返事が返ってくる。
「ソルティアではないでしょうか」とエイブル。
「ソルティアでしょうねぇ」とベイカー。
「ソルティアかぁ……」
この国にとっては魔王より迷惑だなあ。いっそのこと……ゲフンゲフン! 俺は黒い考えを振り払って王城へ急いだ。
通されたのは謁見の間だった。ベイカーは控えの間で待機、エイブルは……一緒な訳ね。
今回の招集は私的なことではなく公的なことは、中に居並ぶ大臣、文官武官の面々からも察する事ができた。彼らの顔は一様に苦虫を噛み潰した表情で、当のファドリシア王に至っては、玉座にどっかりと深く腰を下ろし、溢れかえる怒気を隠そうともせずに周囲に無言の圧を放射している。
「どうしました王様? かなり場の空気が険悪なんですが」
遅れて参内する形になってしまった俺は、なるべく場の空気を刺激しないように穏やかな口調で王様に問いかけた。
多少、落ち着いたのであろう王様は張り詰めたものが緩んだのか、一転ゲンナリした表情で口を開いた。
「義雄殿、まずはコレを見てくれ」
侍従長を介して手渡されたのは一通の書簡だった。封蝋の跡があるところからかなりの権威ある立場から送られてきたものであるらしい。
俺は書簡を開き文面に目を落とす。うん、読めます。勇者補正あざす!
どれどれ………
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【請求書】
一金、帝国大金貨にて5000枚也
但、ファドリシアにおける出張勇者鑑定費用として。
対魔王連合事務局
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんじゃこりゃああぁぁあああっっ!?」
感覚的にだが金貨一枚で質や重さによるが一万円から十万円、帝国大金貨はその質から最上位の十万円だから五億円だとお!?
「今回の勇者鑑定の費用だそうだ。勝手な言いがかりをつけて乗り込んできた挙句その費用を払えなどと、バカにするにも程がある!」
噴飯やるかたなしの王様。
「例の山を恐れるあまり海路などで来るから無駄に金がかかるのですよ!」
「こちらの滞在費はうちが出したではないか!」
「しかも、この金額はどう見ても水増しされております!」
補足する大臣の指摘を皮切りに皆の日頃の不満が一気に吹き出す。
「おのれ! ソルティアめ、足元を見おって!」
「いつも我らを田舎者扱い、いや、我が国を呪われた地呼ばわりとか許せん!」
「何かと言うと金金金、浄化するには帰依せよだと? 寄附だと?」
「言うに事欠いてうちの娘をソルティアに留学させよとぬかしおった! 大方、妾にでもする腹じゃ!」
おおっ! 皆の怒りが大爆発だ! だいぶソルティアには鬱憤が溜まっていたみたいだ。
「大体、ファドリシアのどこが呪われた地だ!」
「呪われとるのは南の【名もなき山】ではないか!!」
「呪われとるのは私等ではない! ソルティアの連中が勝手に恐れとるだけじゃ!」
「何人たりとも近づいてはならんとか、何様だ!!」
名もなき山? なかなかに面白そうな単語が出てきたので俺の好奇心が刺激される。そういやあ、この国の成り立ちでも出てきたな。
「あの~」
俺はとりあえず近場にいた大臣に聞いて見ることにした。まあ、それでわからなきゃ、後ろのエイブルさんがフォローしてくれるだろうし。
「何でしょうか、勇者殿?」
「先程から度々出てくる【名もなき山】って、なんですか?」
俺の問いに静まる室内。あれ? 場の空気が少し変わったかな。
「【名もなき山】とはですな……」
おおっと、答える大臣の声のトーンが低くなったぞ。この雰囲気はアレだ、怪談話のノリだ。
そこで語られた名もなき山とはーー
ファドリシアと唯一南部で隣り合うのがレィネラ国。両国の間には一応、交易路があるのだが国境線は接してはいない。その間には広大な平原が広がっており、その中程にある小高い山こそが件の【名もなき山】だそうだ。
ソルティアの伝承によれば大昔からの忌地とされ、近づく事はおろか、視界に入れる事すら禁忌とされ、挙げ句の果てには迂闊に口にする事を防ぐために、名をつける事を禁じられたソルティア第一級のデンジャーゾーン。
もっともオカルトあるあるで、秘密と言えば言うほど口伝えで様々な伝説が語られる事となる訳でーー
曰く、この山に足を踏み入れて生きて戻った者はいないとか、レィネラ側の開拓村の住民が一夜にして消えたとか、山頂にはこの世の災厄が封じられており、封印が解ければ世界が災いに満ち溢れるとか、いやいや、ある意味魔王よりやばくないですかね?
おかげで、山より北の土地は辺獄(リンボ)と呼ばれ、さらに先に行けば地獄に行き着くと言われていたそうだ。ファドリシアは正に地獄に建った国になる訳だ。この地に建国した当時の人々の苦労と覚悟が偲ばれる。
そんな訳で【名もなき山】の周辺は肥沃な土地であるにもかかわらず、どこにも領有されず今に至ると。
「ファドリシアには、その山に関するタブーとかあるんですか?」
「有りませんな。禁忌はあくまでもソルティア教のもので、我らはあくまでもソルティアを刺激しないように従っておるだけです」
「たまに行商人や冒険者が行方不明になります」
後ろに控えるエイブルがそっと耳打ちしてくれる。単純に考えて全てがガセ話という訳でもないのか……何かあるんだろうな。
会議も大詰め、というか一通り不満をぶちまけたのだろう、頃合いを見計らうように王座のそばに立つ大臣の一人が口を開いた。
「……この度の請求はどう致しましょう?」
毒を吐ききり、頭の冷えた参加者は黙ったままだ。おそらく答えは出ているのだろう。ただ誰も口にだしたくないんだろう。
やがて、筆頭大臣が王の決断を促すように呟いた。
「触らぬ神に祟りなし……ですかな」
「そうだな……触らぬ神に祟りなし……甚だ遺憾だが向こうの要求を飲まざる得ないか」
触らぬ神ーーソルティア。でそこが恐れる触らぬ神ーー名もなき山ね、うん。いいこと思いついた。
「じゃあ俺、触らぬ神も触らぬ神ーー【名もなき山】をソルティアへの嫌がらせに調べて来ます」
「んん?」×ALL
反応が鈍いな。ああ、言い回しがややこしくて混乱したかな? 皆の反応がイマイチ薄い。
しばらく待っていると。
「ええええええええぇぇーっ!?」xALL
ま、そうなるよねえ。期待していたリアクションに俺も大満足ですよ。
☆
緊急招集の帰り道、この時を待っていたとばかりにエイブルが話しかけて来た。あれ? エイブルさんちょっと怒ってます?
「どういうつもりです?」
「ソルティアへの嫌がらせじゃダメかな?」
少しおどけて答えると俺の返事が気に入らないのかエイブルがあからさまにムッとする。
「危険をおかしてまでやる事ですか!?」
エイブルの追及は止まらない。
「そうだねぇ。ファドリシアのために勇者の俺が出来ることかなあ」
「お聞かせいただけますか? いえ、聞かせていただけ ま す よ ね!!」
俺の前に強引に回り込むとエイブルは俺の鼻先にぐっと詰め寄る。もう、近い近い!
「ま、まずは、国防かな。【名もなき山】はファドリシアを今まで外敵から守ってくれた。はたしてこれからもその役割を果たしてくれるかの確認」
「えっ?」
驚くエイブル。ま、俺の普段の行いに比べると、理由がまともだもんねぇ。
「さっきの話を聞いていて気になったんだ。ソルティアが一体何を恐れているかにね。彼らにとっての禁忌は山なのか? 山に封じたモノなのか? 前者なら、それも彼らの手に負えない理由からなら、防衛システムとして運用できる。要はほっといても良いわけだ。後者ならシステム自体がソルティアによって構築された可能性がある。そうなれば最悪、防衛システムとしては期待できない」
「そんな事があるのでしょうか?」
「あるよ。それを見極める。可能ならシステムを書き換える」
俺の答えに呆気にとられるエイブル。さらに言えば目的は一つじゃない。あと二つある。
「もう一つは国力強化だよ。新レシピの時思ったんだ。ファドリシアは未だ豊かとは言えない。領有されていない広大な土地が手に入れば入植者を募って生産力を高める事ができるだろ?」
実際、ラーメンやカレーの発表でファドリシアの食文化は活気を帯びている。それに伴い、新たな問題が起こりつつある。一部の生産資源の不足だ。
需要と供給のバランスがあっていないのだ。とりあえず、今はファドリシアで比較的安定して手に入る芋を使った勇者レシピを双子に再現させている。これには大霊廟の資料群から芋料理大国ドイツのレシピが発見され事で大きく進んでいるのだ。なんせドイツの古いことわざには『ジャガイモでフルコースが出来なければ嫁にはいけない』というのがあるほどだ。スゲーぜドイツ!
とはいえ限界はある。この問題を一気に解決するポテンシャルを【名もなき山】の周辺は秘めている。
「そんな! ソルティアが黙ってません!」
「ファドリシアがやればね。勇者の仕事としてはどうだろう? 呪われた土地を勇者が鎮めた。災いを封じるため勇者が治めることにした。としたら?」
ソルティアとしては後ろめたければ後ろめたいほど、それはそれで動きづらいだろう。なんせ今まで世界中、全ての人々を騙して来た事がバレる。権威の失墜は宗教的には一番恐れる事だろう。
「……お手伝いします。いいですよね?義雄様」
エイブルが微笑む。その笑顔はイタズラに加担する子供のように見える。
「ふっ、お主もワルよのう」
「義雄様ほどではございません」
で、エイブルには言わなかった三つ目の目的。
俺がこの世界への潜入した際に与えられた任務の一つ。消息不明の管理者ーーこの世界のもう一柱の神。その手がかりに一番近いと考えられる場所【名もなき山】の捜索だ。なんせソルティア的にヤバイものを埋めるとしたらこれ以上の好立地はないものな。ソルティア事故物件調べちゃる(笑)
そんな感じで、避けては通れない道が、名もなき山へと続いているのだ。神の爺さんの依頼を遂行するための第一歩というわけだ。
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