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75話 甘酸っぱいぞベイカー
しおりを挟む「あの~ 義雄様、コレ、どうします?」
ノボリトがずらりと並んだ駆逐戦車の扱いを尋ねてきた。そうなんだよなあ、グリさんの言う通り、あんまり使い道が無い。こっちの世界にとっては十分にインパクトのある兵器だけど、使いどころは戦車戦や、大規模戦闘での歩兵支援とか、攻城戦だ。どっかに攻め込む予定はないし、下手にソルティアあたりに痛くもない腹を探られるのも面倒だ。とりあえず、エイブル達に預けようか。
「エイブル、コレ……」
「いりません」
速っ!
「私達には必要ないかと」
「せまいのやだなぁ~」
「作るのは好きですが、乗るのは……」
「食指が」
「わかない」
「服が汚れるのは……衛生上、困ります」
「全速はイヤ……」
「わかったよ。わかったから」
まあ、薄々そうだろうなあとは思っていたけどさ。異世界メイドさんに戦車の魅力は伝わらないらしい。しょうがない。
「ベイカー」
「はい……」
あらら、だいぶ凹んでるなあ。
「ここの戦車はお前に任せる。近衛……ひよこ親衛隊に預けるから、使いこなせる様になれよ」
「ほ、本当ですか!?」
途端にベイカーの表情が落胆から驚き、歓喜へと目まぐるしく変わる。わかりやすいなあ、顔に出すぎだぞ。
「ああ、ファドリシアの守りの要は近衛だ。これから先のことを考えたら戦力の底上げは必要だろ?」
「義雄様! 強力なアーティファクトを衆目に晒すのは危険なのでは?」
グリセンティが驚いた顔で俺を見る。他のメイド達も似たようなものだ。
「馬鹿に」
「刃物」
双子、それは言い過ぎだぞ。
「いずれはバレるさ。いや、どうだろ? これがパッと見て兵器だってわかる奴っているかね?」
「……!!」
グリセンティにせよ、ベイカーにせよ、戦車ーーアーティファクトとしての力を知っていればこその杞憂だ。この世界にこいつらの事が理解できるのは転送されて来たガチャ勇者だけだが、メリーさんの話を聞く限り、昨今の大量のハズレ勇者の境遇は必ずしも良いとは思えない。そんな状況で協力的な関係が生まれているとは到底考えられない訳で。
「訓練は大森林地帯辺りでやればいいだろ。普段は……そうだなぁ、砲身に布団でも干しとけよ」
「ええっ!そんなので良いんですか?」
さすがにベイカーも引き気味に返事をしてきた。
「いいんだよ、下手に隠すより、堂々と晒した方が目をつけられないさ。ひよこの件だってそうだろ?」
「……そうですね! 頑張って自分たちで使いこなせる様になってみせます!」
……まあ、これの正体を知っていれば知っていたで、迂闊に手を出すバカもいないんじゃない? 何事も結果オーライだよ。
「ただし、ウォーレン将軍の許可を取らなきゃダメだぞ」
「ああ、大丈夫と思います。ウォーレン将軍の方にも何輌か回していますから」
「え?」
「北門の方に展開されています。203高地から近い南門のこちらが主力で、北門は王都から脱出する国民の避難誘導と、万が一向こうに回り込まれた時の時間稼ぎができるように、残りの近衛騎士団と歩兵が詰めています」
あれ? 意外と考えてるじゃないか。
「正直、自分の作戦の甘さを痛感しました。でも、一体どうやって気付かれずに『ピケットライン』を抜けたんですか?」
「え?」
「え?」
ほぼ同時に間の抜けた声を上げる俺とグリセンティ。
ピケットラインーー敵の進行を防ぐための監視点を結んだ布陣、監視線と言われるやつだ。監視者は敵の進行方向、速度、戦力などの重要な情報を後方の本隊に伝えてより効果的な防御戦闘を展開する戦術だ。レーダーや通信手段が脆弱つか、ないに等しいこの世界では悪い策ではない。ベイカーは王都の周辺にそいつを展開していたらしい。戦術的にグリセンティとベイカーのどちらが正解だとは素人の俺には言えないが、少なくとも間違ってはいないと思う。
つまり、やらかしたのは俺たちだった。俺たちはピケットラインに引っかかる前にメリーさんの転移魔法で王都のそばまで戻って来ていた。結果、ベイカーの作戦を台無しにしていたのだ。グリさんに至っては……あ!
見る間にグリセンティの顔が真っ赤になる。やがて、両目からポロポロと涙がこぼれ出す。突然の事態に激しく動揺するベイカー。あ~あ泣いちゃった、ベイカーが悪いな、うん。
「ええ? あの、すいません!」
「なんであやまるんですか! あなたは間違ってません! 愚かなのは私の方です……こんな私にあなたを教える資格などありません!」
「あ、いや、そんな事は……だったら一緒に学びませんか?」
「え?」
「お、お互いに教え合えば、きっと良い結果につながると思います!」
「は、はい!こちらこそよろしくお願いします!」
まっすぐに向き合い、見つめ合うベイカーとグリセンティ。何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべ、たちまち顔を赤らめるとうつむく二人。良い結果だってさ、うっはー、甘酸っぱいぞベイカー……GJだ!
「ん?」
背後から俺の肘をツンツンとつつく感触に振り向くとエイブルさんがいた。耳元に顔を寄せると、二人に聞こえないように囁く。
「義雄様、顔がニヨニヨしてます。おっさん臭いですよ」
「エイブルさん、俺はおっさんだよ」
「ええ、嫌いじゃないです」
「う……」
もう、エイブルさんにはかないませんです。
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