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104話 芋の皮を剥くのには使えそうですよ
しおりを挟む「皆さん、順番に並んで下さい! 今から武器をお渡しますので受け取りにサインをしてくださいね。訓練中は常に携行し、重さや扱い方に慣れてください」
先ほどまで義雄様が立っていた場所にはメイドが立っていた。その姿には見覚えがある。確かグリセンティ嬢だったか、ベイカーに紹介されて幾度か話した覚えがある。
俺たちが着替えている間にグランドには木箱が積み上げられていた。その前には仮設の受け取り窓口が5つほど作られており、背後ではメイド達によって手際よく木箱の蓋が開けられいく。
「!」
窓口に立つと一振りの短剣を渡された。鞘から抜くと、刀身は反りの無い片刃の直刀で軽くてやや細身の上、中途半端な長さでなんとも心細い。目を引くのは刀身に浮かぶ独特な刃文でこのような短剣は、いや、剣でも見たことがない。
俺の印象は、ただ『美しい』だ。
受け取った短剣を眺めていると、並んでいた仲間達が背中越しに覗き込むや好き勝手に文句を並べ立てる。まあ、命を預ける物だけにその評価が厳しくなるのは仕方のない事なのだが。
「これで打ち合いはしたくないですね」
「ロングソードで打ちかかられたらポッキリ行きそうだなあ……」
「芋の皮を剥くのには使えそうですよ」
口にこそ出しはしないが俺の評価も似たようなものだ。まあ、常識的に考えれば、これは実用的では無い。
「これは儀礼用……訓練用ですか?」
「いえ、実戦用ですよ」
作りこそ飾りのない、実戦的な拵えではあるが、何と言うか……ここは皆を代表する責任者としてガツンと言わねば。
「その、いささか頼りないといいますか……て、手入れが大変そうですね」
あ~! 言えるか! 大恩ある義雄様が用意してくださったものにいきなりダメ出しとか出来るかああああぁ!
だが、これが近衛の兵站窓口で支給されたらキレる! 『こんなオモチャを支給してどういうつもりだ? バカにしてんのか!』と。どうやら義雄様もメイド隊のお嬢さん方も戦いというものをご存じない、王宮内の警備を担っていたとも噂されるメイド隊もおそらく武器の携行が制限される王宮内では徒手格闘に特化していたのであろう。やはり野戦においての剣の重要性をご説明して……くっ、やはり俺がハッキリと言わなきゃいかんのだろうなぁと、手にした短剣を眺め、引きつった笑顔を浮かべていると、受付のメイドが笑顔で答えた。
「お手入れの心配は無いですよ。これミスリルで出来てますからほぼメンテナンスフリーです」
へ? ミスリル?
「み、ミスリル!?」
後ろの奴が素っ頓狂な声を上げる。当然のように辺りがざわつく。振り返り、この手の物に詳しい仲間を見ると顔が引きつっている。その意味を求めてじっと見つめていると、ようやく俺の視線に気づきうわずった声で呟いた。
「ば、バルクマン……ミスリルならそれ一本で……家が建つ」
「はあ!?」
いやいや! 何だそりゃ? 家が建つ? 俺が手にしているモノはそんなシロモノなのか? いや、待て! コレが今からここにいる全員に支給される? こんなモノ、近衛だって持ってないぞ!
「お、俺、家宝にします!!」
「バカ!支給品だぞ!」
「それぞれにシリアルナンバーが打刻してあります。みなさんはそれぞれ所有者として登録されますので、扱いとしては義雄様から領兵になられたあなた達一人一人への下賜だと思って下さいね。人に貸したり、売ったりしちゃダメですよ♪ あと、それはあなた達の所属を表すものですのでもありますから、常に帯剣していて下さいね」
「え……?」
ざわつく団員達。
「こんなモノを常に持っておくとか、怖くて夜の街が歩けません!」
「お前は乙女か!」
ツッコミを入れておいてなんだが、そりゃそうだ。こんなモノを普段から持っていろと? いくらファドリシアの治安がいいからといいといっても、始終持っているとか気が休まる暇がないぞ。
「大丈夫ですよ♪」
「え?」
「強くなれば良いんです」
彼女の『何か問題が?』とでも言わんばかりの微笑みは、逆にその場にいた全員の背筋に粟立つような感覚をおぼえさせるに十分な『凄み』として映った。
「ま、まさかこの服も……」
「ああ、それは普通の戦闘服です」
その答えに一瞬、ホッとするような空気が流れる。すると馬車の上に立っていたグリセンティ嬢が我々の前にふわりと降り立った。今、跳んだよな?
「皆様は、戦いとはどうお考えですか?」
「え?」
グリセンティ嬢からのなんともつかみづらい問いに対して、とっさに答えが思いつかない。見越したかのように彼女の言葉が続く。
「攻撃を象徴するものは剣です。防御は盾。相手の強力な攻撃力に対抗するには、例えば今、皆様に支給された剣からわが身を守るために必要なものは何でしょう?」
「盾、鎧、より強力な防御力を持つもので身を守るのでは……?」
「間違いではないですが、正解ではありません。自らより高い攻撃力、防御力を持った者が現れたらどうします?『Z』は最終回でどうなりました?」
……
「戦いに必要なものは攻撃力と防御力だけではありません。それ以外に重要な『力』があります」
「精神力、ですか?」
「それは戦いの趨勢を決めるものではありません。それが通じるのは闘技場くらいなものです。それは両者の力が拮抗した時勝敗を決するファクターの一つにすぎません」
剣を手にした者が、特に達人と呼ばれる者が往々にして語る『精神力』が真っ向否定された!
「戦場において『精神力』などというような胡散臭いものに頼らざる得ない状況、そのような状況に追い込まれる事は敗北に等しいです……重要なのは機動力です。さらに先ほどの二つの力を加えた三つの力を十全に発揮する戦術、さらには大局を見定める戦略が重要です」
すいません。俺ら脳筋なんで言ってる意味がわかりません。てな顔つきでグリセンティ嬢の言葉に対して間抜け面を晒す俺たち。
「私たちはここで、あなた方に攻撃力と機動力に重点を置いた指導を進めます」
「防御力は捨てるのですか?」
「あなた方の考える防御力に関しては『はい』です。あなた方の考えている防御力は機動力との相性がよくありません。私たちの考える防御力は攻撃力と機動力を高めた先にあります」
「当たらなければ」
「どうという事はない」
さらりと双子の少女が怖い事言いおった! 何ですかその達人みたいな言葉は?
「まずはあなた達の持つ攻撃力の概念を塗り替える装備ーーメインウェポンをお渡しします」
そう言ってグリセンティ嬢が木箱から取り出した物はーー
ひのきのぼう?
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