知らないうちに女神になってた義兄と綺麗でおかしな義弟の話

月丘きずな

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美しい義弟と平凡な義兄

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 悠と蓮の両親は海外出張が多いため、月単位で家を空けることはよくあることだった。蓮が中学に上がるまでは頻繁に帰ってきてくれていたけれど、振り返ってみれば親のおかげというより、蓮と力を合わせて無事にここまで育ってきたと思っている。
 金銭的には苦労したことはなかったものの、早く自立するために、悠は蓮の高校入学と同時にアルバイトを始めた。最初はアルバイトだなんて許さないと蓮は反対していたけれど、最近ではアルバイト先での話もよく聞いてくれているようになった。
 今日も放課後になると、悠はアルバイト先である商店街の喫茶店へと向かった。優しい店主が営む小洒落た喫茶店は、商店街の中でもかなりの繁盛店だ。バックヤードでブレザーを脱ぎ、黒いエプロンを身につけると店へ続く扉を開ける。店内は夕方近くにも関わらず、常連客がポツポツと席を埋めていた。
「お、来たな」
 髭を蓄えた店主がキッチンの方からやって来て、悠の頭にぽんと手を置いた。見かけによらず繊細な仕事をするこの店主のことを、悠は非常に好ましく思っている。
「早速で悪いけど、買い物頼めるか」
 店主はメモと店用の財布を悠に見せながらそう言った。
「はい!いってきます」
 返事をしながらメモと財布を受け取る。買い物は悠の得意分野だ。悠は店の扉をカランコロンと開けて外へ出た。
 五月の空気は気持ちが良くて、しばらくの間上機嫌で歩く。しかし少しして、商店街の雰囲気がいつもと異なることに気がついた。その原因はすぐにわかった。本屋の前でガラの悪い男子高校生たちが騒いでいるのだ。あの灰色のブレザーは、隣町のヤンキー高校の生徒に違いなかった。大人たちは関わりを持たないよう、彼らを避けるように歩いている。悠も当然近づかずにいようと思ったけれど、灰色の間から悠の高校の青い制服が見えたことで思わず足を止めた。一人きりで不良に囲まれているなんて、カツアゲでもされているのだろうか。制服に真新しさを感じるから、彼はおそらく一年生だろう。そう分析するのと同時に、蓮の同級生だなと思い至った。
「てめえ調子乗ってんじゃねえぞ!」
「お前、あいつとよくつるんでるだろ」
「女取られて黙ってられねえんだよ」
「あいつどこにいるんだ!」
 カツアゲというより、誰かを探しているようだ。そして標的は中央の彼ではなく他にいるらしい。少しだけ集団に近づいて灰色の不良たちの間を覗き込むと、中央にいる男の子には見覚えがあった。しばしの間考えてから、喫茶店で接客をした記憶が蘇る。若い客は珍しい上に、「蓮と同じ年くらいかな」「雰囲気が少し蓮に似ているな」と思っていたから、非常に印象的な客だったのだ。ただ、そうなると尚更放って置けなくなってしまう。これは兄貴としての性なのかもしれない。気がついたら悠は集団にさらに近づき、一番大きな体躯の男の肩を叩いていた。バクバクと鳴る鼓動と共に、頭もズキズキ痛いほど脈打っている。男はグルンと悠を振り返ると、ただでさえ不機嫌そうな顔をもっと顰めた。怖くてたまらないけれど、目を逸らすわけにはいかない。
「なんだ、てめえ」
 確かに、なんだろう。赤の他人を助けるためになぜ体を張っているのだろうか。でも大切な義弟を重ねてしまったのだから仕方がない。ただ、「なんだ、てめえ」に対する答えが分からなくて、思わず悠は「え?」と聞き返してしまった。それが男の逆鱗に触れてしまったらしいと気がついたのは次の瞬間だった。男は眉と目をますます吊り上げて、拳を思い切り振り上げた。
「痛え!」
 そう声を上げたのは、悠ではなかった。悠は目をギュッと瞑っていたし、なんなら後ろから何者かに抱きすくめられて目隠しをされていたから、決定的瞬間を見逃してしまったのだ。
「悠くん、何やってるの」
 目隠しをされたまま耳元で囁かれた声は、間違いなく先ほど思い浮かべていた義弟のものに違いなかった。慌てて身を捩って振り向くと、そこには思ったとおり蓮がいて、氷のような表情で悠を見つめていた。もちろん驚いたけれど、今はそれどころではない。今度は前へ振り向いて状況を確認する。足元には悠を殴ろうとした男が蹲っていて、男の取り巻きたちは慌てたように走り去っていく。悠は蹲る男の向こうに佇む男の子に視線を向けた。蓮と同じ真新しい制服を着た彼は、この状況に見合わず平然としている。
「君、大丈夫だった?」
「はい。僕は無事です」
「どこも痛くない?」
「こう見えて、僕は攻撃した側なので」
 可愛い顔をしておいて物騒だなと思いつつ、それなら良かったと安堵する。それから、悠は蹲る男の横に跪いた。蓮が「悠くん」と咎めてくるけれど、悪いやつとはいえ目の前で苦しんでいるのだから見捨てるわけにはいかないだろう。左頬を押さえているからそのあたりにダメージを負っているのだろうと分析しつつ、一応「どこが痛いの?」と聞いてみた。
「……うるせえ」
 小さな声で言葉を返す姿が痛々しくて、ちょっと可哀想になる。これからどうしようかと考えたところで、今度は蓮が悠の隣、つまりは男の正面に蹲み込んだ。
「あんた、俺を探してたんでしょ」
 蓮の言葉に男がバッと顔を上げる。
「あんたの彼女が俺と浮気でもしたって?」
 蓮の言葉に驚いて「え、略奪愛?」と悠が呟くと、蓮は悠をしっかりみて「マジでそれだけはない」と宣言した。それからもう一度男の顔を覗き込む。
「あんたが彼女に何を言われたのか知らないけど、俺はその辺の女の子には興味ないの」
 へえ、と悠は思った。蓮とは恋愛の話をしたことがないから知らなかった。やっぱり蓮ほどの男の子は、町一番の美女だとか、悠には想像もできないような高みを目指すのだろうか。そんなことを考えながら蓮のことを観察していたら、蓮は突然悠のことを振り返り、ふわりと優しく微笑んだ。
「俺の好きな人は、世界一可愛くて優しい、女神様みたいな人なんだ」
 へえ、と改めて悠は思った。好きな人いるだなんて、知らなかった。しかも、女神様だなんて、そんな女の子が蓮の周りにいただろうか。鈍いと言われる悠には知らない世界で、蓮はいつでも堂々と生きて素敵な恋をしているのだろう。途端に、胸の奥がズキズキと痛んだ。年頃の義弟に好きな人がいるなんて、それはどう考えても普通なことだ。なのに、なぜこんなにも苦しいのだろうか。複雑な気持ちを誤魔化すように悠が蓮から視線を外すと、蓮も改めて男に向き合った。
「それに、俺の友達は見かけよりもずっと強いから気をつけて」
 蓮がそう言うと、どうやら蓮の友達と思われる同じ制服を着た彼は「うん、そうだよ」と言った。
「蓮、俺そろそろ行くけど」
「サンキュ。悪かったな、律」
 律と呼ばれた彼は、悠にぺこりと挨拶をしてその場から去っていった。それと同時に、蹲っていた男もゆっくりと立ち上がってふらりと歩き始める。
「あ、待って」
 悠が静止しても男はまるで聞く耳を持たずに行ってしまう。悠は急いで近くの自動販売機まで走り、缶のコーラーを買った。そして男を追いかけて正面に回りこみ、それをずいっと差し出した。
「これで頬っぺた冷やしておきな」
「……はあ?」
「それとね、君の彼女はとても素敵かもしれないけど、あんまり悪者になったら君がもったいないよ」
 悠自身もおせっかいかなと思った助言に、男は不愉快そうに悠を睨んだだけだった。一向に缶を受け取ってくれないことに痺れを切らして、悠は男の頬に冷たい缶を押し付けた。冷たかったのかびくりと体を揺らした様子が年相応に見えて、心の中が少しだけ愉快になる。
「いい?手離すよ」
 そう言った瞬間に本当に缶から手を離すと、男は慌てたように落ちていく缶をキャッチした。悠が「ナイスキャッチ」と笑うと、男は悔しそうななんとも言えない表情で缶を握りしめた。所詮隣町の可愛い高校生なのだなと思う。そうこうしていると、悠の右手を蓮が隣から優しく包み込んできた。
「悠くん、何か用事があるんじゃないの?」
「あっ、そうだった!じゃあ、よく冷やして、それで気をつけて帰ってね」
 悠が空いている左手で手を振っても男は返してくれなかったけれど、悠はすぐに買い物をしていないことに焦って必死になったのだった。
 アルバイトを終えて家に帰る道中、悠は蓮と並んで歩きながら「あれ?」と思った。今日は当然のように蓮に助けられたけれど、なぜあの時タイミングよく蓮が現れたのだろう。少し考えて、ああ、そう言うことかと合点がいった。きっと蓮は友達の律くんと遊んでいたに違いない。その最中に律が不良に囲まれて、きっと蓮が頃合いを見て助けようとしたのに、悠が勝手に巻き込まれにいってしまったのだろう。どう考えても悠は必要なかったのだ。我ながら、めちゃくちゃに役立たずで、少し恥ずかしい。横目でチラリと蓮を見ると、蓮は綺麗な瞳で夜空の星を眺めていた。こんな完璧な義弟は、こんな不完全な義兄をどう思っているのだろうか。
 アルバイトが終わる時間になると、蓮は暗がりの中、店の外で待っていてくれる。いつも「たまたま」とか「ついで」とか言っているけれど、優しい蓮のことだから、悠のためを思って待っていてくれているのかもしれない。もしそうなら、無理して待っていなくて良いよって、兄貴としてきちんと言うべきだろう。
「蓮、あのさ」
 そこまで言いかけて、「ん?」と悠を振りかった顔をみたら、結局何も言えなくなってしまった。一緒に夜空の下を歩いているだけなのにあまりにも嬉しそうで、可愛いからこのままでいたいなと思ってしまったのである。悠が思っているより、蓮は悠のことを好きでいてくれているのかもしれない。いつまでも義兄のことが好きだなんて、本当に可愛い義弟だ。
「なんでもないよ」
 悠がそう言うと、蓮は少し可笑しそうに笑って、それから恥ずかしげもなくこう言った。
「悠くんのことは、いつだって俺が守ってあげるからね」
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