編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら

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第2話 魔族公爵、デレデレになる

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「ニニィアネ様~! 朝ですよ~!」
「んん……もう朝……?」

ふわふわのベッドから顔を出すと、メイドのリリスが満面の笑顔で立っていた。魔族のメイドだけあって、小さな角と尻尾があるけれど、もうすっかり慣れた。

「今日もアスタロト様が、朝食を一緒にと仰ってます!」
「えー、また?」

そう言いながらも、心の中ではちょっと嬉しい。

魔族の城に来てから一週間。
なぜか公爵様は、毎日毎食、私と一緒に食事をしたがるのだった。

「はい、お着替えしましょうね~」
「わわ、自分でできるから!」

でも幼女の手では、複雑なドレスのボタンは難しい。結局、リリスに手伝ってもらうことになった。

「今日は新しいドレスが届いてますよ!」
「え、また!?」

クローゼットを開けると、そこにはピンクやブルーの可愛らしいドレスがぎっしり。どれも最高級の素材で、レースやリボンがたっぷり。

「公爵様、買いすぎです……」
「『ニニィアネは我が領の宝だから当然だ』って仰ってましたよ~」

宝って……私ただの編み物しかできない地味令嬢なのに!
朝食の部屋に入ると、アスタロト様がすでに待っていた。

「おはよう、ニニィアネ」
「お、おはようございます、アスタロト様」
「様はいらない。アスと呼べと何度も——」
「そ、それは恐れ多くて!」
「ふむ。ではせめてアス様、それで妥協しよう」
「あ、アス様……!」
「うむ! 愛い愛い」

公爵様は満足したように上機嫌に微笑んで、私を椅子に座らせた。幼女用の高い椅子。これも、もう慣れたものだ。

「今日の朝食は、人間界から取り寄せた苺のパンケーキだ」
「わぁ!」

思わず声が出た。目の前には、苺がたっぷり乗ったふわふわのパンケーキ。

「美味しそう……」
「遠慮するな。たくさん食べて大きくなれ」

そう言いながら、公爵様は私の皿に生クリームを山盛りにした。

「こ、こんなに食べられません!」
「なに、成長期には糖分が必要だ」
「いや、これ成長期とか関係ないレベルの量では!?」

でも、一口食べると本当に美味しくて、結局半分以上ペロリと食べてしまった。甘味、恐るべし。

「ふふ、頬にクリームがついているぞ」
「え? どこに……?」
「ここだ」

公爵様が親指でそっと拭ってくれた。顔が熱くなる。

「あ、ありがとうございます……」
「可愛いな」
「ん!?」
「ふふ、なんでもない。さあ、食後は書庫で編み物の時間だ」

書庫に移動すると、すでに大量の毛糸が用意されていた。その量といったら圧巻だ。

「今日は、この古文書にある魔法陣を再現してもらいたい」

渡された古文書には、複雑な図形が描かれている。じっと見つめていると、なんとなく編み方が頭に浮かんできた。

「これ……星の模様を基本に、渦巻きを組み合わせれば……」

カチャカチャと編み棒を動かし始める。
不思議なことに、魔法陣として編むと言われても、私には普通の模様にしか見えない。でも、公爵様は真剣な顔で見守っている。

「ほう……糸の張力で魔力の流れを調整しているのか。器用な……」
「え? 私はただ、綺麗に見えるように編んでるだけですけど……」
「それが凄いのだ。無意識に最適な魔法陣を構築している」

約三十分ほどで、手のひらサイズの編み物が完成した。

「できました!」
「見せてみろ」

公爵様が編み物を手に取り、魔力を込めた瞬間——

ボッ!

小さな炎が編み物の上に浮かび上がった。

「きゃー! 燃えちゃう!」
「大丈夫だ。これは炎を操る魔法陣であり、陣そのものである編み物自体は燃えない」
「ほ、本当だ……」

炎は編み物の上で踊るように揺れていたが、糸は全く焦げていない。

「魔力を込めるだけで呪の省略が可能な、身につけられる魔法陣か……これは素晴らしいな。ニニィアネ、お前はやはり天才だ」
「そ、そんな……私、本当にただ編んでるだけで……」
「それがいい。理論に縛られない、純粋な才能。ゆえの発明」

公爵様は私を抱き上げて、くるくると回った。

「きゃー! 目が回るー!」
「はははは! 我が領地に、このような可愛らしくて才能あふれた、愛しい宝が来るとは!」

楽しそうに笑う公爵様を見て、私も笑ってしまった。
父には「編み物しかできない」と蔑まれていたのに、ここでは「宝」と呼ばれる。
なんだか、不思議な気分だ。

「おっと、そうだ、ニニィアネ。午後は街に出かけないか?」
「街、ですか?」
「ああ。新しい毛糸を見に行こう。それに、お前に似合う髪飾りも欲しい」
「で、でも、私なんかに……」
「なんかとは何だ」

公爵様の声が急に低くなった。

「ニニィアネを蔑む者は、例え本人でも許さん」
「ひぃ! ご、ごめんなさい!」
「……すまない、怖がらせたな」

大きな手で優しく頭を撫でられる。

「お前は、もっと自信を持っていい。少なくとも、私にとっては世界一愛らしい」
「せ、世界一!?」
「ああ。異論は認めない」

断言する公爵様に、もう何も言えなくなった。
これってもしかして……溺愛されてる?


午後、魔族の街に出かけた。
人間の街とは違い、角や翼、尻尾を持つ人々が普通に歩いている。最初は怖かったけど、皆優しかったのですぐに慣れた。

「あら~! 公爵様、その子は?」

糸屋の店主が目を輝かせた。

「我が城の宝、ニニィアネだ」
「まあ! 噂の編み物の天才ちゃんね!」
「う、噂になってるんですか!?」

恥ずかしくて、つい公爵様の後ろに隠れる。

「ふふふ、可愛いわねぇ。はい、これサービス!」

店主が虹色に光る毛糸をくれた。光で色合いが揺れている。

「わぁ、綺麗!」
「それは幻想糸って言ってね、編み方で色が変わるのよ」
「ええ、すごい! あ、ありがとうございます!」

その後も、行く先々で「公爵様の宝」として大歓迎された。
飴をもらったり、リボンをもらったり、小さな編みぐるみをもらったり。

両手いっぱいになった荷物は、結局全て公爵様が持ってくれた。

「アス様、すみません……」
「なに、この程度軽いものだ。それより、楽しいか?」
「はい! とっても!」

人間の街では、地味だと無視されていたか、コソコソと棘のある噂話をされていたのに、ここでは皆が笑顔で接してくれる。こんなに嬉しいことはない。

「そうか、それは良かった」

公爵様も嬉しそうに微笑んだ。
城に戻ると、執事のセバスが慌てた様子で出迎えた。

「アスタロト様! 大変です!」
「どうした?」
「リーセンブルク伯爵から書状が……」

私の実家から?
嫌な予感がした。

書状を読んだ公爵様の顔が、みるみる険しくなっていく。

「……なるほど。娘を返せ、か」
「え?」
「どうやら、お前の編み物が魔法陣で、貴重なものなのだと、人間界にも伝わったらしい」

血の気が引いた。
まさか、父が私を連れ戻そうと?

「い、嫌です! 戻りたくない!」

思わず公爵様の服を掴んだ。小さな手が震える。

「だって、向こうでは私、ただのお荷物で……誰も必要としてくれなくて……」
「ニニィアネ」

公爵様が膝をついて、視線を合わせてくれた。

「安心しろ。お前は、もう私のものだ」
「え?」
「返すものか。たとえ相手が人間の王だろうと、神だろうと」

真っ赤な瞳が、強い決意を宿していた。

「お前は、ここにいたいか?」
「はい! アス様と一緒がいいです!」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれる」
「あ! す、すみません、つい!」
「いや、嬉しい。もっとそうやって遠慮なく甘えてくれ。必ず守ってみせるから」

ぎゅっと抱きしめられた。大きくて温かい腕の中は、とても安心する。

「セバス、返事を書け。『ニニィアネは我が領の宝である。返還要求は断る。文句があるなら、宣戦布告でもしてこい』とな」
「はっ! かしこまりました!」

セバスが嬉しそうに書斎へ向かった。

「でも、家と戦いになったら……」
「なに、人間ごときに負けはしない。それに——」

アス様が優しく微笑んだ。

「お前を守るためなら、世界を敵に回しても構わん」
「そ、そんな大げさな!」
「大げさではない。お前は、それほど大切な存在だ」

また顔が熱くなった。
地味で隅っこに隠れるように押し込まれていた私がーーこんなに大切にされる日が来るなんて。

「あ、そうだ! お礼に、アス様に編み物をプレゼントしたいです!」
「ほう? 楽しみだな」
「マフラーとか、手袋とか! あ、でもアス様、寒くないですよね……」
「いいや。お前が編んでくれたものなら、なんでも宝物だ」
「じゃあ、頑張って編みます!」

その夜、私は夢中で編み物をした。
アス様への感謝の気持ちを、一目一目に込めて。

魔法陣かどうかなんて、関係ない。
ただ、大好きな人のために編む。
それが、今の私の幸せだった。
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