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Past#4 東町-easttown-
Past#4 東町-easttown- 5
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「ブチッ!!」
「コタ君!?」
勝手に駆け出した足を止めず、傘を放って、まだ小さいその体躯を両手で抱き上げる。慌てて追いかけてきてくれたチハっちゃんが、その傘を拾って、自分の上に翳してくれる。
そっと触れたブチの腹まわりに、ぱっと見傷は見あたらない。
だが、触れた指にまとわりついた、独特な粘着質を持つこの黒は血だ。
自分の制服に顔を寄せたブチの鼻が辿った跡が、黒く掠れた線で残る。
傷はないので、それもどこかで付けてきたのだろう。
「……ブチくん、怪我してるの?」
ブチのじゃない。
これはブチではないものの血だ。
「……ちょっと足を切ったみたい。驚かせてごめんね、チハっちゃん」
でもブチは人に近づかない。まだ幼馴染みにさえ触れることは許さないほど。
だからこの血は他の猫のものだろう。
東町も場所によっては西町並に治安が悪い。荒んだ土地で、人のストレスなどの解消のため最も犠牲になるのは、何をしても社会的責任を負わずに済む野良猫の存在。
「ごめん、チハっちゃん。ブチの手当てをしなきゃ。帰るね?」
チハっちゃんが何か言いかけたのは知ってる。でも、多分その猫の状態はかなり危険。今すぐ手当てをしないと、取り返しのつかないことになる。
小さく柔らかな手から傘を受け取り、ブチを抱え直す。
猫は自由奔放だ。案内などしてくれないだろう。
どこにいるかは、自分が探さなきゃいけない。
とにかく一分一秒早く見つけないと。
「コタ君ッ!!」
その時、自分の背中に、今までに聞いたことのないようなチハっちゃんの呼び声が突き刺さった。
チハっちゃんが叫ぶことが、まず滅多にない。彼女は基本温厚で、柔らかな空気をまとってる。
「チハっちゃん……?」
どうしたの、と振り替えると、彼女はその顔をピンクの傘に隠してしまう。
でも一瞬見えた表情には、焦燥と翳りが見えた気がした。
彼女は結局何も言わなかった。
雨音に書き消されそうな声で、おやすみなさい、と呟いただけだった。
「うん、おやすみ。チハっちゃん、また明日」
家の前に佇むその小さな体に背を向けて、今度こそ暗い住宅街を走り出す。するりと腕を抜け並走しだしたブチは、意外にも案内してくれるつもりなんだろうか。
「ブチ、急げ……ッ」
無事でありますように。
ひたすら祈るしかできなかった。
遠く、白い猫と共に暗闇に消えていく幼馴染みを見送りながら、胸に広がる漠然とした不安に大丈夫、とチハルは呟く。
大丈夫、大丈夫。
だって彼はまた明日って笑ったから。
それでもやっぱり、あの時のことが頭を掠めて、どこか手の届かない場所にいってしまう気がして、思わず彼を呼び止めていた。
小学校六年生の時。
小太郎は三日行方不明になったことがある。
あの時も、失踪直前まで彼はこうして自分達と遊び、用を思い出したと走って帰っていったのだ。
幼馴染み全員が、あの時のことを忘れられない。
死んだような目で発見された小太郎を、もう二度と見たくないと心から思ってる。
『どうしたの?』
その声を思い出して、チハルは痛む胸を抑えた。
急いでいるのに、それでも話を聞いてくれようとした。
彼は優しい。
でも、その目は意識は、チハルを捉えていない。
それは一目瞭然だった。
「……コタ君」
ずっとずっと誰より長く呼び続けてきた名前を口にする。
溢れそうなものを堪えるために、傘をぎゅっと握りしめて、チハルは空を仰いだ。
「幼馴染みって思ってるのは……」
つぅと頬を当たり伝った雨滴を、でも拭う気にはならなかった。
「コタ君!?」
勝手に駆け出した足を止めず、傘を放って、まだ小さいその体躯を両手で抱き上げる。慌てて追いかけてきてくれたチハっちゃんが、その傘を拾って、自分の上に翳してくれる。
そっと触れたブチの腹まわりに、ぱっと見傷は見あたらない。
だが、触れた指にまとわりついた、独特な粘着質を持つこの黒は血だ。
自分の制服に顔を寄せたブチの鼻が辿った跡が、黒く掠れた線で残る。
傷はないので、それもどこかで付けてきたのだろう。
「……ブチくん、怪我してるの?」
ブチのじゃない。
これはブチではないものの血だ。
「……ちょっと足を切ったみたい。驚かせてごめんね、チハっちゃん」
でもブチは人に近づかない。まだ幼馴染みにさえ触れることは許さないほど。
だからこの血は他の猫のものだろう。
東町も場所によっては西町並に治安が悪い。荒んだ土地で、人のストレスなどの解消のため最も犠牲になるのは、何をしても社会的責任を負わずに済む野良猫の存在。
「ごめん、チハっちゃん。ブチの手当てをしなきゃ。帰るね?」
チハっちゃんが何か言いかけたのは知ってる。でも、多分その猫の状態はかなり危険。今すぐ手当てをしないと、取り返しのつかないことになる。
小さく柔らかな手から傘を受け取り、ブチを抱え直す。
猫は自由奔放だ。案内などしてくれないだろう。
どこにいるかは、自分が探さなきゃいけない。
とにかく一分一秒早く見つけないと。
「コタ君ッ!!」
その時、自分の背中に、今までに聞いたことのないようなチハっちゃんの呼び声が突き刺さった。
チハっちゃんが叫ぶことが、まず滅多にない。彼女は基本温厚で、柔らかな空気をまとってる。
「チハっちゃん……?」
どうしたの、と振り替えると、彼女はその顔をピンクの傘に隠してしまう。
でも一瞬見えた表情には、焦燥と翳りが見えた気がした。
彼女は結局何も言わなかった。
雨音に書き消されそうな声で、おやすみなさい、と呟いただけだった。
「うん、おやすみ。チハっちゃん、また明日」
家の前に佇むその小さな体に背を向けて、今度こそ暗い住宅街を走り出す。するりと腕を抜け並走しだしたブチは、意外にも案内してくれるつもりなんだろうか。
「ブチ、急げ……ッ」
無事でありますように。
ひたすら祈るしかできなかった。
遠く、白い猫と共に暗闇に消えていく幼馴染みを見送りながら、胸に広がる漠然とした不安に大丈夫、とチハルは呟く。
大丈夫、大丈夫。
だって彼はまた明日って笑ったから。
それでもやっぱり、あの時のことが頭を掠めて、どこか手の届かない場所にいってしまう気がして、思わず彼を呼び止めていた。
小学校六年生の時。
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あの時も、失踪直前まで彼はこうして自分達と遊び、用を思い出したと走って帰っていったのだ。
幼馴染み全員が、あの時のことを忘れられない。
死んだような目で発見された小太郎を、もう二度と見たくないと心から思ってる。
『どうしたの?』
その声を思い出して、チハルは痛む胸を抑えた。
急いでいるのに、それでも話を聞いてくれようとした。
彼は優しい。
でも、その目は意識は、チハルを捉えていない。
それは一目瞭然だった。
「……コタ君」
ずっとずっと誰より長く呼び続けてきた名前を口にする。
溢れそうなものを堪えるために、傘をぎゅっと握りしめて、チハルは空を仰いだ。
「幼馴染みって思ってるのは……」
つぅと頬を当たり伝った雨滴を、でも拭う気にはならなかった。
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