130 / 140
Past#7 日常-daily-
Past#7 日常-daily- 8
しおりを挟む
「別に、警戒なんてしてない」
反射的に飛び出した言葉は、ふっと笑い飛ばされる。
「どっちでも構わねぇけどな、俺は」
僕の言葉を信じた様子のない声に、いくらほんとだって主張したところで無意味なことは分かったから、そのまま黙りこんだ。
静かな夜だ。どんな些細な呟きも、すべて彼に届けてしまうだろう、そんな夜。
そう思った時、またしても彼は自分の心のうちを見越したように、言葉を続けた。
「きっと、世の中ってのは、アンタが思うほど複雑じゃない」
彼は組んでいた腕を解いて、壁から背中を離す。
仕方ねぇなぁ、そう呟きながら。
その声は、少し笑っているようだった。
「アンタはちょっと考え過ぎだな。俺がヤクザに入った時だって、そんな覚悟決めたみてぇな顔はしてなかったんじゃねぇの」
その話も、追々してやるよ。
そう、彼は何でもないことのように言うけれど、それは本当に彼にとって何でもないことだったのか。
問うまでもなく、そんなはずはない。彼は多分、また自分を気遣っているだけだと分かっている。
だから、顔を上げられない。
「ったく。前は聞くなつっても関わろうとしてきただろうが。あの勢いはどうした」
「……あの時は、だって」
「俺は嬉しいよ。アンタが俺を知ろうとしてくれること」
俯く僕の髪を、声音と同じくらい優しい指先が撫でた。
「だからって訳でもねぇけど。徐々に、アンタがアンタの話をしてくれたらいい、と思う」
言葉に、目を見張った。
僕が、自分が、自分の話をすること。
彼の過去を気にするあまり、自分もまた、彼に自分の話を何もしていなかったことに、思い当たる。
彼が言った警戒を、万が一自分が無意識にしているとするならば、それは自分が彼の傷や痛みを抉ることに関しての警戒だと思っていた。
でも、そうじゃない。
彼は、自分が自分を開示しないことに対して、警戒と言ったのだ。
「……今日は、ただ寝れない、だけなんだ」
彼は、発見器なんだろうか。
「なんで?」
それとも、自分が単にわかりやすいんだろうか。
本当のことを言えば、必ず問いが返ってくる。
本当でなければ、彼はただ聞き流す。
「寝ようと思うと、色々考えるから」
「考えたくねぇの?」
「そうじゃない、そうじゃないけど」
どうして考えたくないのだろう。
本当は考えるまでもないことを。
「考えても、結局同じところにしか辿りつかないから……?」
自答は声に出していたらしい。
わしゃわしゃと髪を撫でていた手を止めて、彼は短く息をつく。
「シャワー、浴びんだろ?」
「え?」
「さっさと浴びてこい、アンタの部屋で待ってるから」
「え、アズ?」
「明日も起こしてやる。だから、気が済むまで喋ればいい」
そうしてゆっくりと道場を出ていく姿をしばらく見送って。
我に返って慌てて竹刀を片づける。
……自分の中で、答えは出ているのかもしれないこと。
言われて、気づく。気付いて、どうしてそんなことにも気づかなかったのかと不思議に思う。
こんなにも見え透いていた感情なのに。
自分の中では一つの答えしか存在しない。
でも、どこか。どこかその答えに、もしくはその考えの過程に、納得していない自分がいる。
かといって、自分の中に他の答えは見出すことができない。
その堂々巡りをどうにかしたくて、でも、さっきまでは誰にも話せなかった。
これまでは、どうしていただろう。
……いつもは、そう、幼馴染たちに話していた。
自分が悩んでることを自覚していなくても、幼馴染たちから問いかけられて悩みを話していたのだ。
今回ことは、自覚をしてる。
でも今回のことは、幼馴染には話しにくい。話せない。
どうにもできなかったから竹刀を一心不乱に振っていた。
どうにもできないなら、いっそ、思考から追い出そうと思った。
でも、彼は、聞きたいと言った。
僕が、僕のことを話すことを、待っていると。
「アズ」
簡単にシャワーを浴びて戻った部屋は、庭に面している。
縁側に腰かけた彼は口元に一本人差し指を立てて、それからゆっくり敷いてあった布団を指さした。
寝て喋れ、ということらしい。
これはきっと眠くなったらそのまま寝ろ、そういうことなんだろうと解釈する。
「んで、なんで寝れねぇんだって?」
柔らかな声は、夜の闇がよく似合う。
それに促されて、もう順序も考えないままに、口を開いた。
「……告白されたんだ」
「へぇ」
「初恋の子」
「良かったじゃねぇの」
ポツリポツリ、続く。
「四年の片思いだっけか」
「よく、覚えてるね」
「今時珍しいほどの初々しさで」
「うるさい」
くすり、と彼は笑う。
「それで?」
短い相槌が、今はありがたい。
「……本当に、好きなんだよ。チハっちゃんのこと」
「あぁ」
「だけど、上手く言えないけど、なんでかその場で答えられなかった。……今でも答えが出ない。なんか、違うな。たぶん答えは出てて、でも納得できなくて、そんな自分が分からないのかな」
チハっちゃんが好きだと知ってる幼馴染たち。
彼らには言えない。
決して言えない。
「なんでか、わからない」
僕も、そうチハっちゃんに答えることが、何か間違っているような、もう取り返しがつかないような、感覚。
「怖いんだろ」
「え?」
月が微笑む。
「関係が変わること」
反射的に飛び出した言葉は、ふっと笑い飛ばされる。
「どっちでも構わねぇけどな、俺は」
僕の言葉を信じた様子のない声に、いくらほんとだって主張したところで無意味なことは分かったから、そのまま黙りこんだ。
静かな夜だ。どんな些細な呟きも、すべて彼に届けてしまうだろう、そんな夜。
そう思った時、またしても彼は自分の心のうちを見越したように、言葉を続けた。
「きっと、世の中ってのは、アンタが思うほど複雑じゃない」
彼は組んでいた腕を解いて、壁から背中を離す。
仕方ねぇなぁ、そう呟きながら。
その声は、少し笑っているようだった。
「アンタはちょっと考え過ぎだな。俺がヤクザに入った時だって、そんな覚悟決めたみてぇな顔はしてなかったんじゃねぇの」
その話も、追々してやるよ。
そう、彼は何でもないことのように言うけれど、それは本当に彼にとって何でもないことだったのか。
問うまでもなく、そんなはずはない。彼は多分、また自分を気遣っているだけだと分かっている。
だから、顔を上げられない。
「ったく。前は聞くなつっても関わろうとしてきただろうが。あの勢いはどうした」
「……あの時は、だって」
「俺は嬉しいよ。アンタが俺を知ろうとしてくれること」
俯く僕の髪を、声音と同じくらい優しい指先が撫でた。
「だからって訳でもねぇけど。徐々に、アンタがアンタの話をしてくれたらいい、と思う」
言葉に、目を見張った。
僕が、自分が、自分の話をすること。
彼の過去を気にするあまり、自分もまた、彼に自分の話を何もしていなかったことに、思い当たる。
彼が言った警戒を、万が一自分が無意識にしているとするならば、それは自分が彼の傷や痛みを抉ることに関しての警戒だと思っていた。
でも、そうじゃない。
彼は、自分が自分を開示しないことに対して、警戒と言ったのだ。
「……今日は、ただ寝れない、だけなんだ」
彼は、発見器なんだろうか。
「なんで?」
それとも、自分が単にわかりやすいんだろうか。
本当のことを言えば、必ず問いが返ってくる。
本当でなければ、彼はただ聞き流す。
「寝ようと思うと、色々考えるから」
「考えたくねぇの?」
「そうじゃない、そうじゃないけど」
どうして考えたくないのだろう。
本当は考えるまでもないことを。
「考えても、結局同じところにしか辿りつかないから……?」
自答は声に出していたらしい。
わしゃわしゃと髪を撫でていた手を止めて、彼は短く息をつく。
「シャワー、浴びんだろ?」
「え?」
「さっさと浴びてこい、アンタの部屋で待ってるから」
「え、アズ?」
「明日も起こしてやる。だから、気が済むまで喋ればいい」
そうしてゆっくりと道場を出ていく姿をしばらく見送って。
我に返って慌てて竹刀を片づける。
……自分の中で、答えは出ているのかもしれないこと。
言われて、気づく。気付いて、どうしてそんなことにも気づかなかったのかと不思議に思う。
こんなにも見え透いていた感情なのに。
自分の中では一つの答えしか存在しない。
でも、どこか。どこかその答えに、もしくはその考えの過程に、納得していない自分がいる。
かといって、自分の中に他の答えは見出すことができない。
その堂々巡りをどうにかしたくて、でも、さっきまでは誰にも話せなかった。
これまでは、どうしていただろう。
……いつもは、そう、幼馴染たちに話していた。
自分が悩んでることを自覚していなくても、幼馴染たちから問いかけられて悩みを話していたのだ。
今回ことは、自覚をしてる。
でも今回のことは、幼馴染には話しにくい。話せない。
どうにもできなかったから竹刀を一心不乱に振っていた。
どうにもできないなら、いっそ、思考から追い出そうと思った。
でも、彼は、聞きたいと言った。
僕が、僕のことを話すことを、待っていると。
「アズ」
簡単にシャワーを浴びて戻った部屋は、庭に面している。
縁側に腰かけた彼は口元に一本人差し指を立てて、それからゆっくり敷いてあった布団を指さした。
寝て喋れ、ということらしい。
これはきっと眠くなったらそのまま寝ろ、そういうことなんだろうと解釈する。
「んで、なんで寝れねぇんだって?」
柔らかな声は、夜の闇がよく似合う。
それに促されて、もう順序も考えないままに、口を開いた。
「……告白されたんだ」
「へぇ」
「初恋の子」
「良かったじゃねぇの」
ポツリポツリ、続く。
「四年の片思いだっけか」
「よく、覚えてるね」
「今時珍しいほどの初々しさで」
「うるさい」
くすり、と彼は笑う。
「それで?」
短い相槌が、今はありがたい。
「……本当に、好きなんだよ。チハっちゃんのこと」
「あぁ」
「だけど、上手く言えないけど、なんでかその場で答えられなかった。……今でも答えが出ない。なんか、違うな。たぶん答えは出てて、でも納得できなくて、そんな自分が分からないのかな」
チハっちゃんが好きだと知ってる幼馴染たち。
彼らには言えない。
決して言えない。
「なんでか、わからない」
僕も、そうチハっちゃんに答えることが、何か間違っているような、もう取り返しがつかないような、感覚。
「怖いんだろ」
「え?」
月が微笑む。
「関係が変わること」
0
あなたにおすすめの小説
シスルの花束を
碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年
~人物紹介~
○氷室 三門(ひむろ みかど)
・攻め(主人公)
・23歳、身長178cm
・モデル
・俺様な性格、短気
・訳あって、雨月の所に転がり込んだ
○寒河江 雨月(さがえ うげつ)
・受け
・26歳、身長170cm
・常に無表情で、人形のように顔が整っている
・童顔
※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。
※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。
※基本、三門視点で進みます。
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
あの部屋でまだ待ってる
名雪
BL
アパートの一室。
どんなに遅くなっても、帰りを待つ習慣だけが残っている。
始まりは、ほんの気まぐれ。
終わる理由もないまま、十年が過ぎた。
与え続けることも、受け取るだけでいることも、いつしか当たり前になっていく。
――あの部屋で、まだ待ってる。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる