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秘密同盟
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ジークが玉座の間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
青白い松明の光。脈動する魔法陣。そしてその奥に座る、漆黒の髪と紅い瞳の存在。
ジークの隻眼が、ヴェルディアを見据えた。
傭兵の男は、何も言わなかった。武器を持たない体を壁に預け、腕を組み、ただ——見ている。計算する目。値踏みする目。だがそこに、初めて見るものへの緊張が混じっていた。
「お前が——魔王か」
「そうだ」
ヴェルディアの声は静かだった。玉座から立ち上がりもせず、ただ紅い瞳でジークを見返している。
「思ったより小さいな」
「私を殺しに来たなら、勝手にすればいい。ただし——」
「殺しに来たわけじゃねえよ」ジークが鼻で笑った。「俺は金にならねえことはしない。魔王を殺して世界が滅ぶなら、殺す意味がねえ」
沈黙。
ジークの隻眼が玉座の下の魔法陣を見た。青い光が脈動している。その間隔が不規則であることに、傭兵の勘が気づいた。
「この光——弱ってるな」
「見る目がある」ヴェルディアが僅かに目を細めた。
「戦場で何千回も命のやり取りをしてりゃ、弱った獲物は分かる」ジークが壁から背を離した。「お前、長くねえだろ」
直球だった。遠回しな言い方を一切しない、傭兵の言葉。
ヴェルディアの唇が微かに上がった。
「一年以内に、この身体は持たなくなる」
「ふうん」
ジークが顎を撫でた。無精髭が擦れる音。目は笑っていない。
「つまり——お前を殺さなくても、放っておけば世界は滅ぶってわけだ」
「そうだ」
ジークは数秒黙った。隻眼が天井を見上げ、また魔法陣に戻る。壁の古代文字に視線を走らせ、玉座の造りを確認し、ヴェルディアの蒼白い肌に残る疲弊の痕跡を読み取っている。傭兵は常に環境を査定する。戦場の地形を読むように、この部屋と、この存在の価値を。
「——クソだな、それは」
ジークの声に、初めて感情が混じった。怒りではない。呆れのような、諦めのような、名前のつかない感情。
「世界が終わるんじゃ、報酬も名誉も意味がねえ。——レイド。お前の話は信じてやる」
ジークが振り返った。壁際に立っていたレイドに、隻眼を向ける。
「で、どうするんだ。世界を救う方法とやらは」
「同盟を結ぶ」レイドが一歩前に出た。「ここにいる全員で」
◇
玉座の間に、全員が集まった。
レイド。リーシャ。ガレス。ミラ。ジーク。そしてヴェルディアとナージャ。七人が魔法陣の上に円を描くように立っている。
セレナとアルヴィンの不在が重かった。アルヴィンは陣地に戻り、セレナの調査結果を待っている。エドモンが城の外で見張っていた。
「同盟の条件を提示する」レイドが声を上げた。
「一つ。俺が勇者たちの侵攻を遅延させる。アルヴィンを説得し、時間を稼ぐ」
「二つ。ヴェルディアは均衡の維持に全力を注ぐ。残された力を、世界が壊れないことだけに使う」
「三つ。リーシャの守り手の力を覚醒させる方法を探る。リーシャが柱を補助できれば、ヴェルディアの負担が減り、世界が延命できる」
沈黙が降りた。魔法陣の青い光が、七人の顔を冷たく照らしている。
ガレスが最初に口を開いた。
「俺は乗るぜ。世界を守るために戦うってのは、勇者の本分だろうが」
「あたしも賛成」ミラが肩をすくめた。「ていうか、ここまで来て反対する理由がないし」
リーシャが頷いた。碧眼は真剣だった。
「守り手の力——私の中に眠っているものを覚醒させる。やります。方法があるなら」
ジークが腕を組んだまま、天井を見上げた。
「俺の条件は一つだ。この同盟が終わったら——報酬を払え。世界を救ったなら、その分の対価がある」
「了解だ」レイドが即答した。
「信じるかは保留だがな。——まあ、金のない世界よりはマシだ」
ヴェルディアが玉座から立ち上がった。動作に僅かなよろめきがあったが、紅い瞳は揺るがなかった。
「私からも一つ。——均衡の維持には、あと数ヶ月が限界だ。それまでに守り手の力を覚醒させるか、別の方法を見つけなければ、全ては無駄に終わる」
重い言葉が、玉座の間に沈んだ。数ヶ月。その短さが、松明の揺れる音と共に全員の意識に染み込んでいく。
ガレスが両腕を組み直した。太い腕の筋肉が盛り上がり、傭兵時代の古い傷跡が松明の光に浮かぶ。
「数ヶ月……。俺は戦うことしかできねえが、戦う相手を教えてくれ。剣で斬れる相手なら、任せろ」
「この問題は剣では解決できません」リーシャが首を振った。「魔力の制御と、古代の知識の解明が鍵です。——でも、ガレスの力が必要になる場面は必ず来ます」
「おう。その時は呼べ」
ミラが小さく笑った。
「おっさん、カッコいいとこ見せたいだけでしょ」
「うるせえ。カッコつけて何が悪い」
場の空気が僅かに和らいだ。だがそれも、長くは続かなかった。
その時。
ナージャが、全員の前に歩み出た。
小柄な体。漆黒の短い髪。紅い瞳が、玉座の間の全員を射抜くように見回している。
「一つだけ言わせてもらいます」
ナージャの声は低く、硬かった。千年以上主に仕えてきた従者の声。
「勇者を信じることは、魔族への裏切りです」
空気が凍った。
「主がどうお考えでも——」ナージャの紅い瞳がレイドに向いた。「私はこの同盟を認めません」
全員が息を呑んだ。ガレスの拳が握られ、ミラの目が細くなった。ジークは何も言わず、壁にもたれたまま状況を見ている。
「ナージャ」ヴェルディアが名を呼んだ。
「主。千五百年お仕えしてきました。その間、一度も主の判断に異を唱えたことはありません」
ナージャの声が震えた。紅い瞳に、涙ではない何かが光っている。
「ですが——人間は主を裏切ります。歴史がそれを証明しています。千年前もそうだった。柱を敬うと言いながら、結局は砕いた」
ヴェルディアは何も言わなかった。ナージャの言葉を、静かに受け止めている。
「私は同盟には従いません。ただし——」
ナージャの目がレイドに向いた。
「主を害するなら、お前を殺す。それだけは覚えておけ」
レイドは頷いた。
「覚えておく」
ナージャが背を向け、玉座の間を出ていった。小柄な背中が、回廊の闇に消える。
重い沈黙が残った。
ヴェルディアが再び玉座に腰を下ろした。紅い瞳を閉じ、長い息を吐く。
「……あの子は正しい。人間を信じることは、賭けだ」
「俺はその賭けに勝つ」
ヴェルディアの瞳が開いた。レイドを見つめる紅い光に、微かな温もりが宿っていた。
「期待している」
魔法陣の青い光が、七人——いや、六人の影を壁に映していた。ナージャの影だけが、欠けている。
同盟は成立した。だがその内部に、最初から亀裂が走っていた。
レイドは玉座の間を出て、回廊の窓から外を見た。結界の向こうに、アルヴィンの陣地の篝火が見える。ジークの傭兵たちの明かりも、南東の尾根に散らばっている。
味方でもなく、敵でもない。全ての勢力が、不安定な均衡の上に乗っている。
——世界の均衡と同じだ。いつ崩れてもおかしくない。
窓の外で、風が唸った。瘴気が結界の表面を撫で、青い光が波紋のように揺れた。
その波紋が、以前より大きくなっていることに、レイドは気づいていた。
青白い松明の光。脈動する魔法陣。そしてその奥に座る、漆黒の髪と紅い瞳の存在。
ジークの隻眼が、ヴェルディアを見据えた。
傭兵の男は、何も言わなかった。武器を持たない体を壁に預け、腕を組み、ただ——見ている。計算する目。値踏みする目。だがそこに、初めて見るものへの緊張が混じっていた。
「お前が——魔王か」
「そうだ」
ヴェルディアの声は静かだった。玉座から立ち上がりもせず、ただ紅い瞳でジークを見返している。
「思ったより小さいな」
「私を殺しに来たなら、勝手にすればいい。ただし——」
「殺しに来たわけじゃねえよ」ジークが鼻で笑った。「俺は金にならねえことはしない。魔王を殺して世界が滅ぶなら、殺す意味がねえ」
沈黙。
ジークの隻眼が玉座の下の魔法陣を見た。青い光が脈動している。その間隔が不規則であることに、傭兵の勘が気づいた。
「この光——弱ってるな」
「見る目がある」ヴェルディアが僅かに目を細めた。
「戦場で何千回も命のやり取りをしてりゃ、弱った獲物は分かる」ジークが壁から背を離した。「お前、長くねえだろ」
直球だった。遠回しな言い方を一切しない、傭兵の言葉。
ヴェルディアの唇が微かに上がった。
「一年以内に、この身体は持たなくなる」
「ふうん」
ジークが顎を撫でた。無精髭が擦れる音。目は笑っていない。
「つまり——お前を殺さなくても、放っておけば世界は滅ぶってわけだ」
「そうだ」
ジークは数秒黙った。隻眼が天井を見上げ、また魔法陣に戻る。壁の古代文字に視線を走らせ、玉座の造りを確認し、ヴェルディアの蒼白い肌に残る疲弊の痕跡を読み取っている。傭兵は常に環境を査定する。戦場の地形を読むように、この部屋と、この存在の価値を。
「——クソだな、それは」
ジークの声に、初めて感情が混じった。怒りではない。呆れのような、諦めのような、名前のつかない感情。
「世界が終わるんじゃ、報酬も名誉も意味がねえ。——レイド。お前の話は信じてやる」
ジークが振り返った。壁際に立っていたレイドに、隻眼を向ける。
「で、どうするんだ。世界を救う方法とやらは」
「同盟を結ぶ」レイドが一歩前に出た。「ここにいる全員で」
◇
玉座の間に、全員が集まった。
レイド。リーシャ。ガレス。ミラ。ジーク。そしてヴェルディアとナージャ。七人が魔法陣の上に円を描くように立っている。
セレナとアルヴィンの不在が重かった。アルヴィンは陣地に戻り、セレナの調査結果を待っている。エドモンが城の外で見張っていた。
「同盟の条件を提示する」レイドが声を上げた。
「一つ。俺が勇者たちの侵攻を遅延させる。アルヴィンを説得し、時間を稼ぐ」
「二つ。ヴェルディアは均衡の維持に全力を注ぐ。残された力を、世界が壊れないことだけに使う」
「三つ。リーシャの守り手の力を覚醒させる方法を探る。リーシャが柱を補助できれば、ヴェルディアの負担が減り、世界が延命できる」
沈黙が降りた。魔法陣の青い光が、七人の顔を冷たく照らしている。
ガレスが最初に口を開いた。
「俺は乗るぜ。世界を守るために戦うってのは、勇者の本分だろうが」
「あたしも賛成」ミラが肩をすくめた。「ていうか、ここまで来て反対する理由がないし」
リーシャが頷いた。碧眼は真剣だった。
「守り手の力——私の中に眠っているものを覚醒させる。やります。方法があるなら」
ジークが腕を組んだまま、天井を見上げた。
「俺の条件は一つだ。この同盟が終わったら——報酬を払え。世界を救ったなら、その分の対価がある」
「了解だ」レイドが即答した。
「信じるかは保留だがな。——まあ、金のない世界よりはマシだ」
ヴェルディアが玉座から立ち上がった。動作に僅かなよろめきがあったが、紅い瞳は揺るがなかった。
「私からも一つ。——均衡の維持には、あと数ヶ月が限界だ。それまでに守り手の力を覚醒させるか、別の方法を見つけなければ、全ては無駄に終わる」
重い言葉が、玉座の間に沈んだ。数ヶ月。その短さが、松明の揺れる音と共に全員の意識に染み込んでいく。
ガレスが両腕を組み直した。太い腕の筋肉が盛り上がり、傭兵時代の古い傷跡が松明の光に浮かぶ。
「数ヶ月……。俺は戦うことしかできねえが、戦う相手を教えてくれ。剣で斬れる相手なら、任せろ」
「この問題は剣では解決できません」リーシャが首を振った。「魔力の制御と、古代の知識の解明が鍵です。——でも、ガレスの力が必要になる場面は必ず来ます」
「おう。その時は呼べ」
ミラが小さく笑った。
「おっさん、カッコいいとこ見せたいだけでしょ」
「うるせえ。カッコつけて何が悪い」
場の空気が僅かに和らいだ。だがそれも、長くは続かなかった。
その時。
ナージャが、全員の前に歩み出た。
小柄な体。漆黒の短い髪。紅い瞳が、玉座の間の全員を射抜くように見回している。
「一つだけ言わせてもらいます」
ナージャの声は低く、硬かった。千年以上主に仕えてきた従者の声。
「勇者を信じることは、魔族への裏切りです」
空気が凍った。
「主がどうお考えでも——」ナージャの紅い瞳がレイドに向いた。「私はこの同盟を認めません」
全員が息を呑んだ。ガレスの拳が握られ、ミラの目が細くなった。ジークは何も言わず、壁にもたれたまま状況を見ている。
「ナージャ」ヴェルディアが名を呼んだ。
「主。千五百年お仕えしてきました。その間、一度も主の判断に異を唱えたことはありません」
ナージャの声が震えた。紅い瞳に、涙ではない何かが光っている。
「ですが——人間は主を裏切ります。歴史がそれを証明しています。千年前もそうだった。柱を敬うと言いながら、結局は砕いた」
ヴェルディアは何も言わなかった。ナージャの言葉を、静かに受け止めている。
「私は同盟には従いません。ただし——」
ナージャの目がレイドに向いた。
「主を害するなら、お前を殺す。それだけは覚えておけ」
レイドは頷いた。
「覚えておく」
ナージャが背を向け、玉座の間を出ていった。小柄な背中が、回廊の闇に消える。
重い沈黙が残った。
ヴェルディアが再び玉座に腰を下ろした。紅い瞳を閉じ、長い息を吐く。
「……あの子は正しい。人間を信じることは、賭けだ」
「俺はその賭けに勝つ」
ヴェルディアの瞳が開いた。レイドを見つめる紅い光に、微かな温もりが宿っていた。
「期待している」
魔法陣の青い光が、七人——いや、六人の影を壁に映していた。ナージャの影だけが、欠けている。
同盟は成立した。だがその内部に、最初から亀裂が走っていた。
レイドは玉座の間を出て、回廊の窓から外を見た。結界の向こうに、アルヴィンの陣地の篝火が見える。ジークの傭兵たちの明かりも、南東の尾根に散らばっている。
味方でもなく、敵でもない。全ての勢力が、不安定な均衡の上に乗っている。
——世界の均衡と同じだ。いつ崩れてもおかしくない。
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