勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

文字の大きさ
30 / 127

秘密同盟

しおりを挟む
 ジークが玉座の間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 青白い松明の光。脈動する魔法陣。そしてその奥に座る、漆黒の髪と紅い瞳の存在。

 ジークの隻眼が、ヴェルディアを見据えた。

 傭兵の男は、何も言わなかった。武器を持たない体を壁に預け、腕を組み、ただ——見ている。計算する目。値踏みする目。だがそこに、初めて見るものへの緊張が混じっていた。

「お前が——魔王か」

「そうだ」

 ヴェルディアの声は静かだった。玉座から立ち上がりもせず、ただ紅い瞳でジークを見返している。

「思ったより小さいな」

「私を殺しに来たなら、勝手にすればいい。ただし——」

「殺しに来たわけじゃねえよ」ジークが鼻で笑った。「俺は金にならねえことはしない。魔王を殺して世界が滅ぶなら、殺す意味がねえ」

 沈黙。

 ジークの隻眼が玉座の下の魔法陣を見た。青い光が脈動している。その間隔が不規則であることに、傭兵の勘が気づいた。

「この光——弱ってるな」

「見る目がある」ヴェルディアが僅かに目を細めた。

「戦場で何千回も命のやり取りをしてりゃ、弱った獲物は分かる」ジークが壁から背を離した。「お前、長くねえだろ」

 直球だった。遠回しな言い方を一切しない、傭兵の言葉。

 ヴェルディアの唇が微かに上がった。

「一年以内に、この身体は持たなくなる」

「ふうん」

 ジークが顎を撫でた。無精髭が擦れる音。目は笑っていない。

「つまり——お前を殺さなくても、放っておけば世界は滅ぶってわけだ」

「そうだ」

 ジークは数秒黙った。隻眼が天井を見上げ、また魔法陣に戻る。壁の古代文字に視線を走らせ、玉座の造りを確認し、ヴェルディアの蒼白い肌に残る疲弊の痕跡を読み取っている。傭兵は常に環境を査定する。戦場の地形を読むように、この部屋と、この存在の価値を。

「——クソだな、それは」

 ジークの声に、初めて感情が混じった。怒りではない。呆れのような、諦めのような、名前のつかない感情。

「世界が終わるんじゃ、報酬も名誉も意味がねえ。——レイド。お前の話は信じてやる」

 ジークが振り返った。壁際に立っていたレイドに、隻眼を向ける。

「で、どうするんだ。世界を救う方法とやらは」

「同盟を結ぶ」レイドが一歩前に出た。「ここにいる全員で」


  ◇


 玉座の間に、全員が集まった。

 レイド。リーシャ。ガレス。ミラ。ジーク。そしてヴェルディアとナージャ。七人が魔法陣の上に円を描くように立っている。

 セレナとアルヴィンの不在が重かった。アルヴィンは陣地に戻り、セレナの調査結果を待っている。エドモンが城の外で見張っていた。

「同盟の条件を提示する」レイドが声を上げた。

「一つ。俺が勇者たちの侵攻を遅延させる。アルヴィンを説得し、時間を稼ぐ」

「二つ。ヴェルディアは均衡の維持に全力を注ぐ。残された力を、世界が壊れないことだけに使う」

「三つ。リーシャの守り手の力を覚醒させる方法を探る。リーシャが柱を補助できれば、ヴェルディアの負担が減り、世界が延命できる」

 沈黙が降りた。魔法陣の青い光が、七人の顔を冷たく照らしている。

 ガレスが最初に口を開いた。

「俺は乗るぜ。世界を守るために戦うってのは、勇者の本分だろうが」

「あたしも賛成」ミラが肩をすくめた。「ていうか、ここまで来て反対する理由がないし」

 リーシャが頷いた。碧眼は真剣だった。

「守り手の力——私の中に眠っているものを覚醒させる。やります。方法があるなら」

 ジークが腕を組んだまま、天井を見上げた。

「俺の条件は一つだ。この同盟が終わったら——報酬を払え。世界を救ったなら、その分の対価がある」

「了解だ」レイドが即答した。

「信じるかは保留だがな。——まあ、金のない世界よりはマシだ」

 ヴェルディアが玉座から立ち上がった。動作に僅かなよろめきがあったが、紅い瞳は揺るがなかった。

「私からも一つ。——均衡の維持には、あと数ヶ月が限界だ。それまでに守り手の力を覚醒させるか、別の方法を見つけなければ、全ては無駄に終わる」

 重い言葉が、玉座の間に沈んだ。数ヶ月。その短さが、松明の揺れる音と共に全員の意識に染み込んでいく。

 ガレスが両腕を組み直した。太い腕の筋肉が盛り上がり、傭兵時代の古い傷跡が松明の光に浮かぶ。

「数ヶ月……。俺は戦うことしかできねえが、戦う相手を教えてくれ。剣で斬れる相手なら、任せろ」

「この問題は剣では解決できません」リーシャが首を振った。「魔力の制御と、古代の知識の解明が鍵です。——でも、ガレスの力が必要になる場面は必ず来ます」

「おう。その時は呼べ」

 ミラが小さく笑った。

「おっさん、カッコいいとこ見せたいだけでしょ」

「うるせえ。カッコつけて何が悪い」

 場の空気が僅かに和らいだ。だがそれも、長くは続かなかった。

 その時。

 ナージャが、全員の前に歩み出た。

 小柄な体。漆黒の短い髪。紅い瞳が、玉座の間の全員を射抜くように見回している。

「一つだけ言わせてもらいます」

 ナージャの声は低く、硬かった。千年以上主に仕えてきた従者の声。

「勇者を信じることは、魔族への裏切りです」

 空気が凍った。

「主がどうお考えでも——」ナージャの紅い瞳がレイドに向いた。「私はこの同盟を認めません」

 全員が息を呑んだ。ガレスの拳が握られ、ミラの目が細くなった。ジークは何も言わず、壁にもたれたまま状況を見ている。

「ナージャ」ヴェルディアが名を呼んだ。

「主。千五百年お仕えしてきました。その間、一度も主の判断に異を唱えたことはありません」

 ナージャの声が震えた。紅い瞳に、涙ではない何かが光っている。

「ですが——人間は主を裏切ります。歴史がそれを証明しています。千年前もそうだった。柱を敬うと言いながら、結局は砕いた」

 ヴェルディアは何も言わなかった。ナージャの言葉を、静かに受け止めている。

「私は同盟には従いません。ただし——」

 ナージャの目がレイドに向いた。

「主を害するなら、お前を殺す。それだけは覚えておけ」

 レイドは頷いた。

「覚えておく」

 ナージャが背を向け、玉座の間を出ていった。小柄な背中が、回廊の闇に消える。

 重い沈黙が残った。

 ヴェルディアが再び玉座に腰を下ろした。紅い瞳を閉じ、長い息を吐く。

「……あの子は正しい。人間を信じることは、賭けだ」

「俺はその賭けに勝つ」

 ヴェルディアの瞳が開いた。レイドを見つめる紅い光に、微かな温もりが宿っていた。

「期待している」

 魔法陣の青い光が、七人——いや、六人の影を壁に映していた。ナージャの影だけが、欠けている。

 同盟は成立した。だがその内部に、最初から亀裂が走っていた。

 レイドは玉座の間を出て、回廊の窓から外を見た。結界の向こうに、アルヴィンの陣地の篝火が見える。ジークの傭兵たちの明かりも、南東の尾根に散らばっている。

 味方でもなく、敵でもない。全ての勢力が、不安定な均衡の上に乗っている。

 ——世界の均衡と同じだ。いつ崩れてもおかしくない。

 窓の外で、風が唸った。瘴気が結界の表面を撫で、青い光が波紋のように揺れた。

 その波紋が、以前より大きくなっていることに、レイドは気づいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...