勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

文字の大きさ
49 / 127

勇者の帰還

しおりを挟む
 アルヴィンが王都の正門に姿を現した時、衛兵たちの顔が凍りついた。

 聖騎士の白銀の鎧。腰に佩いた聖剣の金色の光。そして——勇者の称号を持つ男の、揺るがない足取り。セレナが白馬に跨がり、エドモンが後方を固めている。

「アルヴィン様!」衛兵隊長が駆け寄った。「お戻りでしたか。マルティウス枢機卿が——」

「マルティウスに会いに来た。——道を開けろ」

 衛兵隊長は勇者の目を見て、何も言えなかった。いつもの正義に燃える碧眼ではない。静かで、深い。覚悟を決めた者の目。

 三人は王都の大通りを進んだ。市民が道を開け、囁きが広がる。「勇者が帰ってきた」「魔王領から戻ったのか」「聖女様も一緒だ」。

 大聖堂の石段を上った。正面の大扉が開かれ、聖堂の内部が姿を現す。高い天井。ステンドグラスから差し込む色とりどりの光。祭壇の奥に——マルティウスが立っていた。

 白い祭服。銀の杖。長い白髭。千年の組織を率いる老人の姿は、いつもと変わらない。だが——アルヴィンの目には、その姿が以前とは違って映った。

「アルヴィン。よく戻った」

 マルティウスの声が聖堂に響いた。穏やかで、慈愛に満ちて——いるように聞こえる。だがアルヴィンは知っている。この穏やかさの裏に、何が隠されているか。

「マルティウス枢機卿。お話があります」

「ああ。私もお前に話がある。——まず、魔王領での報告を聞こうか」

「報告の前に。一つ質問があります」

 アルヴィンが一歩前に出た。聖剣の光が微かに揺れた。

「千年前、聖教会が破壊した四つの柱。その真実を——あなたは知っているのですか」

 聖堂の空気が凍った。

 マルティウスの表情は変わらなかった。微笑みすら消えない。だが——杖を持つ手が、ほんの僅かに震えた。

「柱? 何のことかな」

「知らないとは言わせない。セレナの聖印が魔王の力と共鳴した。神の力と魔王の力は同じ根源だ。あなたはそれを——知っていた」

 マルティウスの微笑みが消えた。老人の顔に、初めて真実の表情が浮かんだ。冷たい、冷たい目。

「セレナ。お前がこの男に吹き込んだのか」

「私は真実を報告しただけです」セレナが前に出た。聖印が胸元で白く光っている。「枢機卿。あなたは召喚命令で、この真実を封じようとしました」

「封じた?——守ったのだ。千年の秩序を。信仰を。民の安寧を」

 マルティウスの声が大きくなった。聖堂の柱に反響し、ステンドグラスを震わせる。

「お前たちには分からないのか。この真実が広まれば何が起こるか。信仰が崩壊し、民は混乱し、秩序が失われる。聖教会があったからこそ——千年間、この世界は平和を保てたのだ」

「平和?」アルヴィンの声が低くなった。「世界は崩壊に向かっている。魔物が暴走し、地脈が乱れ、大地が枯れていく。それがあなたの言う平和ですか」

「それは魔王の——」

「魔王のせいではない。柱を砕いた聖教会のせいだ」

 沈黙が落ちた。聖堂の中で、二人の視線がぶつかっている。勇者と枢機卿。かつて師弟であった二人の間に、修復不可能な亀裂が走った。

 マルティウスが杖を床に打ちつけた。石の音が聖堂に反響する。

「アルヴィン。お前は異端者レイドに毒されている。——衛兵」

 聖堂の側廊から、浄罪の目の兵士たちが現れた。十人。二十人。アルヴィンを取り囲むように配置される。

「勇者アルヴィンを保護せよ。異端の影響から——救い出すのだ」

 エドモンが即座にアルヴィンの前に立った。剣の柄に手をかけ、浄罪の目を睨む。

「エドモン。剣を収めろ」

 アルヴィンの声は静かだった。エドモンが振り返ると——主は笑っていた。

「ここで剣を抜く必要はない」

 アルヴィンが聖剣に手を触れた。金色の光が——聖堂を満たした。ステンドグラスを透過し、天井を照らし、床の石畳に影を焼きつける。浄罪の目の兵士たちが目を覆い、後退った。

「俺は勇者だ。——聖教会が認めた、勇者だ。この剣が証拠だ。そして今、俺は真実を求めている。真実を求める者を異端と呼ぶなら——この教会に正義はない」

 アルヴィンの声が、聖堂の隅々にまで響いた。浄罪の目の兵士たちの中に、動揺が広がる。勇者を捕らえろという命令と、勇者への畏敬の念が衝突している。

 マルティウスの目が細まった。

「……今日のところは、引け」

 浄罪の目が退いた。マルティウスが銀の杖を握りしめ、アルヴィンを見つめている。

「アルヴィン。考え直す時間をやろう。三日だ。三日後に——もう一度、この場で話をしよう」

「三日?」

「三日あれば——お前も冷静になれるだろう。そして私も——準備ができる」

 最後の言葉に含まれた意味を、アルヴィンは聞き逃さなかった。準備。何の準備か。

 アルヴィンはマルティウスに背を向け、聖堂を出た。大扉が閉まる音が、重く響いた。

 石段を下りながら、エドモンが囁いた。

「アルヴィン様。三日は罠です」

「分かっている。マルティウスは三日で——俺を排除する手段を整える。だが三日あれば——レイドたちも次の柱を確保できる」

 アルヴィンは空を見上げた。王都の上空に、灰色の雲が広がっている。

「時間稼ぎだ、エドモン。——俺たちの仕事は、ここで敵の目を引きつけること」

 セレナが頷いた。三人は王都の通りに消えた。嵐の前の静けさの中で——駒が動き始めていた。


  ◇


 大聖堂の奥殿で、マルティウスは一人だった。

 銀の杖が震えている。怒りではない。恐怖だ。

 アルヴィンの目。あの碧眼に宿っていたのは、迷いではなく確信だった。セレナの報告を完全に信じている。そして——聖剣の光は、アルヴィンの側にある。

「聖剣が勇者の意志に従うなら——力では止められない」

 マルティウスは書棚から古い巻物を取り出した。千年前の記録。封印の書。柱を破壊した際に用いた禁術の記録。

「守り手が覚醒を続ければ、柱の力が蘇る。柱が蘇れば——聖教会が千年間築いた全てが、嘘だったと証明される」

 老人の手が巻物を開いた。黄ばんだ羊皮紙に、古代文字で禁術が記されている。

「ならば——覚醒を止めるしかない。守り手の力を奪う禁術が、ここにある」

 マルティウスの指が、一節の記述をなぞった。『柱の残滓を守り手から引き剥がす術』。千年前に使われ、封じられた禁忌の技。

「使いたくはなかった。だが——もはや選択の余地はない」

 老人は巻物を懐にしまい、奥殿を出た。浄罪の目の精鋭を呼び集めるために。

 三日間の猶予。それはアルヴィンへの慈悲ではない。マルティウスが禁術を準備するための——三日間だった。

 大聖堂の鐘が、時を刻んでいた。残された時間が、一刻ずつ削られていく。

 奥殿の窓から見える夕陽が、王都の屋根を赤く染めていた。聖教会の旗が風に揺れている。千年の秩序を象徴する旗が——今、嵐の前兆に晒されていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...