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山岳の追跡者
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聖堂の地上に戻った三人を待っていたのは、聖騎士の一隊だった。
白い鎧。聖教会の紋章。十二人。アイゼン聖堂の入口を半円形に囲み、槍と剣を構えている。先頭に立つ隊長が、レイドを見て目を見開いた。
「異端者レイド。マルティウス枢機卿の命により——拘束する」
「早いな」レイドが呟いた。マルティウスが先手を打っていた。聖堂に聖騎士を派遣する命令は、おそらくファレストの残滓消失の報告を受けた直後に出されたのだろう。
「リーダー。十二人か」ガレスが大盾を構えた。「抜けるぞ」
「待って」リーシャが前に出た。
覚醒した守り手の力が、リーシャの体から溢れた。銀色の光が聖堂の入口を満たし、聖騎士たちが目を細める。
「私は守り手です。この力は——あなたたちが信仰する柱の力そのもの。私を止めることは、世界を止めることと同じです」
リーシャの声は静かだったが、銀色の光が言葉に重みを与えた。聖騎士たちの中に動揺が走る。守り手という言葉は教義にはない。だが——彼らの聖印が、リーシャの力に反応して光を放っている。
「隊長。聖印が——」
「黙れ。命令は拘束だ。理由は問うな」
隊長が槍を構え直した。命令に忠実な男だ。だがその目に——微かな迷いがある。
レイドが剣を抜いた。
「ガレス。突破する。リーシャを守れ」
「了解!」
ガレスが大盾を前に突き出し、聖騎士の隊列に突進した。衝突音が山に響く。聖騎士二人が弾き飛ばされ、隊列に穴が開いた。
レイドがその隙間に滑り込んだ。剣の腹で一人の手首を打ち、槍を落とさせる。右に転じて二人目の剣を受け流し、足を払った。急所は狙わない。殺す相手ではない。
リーシャが銀色の防壁を展開し、後方からの攻撃を弾いた。ファレストの時より安定している。二つの残滓を取り込んだことで、守り手の力が格段に向上していた。
「突破口は開いた! 走れ!」
三人は聖堂の裏手に回り込み、山岳路に飛び出した。背後から隊長の怒号が響くが、重い鎧の聖騎士が山道で追いつくのは容易ではない。
岩場を駆け上がり、稜線に出た。北嶺の風が吹きつけ、汗が一瞬で冷える。
「追手は」
「距離が開いている。だが——諦めてはいません」
リーシャが地脈を通して聖騎士たちの魔力を感知している。覚醒後の新しい能力だ。人の魔力を地脈の振動として読み取ることができる。
「十二人中、八人が追跡を続行。残り四人は——伝書を送っている。増援要請です」
「まずいな。北嶺を越えてカルディナに向かうつもりだったが——聖騎士が先回りする可能性がある」
レイドは地図を頭の中で広げた。カルディナ聖堂は北嶺の東にある。アイゼンから二日の距離。だが聖騎士の増援が先に到着すれば、カルディナの地下に入るのは困難になる。
「ルートを変える」レイドが決断した。「直接カルディナには向かわない。一旦南下して、カイルのいる冒険者ギルドの拠点に合流する」
「カイルに?」
「カイルには北嶺の地理に詳しい仲間がいる。聖騎士が知らない山道を使えば——裏からカルディナに入れる」
ガレスが息を切らしながら頷いた。
「なるほど。——だがリーダー、一つ問題がある。俺の足が重い」
「怪我か」
「突破の時に、槍を脚で受けた。浅いが——全力で走るのは厳しい」
レイドはガレスの左脚を見た。鎧の下から赤い染みが広がっている。
「リーシャ」
「はい」
リーシャがガレスの傷に手を当てた。銀色の光が傷口に流れ込み、出血が止まる。完全な治癒ではないが、応急処置としては十分だ。
「守り手の力には——治癒の側面もあるのですね。柱の力が世界を維持する力なら、生命を維持する力でもある。理にかなっています」
「ありがてえ」ガレスが脚を動かして確認した。「走れる。行こう」
三人は稜線を南に向かって駆けた。背後の追手は見えないが、確実に追ってきている。
日が傾き始めていた。北嶺の夕暮れは早い。暗くなれば追手を撒ける。だがそれまでの数時間を——走り抜かなければならない。
レイドの左手が脈動した。ヴェルディアの力が、二つ目の残滓確保を感知している。遠い魔王城で、ヴェルディアは少しだけ楽になっているだろう。千年ぶりに、世界を支える力が増した。
——あと二つ。あと二つで、世界は持ち直す。
だが時間が足りない。マルティウスの包囲網は狭まり、三日の猶予は刻一刻と削られている。
走りながら、レイドは空を見上げた。北嶺の空は曇り始め、遠くで雷の音がした。嵐が近づいている。天候も、状況も。
「——走れ。止まるな」
三人は嵐に向かって駆け続けた。
◇
カイルは北嶺のギルド拠点で、腕の包帯を巻き直していた。
先日の魔物暴走で負った傷は、まだ完全には癒えていない。だが体は動く。冒険者の体は、傷を得ることに慣れている。
窓の外に目をやると、北嶺の夕景が広がっていた。雪を被った峰々が橙色に染まり、谷間に影が落ちている。美しい景色だ。だがカイルの目には、その景色の裏にある異変が映っている。
山の魔物は静まった。つい数日前まで暴走を続けていた岩狼や鉄蜥蜴が、嘘のように大人しくなった。地脈が安定したのだとレイドは言っていた。——守り手の覚醒。世界を支える新しい力。
カイルにはまだ全てを理解できてはいない。だがレイドが世界を救おうとしていることは分かる。そして自分が——その力になれることも。
扉が叩かれた。
「カイル! 伝書だ。レイドって奴から」
仲間の冒険者が筒を投げてよこした。カイルが開く。
『カイル。アイゼン聖堂で聖騎士と遭遇。南下してそちらに向かう。合流後、カルディナ聖堂への裏ルートを案内してほしい。聖教会に知られていない山道を使う。頼む。——レイド』
カイルは伝書を読み終え、立ち上がった。北嶺の地理なら、誰よりも熟知している。聖教会が知らない古い獣道。山の民だけが使う隠し路。
「おい、どこ行くんだ」
「友人を迎えに行く。——それと、カルディナまでの道案内だ」
「カルディナ? あの廃聖堂か。何があるんだ」
「世界を救う鍵が——ある。らしい」
カイルは弓を背負い、拠点を出た。北嶺の風が頬を打つ。
レイドに借りがある。あの時、魔物の群れの中に飛び込んで助けてくれた。あの借りを——返す時が来た。
カイルは山道を南に向かって走り出した。迎えに行く。仲間のもとへ。
北嶺の山道は険しいが、カイルの足取りは速い。この山で育ち、この山で戦い、この山で仲間を守ってきた。岩場を飛び越え、木の根を踏み、獣道を駆ける。体が覚えている道。誰にも教えたことのない道。
空が暗くなり始めた。雲が峰を覆い、雷鳴が遠くで響いた。嵐が来る。北嶺の嵐は容赦がない。だが——嵐の中でこそ、追手を撒ける。
カイルは走り続けた。レイドが待っている。
白い鎧。聖教会の紋章。十二人。アイゼン聖堂の入口を半円形に囲み、槍と剣を構えている。先頭に立つ隊長が、レイドを見て目を見開いた。
「異端者レイド。マルティウス枢機卿の命により——拘束する」
「早いな」レイドが呟いた。マルティウスが先手を打っていた。聖堂に聖騎士を派遣する命令は、おそらくファレストの残滓消失の報告を受けた直後に出されたのだろう。
「リーダー。十二人か」ガレスが大盾を構えた。「抜けるぞ」
「待って」リーシャが前に出た。
覚醒した守り手の力が、リーシャの体から溢れた。銀色の光が聖堂の入口を満たし、聖騎士たちが目を細める。
「私は守り手です。この力は——あなたたちが信仰する柱の力そのもの。私を止めることは、世界を止めることと同じです」
リーシャの声は静かだったが、銀色の光が言葉に重みを与えた。聖騎士たちの中に動揺が走る。守り手という言葉は教義にはない。だが——彼らの聖印が、リーシャの力に反応して光を放っている。
「隊長。聖印が——」
「黙れ。命令は拘束だ。理由は問うな」
隊長が槍を構え直した。命令に忠実な男だ。だがその目に——微かな迷いがある。
レイドが剣を抜いた。
「ガレス。突破する。リーシャを守れ」
「了解!」
ガレスが大盾を前に突き出し、聖騎士の隊列に突進した。衝突音が山に響く。聖騎士二人が弾き飛ばされ、隊列に穴が開いた。
レイドがその隙間に滑り込んだ。剣の腹で一人の手首を打ち、槍を落とさせる。右に転じて二人目の剣を受け流し、足を払った。急所は狙わない。殺す相手ではない。
リーシャが銀色の防壁を展開し、後方からの攻撃を弾いた。ファレストの時より安定している。二つの残滓を取り込んだことで、守り手の力が格段に向上していた。
「突破口は開いた! 走れ!」
三人は聖堂の裏手に回り込み、山岳路に飛び出した。背後から隊長の怒号が響くが、重い鎧の聖騎士が山道で追いつくのは容易ではない。
岩場を駆け上がり、稜線に出た。北嶺の風が吹きつけ、汗が一瞬で冷える。
「追手は」
「距離が開いている。だが——諦めてはいません」
リーシャが地脈を通して聖騎士たちの魔力を感知している。覚醒後の新しい能力だ。人の魔力を地脈の振動として読み取ることができる。
「十二人中、八人が追跡を続行。残り四人は——伝書を送っている。増援要請です」
「まずいな。北嶺を越えてカルディナに向かうつもりだったが——聖騎士が先回りする可能性がある」
レイドは地図を頭の中で広げた。カルディナ聖堂は北嶺の東にある。アイゼンから二日の距離。だが聖騎士の増援が先に到着すれば、カルディナの地下に入るのは困難になる。
「ルートを変える」レイドが決断した。「直接カルディナには向かわない。一旦南下して、カイルのいる冒険者ギルドの拠点に合流する」
「カイルに?」
「カイルには北嶺の地理に詳しい仲間がいる。聖騎士が知らない山道を使えば——裏からカルディナに入れる」
ガレスが息を切らしながら頷いた。
「なるほど。——だがリーダー、一つ問題がある。俺の足が重い」
「怪我か」
「突破の時に、槍を脚で受けた。浅いが——全力で走るのは厳しい」
レイドはガレスの左脚を見た。鎧の下から赤い染みが広がっている。
「リーシャ」
「はい」
リーシャがガレスの傷に手を当てた。銀色の光が傷口に流れ込み、出血が止まる。完全な治癒ではないが、応急処置としては十分だ。
「守り手の力には——治癒の側面もあるのですね。柱の力が世界を維持する力なら、生命を維持する力でもある。理にかなっています」
「ありがてえ」ガレスが脚を動かして確認した。「走れる。行こう」
三人は稜線を南に向かって駆けた。背後の追手は見えないが、確実に追ってきている。
日が傾き始めていた。北嶺の夕暮れは早い。暗くなれば追手を撒ける。だがそれまでの数時間を——走り抜かなければならない。
レイドの左手が脈動した。ヴェルディアの力が、二つ目の残滓確保を感知している。遠い魔王城で、ヴェルディアは少しだけ楽になっているだろう。千年ぶりに、世界を支える力が増した。
——あと二つ。あと二つで、世界は持ち直す。
だが時間が足りない。マルティウスの包囲網は狭まり、三日の猶予は刻一刻と削られている。
走りながら、レイドは空を見上げた。北嶺の空は曇り始め、遠くで雷の音がした。嵐が近づいている。天候も、状況も。
「——走れ。止まるな」
三人は嵐に向かって駆け続けた。
◇
カイルは北嶺のギルド拠点で、腕の包帯を巻き直していた。
先日の魔物暴走で負った傷は、まだ完全には癒えていない。だが体は動く。冒険者の体は、傷を得ることに慣れている。
窓の外に目をやると、北嶺の夕景が広がっていた。雪を被った峰々が橙色に染まり、谷間に影が落ちている。美しい景色だ。だがカイルの目には、その景色の裏にある異変が映っている。
山の魔物は静まった。つい数日前まで暴走を続けていた岩狼や鉄蜥蜴が、嘘のように大人しくなった。地脈が安定したのだとレイドは言っていた。——守り手の覚醒。世界を支える新しい力。
カイルにはまだ全てを理解できてはいない。だがレイドが世界を救おうとしていることは分かる。そして自分が——その力になれることも。
扉が叩かれた。
「カイル! 伝書だ。レイドって奴から」
仲間の冒険者が筒を投げてよこした。カイルが開く。
『カイル。アイゼン聖堂で聖騎士と遭遇。南下してそちらに向かう。合流後、カルディナ聖堂への裏ルートを案内してほしい。聖教会に知られていない山道を使う。頼む。——レイド』
カイルは伝書を読み終え、立ち上がった。北嶺の地理なら、誰よりも熟知している。聖教会が知らない古い獣道。山の民だけが使う隠し路。
「おい、どこ行くんだ」
「友人を迎えに行く。——それと、カルディナまでの道案内だ」
「カルディナ? あの廃聖堂か。何があるんだ」
「世界を救う鍵が——ある。らしい」
カイルは弓を背負い、拠点を出た。北嶺の風が頬を打つ。
レイドに借りがある。あの時、魔物の群れの中に飛び込んで助けてくれた。あの借りを——返す時が来た。
カイルは山道を南に向かって走り出した。迎えに行く。仲間のもとへ。
北嶺の山道は険しいが、カイルの足取りは速い。この山で育ち、この山で戦い、この山で仲間を守ってきた。岩場を飛び越え、木の根を踏み、獣道を駆ける。体が覚えている道。誰にも教えたことのない道。
空が暗くなり始めた。雲が峰を覆い、雷鳴が遠くで響いた。嵐が来る。北嶺の嵐は容赦がない。だが——嵐の中でこそ、追手を撒ける。
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