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王都へ
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レイド・リーシャ・ガレス・カイルの四人は、北嶺を二日で駆け抜けた。
馬を乗り継ぎ、街道を南下し、途中の宿場で一夜だけ休んだ。リーシャの体力が心配だったが、三つの残滓を取り込んだ守り手の身体は、以前より頑強になっていた。地脈から力を汲み上げる術を、リーシャは無意識に使い始めている。
「地脈が——体を支えてくれています。疲労はありますが、回復が早い」
「便利だな」ガレスが馬上で笑った。
「便利ではありません。これは柱の力です。世界を支える力を、私の体力回復に使っている。——少し申し訳ない気持ちです」
「世界を救う人間が倒れたら元も子もねえだろ。遠慮するな」
二日目の夕刻。王都の城壁が地平線に見えた。
巨大な石の壁。五つの門。大聖堂の尖塔が夕陽に赤く染まっている。千年の歴史を持つ聖都。——そしてこれから、その歴史を覆す戦いの舞台。
城壁の手前で馬を止めた。
「カイル。ここから先は——」
「分かっている。冒険者の俺が王都に入っても、戦力にはならない。だが——北門の外で待機している。何かあれば、脱出ルートを確保する」
「助かる」
「レイド。世界を救えよ。——北嶺の山は、お前が守ってくれた。今度は俺が、お前の退路を守る番だ」
カイルと握手を交わし、三人は王都に向かった。
南の水門。ミラが以前使ったルートだ。日が完全に落ちてから、水門の脇の排水溝に体を滑り込ませた。膝まで水に浸かりながら、暗渠を進む。
「前より警備が厳しくなっています」リーシャが囁いた。地脈を通して、地上の人間の魔力を感じ取っている。「水門の上に見張りが四人。ですが——この排水溝は死角です」
三十分ほど這い進み、王都の内部に出た。裏路地の排水口から体を引き出し、汚水を払う。
「いい匂いだろ、リーダー」ガレスが冗談を言った。
「最悪だ」
裏路地を抜け、約束の場所——川沿いの倉庫に向かった。扉を叩くと、中からミラの声。
「合言葉」
「銀の林檎亭」
扉が開いた。ミラが猫目を光らせて立っていた。
「遅い。待ちくたびれたよ」
「すまん。——中に?」
「全員いるよ」
倉庫の中には、ジークとフェリクスがいた。壁に地図が貼られ、大聖堂の構造図が広げられている。そしてもう一人——アルヴィンが、壁にもたれて腕を組んでいた。
「レイド。待っていた」
アルヴィンの碧眼が、暗い光を帯びている。この三日間で何があったか——その目が語っている。
「アルヴィン。マルティウスは」
「三日の猶予は明日の朝で終わる。マルティウスは大聖堂で——俺を待っている。だがそれは建前だ。本当の目的は——」
「禁術だ」ミラが口を挟んだ。「あたしが見てきた。守り手の力を奪う古代の術式。聖遺物を触媒に使う。リーシャの力を——引き剥がすつもりだ」
リーシャの顔が蒼白になった。だがすぐに表情を引き締めた。
「引き剥がす——ですか。理論上は可能です。残滓は外部から取り込んだ力。適切な術式を使えば、体外に排出できる。ただし——」
「命の保証はない」ミラが続けた。「そう書いてあった」
倉庫に沈黙が落ちた。
ジークが口を開いた。
「状況を整理する。マルティウスは禁術でリーシャの守り手の力を奪おうとしている。ミラが触媒を僅かにずらしたことで、完成は一日遅れた。だが明日の朝には完成する」
「つまり——明日が決戦だ」レイドが言った。
「ああ。全ての陣営が王都に集まった。俺たち。聖教会。そしてアルヴィンの兵。——使える駒は全てある。あとは——どう動かすかだ」
レイドは地図を見つめた。大聖堂。地下の儀式の間。地上の大広間。五つの門。王都の通り。
一周目の記憶が蘇る。一周目では、王都で何が起きたか。——何も。一周目のレイドは、王都の政治には関与しなかった。魔王を追い、仲間を失い、世界が崩壊するのを——見ているしかなかった。
二周目は違う。
「作戦を説明する」
レイドが地図の前に立った。全員の目が集まる。
「目的は二つ。一つ——マルティウスの禁術を阻止する。二つ——大聖堂の地下に残る五つ目の柱の残滓をリーシャが取り込み、覚醒を完成させる」
「五つ目の残滓?」アルヴィンが眉を上げた。「以前、リーシャが一度試みて中断されたものか」
「ああ。あの時は準備が不十分だった。今のリーシャなら——三つの残滓を持っている。五つ目も取り込める」
「四つ目は」
「西のヴェルデ聖堂。だが時間がない。五つのうち四つで——ヴェルディアを安定させるのが現実的だ」
リーシャが頷いた。
「四つの残滓があれば、ヴェルディアの負荷を四割以上引き受けられます。世界の崩壊は止まります。完全ではなくとも——時間を稼げる。ヴェルデの残滓は、後から取りに行けます」
「よし」レイドが地図を指で叩いた。「明日の朝。アルヴィンが正面からマルティウスと対峙する。その間に——俺とリーシャが地下に潜り、残滓を取り込む。ガレスが地下の護衛。ミラが退路の確保。ジークは外部から聖教会に政治的圧力をかける」
「フェリクスの情報網で、マルティウスの不正を各国に流す準備はできている」ジークが言った。「聖教会が千年の嘘をついていたという証拠——セレナの調査報告と、リーシャの覚醒の事実。これが各国に届けば、マルティウスは孤立する」
「セレナは」
「大聖堂の中にいます」アルヴィンが答えた。「マルティウスに監視されていますが——明日の朝、私が大広間に入れば、セレナは自由に動けます。セレナの聖印が——禁術を無効化できる可能性があります」
全ての駒が揃った。六つの道が——一つに集まった。
レイドは全員を見回した。ジーク。フェリクス。アルヴィン。セレナ。ミラ。ガレス。リーシャ。そして——北門の外で待つカイル。
一周目では一人だった。二周目では——こんなにも多くの仲間がいる。
「明日の朝。——世界を変える」
全員が頷いた。倉庫の中に、静かな決意が満ちた。
夜は更けていく。明日が来るまでの、最後の夜。
◇
倉庫の片隅で、レイドとリーシャが並んで座っていた。
他の仲間は仮眠を取っている。ガレスの鼾が規則的に響き、ミラは猫のように丸くなって眠っている。ジークとフェリクスは別室で最後の調整を続けている。
レイドの左手が脈動していた。紋様の光が、暗い倉庫の中で淡く揺れている。
「痛みますか」リーシャが囁いた。
「少しだけ」
「嘘つき」
リーシャがレイドの左手を取った。銀色の光が指先から流れ、紋様の脈動が和らいだ。守り手の力が、ヴェルディアの浸食を鎮めている。
「リーシャ。明日——大聖堂の地下で、覚醒を完成させる。その後のことを、考えているか」
「四つの残滓を取り込めば、世界の崩壊は止まります。その後は——ヴェルデの残滓を回収し、五つ全てを揃えれば、ヴェルディアの負荷を半分にまで減らせる。ヴェルディアは——休めるようになります」
「そうじゃなくて。——お前自身のことだ」
リーシャの碧眼が、レイドを見つめた。
「私は——守り手です。世界を支える存在。それは——一生の役目です」
「重いな」
「重くありません。——一人ではないから」
リーシャの手がレイドの手を握った。銀色の光と紋様の光が交わり、二つの力が静かに共鳴した。
「明日、全てが変わります」リーシャが微笑んだ。「でも——この手は離しません」
レイドは何も言わなかった。ただ手を握り返した。
倉庫の窓から、夜明け前の星が一つ瞬いた。最後の夜が——終わろうとしている。
馬を乗り継ぎ、街道を南下し、途中の宿場で一夜だけ休んだ。リーシャの体力が心配だったが、三つの残滓を取り込んだ守り手の身体は、以前より頑強になっていた。地脈から力を汲み上げる術を、リーシャは無意識に使い始めている。
「地脈が——体を支えてくれています。疲労はありますが、回復が早い」
「便利だな」ガレスが馬上で笑った。
「便利ではありません。これは柱の力です。世界を支える力を、私の体力回復に使っている。——少し申し訳ない気持ちです」
「世界を救う人間が倒れたら元も子もねえだろ。遠慮するな」
二日目の夕刻。王都の城壁が地平線に見えた。
巨大な石の壁。五つの門。大聖堂の尖塔が夕陽に赤く染まっている。千年の歴史を持つ聖都。——そしてこれから、その歴史を覆す戦いの舞台。
城壁の手前で馬を止めた。
「カイル。ここから先は——」
「分かっている。冒険者の俺が王都に入っても、戦力にはならない。だが——北門の外で待機している。何かあれば、脱出ルートを確保する」
「助かる」
「レイド。世界を救えよ。——北嶺の山は、お前が守ってくれた。今度は俺が、お前の退路を守る番だ」
カイルと握手を交わし、三人は王都に向かった。
南の水門。ミラが以前使ったルートだ。日が完全に落ちてから、水門の脇の排水溝に体を滑り込ませた。膝まで水に浸かりながら、暗渠を進む。
「前より警備が厳しくなっています」リーシャが囁いた。地脈を通して、地上の人間の魔力を感じ取っている。「水門の上に見張りが四人。ですが——この排水溝は死角です」
三十分ほど這い進み、王都の内部に出た。裏路地の排水口から体を引き出し、汚水を払う。
「いい匂いだろ、リーダー」ガレスが冗談を言った。
「最悪だ」
裏路地を抜け、約束の場所——川沿いの倉庫に向かった。扉を叩くと、中からミラの声。
「合言葉」
「銀の林檎亭」
扉が開いた。ミラが猫目を光らせて立っていた。
「遅い。待ちくたびれたよ」
「すまん。——中に?」
「全員いるよ」
倉庫の中には、ジークとフェリクスがいた。壁に地図が貼られ、大聖堂の構造図が広げられている。そしてもう一人——アルヴィンが、壁にもたれて腕を組んでいた。
「レイド。待っていた」
アルヴィンの碧眼が、暗い光を帯びている。この三日間で何があったか——その目が語っている。
「アルヴィン。マルティウスは」
「三日の猶予は明日の朝で終わる。マルティウスは大聖堂で——俺を待っている。だがそれは建前だ。本当の目的は——」
「禁術だ」ミラが口を挟んだ。「あたしが見てきた。守り手の力を奪う古代の術式。聖遺物を触媒に使う。リーシャの力を——引き剥がすつもりだ」
リーシャの顔が蒼白になった。だがすぐに表情を引き締めた。
「引き剥がす——ですか。理論上は可能です。残滓は外部から取り込んだ力。適切な術式を使えば、体外に排出できる。ただし——」
「命の保証はない」ミラが続けた。「そう書いてあった」
倉庫に沈黙が落ちた。
ジークが口を開いた。
「状況を整理する。マルティウスは禁術でリーシャの守り手の力を奪おうとしている。ミラが触媒を僅かにずらしたことで、完成は一日遅れた。だが明日の朝には完成する」
「つまり——明日が決戦だ」レイドが言った。
「ああ。全ての陣営が王都に集まった。俺たち。聖教会。そしてアルヴィンの兵。——使える駒は全てある。あとは——どう動かすかだ」
レイドは地図を見つめた。大聖堂。地下の儀式の間。地上の大広間。五つの門。王都の通り。
一周目の記憶が蘇る。一周目では、王都で何が起きたか。——何も。一周目のレイドは、王都の政治には関与しなかった。魔王を追い、仲間を失い、世界が崩壊するのを——見ているしかなかった。
二周目は違う。
「作戦を説明する」
レイドが地図の前に立った。全員の目が集まる。
「目的は二つ。一つ——マルティウスの禁術を阻止する。二つ——大聖堂の地下に残る五つ目の柱の残滓をリーシャが取り込み、覚醒を完成させる」
「五つ目の残滓?」アルヴィンが眉を上げた。「以前、リーシャが一度試みて中断されたものか」
「ああ。あの時は準備が不十分だった。今のリーシャなら——三つの残滓を持っている。五つ目も取り込める」
「四つ目は」
「西のヴェルデ聖堂。だが時間がない。五つのうち四つで——ヴェルディアを安定させるのが現実的だ」
リーシャが頷いた。
「四つの残滓があれば、ヴェルディアの負荷を四割以上引き受けられます。世界の崩壊は止まります。完全ではなくとも——時間を稼げる。ヴェルデの残滓は、後から取りに行けます」
「よし」レイドが地図を指で叩いた。「明日の朝。アルヴィンが正面からマルティウスと対峙する。その間に——俺とリーシャが地下に潜り、残滓を取り込む。ガレスが地下の護衛。ミラが退路の確保。ジークは外部から聖教会に政治的圧力をかける」
「フェリクスの情報網で、マルティウスの不正を各国に流す準備はできている」ジークが言った。「聖教会が千年の嘘をついていたという証拠——セレナの調査報告と、リーシャの覚醒の事実。これが各国に届けば、マルティウスは孤立する」
「セレナは」
「大聖堂の中にいます」アルヴィンが答えた。「マルティウスに監視されていますが——明日の朝、私が大広間に入れば、セレナは自由に動けます。セレナの聖印が——禁術を無効化できる可能性があります」
全ての駒が揃った。六つの道が——一つに集まった。
レイドは全員を見回した。ジーク。フェリクス。アルヴィン。セレナ。ミラ。ガレス。リーシャ。そして——北門の外で待つカイル。
一周目では一人だった。二周目では——こんなにも多くの仲間がいる。
「明日の朝。——世界を変える」
全員が頷いた。倉庫の中に、静かな決意が満ちた。
夜は更けていく。明日が来るまでの、最後の夜。
◇
倉庫の片隅で、レイドとリーシャが並んで座っていた。
他の仲間は仮眠を取っている。ガレスの鼾が規則的に響き、ミラは猫のように丸くなって眠っている。ジークとフェリクスは別室で最後の調整を続けている。
レイドの左手が脈動していた。紋様の光が、暗い倉庫の中で淡く揺れている。
「痛みますか」リーシャが囁いた。
「少しだけ」
「嘘つき」
リーシャがレイドの左手を取った。銀色の光が指先から流れ、紋様の脈動が和らいだ。守り手の力が、ヴェルディアの浸食を鎮めている。
「リーシャ。明日——大聖堂の地下で、覚醒を完成させる。その後のことを、考えているか」
「四つの残滓を取り込めば、世界の崩壊は止まります。その後は——ヴェルデの残滓を回収し、五つ全てを揃えれば、ヴェルディアの負荷を半分にまで減らせる。ヴェルディアは——休めるようになります」
「そうじゃなくて。——お前自身のことだ」
リーシャの碧眼が、レイドを見つめた。
「私は——守り手です。世界を支える存在。それは——一生の役目です」
「重いな」
「重くありません。——一人ではないから」
リーシャの手がレイドの手を握った。銀色の光と紋様の光が交わり、二つの力が静かに共鳴した。
「明日、全てが変わります」リーシャが微笑んだ。「でも——この手は離しません」
レイドは何も言わなかった。ただ手を握り返した。
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