勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

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南大陸ヴェスタ

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 五日目の朝。水平線に、南大陸の輪郭が現れた。

 緑の山々。白い砂浜。青い海に浮かぶ島々。北の大陸とは全く異なる景色が広がっている。

 ヴェスタ港は活気に満ちていた。大小の船が停泊し、荷揚げの人夫が声を上げ、市場では色鮮やかな果物と香辛料が並んでいる。北の大陸より陽光が強く、人々の肌は浅黒い。

 ヴェルディアは航海の後半で体力を取り戻していたが、まだ顔色が優れない。

「まず宿を取ろう。ヴェルディアを休ませる」

 港近くの宿屋に部屋を取り、ヴェルディアをベッドに寝かせた。リーシャが回復魔法で体の調子を整える。

「神経の疲労はまだ残っています。二、三日は安静にした方がいい」

「分かった。——その間に、俺は情報を集める。ジークの居場所と、海の魔物の件だ」

 レイドは港の情報屋を当たった。南大陸ではジークの名は知られていた。傭兵ギルドを立ち上げ、ヴェスタから内陸に入った町レグスに拠点を構えているという。

「ジークの傭兵ギルド? 知ってるよ。腕の立つ傭兵が集まってるって評判だ。仕事は選ぶが、引き受けたら確実にやる。——ただ最近、海の件で忙しいらしいぜ」

「海の件?」

「南の沿岸で、正体不明の生物が出没してるんだ。漁師が何人もやられてる。ギルドに討伐依頼が来てるが——普通の傭兵じゃ太刀打ちできないって話だ」

 レイドは宿に戻り、リーシャに報告した。

「ジークが海の件に関わっている。レグスにいるなら三日で着く」

「ヴェルディアさんの回復を待って出発ですね」

「ああ。——それと、海の魔物は一匹じゃないらしい。沿岸部で複数目撃されている」

「封印のほころびが——確実に広がっているということです」

 リーシャの碧眼が曇った。世界は救われたはずだった。だが——三千年の歪みは、一つの奇跡では消えない。

 ヴェルディアが目を覚ましたのは翌日の昼だった。体の調子は戻っているが、表情が暗い。

「レイド。一つ——思い出したことがある」

「何だ」

「深淵の眷属。——あの存在を封じたのは、五つの柱ではない。柱よりも古い封印だ。神々が世界を創った時に——世界の外側に追い出した存在。柱はその封印を補強していたが——本来の封印は、柱とは別の仕組みで動いている」

「柱とは別の仕組み」

「神殿だ。五つの柱が建つ前に——世界の五箇所に神殿があった。その神殿が、深淵の眷属を封じる錠前になっている。柱が壊れたことで——神殿の力も弱まった。泉の柱は世界の均衡を回復したが、神殿の力は——回復していない」

「つまり——封印が緩んでいる」

「そうだ。今すぐ全てが解放されるわけではない。だが——時間の問題だ。神殿を訪れ、封印を確認し、必要なら補修しなければならない」

 三人は顔を見合わせた。

 旅の目的が——また一つ増えた。景色を見る旅。世界の傷を癒す旅。そして——古代の封印を守る旅。

「まずはジークに会いに行こう」レイドが立ち上がった。「一人で抱え込むのは——もう終わりだ」

 ヴェルディアが頷いた。リーシャが地図を広げた。

 南大陸の旅が——本格的に始まろうとしていた。


  ◇


 同じ頃。北の大陸、王都。

 アルヴィンは大聖堂の執務室で書類に目を通していた。聖教会の改革は遅々として進んでいる。千年の組織を変えるのは、剣で敵を斬るより遥かに難しい。

「アルヴィン様」セレナが部屋に入ってきた。「南の大陸から報告です。沿岸部で正体不明の海洋生物が出没しているとのこと。被害が拡大しています」

「聖教会の南大陸支部は」

「独自に対処しようとしていますが——能力が不足しています。また、南大陸支部の一部が王都の決定に反発し、独立を宣言する動きがあります」

 アルヴィンの碧眼が鋭くなった。

「独立?」

「マルティウスの信奉者が、南大陸に逃れて勢力を立て直しているという情報もあります」

 アルヴィンは椅子の背にもたれた。聖剣が壁に掛けられている。金色の光は安定しているが——抜く時が来るかもしれない。

「レイドたちは南に向かったと聞いたが」

「はい。港町カレンから船に乗ったと、情報網が報告しています」

「なら——あいつに任せよう。南のことは。俺はここでやるべきことをやる」

 セレナが微笑んだ。

「信頼されているのですね。レイドさんのこと」

「……信頼とは違う。あいつは——やると言ったらやる。それだけだ」

 アルヴィンの口角が僅かに上がった。かつて「裏切り者」と呼んだ男を——今は信じている。変化は——いつも痛みを伴うが、時に心地よいものでもある。

「エドモン」

「はい」壁際に控えていたエドモンが応じた。

「南大陸への使者を準備しろ。聖教会の南大陸支部に——改革の意志を伝える。従わないなら——」

「勇者として、参りますか」

「その必要がないことを祈るが——備えは必要だ」

 エドモンが頷き、部屋を出た。

 アルヴィンは窓の外を見た。王都の空は晴れている。だが南の空には——雲が見える。

 嵐は——まだ終わっていなかった。

 大聖堂の鐘が正午を告げた。千年間、同じ音を響かせてきた鐘。だがその音の意味は——今、変わりつつある。信仰の象徴から、真実の象徴へ。変化は遅い。だが——確実に、世界は動いている。
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