勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

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東岸への道

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 東回廊を三日歩いた。

 山岳地帯を抜けると、風景が一変した。緩やかな丘陵地帯に麦畑が広がり、遠くに青い水平線が見える。潮風が草原を渡り、衣服をはためかせた。

「海だ」ガレスが目を細めた。「久しぶりだな。——この匂いは」

「懐かしいですか」リーシャが微笑んだ。

「ああ。俺は海沿いの村で育ったからな。波の音を聞いて寝て、潮の匂いで起きた」

 街道沿いの村では、地震の被害が残っていた。だが四つ目の封印が修復されてからは揺れが止まり、人々は安堵の表情を見せている。井戸の水も澄み始め、傾いた建物を修復する音が村のあちこちから聞こえた。

「地震が止まった理由を——知りたがる者もいるだろうな」ジークが馬上で呟いた。

「説明しても信じないだろう。深淵の眷属だの、三千年前の封印だの」

「信じなくていい。結果が出ていれば——それでいい」

 ヴェルディアが街道脇の花を見つめていた。野の花が風に揺れ、黄色い花弁が陽光を弾いている。

「これは——三千年前にもあった花だ」

「変わらないものもあるんだな」

「ああ。花と——海は変わらない」

 四日目の昼、港町レヴァルスが見えた。

 東岸最大の交易港。丘の上から見下ろすと、港に無数の帆柱が立ち並び、石造りの倉庫群が海岸線に沿って連なっている。街の中央に時計塔が聳え、午後の鐘を打った。

「でかい街だな」ガレスが口笛を吹いた。

「東大陸との交易の要衝です」フェリクスが説明した。「ここから東大陸の各港へ定期便が出ています。——それと、漁師ギルドが強い。深海漁を専門にする船団がある」

「深海漁?」

「ええ。東岸の海底は特殊な地形をしていて——海溝が入り組んでいる。特殊な漁法で深海の魚を獲る。その漁師たちなら、海底の地形に詳しいはずです」

 街に入った。石畳の通りに魚市場の活気が溢れ、塩と魚の匂いが混ざり合っている。荷馬車が行き交い、船乗りたちが酒場の前で談笑していた。

 宿を取った。港を見下ろせる三階の部屋。窓から海風が入り、白いカーテンが揺れている。

「まず情報を集める」レイドが仲間を集めた。「海中神殿の場所を特定する。そして——どうやって海底まで降りるか。この二つだ」

「私が地脈の感知を試みます」リーシャが言った。「陸上からでも、海底の封印の位置はおおよそ分かるかもしれない」

「フェリクスは漁師ギルドに当たれ。深海の地形情報を持っている者を探す」

「了解です」

「ジーク。傭兵を港に配置して、東岸の海域で異変がないか聞き込め」

「ああ」

「ガレスは——」

「俺は漁師と話す。漁師の言葉は漁師が一番分かる」

 レイドが頷いた。

「ヴェルディアと俺は、海底に降りる方法を考える」

 全員が動き始めた。


  ◇


 レイドとヴェルディアは宿の部屋に残り、海底への降下方法を検討した。

 ヴェルディアが窓辺に座り、遠くの海を見ている。琥珀色の瞳に午後の海光が映っていた。

「三千年前——この海は穏やかだった」

「今は違うのか」

「封印が健在だった頃は、海域全体が安定していた。深淵の眷属の気配は完全に遮断され、漁師が海溝の上を平気で船を走らせていた。——今は」

「今は?」

「連絡通路の入口が崩落したこと自体が——封印の劣化の兆候だ。三十年前に崩れたなら、劣化はそこから加速している」

 レイドはテーブルに腰掛けた。窓から入る海風が地図を揺らす。

「他の四つの神殿は——地上から直接入れた。だが海中は——通路が唯一の道か」

「もう一つある。直接潜る方法。だがそれには——呼吸の問題と、水圧の問題がある。魔法で一時的に対処はできるが、リーシャの魔力を修復に温存しなければならない以上——通路を使うのが現実的だ」

「通路の状態が鍵だな」

「ああ。入口の崩落だけなら、除去すれば入れる。だが通路自体が崩壊していたら——」

 ヴェルディアの声が途切れた。窓の外の海面を見つめている。

「どうした」

「……いや。海を見ていたら——思い出した。五つ目の神殿を作った時のことを」

「三千年前か」

「五人で作った最後の神殿だった。一番深い場所に——一番強い封印を施した。完成した時、他の四人が笑った。『これで千年は安泰だ』と」

「千年か」

「三千年持つとは——誰も思っていなかった」

 ヴェルディアが窓から視線を外し、レイドを見た。

「だからこそ——三千年放置された封印が、どうなっているか。想像したくない」

 沈黙が落ちた。海鳥の鳴き声が遠くから聞こえる。

「だが——行くしかない」

「ああ。行くしかない」


  ◇


 夕方。宿の部屋に情報が集まってきた。

 最初に戻ったのはガレスだった。

「港の古い漁師に聞いた。東岸の沖合——陸から半日ほどの位置に、『魔の海域』と呼ばれる場所がある。海流が異常で、普通の船では近づけない。昔から魚が獲れない死の海域だと」

「魔の海域か」

「それだけじゃねえ。最近——その海域で異変が起きてるらしい。夜になると海面が光るんだと。青い光が——水の底から浮かんでくる」

 レイドとヴェルディアが顔を見合わせた。

「封印の光だ」ヴェルディアが言った。「結晶球が——不安定になっている。光が海面まで漏れ出しているなら——劣化が相当進んでいる」

 フェリクスが次に戻った。

「漁師ギルドの長老に会いました。魔の海域の海底地形図を持っています。——古いものですが。海溝が複雑に入り組み、最深部は水深三百尋を超えるとのこと」

「三百尋——」ガレスが唸った。「人間が潜れる深さじゃねえ」

「ですが——長老が一つ、興味深いことを言いました。三十年前まで、その海域に潜る方法があったと」

「どういうことだ」

「海底に——古い遺構があるそうです。石造りの通路のようなもので、陸から海底まで続いている。かつて漁師が使っていたが、三十年前に入口が崩落して塞がった」

「海底まで続く石の通路——」ヴェルディアの目が光った。「それは——神殿の連絡通路だ。三千年前に作った」

「やはりか」

「五つの神殿はすべて、陸上からの連絡通路を持っている。海中神殿も例外ではない。通路が生きているなら——海に潜る必要はない」

「だが入口が崩落していると言っていた」

「崩落程度なら——修復できる。四つの神殿で培った経験がある」

 リーシャが最後に戻った。海岸で地脈の感知を試みていた。

「位置は——特定できました。沖合の北北東。距離は——船で半日くらい。そして」

 リーシャの表情が曇った。

「封印の状態は——感知できた範囲では——かなり悪い」

「どれくらいだ」

「四つ目の神殿に着いた時と——同じくらいの不安定さです。ただし、距離があるので正確ではありません。実際に行ってみないと——」

「明日、漁師に案内を頼んで海域を確認する」レイドが決めた。「連絡通路の入口を見つけて、海底まで降りる道を確保する。——早い方がいい」

 窓の外で、夕陽が海を赤く染めていた。波が桟橋を打つ音が規則的に響いている。

 ジークが戻ってきた。

「聞き込みの結果だ。東岸の海域で——ここ半月ほど、異変が続いている。魚が獲れなくなった。海流が変わった。それと——」

「それと?」

「海の底から——音がするらしい。低い振動。地鳴りに似ているが、地震じゃない。海の中から聞こえてくると」

 沈黙。

「深淵の眷属が——動き始めているのか」

 ヴェルディアが窓の外を見た。夕陽に染まった海面が——微かに震えている。風のせいではない。

「急いだ方がいい。海中の封印は——最も強力だが、最も古い。三千年の劣化が——どこまで進んでいるか。見当もつかない」

 レイドは海を見つめた。水平線の向こうに——何かが蠢いている気がした。

 明日、海に向かう。最後の封印——海底の神殿へ。
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