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代償の重さ
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レヴァルスの宿。夜の食堂に、全員が集まった。
テーブルの上に食事は並んでいたが、誰も手をつけていなかった。ヴェルディアが席の端に座り、両手を膝の上で組んでいる。琥珀色の瞳が伏せられていた。
「礎石を作り直す方法を——話す」
全員が黙った。海風が窓から入り、蝋燭の炎を揺らした。
「三千年前——礎石を作った時。五人の術者が、それぞれの力の一部を石に刻んだ。術式ではなく——存在の核を。魂の断片とでも言えばいいか。五人の魂の一部が石に宿ることで、封印の不変性が保たれた」
「魂の——断片」レイドが復唱した。
「だから礎石は三千年持った。術式だけなら——千年で消えていた。魂が宿っていたから——石が劣化しても、紋様が力を保ち続けた。だが三千年は——限界だ。五人のうち四人は死に、その魂の断片も弱まった。私だけが——柱として生き続けたから、私の部分だけが保たれていた」
「五つのうち四つの魂が弱った。だから——亀裂が入った」
「ああ。修復するには——新しい魂の断片を刻む必要がある。五つの異なる力で」
リーシャが身を乗り出した。
「五つの力——それは、五人の術者の系譜に当たる人間が必要ということですか」
「必ずしも系譜でなくてもいい。五つの異なる属性の力があればいい。——だが問題は、魂の断片を差し出すということだ。文字通り——自分の存在の一部を、石に渡す」
「それは——」ガレスが言いかけた。「命を削るってことか」
「命を削る——という表現は正確ではない。寿命が縮むのではなく——存在が薄くなる。記憶が一部欠落する。感情が鈍くなる。人間としての——厚みが、少しだけ失われる」
食堂が静まり返った。
「戻らないのか」レイドが聞いた。「失ったものは」
「戻らない。石に刻んだ魂の断片は——永遠にそこに残る。その代わり——封印は永続する」
沈黙が長く続いた。波の音。遠くの酒場から笑い声。日常の音が、非日常の話題を縁取っている。
「五つの力」レイドが指を折った。「一つはヴェルディアだな。元々の五人の一人だ」
「ああ。私の分は——すでに三千年前に刻んでいる。劣化していないから、刻み直す必要はない。残り四つだ」
「リーシャは——守り手の力。それが一つに数えられるか」
「守り手の力は——柱の力の派生だ。封印の術式とは異なるが——応用できる可能性がある。試す価値はある」
「二つ目として——聖印の力はどうだ。アウグストゥスやヴァレリウスの信者たちが持っている」
ヴェルディアの目が光った。
「聖印は——封印の力の残滓から生まれた力だ。封印との親和性は高い。サルディスで聖印が結晶球と共鳴したのがその証拠だ。——三つ目として使える可能性がある」
「残り二つ。——何が考えられる」
「一つは——純粋な人間の魔力。術者としての適性を持つ者。リーシャとは異なる系統の魔法使いが望ましい」
「フェリクスは?」
フェリクスが驚いた顔をした。
「私ですか。——確かに魔法は使えますが、戦闘向きではなく——」
「戦闘力は関係ない。魔力の系統が重要だ。お前の魔力は——計測と分析に特化した知性的な魔力だ。リーシャの力とは系統が異なる」
「つまり——四つ目の候補か」
「可能性はある。だが——代償を受け入れる覚悟があるかどうかは、本人次第だ」
フェリクスの目が泳いだ。ジークがフェリクスの肩を叩いた。
「考えろ。急がなくていい」
「五つ目は——」レイドが聞いた。
ヴェルディアが長い沈黙の後、レイドを見た。
「レイド。お前だ」
「俺? 俺には守り手の力も聖印もない。ただの——」
「お前の魔力には——特異な性質がある。一周目から持ち越された——時間の記憶を帯びた魔力。死に戻りの力が残した痕跡だ。通常の人間の魔力とは——根本的に異なる」
「死に戻りの——痕跡」
「ああ。お前は——世界を一度やり直した存在だ。その経験が——魔力に刻まれている。五つ目の力として——これ以上の適性はない」
レイドは自分の手を見つめた。左手。かつてヴェルディアの紋様が浮かんでいた手。今は何もない。だが——魔力の奥に、確かに何かが残っている。
「俺の——記憶が。感情が。一部失われるのか」
「ああ。どの部分が失われるかは——選べない。一周目の記憶かもしれない。リーシャとの思い出かもしれない。ガレスとの出会いの瞬間かもしれない」
レイドの手が——震えた。
「……考える時間をくれ」
「もちろんだ。——急ぐ必要はある。だが——一晩は待てる」
食堂が散会した。全員がそれぞれの部屋に戻っていく。
レイドは宿の屋上に上がった。夜の海が広がっている。星が水面に映り、無数の光の粒が波に揺れていた。
一周目の記憶。世界が崩壊した瞬間。仲間たちの死。アルヴィンの聖剣。——あの記憶があったから、二周目で世界を救えた。
だがもう——世界は救われた。一周目の記憶は——使命としての役割を終えている。
しかしそれは——レイドの一部だ。苦しみも、悲しみも、後悔も——全てがレイドを作っている。失えば——レイドはレイドでなくなる。
屋上の扉が開いた。リーシャが出てきた。
「眠れないんですか」
「ああ」
リーシャがレイドの隣に座った。二人で星空を見上げた。
「私は——やります。守り手の力の一部を、礎石に差し出す」
「リーシャ——」
「怖いです。何を失うか分からない。でも——この力は、世界を守るために使うべきものです。そのために——守り手の血筋がある」
「……お前は強いな」
「強くないです。怖いです。でも——レイドがいるから。何を失っても——レイドがいれば、また作れます。新しい思い出を」
リーシャの碧眼が星光を映していた。レイドは——その目を見て、決意した。
「俺もやる。——何を失っても。お前と一緒に、新しい思い出を作る。それでいい」
二人は星空の下で、しばらく黙って座っていた。
波の音が絶え間なく響き、星が海に映っている。明日——決断を仲間に伝える。
五つの力を集めて、礎石を作り直す。深淵の封印を——永遠のものにするために。
テーブルの上に食事は並んでいたが、誰も手をつけていなかった。ヴェルディアが席の端に座り、両手を膝の上で組んでいる。琥珀色の瞳が伏せられていた。
「礎石を作り直す方法を——話す」
全員が黙った。海風が窓から入り、蝋燭の炎を揺らした。
「三千年前——礎石を作った時。五人の術者が、それぞれの力の一部を石に刻んだ。術式ではなく——存在の核を。魂の断片とでも言えばいいか。五人の魂の一部が石に宿ることで、封印の不変性が保たれた」
「魂の——断片」レイドが復唱した。
「だから礎石は三千年持った。術式だけなら——千年で消えていた。魂が宿っていたから——石が劣化しても、紋様が力を保ち続けた。だが三千年は——限界だ。五人のうち四人は死に、その魂の断片も弱まった。私だけが——柱として生き続けたから、私の部分だけが保たれていた」
「五つのうち四つの魂が弱った。だから——亀裂が入った」
「ああ。修復するには——新しい魂の断片を刻む必要がある。五つの異なる力で」
リーシャが身を乗り出した。
「五つの力——それは、五人の術者の系譜に当たる人間が必要ということですか」
「必ずしも系譜でなくてもいい。五つの異なる属性の力があればいい。——だが問題は、魂の断片を差し出すということだ。文字通り——自分の存在の一部を、石に渡す」
「それは——」ガレスが言いかけた。「命を削るってことか」
「命を削る——という表現は正確ではない。寿命が縮むのではなく——存在が薄くなる。記憶が一部欠落する。感情が鈍くなる。人間としての——厚みが、少しだけ失われる」
食堂が静まり返った。
「戻らないのか」レイドが聞いた。「失ったものは」
「戻らない。石に刻んだ魂の断片は——永遠にそこに残る。その代わり——封印は永続する」
沈黙が長く続いた。波の音。遠くの酒場から笑い声。日常の音が、非日常の話題を縁取っている。
「五つの力」レイドが指を折った。「一つはヴェルディアだな。元々の五人の一人だ」
「ああ。私の分は——すでに三千年前に刻んでいる。劣化していないから、刻み直す必要はない。残り四つだ」
「リーシャは——守り手の力。それが一つに数えられるか」
「守り手の力は——柱の力の派生だ。封印の術式とは異なるが——応用できる可能性がある。試す価値はある」
「二つ目として——聖印の力はどうだ。アウグストゥスやヴァレリウスの信者たちが持っている」
ヴェルディアの目が光った。
「聖印は——封印の力の残滓から生まれた力だ。封印との親和性は高い。サルディスで聖印が結晶球と共鳴したのがその証拠だ。——三つ目として使える可能性がある」
「残り二つ。——何が考えられる」
「一つは——純粋な人間の魔力。術者としての適性を持つ者。リーシャとは異なる系統の魔法使いが望ましい」
「フェリクスは?」
フェリクスが驚いた顔をした。
「私ですか。——確かに魔法は使えますが、戦闘向きではなく——」
「戦闘力は関係ない。魔力の系統が重要だ。お前の魔力は——計測と分析に特化した知性的な魔力だ。リーシャの力とは系統が異なる」
「つまり——四つ目の候補か」
「可能性はある。だが——代償を受け入れる覚悟があるかどうかは、本人次第だ」
フェリクスの目が泳いだ。ジークがフェリクスの肩を叩いた。
「考えろ。急がなくていい」
「五つ目は——」レイドが聞いた。
ヴェルディアが長い沈黙の後、レイドを見た。
「レイド。お前だ」
「俺? 俺には守り手の力も聖印もない。ただの——」
「お前の魔力には——特異な性質がある。一周目から持ち越された——時間の記憶を帯びた魔力。死に戻りの力が残した痕跡だ。通常の人間の魔力とは——根本的に異なる」
「死に戻りの——痕跡」
「ああ。お前は——世界を一度やり直した存在だ。その経験が——魔力に刻まれている。五つ目の力として——これ以上の適性はない」
レイドは自分の手を見つめた。左手。かつてヴェルディアの紋様が浮かんでいた手。今は何もない。だが——魔力の奥に、確かに何かが残っている。
「俺の——記憶が。感情が。一部失われるのか」
「ああ。どの部分が失われるかは——選べない。一周目の記憶かもしれない。リーシャとの思い出かもしれない。ガレスとの出会いの瞬間かもしれない」
レイドの手が——震えた。
「……考える時間をくれ」
「もちろんだ。——急ぐ必要はある。だが——一晩は待てる」
食堂が散会した。全員がそれぞれの部屋に戻っていく。
レイドは宿の屋上に上がった。夜の海が広がっている。星が水面に映り、無数の光の粒が波に揺れていた。
一周目の記憶。世界が崩壊した瞬間。仲間たちの死。アルヴィンの聖剣。——あの記憶があったから、二周目で世界を救えた。
だがもう——世界は救われた。一周目の記憶は——使命としての役割を終えている。
しかしそれは——レイドの一部だ。苦しみも、悲しみも、後悔も——全てがレイドを作っている。失えば——レイドはレイドでなくなる。
屋上の扉が開いた。リーシャが出てきた。
「眠れないんですか」
「ああ」
リーシャがレイドの隣に座った。二人で星空を見上げた。
「私は——やります。守り手の力の一部を、礎石に差し出す」
「リーシャ——」
「怖いです。何を失うか分からない。でも——この力は、世界を守るために使うべきものです。そのために——守り手の血筋がある」
「……お前は強いな」
「強くないです。怖いです。でも——レイドがいるから。何を失っても——レイドがいれば、また作れます。新しい思い出を」
リーシャの碧眼が星光を映していた。レイドは——その目を見て、決意した。
「俺もやる。——何を失っても。お前と一緒に、新しい思い出を作る。それでいい」
二人は星空の下で、しばらく黙って座っていた。
波の音が絶え間なく響き、星が海に映っている。明日——決断を仲間に伝える。
五つの力を集めて、礎石を作り直す。深淵の封印を——永遠のものにするために。
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