98 / 127
礎石
しおりを挟む
三日後。一行は再び海底の広間に降りた。
結晶球は——澄んだ碧の光を放ち続けていた。修復は完全に保たれている。広間の空気は穏やかで、天井の結界も安定していた。
「結晶球は問題ない」フェリクスが確認した。「封印強度は最大値を維持しています」
「では——下に降りる」ヴェルディアが広間の奥を見た。
広間の壁面——結晶球の背後に、もう一つの通路があった。前回までの修復作業では気づかなかった。壁面の紋様に隠された隠し通路で、ヴェルディアが紋様の一部に手を触れると、石壁が滑るように開いた。
「この通路は——私たちだけが知っていた。五人の術者以外には」
通路は——下に続いていた。急な階段。石段の表面は滑らかで、一度も人が踏んだことのない新品のような光沢がある。壁面に紋様はない。ただの石壁。
「暗いな」ガレスが松明を掲げた。
「紋様がないのは——意図的だ。ここから先は、封印の管理者以外が入ることを想定していない。紋様は道標になるから——あえて排除した」
百段。二百段。三百段。階段が螺旋状に降りていく。空気が重くなり、耳に圧力を感じた。
五百段を超えた頃、リーシャが足を止めた。
「何か——感じます。下から。封印の——もっと根本的な力の気配」
「礎石の力だ」ヴェルディアが頷いた。「近い」
さらに百段降りた。階段が終わり——小さな部屋に出た。
広間ではない。四歩四方の、狭い石室だ。天井は低く、手を伸ばせば届く。
部屋の中央に——石柱があった。
膝の高さほどの円柱。表面に——紋様が刻まれている。他のどの紋様とも違う。五つの異なる書体が絡み合い、一つの複雑な図形を形成している。五人の術者が——それぞれの力で刻んだ紋様。
「これが——礎石か」レイドが石柱を見下ろした。
「ああ。五つの封印の土台。これが壊れれば——全ての封印が崩壊する」
リーシャが石柱に手を近づけた。触れてはいない。だが——碧眼が大きく見開かれた。
「ヴェルディアさん。この礎石は——」
「何だ」
「亀裂が入っています。小さいけれど——確実に。紋様の——五つの書体が交差する点に。亀裂が」
ヴェルディアが石柱に顔を近づけた。目を凝らす。
そして——蒼白になった。
「……ある。亀裂が——確かに。紋様の交差点——封印の結節点だ。ここが壊れれば——」
「イルヴァーンが——内側から削ったんですか」
「いや。この亀裂は——削られた痕ではない。経年劣化だ。三千年の時間で——石自体が劣化し、紋様を支えきれなくなっている」
「経年劣化——」
「三千年だ。どんな石も——永遠ではない。封印の結晶球は修復できた。だが——礎石は石そのものだ。刻まれた紋様は無事でも——石が壊れれば意味がない」
レイドが石柱の前に膝をついた。確かに——小さな亀裂が走っている。髪の毛よりも細い線。だが五箇所の交差点全てに入っている。
「修復できるのか」
「分からない。石を——どうやって修復する。魔力で封印は直せるが、物理的な石の劣化は——魔法の管轄外だ」
「新しい石に刻み直す——ことは」
「紋様を刻み直すには——五人の術者が必要だ。五つの異なる力で、同時に刻まなければならない。私一人では——一つの書体しか扱えない」
沈黙。石室に五人の呼吸だけが響いた。
「残りの四つの書体は——」リーシャが言った。「守り手の力で——代用できませんか」
「分からない。守り手の力は——柱の力の補助だ。封印の術式を直接操作する力とは——異なる」
「でも——」
「可能性がゼロとは言わない。だが——実験する余裕はない。礎石に触れること自体がリスクだ。亀裂を広げてしまうかもしれない」
レイドが立ち上がった。
「まず、現状を整理しよう。礎石に亀裂が入っている。放置すれば——いずれ崩壊する。時間は」
「分からない。明日かもしれないし、百年後かもしれない。だが——イルヴァーンが言っていた『もう一つの道』は、おそらくこれだ。亀裂を内側から押し広げることができれば——封印を破壊できる」
「封印の修復だけでは足りなかった。礎石自体を——新しくする必要がある」
「ああ。だがその方法が——まだ見えない」
一行は石室を後にし、階段を上がった。広間を通り、通路を戻り、地上に出た。
船上でレイドは考えていた。
五つの封印を修復した。だがその下の土台が——崩れかけている。修復しても修復しても——根本が壊れれば全てが無駄になる。
「ヴェルディア」
「何だ」
「礎石を作り直す方法。——心当たりはあるか」
ヴェルディアが海を見つめた。長い沈黙。波が船底を叩き、海鳥が空を横切った。
「一つだけ——ある。だが」
「だが?」
「代償が大きい。——レヴァルスに戻ってから話す」
港が見えてきた。灯台の光が回っている。
五つの封印は修復した。だが——旅は終わらなかった。むしろ——本当の問題が、ようやく見えてきたところだ。
結晶球は——澄んだ碧の光を放ち続けていた。修復は完全に保たれている。広間の空気は穏やかで、天井の結界も安定していた。
「結晶球は問題ない」フェリクスが確認した。「封印強度は最大値を維持しています」
「では——下に降りる」ヴェルディアが広間の奥を見た。
広間の壁面——結晶球の背後に、もう一つの通路があった。前回までの修復作業では気づかなかった。壁面の紋様に隠された隠し通路で、ヴェルディアが紋様の一部に手を触れると、石壁が滑るように開いた。
「この通路は——私たちだけが知っていた。五人の術者以外には」
通路は——下に続いていた。急な階段。石段の表面は滑らかで、一度も人が踏んだことのない新品のような光沢がある。壁面に紋様はない。ただの石壁。
「暗いな」ガレスが松明を掲げた。
「紋様がないのは——意図的だ。ここから先は、封印の管理者以外が入ることを想定していない。紋様は道標になるから——あえて排除した」
百段。二百段。三百段。階段が螺旋状に降りていく。空気が重くなり、耳に圧力を感じた。
五百段を超えた頃、リーシャが足を止めた。
「何か——感じます。下から。封印の——もっと根本的な力の気配」
「礎石の力だ」ヴェルディアが頷いた。「近い」
さらに百段降りた。階段が終わり——小さな部屋に出た。
広間ではない。四歩四方の、狭い石室だ。天井は低く、手を伸ばせば届く。
部屋の中央に——石柱があった。
膝の高さほどの円柱。表面に——紋様が刻まれている。他のどの紋様とも違う。五つの異なる書体が絡み合い、一つの複雑な図形を形成している。五人の術者が——それぞれの力で刻んだ紋様。
「これが——礎石か」レイドが石柱を見下ろした。
「ああ。五つの封印の土台。これが壊れれば——全ての封印が崩壊する」
リーシャが石柱に手を近づけた。触れてはいない。だが——碧眼が大きく見開かれた。
「ヴェルディアさん。この礎石は——」
「何だ」
「亀裂が入っています。小さいけれど——確実に。紋様の——五つの書体が交差する点に。亀裂が」
ヴェルディアが石柱に顔を近づけた。目を凝らす。
そして——蒼白になった。
「……ある。亀裂が——確かに。紋様の交差点——封印の結節点だ。ここが壊れれば——」
「イルヴァーンが——内側から削ったんですか」
「いや。この亀裂は——削られた痕ではない。経年劣化だ。三千年の時間で——石自体が劣化し、紋様を支えきれなくなっている」
「経年劣化——」
「三千年だ。どんな石も——永遠ではない。封印の結晶球は修復できた。だが——礎石は石そのものだ。刻まれた紋様は無事でも——石が壊れれば意味がない」
レイドが石柱の前に膝をついた。確かに——小さな亀裂が走っている。髪の毛よりも細い線。だが五箇所の交差点全てに入っている。
「修復できるのか」
「分からない。石を——どうやって修復する。魔力で封印は直せるが、物理的な石の劣化は——魔法の管轄外だ」
「新しい石に刻み直す——ことは」
「紋様を刻み直すには——五人の術者が必要だ。五つの異なる力で、同時に刻まなければならない。私一人では——一つの書体しか扱えない」
沈黙。石室に五人の呼吸だけが響いた。
「残りの四つの書体は——」リーシャが言った。「守り手の力で——代用できませんか」
「分からない。守り手の力は——柱の力の補助だ。封印の術式を直接操作する力とは——異なる」
「でも——」
「可能性がゼロとは言わない。だが——実験する余裕はない。礎石に触れること自体がリスクだ。亀裂を広げてしまうかもしれない」
レイドが立ち上がった。
「まず、現状を整理しよう。礎石に亀裂が入っている。放置すれば——いずれ崩壊する。時間は」
「分からない。明日かもしれないし、百年後かもしれない。だが——イルヴァーンが言っていた『もう一つの道』は、おそらくこれだ。亀裂を内側から押し広げることができれば——封印を破壊できる」
「封印の修復だけでは足りなかった。礎石自体を——新しくする必要がある」
「ああ。だがその方法が——まだ見えない」
一行は石室を後にし、階段を上がった。広間を通り、通路を戻り、地上に出た。
船上でレイドは考えていた。
五つの封印を修復した。だがその下の土台が——崩れかけている。修復しても修復しても——根本が壊れれば全てが無駄になる。
「ヴェルディア」
「何だ」
「礎石を作り直す方法。——心当たりはあるか」
ヴェルディアが海を見つめた。長い沈黙。波が船底を叩き、海鳥が空を横切った。
「一つだけ——ある。だが」
「だが?」
「代償が大きい。——レヴァルスに戻ってから話す」
港が見えてきた。灯台の光が回っている。
五つの封印は修復した。だが——旅は終わらなかった。むしろ——本当の問題が、ようやく見えてきたところだ。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる