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赤い夢
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回復期間の四日目。レイドは夢を見た。
赤い空。赤い大地。赤い海。全てが赤い世界。
その中に——男が立っていた。痩身で、長い黒髪を持ち、瞳が深い紫色をしている。年齢は分からない。三十にも、百にも見える。
「やあ」男が言った。「ようやく会えた。——レイド・アシュフォード」
「誰だ」
「イルヴァーン。三千年前の術者。ヴェルディアの元同僚。——お前たちが封じた相手だ」
レイドの体が強張った。だが——ここは夢だ。体は動かない。
「お前が——俺の夢に入ってきたのか」
「入ったわけではない。お前が魂の断片を礎石に差し出した時——繋がりができた。お前の魂の一部と、封印の土台が接続している。その土台の裏側に——私がいる」
「何が目的だ」
「話がしたかった。——ヴェルディアは私のことを悪く言っただろう。裏切り者。深淵に魅了された愚か者。——事実だ。否定はしない」
男が笑った。穏やかな、知性的な笑い。悪意はない。だが——底が見えない。
「だが——私は三千年考えた。深淵の底で、何もせずに待っていたわけではない。考えて——作った」
「何を作った」
「見せよう。——お前が降りてきた時に」
赤い世界が揺れた。男の姿が薄れ始めた。
「一つだけ言っておく。私は——世界を壊したいのではない。世界を——作り直したいのだ。今の世界には——欠陥がある。ヴェルディアも知っている。知っていて——目を逸らした」
「欠陥——?」
「聞け。五つの柱。五つの封印。礎石。泉。——全て、対症療法だ。世界が崩壊しないように——応急処置を重ねてきた。根本の問題は——何も解決していない」
「根本の問題とは何だ」
男が消えかけた。赤い世界がひび割れ、白い光が差し込んでくる。
「降りてこい。——見せてやる」
目が覚めた。
レイドは汗だくでベッドに座っていた。窓の外は夜明け前。心臓が激しく脈打っている。
隣の部屋からリーシャが飛び出してきた。寝乱れた髪。碧眼が見開かれている。
「レイド——夢を——」
「見たのか。お前も」
「赤い世界。男が——」
「イルヴァーンだ」
二人は顔を見合わせた。同じ夢を見ている。——礎石に魂の断片を差し出した者同士が、イルヴァーンと繋がっている。
食堂に全員を集めた。フェリクスとヴァレリウスも——同じ夢を見ていた。
「四人とも同じ夢を」ヴェルディアの表情が険しくなった。「礎石を通じた精神接続だ。イルヴァーンが——お前たちの魂の断片を利用して、夢に入り込んだ」
「危険なのか」ジークが聞いた。
「今のところは——情報の一方通行だ。イルヴァーンが語りかけることはできるが、こちらの情報を抜くことはできない。魂の断片は封印の一部になっている。封印が機能している限り——乗っ取りは不可能だ」
「だが不愉快だ。寝る度にあの男の顔を見るのか」ヴァレリウスが顔をしかめた。
「封印の構造に干渉すれば——接続を切ることもできる。だが、そうすると封印が弱くなる」
「つまり——受け入れるしかないと」
「一週間だ。一週間後に降りる。それまでは——夢を見ても、反応するな。イルヴァーンは情報を引き出そうとしている可能性がある」
レイドは考えていた。イルヴァーンの言葉。「世界を作り直したい」。「根本の問題」。「対症療法」。
世界を救った。柱を作り直し、封印を修復し、礎石を新しくした。——だがそれは確かに、応急処置の連続だった。
「ヴェルディア。イルヴァーンが言っていた。世界の根本の問題——心当たりはあるか」
ヴェルディアが長い沈黙の後、答えた。
「……ある」
「何だ」
「三千年前。世界を作った神々は——完成させなかった。世界は——未完成のまま、運用が始まった。柱も封印も——完成した世界には不要なものだ。未完成だから——支えが必要になった」
「未完成——?」
「深淵の眷属は——世界の外に追い出された存在ではなく、世界が完成すれば自然に消える存在だ。世界が未完成だから——深淵が存在する。イルヴァーンは——世界を完成させようとしている。三千年かけて」
食堂が——完全に静まった。
「完成させる——って。神の仕事を——人間がやるのか」ガレスが呟いた。
「イルヴァーンは——そう考えた。三千年前に。そして今も——その考えを捨てていない」
「だが——失敗すれば」
「世界が壊れる。完成ではなく——崩壊する。イルヴァーンの方法は危険すぎる。深淵の力を使って世界を完成させるなど——」
「だからお前たちは——封じたのか」
「ああ。——正しい判断だったと、今でも思う。だが——」
「だが?」
「三千年経って——イルヴァーンが何を作ったか。それを見なければ——判断できない。あの男は——天才だった。三千年の時間があれば——不可能を可能にしたかもしれない」
レイドは窓の外を見た。朝日が昇り始めている。海が金色に染まっていく。
「一週間後。降りて——確かめよう。イルヴァーンが何を作ったか。それが世界を救うものか、壊すものか。——自分の目で見て、判断する」
「判断して——どうする」ジークが聞いた。
「壊すものなら——止める。救うものなら——」
「救うものなら?」
レイドは——答えなかった。まだ分からない。見てからだ。
朝日が食堂を照らした。新しい一日が始まる。深淵への旅路の——準備期間が続く。
赤い空。赤い大地。赤い海。全てが赤い世界。
その中に——男が立っていた。痩身で、長い黒髪を持ち、瞳が深い紫色をしている。年齢は分からない。三十にも、百にも見える。
「やあ」男が言った。「ようやく会えた。——レイド・アシュフォード」
「誰だ」
「イルヴァーン。三千年前の術者。ヴェルディアの元同僚。——お前たちが封じた相手だ」
レイドの体が強張った。だが——ここは夢だ。体は動かない。
「お前が——俺の夢に入ってきたのか」
「入ったわけではない。お前が魂の断片を礎石に差し出した時——繋がりができた。お前の魂の一部と、封印の土台が接続している。その土台の裏側に——私がいる」
「何が目的だ」
「話がしたかった。——ヴェルディアは私のことを悪く言っただろう。裏切り者。深淵に魅了された愚か者。——事実だ。否定はしない」
男が笑った。穏やかな、知性的な笑い。悪意はない。だが——底が見えない。
「だが——私は三千年考えた。深淵の底で、何もせずに待っていたわけではない。考えて——作った」
「何を作った」
「見せよう。——お前が降りてきた時に」
赤い世界が揺れた。男の姿が薄れ始めた。
「一つだけ言っておく。私は——世界を壊したいのではない。世界を——作り直したいのだ。今の世界には——欠陥がある。ヴェルディアも知っている。知っていて——目を逸らした」
「欠陥——?」
「聞け。五つの柱。五つの封印。礎石。泉。——全て、対症療法だ。世界が崩壊しないように——応急処置を重ねてきた。根本の問題は——何も解決していない」
「根本の問題とは何だ」
男が消えかけた。赤い世界がひび割れ、白い光が差し込んでくる。
「降りてこい。——見せてやる」
目が覚めた。
レイドは汗だくでベッドに座っていた。窓の外は夜明け前。心臓が激しく脈打っている。
隣の部屋からリーシャが飛び出してきた。寝乱れた髪。碧眼が見開かれている。
「レイド——夢を——」
「見たのか。お前も」
「赤い世界。男が——」
「イルヴァーンだ」
二人は顔を見合わせた。同じ夢を見ている。——礎石に魂の断片を差し出した者同士が、イルヴァーンと繋がっている。
食堂に全員を集めた。フェリクスとヴァレリウスも——同じ夢を見ていた。
「四人とも同じ夢を」ヴェルディアの表情が険しくなった。「礎石を通じた精神接続だ。イルヴァーンが——お前たちの魂の断片を利用して、夢に入り込んだ」
「危険なのか」ジークが聞いた。
「今のところは——情報の一方通行だ。イルヴァーンが語りかけることはできるが、こちらの情報を抜くことはできない。魂の断片は封印の一部になっている。封印が機能している限り——乗っ取りは不可能だ」
「だが不愉快だ。寝る度にあの男の顔を見るのか」ヴァレリウスが顔をしかめた。
「封印の構造に干渉すれば——接続を切ることもできる。だが、そうすると封印が弱くなる」
「つまり——受け入れるしかないと」
「一週間だ。一週間後に降りる。それまでは——夢を見ても、反応するな。イルヴァーンは情報を引き出そうとしている可能性がある」
レイドは考えていた。イルヴァーンの言葉。「世界を作り直したい」。「根本の問題」。「対症療法」。
世界を救った。柱を作り直し、封印を修復し、礎石を新しくした。——だがそれは確かに、応急処置の連続だった。
「ヴェルディア。イルヴァーンが言っていた。世界の根本の問題——心当たりはあるか」
ヴェルディアが長い沈黙の後、答えた。
「……ある」
「何だ」
「三千年前。世界を作った神々は——完成させなかった。世界は——未完成のまま、運用が始まった。柱も封印も——完成した世界には不要なものだ。未完成だから——支えが必要になった」
「未完成——?」
「深淵の眷属は——世界の外に追い出された存在ではなく、世界が完成すれば自然に消える存在だ。世界が未完成だから——深淵が存在する。イルヴァーンは——世界を完成させようとしている。三千年かけて」
食堂が——完全に静まった。
「完成させる——って。神の仕事を——人間がやるのか」ガレスが呟いた。
「イルヴァーンは——そう考えた。三千年前に。そして今も——その考えを捨てていない」
「だが——失敗すれば」
「世界が壊れる。完成ではなく——崩壊する。イルヴァーンの方法は危険すぎる。深淵の力を使って世界を完成させるなど——」
「だからお前たちは——封じたのか」
「ああ。——正しい判断だったと、今でも思う。だが——」
「だが?」
「三千年経って——イルヴァーンが何を作ったか。それを見なければ——判断できない。あの男は——天才だった。三千年の時間があれば——不可能を可能にしたかもしれない」
レイドは窓の外を見た。朝日が昇り始めている。海が金色に染まっていく。
「一週間後。降りて——確かめよう。イルヴァーンが何を作ったか。それが世界を救うものか、壊すものか。——自分の目で見て、判断する」
「判断して——どうする」ジークが聞いた。
「壊すものなら——止める。救うものなら——」
「救うものなら?」
レイドは——答えなかった。まだ分からない。見てからだ。
朝日が食堂を照らした。新しい一日が始まる。深淵への旅路の——準備期間が続く。
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