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失われたもの
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レヴァルスの宿で三日間、全員が眠った。
礎石の修復で魂の断片を差し出した四人は、特に消耗が激しかった。レイドは二日目の昼まで目を覚まさず、リーシャも丸一日眠り続けた。
三日目の朝。レイドは窓際の椅子に座り、海を眺めていた。
記憶を確認していた。一つずつ、順番に。
リーシャと出会った日。覚えている。碧眼の学者。東回廊の街道で、地図を広げていた。——色も、温度も、全部ある。
ガレスと出会った日。覚えている。大盾を構えた巨大な男。ゴブリンの群れを一人で止めていた。——声も、匂いも、全部ある。
一周目の記憶。ここだ。——薄くなっている。
仲間たちの顔。名前は覚えている。だが——一周目のガレスがどんな声で笑ったか。一周目のミラが何を好きだったか。一周目の最後の日に、空がどんな色だったか。——輪郭だけが残り、中身が消えている。
「失ったのは——一周目の色か」
レイドは自分の手を見つめた。損失は——覚悟していたより小さい。だが確実に、何かが消えた。一周目の記憶の鮮明さが——水彩画が雨に濡れたように、にじんで薄くなっている。
扉が開いた。リーシャが入ってきた。
「おはようございます。——起きていたんですね」
「ああ。——お前は。何を失った」
「学院時代の記憶の一部です。初めて魔法陣を描いた日の感動。図書館で禁書を見つけた時の興奮。——事実は覚えていますが、感情が消えました」
「辛いか」
「少し。でも——新しい感動は、これからいくらでも作れます。失ったのは過去。得たのは未来です」
リーシャの碧眼は——曇っていたが、光は残っている。
フェリクスは食堂で朝食を取っていた。いつもより静かだ。
「フェリクス。大丈夫か」
「……数字が——少し遠い」
「遠い?」
「計測の時、数字が頭に飛び込んでくる感覚がありました。自然に——呼吸するように。それが——少しだけ、遠くなった。意識して読まないと、掴めなくなった」
フェリクスの眼鏡の奥の目が、いつもより疲れて見えた。
「だが——計測はできます。精度は落ちたかもしれませんが——機能している。問題ありません」
「無理するなよ」
「ジークにも言われました。——同じ言い方で」
ヴァレリウスは宿の庭に立っていた。朝日の中で——祈りの姿勢を取っている。白い法衣が風に揺れていた。
レイドが近づくと、ヴァレリウスが目を開けた。
「勇者」
「何を失った」
「マルティウスに初めて会った日の——感動が消えた。師として仰いだ瞬間の、胸の熱さが。だが——」
「だが?」
「信仰は——消えなかった。神への祈りの感覚は残っている。むしろ——純粋になった。マルティウスへの信頼が混ざっていた部分が消えて——祈りだけが残った」
「それは——良いことか」
「分からない。だが——悪くはない」
ヴァレリウスが再び目を閉じた。祈りの言葉が——風に乗って消えていく。
◇
午後。全員が食堂に集まった。
ヴェルディアが席の正面に座り、全員を見回した。
「礎石は完全に修復された。五つの封印の土台は——向こう千年は持つ。その点については——心配ない」
「問題は——その下だ」レイドが言った。
「ああ。イルヴァーンが作った空間。——私は三千年前の記憶を辿っている。イルヴァーンについて。あの男が——何を目指していたのか」
「イルヴァーンは——お前の仲間だったんだろう」ガレスが聞いた。
「仲間だった。六人の術者の一人。最も才能があり——最も野心的だった」
ヴェルディアの琥珀色の瞳が遠くなった。三千年前の記憶。
「封印を作る前——深淵の眷属を初めて見た時。五人は恐怖した。だがイルヴァーンだけは——魅了されていた。深淵の力の純粋さに。人間の魔力を超えた、原始的な力に。——あの男は封印を作りながら、同時に深淵の力を研究していた」
「それで——裏切った」
「裏切りという自覚はなかったのかもしれない。イルヴァーンは——世界を壊したいのではなく、世界をより良くしたいと思っていた。深淵の力を使って。——だがその方法が——」
「危険だった」
「危険どころではない。深淵の力は——世界の外側の力だ。世界の内側の法則で制御することはできない。イルヴァーンはそれを知っていて——それでも手を出した。結果、深淵に取り込まれた。他の四人が彼を封印した。——五つ目の封印は、世界を守ると同時に、イルヴァーンを閉じ込めるものでもあった」
食堂が静まり返った。
「その男が——三千年かけて、封印の下に何かを作った」ジークが腕を組んだ。「何を」
「分からない。だが——イルヴァーンの性格から推測すると、破壊ではなく——創造だ。あの男は壊すことに興味がない。作ることに——執着していた」
「創造——何を作った」
「確認しなければ分からない。だが——放置はできない。封印は完全だが、封印の下で何かが成長し続ければ——いずれ封印を内側から突き破る」
レイドは全員を見回した。
「態勢を立て直す。全員が回復したら——降りる。イルヴァーンの空間に」
「降りるって——どうやって」ガレスが聞いた。
「礎石の下の亀裂。あれは塞いだが——開ける方法はある。ヴェルディアの知識で」
「ある」ヴェルディアが頷いた。「だが——全員の回復が先だ。あと一週間。体を休め、魔力を回復させる」
「一週間か」
「最低でも」
レイドは窓の外を見た。レヴァルスの港が午後の光に輝いている。穏やかな景色。だがその海の底に——未知の脅威がある。
「分かった。一週間後に——降りよう」
全員が頷いた。深淵の底への旅が——始まろうとしていた。
礎石の修復で魂の断片を差し出した四人は、特に消耗が激しかった。レイドは二日目の昼まで目を覚まさず、リーシャも丸一日眠り続けた。
三日目の朝。レイドは窓際の椅子に座り、海を眺めていた。
記憶を確認していた。一つずつ、順番に。
リーシャと出会った日。覚えている。碧眼の学者。東回廊の街道で、地図を広げていた。——色も、温度も、全部ある。
ガレスと出会った日。覚えている。大盾を構えた巨大な男。ゴブリンの群れを一人で止めていた。——声も、匂いも、全部ある。
一周目の記憶。ここだ。——薄くなっている。
仲間たちの顔。名前は覚えている。だが——一周目のガレスがどんな声で笑ったか。一周目のミラが何を好きだったか。一周目の最後の日に、空がどんな色だったか。——輪郭だけが残り、中身が消えている。
「失ったのは——一周目の色か」
レイドは自分の手を見つめた。損失は——覚悟していたより小さい。だが確実に、何かが消えた。一周目の記憶の鮮明さが——水彩画が雨に濡れたように、にじんで薄くなっている。
扉が開いた。リーシャが入ってきた。
「おはようございます。——起きていたんですね」
「ああ。——お前は。何を失った」
「学院時代の記憶の一部です。初めて魔法陣を描いた日の感動。図書館で禁書を見つけた時の興奮。——事実は覚えていますが、感情が消えました」
「辛いか」
「少し。でも——新しい感動は、これからいくらでも作れます。失ったのは過去。得たのは未来です」
リーシャの碧眼は——曇っていたが、光は残っている。
フェリクスは食堂で朝食を取っていた。いつもより静かだ。
「フェリクス。大丈夫か」
「……数字が——少し遠い」
「遠い?」
「計測の時、数字が頭に飛び込んでくる感覚がありました。自然に——呼吸するように。それが——少しだけ、遠くなった。意識して読まないと、掴めなくなった」
フェリクスの眼鏡の奥の目が、いつもより疲れて見えた。
「だが——計測はできます。精度は落ちたかもしれませんが——機能している。問題ありません」
「無理するなよ」
「ジークにも言われました。——同じ言い方で」
ヴァレリウスは宿の庭に立っていた。朝日の中で——祈りの姿勢を取っている。白い法衣が風に揺れていた。
レイドが近づくと、ヴァレリウスが目を開けた。
「勇者」
「何を失った」
「マルティウスに初めて会った日の——感動が消えた。師として仰いだ瞬間の、胸の熱さが。だが——」
「だが?」
「信仰は——消えなかった。神への祈りの感覚は残っている。むしろ——純粋になった。マルティウスへの信頼が混ざっていた部分が消えて——祈りだけが残った」
「それは——良いことか」
「分からない。だが——悪くはない」
ヴァレリウスが再び目を閉じた。祈りの言葉が——風に乗って消えていく。
◇
午後。全員が食堂に集まった。
ヴェルディアが席の正面に座り、全員を見回した。
「礎石は完全に修復された。五つの封印の土台は——向こう千年は持つ。その点については——心配ない」
「問題は——その下だ」レイドが言った。
「ああ。イルヴァーンが作った空間。——私は三千年前の記憶を辿っている。イルヴァーンについて。あの男が——何を目指していたのか」
「イルヴァーンは——お前の仲間だったんだろう」ガレスが聞いた。
「仲間だった。六人の術者の一人。最も才能があり——最も野心的だった」
ヴェルディアの琥珀色の瞳が遠くなった。三千年前の記憶。
「封印を作る前——深淵の眷属を初めて見た時。五人は恐怖した。だがイルヴァーンだけは——魅了されていた。深淵の力の純粋さに。人間の魔力を超えた、原始的な力に。——あの男は封印を作りながら、同時に深淵の力を研究していた」
「それで——裏切った」
「裏切りという自覚はなかったのかもしれない。イルヴァーンは——世界を壊したいのではなく、世界をより良くしたいと思っていた。深淵の力を使って。——だがその方法が——」
「危険だった」
「危険どころではない。深淵の力は——世界の外側の力だ。世界の内側の法則で制御することはできない。イルヴァーンはそれを知っていて——それでも手を出した。結果、深淵に取り込まれた。他の四人が彼を封印した。——五つ目の封印は、世界を守ると同時に、イルヴァーンを閉じ込めるものでもあった」
食堂が静まり返った。
「その男が——三千年かけて、封印の下に何かを作った」ジークが腕を組んだ。「何を」
「分からない。だが——イルヴァーンの性格から推測すると、破壊ではなく——創造だ。あの男は壊すことに興味がない。作ることに——執着していた」
「創造——何を作った」
「確認しなければ分からない。だが——放置はできない。封印は完全だが、封印の下で何かが成長し続ければ——いずれ封印を内側から突き破る」
レイドは全員を見回した。
「態勢を立て直す。全員が回復したら——降りる。イルヴァーンの空間に」
「降りるって——どうやって」ガレスが聞いた。
「礎石の下の亀裂。あれは塞いだが——開ける方法はある。ヴェルディアの知識で」
「ある」ヴェルディアが頷いた。「だが——全員の回復が先だ。あと一週間。体を休め、魔力を回復させる」
「一週間か」
「最低でも」
レイドは窓の外を見た。レヴァルスの港が午後の光に輝いている。穏やかな景色。だがその海の底に——未知の脅威がある。
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全員が頷いた。深淵の底への旅が——始まろうとしていた。
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