勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

文字の大きさ
105 / 127

深淵への扉

しおりを挟む
 海底神殿。石室。礎石の前。

 十人が立っていた。松明の光が石壁を照らし、礎石の紋様が微かに光っている。新しく刻まれた四つの力の痕跡が、古い書体と調和して輝いている。

「ここの下に——イルヴァーンの空間がある」ヴェルディアが礎石に手を当てた。「礎石を通じて——通路を開く」

「封印に影響は」フェリクスが計測器を構えた。

「礎石の構造を変えるのではなく——礎石の下の岩盤に穴を開ける。封印には影響しない。ただし——穴を開けた瞬間、イルヴァーンが気づく」

「気づいたら——何が起きる」

「分からない。だからこそ——防衛ラインが必要だ」

 配置が決まった。

 礎石の周囲にアルヴィン、ガレス、セレナ。聖剣の金色の光が石室を照らしている。ガレスの大盾が壁のように立ち、セレナの翡翠の瞳が集中している。

 通路にジーク、フェリクス、ヴァレリウス。退路の確保と計測と封印監視。

 そして礎石の前に——レイド、リーシャ、ヴェルディア、ミラ。先行隊四人。

「開ける」

 ヴェルディアが礎石に両手を当てた。三千年前の知識で——岩盤の構造を読み取る。弱い点を見つけ、そこに力を集中させる。

「レイド。お前の力を借りる。礎石を通じて——お前の魂の断片が岩盤に触れる。それを使って——道を作る」

 レイドが礎石に手を当てた。自分の魂の一部が石柱の中にある。その感覚を——手のひらを通じて辿った。

 石柱の奥に——自分の力が眠っている。それを通じて——さらに下へ。岩盤に触れた。硬い。だが——一点だけ、薄い場所がある。

「見つけた」

「そこだ。——押し通せ」

 レイドが力を込めた。岩盤の薄い部分が——砕けた。

 穴が開いた。

 直径は人一人が通れるほど。穴の底から——赤い光が漏れた。温かい空気が噴き上がり、石室に赤い霧が漂った。

「開いた——」

 全員が穴を見下ろした。赤い光の底に——何かが見える。建造物のような——構造体の輪郭。

「降りる。——ミラ、先に」

「了解」

 ミラが穴に身を躍らせた。猫のような身軽さで壁面に手足をかけ、降りていく。数秒後、下から声が上がった。

「着地。——広い空間がある。天井が高い。赤い光が壁から出てる。——安全だよ、今のところ」

 レイドが次に降りた。リーシャが続き、最後にヴェルディアが降りた。

 穴の下に広がっていたのは——。

「これは——」リーシャが息を呑んだ。

 巨大な空間だった。天井は目視できないほど高く、赤い光が全体を照らしている。壁面は滑らかに加工された黒い石で覆われ、規則的な紋様が刻まれている。

 だが最も驚くべきは——空間の中央に立つ構造物だった。

 塔。黒い石で作られた塔が、空間の中央に聳えていた。高さは百歩以上。螺旋状の構造が天井まで伸び、赤い光を発している。

 塔の周囲に——小さな建造物が点在していた。家のようなもの。道のようなもの。広場のようなもの。——街だ。小さな、模型のような街が、塔の周囲に作られていた。

「街——?」ミラが目を丸くした。

「三千年かけて——作ったのか。この空間を」レイドが呟いた。

 ヴェルディアが塔を見上げた。琥珀色の瞳に——複雑な光がある。驚きと、畏怖と、悲しみ。

「イルヴァーン——お前は——こんなものを」

 塔の表面に刻まれた紋様が——光った。赤い光が脈動し、空間全体が低く振動した。

 そして——声が響いた。イルヴァーンの声。夢の中で聞いた、穏やかで知性的な声。

「ようこそ。——私の箱庭へ」

 声は空間全体から聞こえた。壁から、天井から、床から。どこにいるのか分からない。

「姿を見せろ」レイドが剣の柄に手をかけた。

「焦るな。——まず見てくれ。三千年の成果を。私が何を作ったか。——お前たちの目で、確かめてくれ」

 赤い光が——塔の基部を照らした。そこに——扉がある。開いている。

「入れということか」

「入りたければ入れ。強制はしない。だが——見なければ、判断はできないだろう」

 レイドはリーシャとヴェルディアを見た。ミラは既に周囲を偵察している。

「罠の可能性は」

「罠なら——もっと早い段階で仕掛けている。ここまで来させた以上——見せたいものがあるのだろう」ヴェルディアが言った。

「リーシャ」

「行きましょう。——学者として、見たい」

 四人は塔に向かって歩き始めた。赤い光に照らされた道を。三千年の知性が作った、深淵の底の街を通って。

 塔の扉の前に立った。赤い光が脈動し、扉の奥に——暗闇が広がっている。

「入る」

 レイドが先頭で踏み込んだ。暗闇の中に——螺旋階段があった。上に向かって伸びている。

 四人は階段を上り始めた。イルヴァーンの三千年の成果を——確かめるために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...