勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

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三日間

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 一日目の夜。レイドは食堂で待っていた。

 リーシャは深淵の塔から戻らない。食事と水をミラが運んでいる。ミラは塔に入ることを嫌がらなかった。暗闘と潜入が得意な彼女にとって、深淵の底は——ただの暗い場所だ。

「リーシャはどうだ」レイドがミラに聞いた。

「食べてない。水は飲んでる。ずっと数式を書いてる。——目が怖いよ。あの子、ああいう顔するんだね」

「学者の顔だ」

「学者ってより——戦士の顔。戦場で死線を越えた時の目と同じだよ」

 レイドは黙った。リーシャの中にある——静かな闘志。世界の設計図に挑む学者の意地。


  ◇


 二日目の朝。レイドは一人で塔に降りた。

 最上階。球体の前で、リーシャは羊皮紙の山に囲まれていた。床一面に数式と図が散らばり、インクの染みが指先についている。

「リーシャ」

「——あ、レイド」

 リーシャが顔を上げた。碧眼は充血しているが——光がある。

「進捗は」

「三つの主回路のうち——二つのパターンを解読しました。残り一つと副回路です」

「間に合うか」

「分かりません。でも——見えてきました。世界の設計は——音楽に似ています」

「音楽?」

「主旋律と伴奏。主回路が旋律を奏で、副回路が和音を添える。欠けた部分は——曲の後半です。前半を聴けば——後半の旋律が推測できる」

 リーシャが球体に手を当てた。赤い光の中に——回路の紋様が浮かんだ。

「ここ。この部分が——三つ目の主回路。パターンは——他の二つと対称性を持っています。鏡像のように。でも完全な鏡像ではなく——少しだけ変位している。その変位の規則性を見つければ——」

「見つけられるか」

「今夜中に。——たぶん」

 レイドはリーシャの横に座った。

「食え」

 パンとチーズを差し出した。リーシャが半ば機械的に口に運び、咀嚼する。碧眼は数式を追い続けている。食べながら計算する学者。

「レイド」

「何だ」

「この設計図を見ていると——神々がいかに偉大だったか分かります。世界を——こんなに精密に作った。だが同時に——いかに急いでいたかも分かる。後半の回路が——雑なんです。前半は完璧なのに。まるで——時間切れで打ち切ったような」

「神々に——何があったんだ」

「分かりません。でも——後半の回路は、前半の設計思想に従えば自然に導ける。神々には時間がなかったが——私たちには時間がある」

「三日だが」

「充分です」

 リーシャが微笑んだ。疲労の中に——確信がある。

 レイドは塔を出た。リーシャを一人にする。邪魔はしない。


  ◇


 二日目の夜。

 ヴェルディアが塔に降り、リーシャの傍に座った。

「リーシャ。聞きたいことがある」

「何ですか」

「三つ目の主回路。——もし対称性の変位が、時間方向の回転だとしたら」

 リーシャの手が止まった。

「時間方向——」

「世界は四つの次元を持つ。三つの空間と、一つの時間。前半の回路は空間方向の対称性で記述されている。だが後半は——時間方向に回転した対称性かもしれない」

 リーシャの目が——大きく見開かれた。

「それだ——」

 リーシャがペンを掴み、猛烈に数式を書き始めた。ヴェルディアが横で三千年前の知識を提供し、リーシャがそれを現代の数学で翻訳する。

 二人の協働が——深夜まで続いた。


  ◇


 三日目の朝。

 リーシャが石室に上がってきた。目の下に隈があり、髪は乱れ、法衣はインクの染みだらけ。

 だが——碧眼が輝いていた。

「できました」

 全員が食堂に集まった。リーシャが羊皮紙の束をテーブルに広げた。

「世界の最深層の回路。欠けた部分の——完全なパターンを解読しました。三つの主回路と七つの副回路。全ての設計が——ここにあります」

「全て——?」レイドが確認した。

「全てです。この設計に従って回路を完成させれば——世界は自律的に均衡を保つようになります。柱も封印も不要。深淵は——消えます」

「深淵の力を使わずに?」

「使いません。人間の魔力で——回路を完成させます。イルヴァーンの方法とは根本的に異なります。深淵の力に頼らない。だから——汚染のリスクがない」

「成功率は」

 リーシャが一瞬躊躇し、答えた。

「百パーセントに——限りなく近い。理論上は完全です。だが——実施には、膨大な魔力が必要です。一人や二人では足りない。——全員の力が必要です」

「全員——十人で?」

「はい。十人の異なる魔力を、同時に、正確に、世界の最深層に注入する。一人でも欠ければ——不完全な回路になり、新たな欠陥が生まれる」

 食堂が静まった。十人全員の力。一人も欠けてはいけない。

「イルヴァーンは——認めるか」アルヴィンが聞いた。

「認めるかどうか——確かめなければ」レイドが立ち上がった。「もう一度降りて——見せる。リーシャの設計を」

「イルヴァーンが——受け入れなかったら」

「その時は——力ずくで止める。イルヴァーンの方法は危険すぎる」

 レイドの目が——鋭くなった。穏やかな修繕屋の顔ではない。勇者の顔だ。

「だが——まず話す。俺の流儀だ」

 ガレスが笑った。

「いつも通りだな、リーダー」
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