108 / 127
設計図の前で
しおりを挟む
二度目の降下。レイド、リーシャ、ヴェルディアの三人。
塔の最上階。球体の前に、リーシャが座り込んだ。羊皮紙とペンを広げ、球体に映る世界の構造を写し取り始めた。
「世界の設計は——五つの層で構成されています」リーシャが解説した。「表層が物理法則。風、水、熱。第二層が生態系。植物、動物、人間。第三層が魔力の流れ。地脈、海流、大気中の魔素。第四層が均衡の仕組み。柱、封印、泉。そして最深層が——」
「世界の核」ヴェルディアが続けた。「世界そのものの存在を定義する層。これが——神々が未完成のまま残した部分だ」
球体を操作し、最深層を表示した。赤い光の中に——不規則な紋様が浮かんでいる。紋様の一部が欠けている。断線した回路のように。
「ここが——欠陥か」
「ああ。最深層の回路が完成していない。だから——深淵が存在する。世界の外側との境界が不完全で、深淵の力が漏れ込む。封印は——その漏れを塞いでいるだけだ」
「イルヴァーンは——この回路を完成させようとしている」
「深淵の力を使って。だが深淵の力で回路を完成させると——回路の中に深淵の性質が残る。それが二パーセントのリスクの正体だ。回路が深淵に汚染され、世界ごと深淵に引きずり込まれる可能性」
リーシャが紋様を注視していた。碧眼が回路を辿り、欠けた部分を分析している。
「この欠けた部分は——複雑に見えますが、パターンがあります。三つの主回路と、七つの副回路。主回路が骨格を作り、副回路が細部を補っている」
「パターンが分かるのか」
「前半は分かります。既に完成している部分から——パターンを推測できる。後半は——」
「後半は欠けている」
「はい。だからイルヴァーンは——深淵の力で補おうとした。欠けた部分のパターンが分からないから——力任せに埋めようとした」
ヴェルディアが考え込んだ。
「パターンが——分かれば。人間の力で補えるのか」
「理論上は——はい。パターンが分かれば、適切な魔力を適切な形に整えて注入すればいい。深淵の力を使う必要はない」
「パターンを——どうやって解読する」
リーシャが羊皮紙に数式を書き始めた。碧眼が集中で細められ、ペンが紙の上を走る。
「既存の回路から——規則性を抽出します。これは——数学の問題です。三千年の天才が力任せに解こうとした問題を——数学で解く」
「どのくらい時間がかかる」
「分かりません。だが——このデータがあれば。イルヴァーンの模型のデータが完全なら——解ける可能性はあります」
レイドは二人のやり取りを聞きながら、塔の窓から箱庭の街を見下ろしていた。赤い光に照らされた小さな街。イルヴァーンが三千年かけて作った世界。
孤独の産物だ。三千年の間——誰とも話せず、誰にも理解されず。ただ一つの問題に——全ての知性を注ぎ込んだ。
「イルヴァーン」レイドが声を上げた。「聞こえているだろう」
沈黙。だが——赤い光が微かに揺れた。聞いている。
「お前の模型を——使わせてくれ。リーシャが——お前とは違う方法で、世界の設計を解こうとしている。それを——見ていてくれ」
沈黙が続いた。
やがて——球体の光が強まった。データが——より鮮明に表示された。回路の細部まで、精密に。
「……協力するのか」ヴェルディアが呟いた。
「協力ではない」イルヴァーンの声が、かすかに響いた。「見物だ。——三千年かけて解けなかった問題を、お前たちがどう解くか。——面白そうだからな」
レイドは苦笑した。
「三日——くれ。三日でリーシャが解けなかったら、お前の方法を再考する」
「……いいだろう。三日だ」
リーシャが顔を上げた。碧眼に火がついていた。
「三日で充分です」
「本当か」
「本当かどうかは——やってみなければ分かりません。でも——この問題は、解ける。直感ですが——確信があります」
リーシャは球体の前に座り直し、数式を書き始めた。
レイドとヴェルディアは塔を降り、石室に戻った。リーシャだけが——深淵の底の塔の中で、世界の設計図と向き合い続けた。
一日目が——始まった。
塔の最上階。球体の前に、リーシャが座り込んだ。羊皮紙とペンを広げ、球体に映る世界の構造を写し取り始めた。
「世界の設計は——五つの層で構成されています」リーシャが解説した。「表層が物理法則。風、水、熱。第二層が生態系。植物、動物、人間。第三層が魔力の流れ。地脈、海流、大気中の魔素。第四層が均衡の仕組み。柱、封印、泉。そして最深層が——」
「世界の核」ヴェルディアが続けた。「世界そのものの存在を定義する層。これが——神々が未完成のまま残した部分だ」
球体を操作し、最深層を表示した。赤い光の中に——不規則な紋様が浮かんでいる。紋様の一部が欠けている。断線した回路のように。
「ここが——欠陥か」
「ああ。最深層の回路が完成していない。だから——深淵が存在する。世界の外側との境界が不完全で、深淵の力が漏れ込む。封印は——その漏れを塞いでいるだけだ」
「イルヴァーンは——この回路を完成させようとしている」
「深淵の力を使って。だが深淵の力で回路を完成させると——回路の中に深淵の性質が残る。それが二パーセントのリスクの正体だ。回路が深淵に汚染され、世界ごと深淵に引きずり込まれる可能性」
リーシャが紋様を注視していた。碧眼が回路を辿り、欠けた部分を分析している。
「この欠けた部分は——複雑に見えますが、パターンがあります。三つの主回路と、七つの副回路。主回路が骨格を作り、副回路が細部を補っている」
「パターンが分かるのか」
「前半は分かります。既に完成している部分から——パターンを推測できる。後半は——」
「後半は欠けている」
「はい。だからイルヴァーンは——深淵の力で補おうとした。欠けた部分のパターンが分からないから——力任せに埋めようとした」
ヴェルディアが考え込んだ。
「パターンが——分かれば。人間の力で補えるのか」
「理論上は——はい。パターンが分かれば、適切な魔力を適切な形に整えて注入すればいい。深淵の力を使う必要はない」
「パターンを——どうやって解読する」
リーシャが羊皮紙に数式を書き始めた。碧眼が集中で細められ、ペンが紙の上を走る。
「既存の回路から——規則性を抽出します。これは——数学の問題です。三千年の天才が力任せに解こうとした問題を——数学で解く」
「どのくらい時間がかかる」
「分かりません。だが——このデータがあれば。イルヴァーンの模型のデータが完全なら——解ける可能性はあります」
レイドは二人のやり取りを聞きながら、塔の窓から箱庭の街を見下ろしていた。赤い光に照らされた小さな街。イルヴァーンが三千年かけて作った世界。
孤独の産物だ。三千年の間——誰とも話せず、誰にも理解されず。ただ一つの問題に——全ての知性を注ぎ込んだ。
「イルヴァーン」レイドが声を上げた。「聞こえているだろう」
沈黙。だが——赤い光が微かに揺れた。聞いている。
「お前の模型を——使わせてくれ。リーシャが——お前とは違う方法で、世界の設計を解こうとしている。それを——見ていてくれ」
沈黙が続いた。
やがて——球体の光が強まった。データが——より鮮明に表示された。回路の細部まで、精密に。
「……協力するのか」ヴェルディアが呟いた。
「協力ではない」イルヴァーンの声が、かすかに響いた。「見物だ。——三千年かけて解けなかった問題を、お前たちがどう解くか。——面白そうだからな」
レイドは苦笑した。
「三日——くれ。三日でリーシャが解けなかったら、お前の方法を再考する」
「……いいだろう。三日だ」
リーシャが顔を上げた。碧眼に火がついていた。
「三日で充分です」
「本当か」
「本当かどうかは——やってみなければ分かりません。でも——この問題は、解ける。直感ですが——確信があります」
リーシャは球体の前に座り直し、数式を書き始めた。
レイドとヴェルディアは塔を降り、石室に戻った。リーシャだけが——深淵の底の塔の中で、世界の設計図と向き合い続けた。
一日目が——始まった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる