勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

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設計図の前で

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 二度目の降下。レイド、リーシャ、ヴェルディアの三人。

 塔の最上階。球体の前に、リーシャが座り込んだ。羊皮紙とペンを広げ、球体に映る世界の構造を写し取り始めた。

「世界の設計は——五つの層で構成されています」リーシャが解説した。「表層が物理法則。風、水、熱。第二層が生態系。植物、動物、人間。第三層が魔力の流れ。地脈、海流、大気中の魔素。第四層が均衡の仕組み。柱、封印、泉。そして最深層が——」

「世界の核」ヴェルディアが続けた。「世界そのものの存在を定義する層。これが——神々が未完成のまま残した部分だ」

 球体を操作し、最深層を表示した。赤い光の中に——不規則な紋様が浮かんでいる。紋様の一部が欠けている。断線した回路のように。

「ここが——欠陥か」

「ああ。最深層の回路が完成していない。だから——深淵が存在する。世界の外側との境界が不完全で、深淵の力が漏れ込む。封印は——その漏れを塞いでいるだけだ」

「イルヴァーンは——この回路を完成させようとしている」

「深淵の力を使って。だが深淵の力で回路を完成させると——回路の中に深淵の性質が残る。それが二パーセントのリスクの正体だ。回路が深淵に汚染され、世界ごと深淵に引きずり込まれる可能性」

 リーシャが紋様を注視していた。碧眼が回路を辿り、欠けた部分を分析している。

「この欠けた部分は——複雑に見えますが、パターンがあります。三つの主回路と、七つの副回路。主回路が骨格を作り、副回路が細部を補っている」

「パターンが分かるのか」

「前半は分かります。既に完成している部分から——パターンを推測できる。後半は——」

「後半は欠けている」

「はい。だからイルヴァーンは——深淵の力で補おうとした。欠けた部分のパターンが分からないから——力任せに埋めようとした」

 ヴェルディアが考え込んだ。

「パターンが——分かれば。人間の力で補えるのか」

「理論上は——はい。パターンが分かれば、適切な魔力を適切な形に整えて注入すればいい。深淵の力を使う必要はない」

「パターンを——どうやって解読する」

 リーシャが羊皮紙に数式を書き始めた。碧眼が集中で細められ、ペンが紙の上を走る。

「既存の回路から——規則性を抽出します。これは——数学の問題です。三千年の天才が力任せに解こうとした問題を——数学で解く」

「どのくらい時間がかかる」

「分かりません。だが——このデータがあれば。イルヴァーンの模型のデータが完全なら——解ける可能性はあります」

 レイドは二人のやり取りを聞きながら、塔の窓から箱庭の街を見下ろしていた。赤い光に照らされた小さな街。イルヴァーンが三千年かけて作った世界。

 孤独の産物だ。三千年の間——誰とも話せず、誰にも理解されず。ただ一つの問題に——全ての知性を注ぎ込んだ。

「イルヴァーン」レイドが声を上げた。「聞こえているだろう」

 沈黙。だが——赤い光が微かに揺れた。聞いている。

「お前の模型を——使わせてくれ。リーシャが——お前とは違う方法で、世界の設計を解こうとしている。それを——見ていてくれ」

 沈黙が続いた。

 やがて——球体の光が強まった。データが——より鮮明に表示された。回路の細部まで、精密に。

「……協力するのか」ヴェルディアが呟いた。

「協力ではない」イルヴァーンの声が、かすかに響いた。「見物だ。——三千年かけて解けなかった問題を、お前たちがどう解くか。——面白そうだからな」

 レイドは苦笑した。

「三日——くれ。三日でリーシャが解けなかったら、お前の方法を再考する」

「……いいだろう。三日だ」

 リーシャが顔を上げた。碧眼に火がついていた。

「三日で充分です」

「本当か」

「本当かどうかは——やってみなければ分かりません。でも——この問題は、解ける。直感ですが——確信があります」

 リーシャは球体の前に座り直し、数式を書き始めた。

 レイドとヴェルディアは塔を降り、石室に戻った。リーシャだけが——深淵の底の塔の中で、世界の設計図と向き合い続けた。

 一日目が——始まった。
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